幸福の迷路
夜9時を過ぎ、職員室の机で書類整理をしていたすばるは、疲れ果てた表情をしていた。テストの採点、部活の運営、そして育児。すべてが重なり、彼の心身に余裕はほとんどなかった。
「星宮先生、大丈夫ですか?最近、顔色があまり良くないですよ。」
同僚の声に、すばるは無理に微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。あと少しで終わりますから。」
その言葉を口にしながらも、すばるの目はどこか虚ろだった。時計を見ると、すでに10時近い。帰宅すれば蓮を寝かしつけ、翌朝の準備をしなければならない。
(このままじゃ、ぼくが持たない…育児も仕事も中途半端になる。)
心の中でそう呟きながら、すばるは決意を固めた。翌日、校長室を訪れた彼は、静かな声で切り出した。
「校長先生、少しお時間をいただけますか?」
「どうしたんだね、星宮先生。」
すばるは深く頭を下げて、真剣な表情で言葉を続けた。
「育児に専念するため、育児休暇を申請させていただきたいと思います。」
校長は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに頷いた。
「そうか。家族のために決断したんだな。しっかり休んで、また戻ってきてくれ。」
その言葉に、すばるは安堵の息を漏らした。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
その夜、すばるは沙月に育休を取得することを伝えた。
「え、本当に?」
沙月の目がぱっと輝き、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「すばるが育休取れるなんて最高じゃない!これで蓮ももっと安心だね。」
沙月の無邪気な喜びに、すばるは複雑な感情を抱えたまま微笑みを返した。
「そうだね。これからはもっと蓮に時間をかけられるし、沙月も少しは楽になるだろうし。」
「うん、助かるよ。本当にありがとう。」
沙月はすばるの腕にしがみつき、感謝の気持ちを伝えた。その姿は、彼女がこの状況を本当に幸せだと感じていることを物語っていた。
翌朝、蓮の泣き声で目を覚ましたすばるは、沙月の代わりに赤ちゃんを抱き上げ、ミルクを準備した。蓮が笑顔を見せるたびに、彼の心に小さな希望が灯る。
(これでいいんだ。この選択が間違っていなければ、それでいい。)
しかしその裏で、すばるはふと自分に問いかける。
(でも…ぼくは、このままでいいのか?)
沙月の笑顔が浮かぶたびに、自分の役割を強く実感する。彼は自分の全てを家族に捧げる決意を改めて胸に刻んだ。




