届かない手
夕方、すばると沙月はカフェの奥の席に座っていた。約束の時間を少し過ぎたころ、ゆうきと遥香が店内に現れる。二人の姿を見つけたゆうきが軽く手を振りながら近づいてきた。
「よお、待ったか?」
「ううん、大丈夫。」
沙月が笑顔で答えると、ゆうきと遥香は向かいの席に腰を下ろした。遥香は少し真剣な表情をしており、すばるはその雰囲気にわずかに緊張を覚えた。
「で、今日は何の話?」
ゆうきがリラックスした様子で尋ねると、すばるは深呼吸をしてから口を開いた。
「実は…沙月との間に子どもができて、これから結婚することになった。」
その言葉に、ゆうきは目を丸くし、一方の遥香は驚きながらも冷静に二人を見つめた。
「え、マジかよ!」
ゆうきが声を上げると、遥香が手で制するように合図をする。
「落ち着いて、ゆうき。やっぱりそうだったのね。いつから分かってたの?」
遥香の問いに、沙月が少し躊躇しながら答えた。
「最初は変だなと思って…検査をしたのはもっと前だけど。」
「沙月?いつすばるに話したの?」
「…安定期に入ったころだから、少し前。」
その言葉に、遥香の眉がわずかに動く。
「あの時、私がすばるには早く伝えるように言ったの、覚えてる?」
沙月は俯き、小さな声で「うん…」と答える。
「どうしてそれなのに、すぐに言わなかったの?」
遥香の言葉に、沙月は顔を上げると、少し震える声で答えた。
「すばるが忙しいのを知ってたし、迷惑をかけたくなかったの。それに、どう受け止められるか不安で…。」
遥香は少し息をつきながら言葉を選んだ。
「そんなにすばるを信用していなかったってこと?すばるは責任を感じて、人生までかけてくれているんだから、もっと誠実に向き合うべきじゃないの。」
その言葉に沙月は沈黙し、肩を落とした。ゆうきが軽く笑って場を和ませるように口を開く。
「まあまあ、遥香。そんなに追い詰めんなって。沙月もちゃんと反省してるみたいだしさ。」
「それは分かってるけど。」
遥香は短く答え、再び視線を沙月に向けたが、それ以上は何も言わなかった。
「とりあえず、俺たちもできる限りサポートするからさ。なんか困ったことがあったら遠慮なく言えよ。」
ゆうきがニカッと笑いながら言うと、すばるは少しだけ表情を緩めた。
「ありがとう。でも、できる限りのことは自分でなんとかするよ。周りに迷惑をかけるわけにはいかない。」
すばるのその言葉に、ゆうきは少し驚いたように眉を上げた。
「まあ、そういうとこは相変わらず真面目だな。でもな、たまには頼るのも悪くないぜ。」
すばるは小さく頷いたものの、その心の中では別の感情が渦巻いていた。
(今回の出来事は僕がまいた種だ。自分でうまくしなくちゃいけない。周りに迷惑ばかりかけていられない。)
そう強く心に誓いながら、すばるは手元のカップをじっと見つめていた。




