責務
実家のリビングに沈黙が漂う中、母親の冷たい声が二人に突き刺さる。
「要するに妊娠と結婚の報告をしにきたわけよね。私は反対するわよ。ただ、反対しても沙月さんは1人で育てることはできなさそうだし、許可せざるを得ないわね。本当に狡猾だこと。」
母の視線は冷たく、沙月に突き刺さる。沙月は俯き、小さく「申し訳ありません」と言葉を絞り出したが、それすら母の怒りを和らげることはできなかった。
「いい、認めたわけじゃないわよ。認めたわけじゃないから、あなたたちは家族でもなければ、子どもも孫ではないわ。好きなようにやるといい。」
その言葉に、すばるはぎゅっと拳を握り締めた。母の厳しい言葉に反論したい気持ちはあったが、自分たちの立場を考えると何も言えなかった。
「失礼します。」
それだけを言い残し、すばるは沙月を促して実家を後にした。
帰りの電車の中、沙月は安堵したようにお腹を撫でながら、小さく笑った。
「やっぱり反対されちゃったね。でも、報告もできたし、好きなようにしていいって言われたから、一応は入籍できるんだよね。」
その言葉に、すばるは視線を窓の外に向けたまま、低い声でつぶやいた。
「そういう楽観的なところが、考え無しって言われたんだろうな。」
沙月は一瞬表情を曇らせたが、すぐに笑顔を作り直し、「そうだね、ごめん」と小さな声で答えた。
「僕も嫌味だった。ごめん。次は君の両親に報告しなくちゃ。」
すばるはそう言いながら手帳を取り出し、これからの計画を練り始めた。その横顔はどこか冷たく、沙月は声をかけることができなかった。
その夜、すばるはベッドに横たわっても眠ることができなかった。母からの指摘が次々と頭に浮かび、自分を責める声が心の中で響く。
(大事なことを隠していた人間と一緒に生きていくわけ?)
母の冷たい言葉が繰り返し頭の中を駆け巡る。沙月を責めたい気持ちがないわけではなかったが、それ以上に自分自身への怒りが勝っていた。
「けど、どうしたらいいんだよ…もう後戻りはできないじゃん。」
思わず漏れた言葉とともに、すばるの目から一粒の涙が零れ落ちる。だが、その涙を拭いながら、すばるはすぐに自分に言い聞かせた。
「自分がやったことだ。生まれてくる子どもに罪はない。幸せな家庭を築き、この選択が間違いではなかったと示すことが僕の責務だ。」
すばるは深く息を吐き、心を静めようと努めた。その日を境に、彼は決して弱音を吐かなくなり、涙を流すこともなくなった。
(すべて自分でうまくやればいい。それが僕の選んだ道だ。)
すばるはそう心に刻み、再び目を閉じたが、その表情に安らぎはなかった。




