チームと孤独の狭間で
体育館にはバスケットボールのボールが弾む音が響き渡り、部活動中の熱気が漂っていた。その日は3年生と2年生チーム、そして2年生と1年生チームの練習試合が行われた。
結果は僅差で2年1年チームが勝利を収め、体育館には一瞬の静寂が訪れた。スタメンである3年生と2年生のチームが、敗北に納得がいかない様子で苛立ちを見せ始める。
「おい、あそこはキックアウトしてスリーで勝ち越しを狙うべきだっただろ!」
「でも、クローズアウトが来てたし、2点で同点にするのもありだったじゃないか。」
「いやいや、そのドライブも失敗して結局ターンオーバーだろ?それじゃ意味ないじゃん!」
「そもそも、あのパスがずれてたんだよ。俺が取らなきゃ、ターンオーバーはお前のせいになってたぞ。」
口々に不満をぶつけ合うスタメンたち。その様子を、後輩たちは気まずそうに黙って見守っていた。
すばるはコートの隅からそのやり取りを静かに見つめ、やがて生徒たちの元へ歩み寄った。
「どうした?ずいぶん白熱してるみたいだね。」
3年生の部長、浅井がバツが悪そうな顔で答えた。
「先生……いや、ちょっと、試合の反省をしてただけで。」
「反省はいいことだ。でも、なんだかずいぶん険悪な空気だね。」
すばるが柔らかい笑顔を見せると、部員たちはますます言い訳しづらそうに目をそらす。
「ねえ、じゃあちょっと僕を交えた3on3でもやらない?同じシチュエーションを再現して、みんなで楽しみながら考えようよ。」
不安げな顔をしながらも、3年生たちは「まあ……それなら」と渋々承諾した。すばるは2年生と1年生のチームに合流し、即席の3on3が始まった。
試合が進む中、すばるはわざとミスを重ねた。ずれたパスを出し、シュートを外し、ボールを奪われる。3年生たちは最初こそ「先生、それはないでしょ!」と笑いながら突っ込んでいたが、次第に戸惑い始める。
「どうして僕には何も言わないんだい?さっきと同じように責めないの?」
すばるがプレーを止め、静かに問いかけると、部員たちは一瞬息を呑んだ。
「言いやすい相手だから責める。言いにくい相手だから黙る。それはチームなのかな?」
部員たちは視線を交わしながら黙り込む。
「それに、彼らは善戦して君たちを破ったじゃないか。まずは相手を称えるべきだよ。そして、後輩たちが気まずくなって手を抜いてしまうような雰囲気を作ってしまうのは、チームにとって良くない。練習中の失敗は、全力で取り組んだ証だ。失敗しない練習を続けても強くはなれない。」
すばるの言葉は、生徒たちの心にじわりと染み込んでいった。
「試合の中では、必ず失敗もするし、勝ち負けだってつく。それでも、その失敗だって自分を成長させるための重要なファクターだ。だから、まずは相手を認め、チームを認め、その上で練習に励むんだ。練習の中で成長すればいいんだよ。」
すばるは微笑みながら言葉を締めくくった。
「……そんなに熱意を持って取り組んでいるのは素晴らしいことだよ。ちょっと、僕も試合に混ぜてもらおうかな!」
3on3が再開されると、すばるは今度は本気でプレーに参加した。汗を流しながら笑顔を見せるすばるに、生徒たちも次第に顔をほころばせ、楽しげな声が体育館に響き渡る。
彼の胸には、教師としての責任とやりがいが確かに刻まれていた。
帰宅後、先に帰っていた沙月に今日のことを話していた。
「実は、今日部活でちょっとしたトラブルがあってさ……。」
3年生と2年生のチームが練習試合で敗北し、プライドが傷ついたスタメンたちがチームメイトを責め始めたこと。その雰囲気を和らげるために、自分が3on3に交ざったこと。そして、自らミスを演じることで、彼らに『明確なミスを責めても何も生まれないこと。ましてや責めやすい相手にだけ責めるのは良くないこと。』『失敗することも成長の一部だ』と伝えたことを、ゆっくりと語った。
「それで最後は、みんな笑顔で練習を終えられたよ。やっぱり、麻子先生の教えがあったからこそ、僕もこういう時にどう対応すればいいか分かったんだと思う。」
沙月は話を聞きながら、小さく頷いた。
「麻子先生……小学校の時の先生だっけ?」
「そうそう。あの先生が言ってた『行動することが大切』って言葉、今でも心に残ってるんだよね。」
すばるがそう言って微笑むと、沙月は静かに口を開いた。
「……すばるって、本当に生徒たちにとっては良い先生だよね。」
その言葉には褒めるようなトーンが含まれていたが、どこか遠い響きも混じっていた。
「でも、すばるっていつもみんなのために動いてるよね。自分のこと、ちゃんと大事にしてる?」
沙月がふとそんなことを言うので、すばるは少し驚いた表情を見せた。
「自分のことも大事にしてるよ。……いや、そうしようとはしてるけど、たまに夢中になっちゃう時もあるかな。」
そう言って笑うすばるに、沙月もつられるように微笑んだが、次の瞬間、軽く顔をしかめた。
「大丈夫?」
「うん、ちょっと気持ち悪いだけ。熱中症なのかな?眩暈がして早退してるんだよね、今日。」
「最近元気ないし、やっぱりどこか悪いのかもしれない。ちゃんと病院で診てもらった方がいいよ。」
「大丈夫、そんな大げさな話じゃないから。ゆっくり休めば平気になると思う。」
沙月はそう言いながら軽く笑みを浮かべたが、その声にはわずかな不安が混じっていた。
その夜、沙月が早めに眠りについた後、すばるは一人でリビングで考え込んでいた。
(沙月、本当に大丈夫なのかな……?最近、なんだか無理をしているように見える。)
部活の生徒たちのことを思い返しながら、彼は沙月との関係についても少しずつ疑問を感じ始めていた。
(沙月のために自分ができることは、何だろう……。)
そんなことを考えながら、すばるはそっと部屋の電気を消した。
会話の中で専門用語が出たので、少し解説します!
●ドライブ
ボールを持った選手が、ドリブルを使ってディフェンスを突破し、ゴールに向かって攻め込むプレー。
ゴール下で得点を狙うほか、ディフェンスを引き寄せてキックアウトにつなげる動きとしても重要です。
●キックアウト
ペイントエリア(ゴール下付近)にドライブで切り込んだ選手が、ディフェンスを引き寄せた後に、外周の味方へパスを出すプレーのこと。
主にスリーポイントシュートを狙う際に効果的です。
●クローズアウト
シュートを打とうとする相手選手に対して、素早く距離を詰めてシュートを妨害するディフェンスの動き。
適切な距離を保ちつつ、ファウルにならないように注意が必要です。
●ターンオーバー
ボールを保持するチームが、パスミスやドリブルミス、ルール違反などで相手にボールを奪われること。
攻撃の機会を失うため、試合の流れに大きく影響を与えるミスとされています。




