夏の日、隠した痛み
高校は夏休みに入り、生徒たちは部活動や補習に励む日々だったが、すばるにとっては忙しい日々が続いていた。
部活動の指導や進路相談に加え、新学期に向けた準備に追われる毎日。それでも、生徒たちと触れ合う時間は彼にとって充実した瞬間だった。
体育館ではバスケットボール部の練習が続いていた。
「ナイスパス!次はもっと速く動いてみよう!」
すばるの声が響く中、生徒たちは汗を流しながらボールを追いかけている。
休憩時間、部員の一人がすばるの元にやってきた。
「先生、次の大会ってどの辺を目標にしたらいいですか?」
部員の一人が不安げに問いかけると、すばるは少し考え込みながら笑顔を浮かべた。
「まずは大会の成績よりも、その試合でどれだけ自分たちがやれるか、具体的な目標を立ててみようか。」
すばるはコートを指差しながら続けた。
「例えばアシストは最低でも一試合で5本を目指すとか、試投数を20回以上にするとか。試投数が多くなっても構わないよ。重要なのは、失敗を恐れて消極的にならないことだ。リバウンドを信じて、まずはどんどんシュートを狙おう!」
すばるの言葉に、生徒たちは少し驚いたような表情を浮かべたが、次第にその目には闘志が宿り始めた。
「失敗してもいい、ですか……?」
「そうだよ。大事なのは行動することだ。挑戦しないことのほうが、成長のチャンスを逃してしまう。それにいくらドリブルしても、いくらパスしても結局シュートしなければリングには入らないしね。」
すばるは視線を生徒たち一人ひとりに向けて言葉を続けた。
「大会の成績は結果に過ぎない。でも、その過程でどれだけ自分の殻を破れるかが大切なんだよ。だから失敗を恐れず、全力で楽しもう!」
その言葉に、生徒たちは一斉に頷き合い、練習再開の合図とともにコートへと駆け出していった。
すばるはそんな彼らの背中を見送りながら、小さく笑みを浮かべた。
「麻子先生……先生の教えは、今もぼくの中で大切なものになっていますよ。」
一方、沙月は予備校講師として、夏期講習の真っ只中だった。
生徒たちのやる気に触れながらも、ハードなスケジュールに疲れを感じていた沙月だったが、すばるからの「夏休みの間に4人で集まらないか?」という誘いに、短い休暇を作ることを決めた。
週末、久しぶりに4人が集まり、川沿いのバーベキュー場で楽しい時間を過ごすことになった。
「遥香、そこの野菜お願い!」
「ちょっと待って!こっちは海鮮焼いてるんだから!」
笑い声が絶えない中、ゆうきが炭の調整をしながら話題を振る。
「そういえば、最近の生徒ってどう?」
「やんちゃな子もいるけど、面白いよ。部活なんかは特に成長が目に見えるからやりがいがある。」
すばるの言葉に、遥香も笑顔で頷く。
「子どもたちと向き合うのって本当に楽しいよね。私も授業中に生徒たちがキラキラしてる顔を見ると嬉しくなる。」
「それに比べて俺は大人相手だからなー。あいつら、全然素直じゃないんだよ。」
ゆうきが肩をすくめて笑い、沙月が軽く突っ込む。
「まあ、ゆうきに似てるんじゃない?」
「どういうことだよ。」
「それより沙月、夏期講習大変でしょ?」
遥香が気遣うように声をかけると、沙月は肩をすくめて微笑んだ。
「大変だけど、みんなの頑張りを見ると励まされるよ。でもまあ、こうやって息抜きができると助かるな。」
その言葉に、ゆうきがニヤリと笑って口を挟む。
「さすがに教える立場ってのも大変だよな。俺なんて遥香に怒られるだけで精一杯だぞ。」
「何それ、怒られる理由があるってことでしょ。」
遥香が笑いながら突っ込み、全員で笑い合った。
夕暮れになり、焚き火を囲んでいた時だった。
沙月が突然、顔色を変え、口元を押さえた。
「沙月、大丈夫?」
すばるが心配そうに声をかけるが、沙月は言葉を発することなくその場で嘔吐してしまった。
「沙月!」
すばるが駆け寄り、彼女を支える。
「もしかして、生焼けの肉食べたとか……?」
ゆうきが慌てて鍋を確認する。
「いや、あれちゃんと焼いてたけど……。」
遥香も焦りながら状況を思い返す。
「さっきの海鮮が当たったのかな……?」
ゆうきが口元を押さえて呟くと、遥香が不安そうな顔を浮かべた。
「え、うそ?少し痛んでたりしてた?もしかして、私が焼いたの、生焼けだった?」
焦ったように言いながら、遥香は少しパニック気味に続ける。
「話に夢中で目を離しちゃったし……。ゆうき、ちゃんと見てた?」
その言葉にゆうきは一瞬戸惑った後、ニヤリと笑った。
「遥香がかわいくて、それしか見てなかったよ。」
「はぁ!?何それ!」
遥香は真っ赤になりながら、ゆうきを小突く。
「そういうこと言ってる場合じゃないでしょ!」
そんな二人のやり取りを、沙月は苦笑しながら眺めていた。そして、ゆっくりと笑みを浮かべながら言った。
「そんなに熱々なら大丈夫だよ。きっとお腹の中でちゃんと焼けてる。……ただ、たぶん食べすぎちゃっただけ。」
沙月はさらりと場を和ますように微笑む。
「昔から、たまにあるんだよね。楽しくて食べ過ぎちゃって、あとでこうなるの。」
その言葉に、場が少しだけ柔らかくなり、ゆうきと遥香も一息ついた。遥香はふっとため息をつきながら呟く。
「そっか……それならいいけど。でも、沙月、本当に大丈夫?無理しないでね。」
「うん、大丈夫。本当に。」
沙月はそう言いながら、そっと視線を外し、自分の胸の中で渦巻く不安を抑え込んだ。
その夜、すばるは沙月を家まで送り届けた後、近所の薬局に立ち寄った。
「嘔吐 胃腸薬」と書かれた棚を眺めながら、いくつかの商品を手に取る。
「嘔吐の原因が分からない場合は、できれば病院での診察をおすすめします。」
店員がそう助言すると、すばるは少し考え込んだ。
(まあ、明日の朝の様子を見て、沙月が辛そうなら一緒に病院に行こう。)
そう心に決めたすばるは、薬を購入して静かな夜道を帰路についた。




