ただの疲れ
ある日の夜、夕食後のくつろぎの時間、沙月がぽつりと話しかけた。
「最近、なんか体調が悪くてさ……。」
すばるが顔を上げ、少し心配そうに沙月を見つめる。
「どうしたの?疲れてるの?」
沙月は微妙な表情を浮かべながら答える。
「うーん、疲れてるのもあるかもしれないけど……なんか、ちょっと不安定っていうか。」
「不安定?」
「うん……なんか身体もだるいし、最近いろいろ過敏になりすぎてる感じ。」
すばるは真剣な表情になり、「それ、ちゃんと見てもらったほうがいいんじゃない?」と提案した。
「病院か……。」
沙月は一瞬目を伏せ、それからかすかに首を振る。
「でも、精神的なストレスでこういうことあるって聞いたことあるし、そんな感じかなって思ってる。」
「そうかもしれないけど……早めに診てもらったほうが安心じゃない?何か対策できるかもしれないし。」
すばるの優しい声に、沙月は曖昧に笑みを浮かべる。
「……うん、まあね。ちょっと考えてみる。」
言葉とは裏腹に、その視線はどこか遠くを見つめていた。
(本当は、なんとなく気づいてる。でも、病院でそれがはっきりするのが怖い……。)
心の中でそう思いながら、沙月は自分を無理やり納得させようとした。
翌日の夕食時、すばるが炊飯器からよそったばかりのごはんをテーブルに並べると、沙月がふいに顔をしかめた。
「……あれ?白いごはんって、こんな匂いだったっけ?」
すばるが驚いて彼女の顔を見た。
「え?普通のお米だよ。何も変なもの入れてないけど?」
沙月はテーブルのごはんに顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅いだ後、少し眉をひそめた。
「なんか、ちょっと匂いがきつい気がするんだよね……すばるー、本当に何か入れたんじゃない?」
「いやいや、普通にお米炊いただけだって。水もちゃんと測ったし。」
すばるが笑いながら答えると、沙月は小さく首を傾げた。
「そっか……私の鼻が敏感になってるだけかな。なんか最近、いろいろ気になりすぎてるのかも。」
「それ、やっぱり疲れてるんだよ。ちゃんと休んだり、病院行ったりしないと。」
すばるが心配そうに言うと、沙月は軽く笑みを浮かべながら「うん、大丈夫」と返した。
その数日後、沙月は精神科の予約日を迎えていたが、彼女は結局病院へ足を運ばなかった。
夕食後、すばるが「今日は病院の日だったよね?」と尋ねると、沙月は軽く首を振る。
「あ、行かなかった。最近はなんか調子いいし、もう必要ないかなって思って。」
すばるは驚きながらも、「本当に?無理してない?」と気遣った。
「大丈夫だよ。ありがとうね。」
沙月の言葉にはどこか軽さがあり、すばるは一瞬迷ったものの、それ以上深くは突っ込まなかった。
(本当に大丈夫なのかな……?でも、沙月が必要ないって言うなら、それを信じるしかないのかも。)
すばるの胸には小さな疑念が芽生えたが、それを言葉にすることはなかった。




