言葉の綱渡り
夕食の片付けを終えたすばるは、ソファに腰を下ろしながら沙月が持ち込んだ資料をちらりと見た。
「最近、仕事どう?忙しそうだよね。」
「うん、忙しいけど、生徒たちはやる気がある子が多いから楽しいよ。」
沙月は笑顔で答えながらも、どこか疲れた表情を浮かべていた。その顔に気づいたすばるが優しく言葉を添える。
「無理しすぎないでね。沙月の頑張りはすごいけど、休むことも大事だから。」
「ありがとう。でも、休んでたら生徒たちに申し訳ないしね。」
沙月は軽く肩をすくめた。その様子に、すばるは少し考え込むように視線を落とした。
「実はさ、今日、生徒から恋愛相談を受けたんだ。」
そう切り出すと、沙月は興味深そうに顔を上げた。
「へぇ、どんな相談?」
「うん、依存の話だったんだ。お互いの楽しさを優先しすぎて勉強に支障が出ているって。いい距離感を保ちたいけど、どうすればいいかわからないってさ。」
すばるが言葉を続けると、沙月の表情が少し曇り始めた。
「それで、なんて答えたの?」
「昔の自分の話をしたよ。大学時代のことをさ。」
沙月の表情が微妙に強張る。その変化に気づかず、すばるは言葉を重ねた。
「大学時代、僕も夢中になるあまりに周りが見えなくなってさ。成績が落ちたり、将来のことが見えなくなったりして。でも、今振り返ると、どうにかすればもっとお互い良い形で前に進めたんじゃないかって思うんだ。」
その言葉を聞いた沙月の表情が一気に険しくなる。
「あの頃の行いのせいで、私は夢を諦めたわけだしね。」
低い声でそう言い放つ沙月に、すばるは一瞬言葉を詰まらせた。
「いや、そうじゃなくて……だからこそ、今後どうすべきか迷ってて。どうすればお互いが足かせにならないんだろうって。」
すばるが真剣な目で語ると、沙月は少し唇を噛み、それから視線を逸らした。そして、抑えきれない感情が溢れ出す。
「何?やっぱり私のことが邪魔だって言いたいわけ?」
「そんなこと言ってないよ。」
「いいよね、すばるは。あの時だって私で満足するだけして、自分だけ教師の夢まで叶えちゃってさ。今度も私を使ってやることだけやって、お荷物になったらまた捨てようってわけ?」
沙月の怒りが込められた言葉に、すばるは困惑しながらも静かに首を振った。
「違う。そうじゃ、そうじゃない。ただ、僕が沙月のことを縛っているんじゃないかって、不安になっちゃって……。」
すばるの必死な様子を見ていた沙月は、突然ふっと笑い声を漏らした。
「なにその、鈴木なんとかとかが歌ってそうなフレーズ。駄目、空気ぶち壊しよ。」
その言葉にすばるは驚きながらも、少しだけ肩の力を抜いた。
「そういわれると、あれしか頭に浮かばないや。」
沙月はゆっくりと息を吐き、穏やかな表情で言葉を続けた。
「ごめんね、私も少し言い過ぎたかも。」
すばるはその言葉に頷きながら、安心したように微笑んだ。
「お互い様だよ。」
その日、二人の会話は穏やかに終わったが、すばるの心の中には一つの決意が芽生えていた。
(この話題は、もう二度と触れないほうがいいかもしれない。)




