自問自答
放課後の教室には、夕日に照らされた静かな空気が漂っていた。いつもは賑やかな生徒たちが去り、片付けを終えた机と椅子が規則正しく並んでいる。その中に、教壇に立つ星宮すばると、席に残る一人の女子生徒の姿があった。
「先生、少し相談があるんですけど……。」
そう切り出したのは、クラスで比較的明るい性格で知られる生徒だった。しかし、今の彼女の表情はどこか曇りがちだ。すばるはその顔を見て、椅子を引いて彼女の正面に座った。
「もちろん。どうしたの?」
生徒は少し戸惑いながらも、自分の悩みを語り始めた。
「実は、最近付き合い始めた彼氏との関係が、なんだかよく分からなくて……。楽しい時間を優先しすぎて、勉強が全然手につかなくなっちゃって。お互いのことは好きなんですけど、このままだとダメだなって思っても、どうすればいいか分からないんです。」
すばるは彼女の話を聞きながら、過去の自分を思い出していた。
「お互いを優先しすぎて、他のことが見えなくなるってこと、あるよね。」
彼は優しく言葉を続けた。
「実はね、僕も大学時代に同じようなことを経験したことがあるんだ。」
生徒が驚いたように顔を上げると、すばるは少しだけ苦笑いを浮かべた。
「当時、恋愛に夢中になりすぎて、勉強のことを後回しにしてしまってね。結果的に成績も落として、自分が本当に大切にしたいものを見失いかけた。そうなった時に気づいたんだ。恋愛はお互いを支え合うためにあるべきものだけど、支えるためにはまず自分がしっかり立っていないといけないって。」
生徒は少し考え込むようにしてから、ぽつりと呟いた。
「支え合うために……自分が立つ、か。」
「そう。だから、今の関係を壊す必要はないけど、少しだけ距離を取る努力をしてみてもいいんじゃないかな。相手のことを大切に思うなら、自分の未来を大切にすることも同じくらい大事だと思うよ。」
生徒は小さく頷いた。すばるはその表情に安堵しつつも、胸の奥に小さな棘が刺さるような感覚を覚えた。
生徒を見送り、一人教室に残ったすばるは窓の外に目を向けた。部活帰りの生徒たちの笑い声がかすかに聞こえる中で、彼の脳裏には沙月との生活が浮かんでいた。
(沙月も、あの頃は僕と同じように自分を見失っていたんじゃないか。)
大学時代、沙月はすばるに対して全てを注ぎ込み、夢を諦めた。その姿は、今の沙月にもどこか重なって見える。
(僕は彼女を支えられているのか。それとも、彼女の自立を邪魔しているのか……。)
ふと自分に問いかけるが、答えは見つからない。ただ一つ分かっているのは、沙月を一人にするという選択肢はないということだった。
(辛い思いをさせるくらいなら、今のままでいい。僕がそばにいることで、彼女が少しでも安心できるなら、それでいいんだ。)
しかし、その思いはどこか脆く、自己正当化のようにも感じられた。
教室を後にし、校門を出ると夕暮れの風がすばるの頬を撫でた。家路につく足取りは重く、心に引っかかる感情を振り払うことができない。
(あの生徒には、あんなに自信を持ってアドバイスできたのに、どうして自分のこととなるとこんなにも分からなくなるんだろう。)
すばるは心の中で自問を繰り返した。そして、小さな声で呟く。
「僕は……間違っていないよな。」
その言葉は、夜の闇に吸い込まれていった。




