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償いと誓いの狭間で

食事会が終わり、片付けを終えた後の静けさの中、ゆうきが沙月に向き合った。彼の表情は真剣だった。


「沙月、俺さ、少し気になってることがあるんだけど……一度、病院に行ってみないか?」


その一言に、沙月は少し目を見開き、それから小さく笑って言い返す。


「何それ、大げさだよ。私、そんなにおかしくないよ。」


笑い飛ばそうとする沙月だったが、ゆうきは真剣な目で彼女の言葉を遮った。


「おかしいとかじゃないんだ。遥香もお前のこと心配してた。俺も同じだよ。何か助けになることがあるかもしれないだろ?」


その真剣な説得に、沙月は小さくため息をつき、視線を落とした。


「……わかった。でも、すばるに付き添ってもらっていい?その方が気楽だし。」


少し頼るように呟く沙月に、ゆうきは静かに頷いた。


「もちろんだ。お前のペースでいいけど、ちゃんと考えてくれよ。」



診察日、沙月とすばるは辰星総合医療センターを訪れた。受付を済ませた後、待合室の椅子に並んで座る。沙月の表情は硬く、すばるがそっと声をかけた。


「大丈夫。僕も一緒にいるからさ。」


その言葉に、沙月は小さく頷きながら「ありがとう」と呟いた。


やがて名前を呼ばれ、二人は診察室に入った。落ち着いた声の医師が迎え入れ、沙月にいくつかの質問を投げかけた。沙月は戸惑いながらも、自分の気持ちを話し始めた。


「どうしようもなく空っぽなんです。何かをしてないと、自分の存在に意味がない気がして……。誰かの役に立っているって思わないと、落ち着かなくて。」


沙月の声は次第に震え、その言葉にすばるは胸が締め付けられるようだった。


医師は優しい声で話を続けた。


「白石さんの診断結果ですが、『うつ病』と『強迫的性行動症』の症状が見られます。性的な行動が自己否定感や孤独感を埋めるための手段になるケースは少なくありません。」


医師はさらに、沙月の腕の傷に目を向けた。


「これもまた、痛みを感じることで『生きている』と実感しようとしたのではないでしょうか。こうした行為が、ご自身の心を守る手段となっていたのかもしれません。」


その言葉を聞き、すばるは何も言えず、ただ俯いて拳を握りしめた。大学時代の沙月が頭をよぎる。沙月が不安に駆られ、自分に依存していた日々。そして、それを受け止めきれなかった自分――。


(僕が気づいていれば、もっと早く支えられたのかもしれないのに……。)


診察が終わり、沙月が薬を受け取りに行っている間、すばるは待合室で一人、頭を抱えていた。沙月の腕に刻まれた無数の傷跡、医師の言葉。それらがすばるの胸を重く締め付ける。


(僕は……また誰かを追い詰めてしまったのかもしれない。母さんの時も、沙月の時も……僕がもっと早く気づいていれば、こんなことには……。)


沙月が薬を受け取って戻ってきた。

沙月は少し明るく振る舞おうとしているのが見えたが、その笑顔はどこか無理をしているようだった。

すばるは短く頷き、気遣うように声をかけた。

「疲れたんじゃない?今日は初めての診察だったし、緊張したよね。」


沙月は小さく首を振り、歩調を合わせる。

「すばるがいてくれたから大丈夫だったよ。ありがとね。」


二人は駐車場に向かって歩いていたが、すばるの胸中では言いようのない感情が渦巻いていた。この病院――辰星総合医療センター――は、かつて母が保護され、入院した場所でもある。あのときの記憶がまざまざと蘇ってきた。



(母さんも、ここで治療を受けていた……。)


母が錯乱し、警察に保護された日のこと。すばるは自分の忙しさを理由に、母の不安を見過ごしていた。それが引き金となって、母は自分を見失ってしまったのだ。そして今、目の前にいる沙月もまた、心を壊しかけている。


(僕は、また同じことを繰り返している……。)


診察室で医師が語った言葉が、頭の中でリフレインする。

「自傷行為や強迫的な性行動は、生きるための手段となることがあります。」

「孤独感や自己否定感を埋めようとして、行動を繰り返してしまうケースが多いんです。」


その説明を聞きながら、すばるは大学時代の沙月の姿を思い出していた。自分への依存、身体を求め続ける行動、そしてそれを受け入れ続けてしまった自分――。


(僕があのとき、もっと彼女の気持ちを真剣に受け止めていれば……。僕が自分の弱さに甘えて、沙月の不安を深めてしまったのかもしれない。)


辰星総合医療センターの白い壁が目に入るたび、すばるの胸は締め付けられる。母の入院時と同じように、沙月を助けることができるのか、不安が募っていく。



「私も、少しずつ頑張ってみるね。」


沙月が静かに呟いたその言葉は、希望のようであり、彼女自身への言い聞かせのようにも聞こえた。


すばるは彼女の顔を見つめながら、小さく微笑みを返す。だが、その胸中では強い決意が固まりつつあった。


(もう誰も、こんな風に不安にさせたくない。僕がもっと立派な人間にならなきゃいけない。)


母の入院、沙月の治療――自分が招いてしまった不幸なのではないかという責任感が、すばるの心を縛り付けていた。そしてその重圧は、彼の心に新たな誓いを生む。


(誰かの不安を埋められる存在でいなければならない。それが僕にできる、唯一の償いだ。)


医療センターを後にする頃には、すばるの中で覚悟が一層強くなっていた。その覚悟が、後に自分の限界を超える負担となることを、彼はまだ知らない。


沙月がポケットから何かを取り出し、「帰り道、アイスでも買って帰ろうよ」と笑顔で提案する。その言葉に、すばるはぎこちないながらも「いいね」と答える。


その瞬間だけは、二人の間に穏やかな空気が流れていた。









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