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安堵と嵐の訪れ

 教育実習最終日。

 星宮すばるは黒板に最後の板書を終え、生徒たちに向き直った。


「じゃあ、これでぼくの授業は終わりです。みんな、ありがとう。みんなのおかげで、ぼくも成長することができました。」


 教室は拍手に包まれ、感極まった表情の生徒たちが「先生、また来てね!」「学校の先生になるんでしょ?待ってます!」と声をかける。その言葉に、すばるは胸の奥に暖かいものを感じながら、教室を後にした。


 職員室に戻ると、松尾先生が笑顔で迎えてくれた。


「よく頑張ったな、星宮。お前ならきっといい教師になれる。これからも自信を持て。」


「ありがとうございます。松尾先生のおかげです。」


 すばるは深々と頭を下げた。初日は不安だらけだった教育実習も、生徒たちとの交流や自分の成長を実感することで、大きな成果を得られたと思えた。


 教育実習が無事に終了した翌日、すばるは大学の友人たちと居酒屋での打ち上げに招かれていた。すばるの高校での教育実習、遥香の小学校での実習、ゆうきの社会福祉施設での実習――3人がそれぞれの場所での経験を終えたことを祝う会だった。すばるの提案と遥香からの招待により、沙月も席に加わることとなった。


 賑やかな駅前の居酒屋で、4人は席に着いた。店内の喧騒に包まれながら、それぞれの話題が飛び交う。


「いやー、やっと終わったな!」

 ゆうきがジョッキを掲げ、乾杯を促す。


「ほんとお疲れ様!大変だったけど、みんな頑張ったね。」

 遥香がにこやかに笑みを浮かべる。


「ぼくも最初は緊張しっぱなしだったけど、なんとか乗り越えたよ。生徒たちと一緒に学ぶ楽しさを感じられたし、いい経験だった。」

 すばるはジョッキを軽く持ち上げながら、感想を述べた。


「さすがだな、すばる。遥香もどうだった?」

 ゆうきが隣の遥香に視線を向ける。


「私?もう、毎日が戦場みたいだったよ。小学校の子どもたちって、エネルギーがすごいからね。でもね、その元気に助けられることも多くて。なんだかんだで、教師になりたいって思いがもっと強くなったかな。」

 遥香は楽しげに語り、3人はその話に耳を傾けた。


「お前もすごいな。俺なんか、福祉施設で利用者さんと接するのだけでヘトヘトだったのに。」

 ゆうきは苦笑いを浮かべながらジョッキを掲げる。


 一方、沙月はあまり会話に参加せず、飲み物をちびちびと口に運んでいた。遥香がそれに気づき、話を振る。


「沙月もさ、何か興味あることとか、これからやってみたいことない?」


 沙月は一瞬視線を落とし、苦笑いを浮かべた。

「うーん、特に何も……遥香やすばるみたいに明確な目標がないから、ちょっと焦ることはあるけどね。」


 その言葉に、場が少しだけ静まり返る。ゆうきが気を利かせて話題を変えようと口を開いた。


「まあ、そんな時もあるだろ。焦らなくても大丈夫だよ。」


「そうそう。無理せず、自分のペース。」

 すばるも優しくフォローを入れた。


 沙月は微笑みを浮かべながら、静かに頷いた。その場の空気は再び和やかになり、話題は実習中のエピソードやこれからの計画へと移っていった。





 すばると沙月がアパートの近くまで歩いてきた時、ふと感じた違和感に足を止めた。玄関前に佇む一人の女性の姿が目に入る。薄暗い街灯の下でコートを羽織り、不安げにあたりを見回すその人影――それは、すばるの母だった。


「お母さん?」


 すばるが声をかけると、母は驚いたように振り返り、すばるの顔を見た途端、駆け寄ってきた。その表情には安堵と怒り、そして深い悲しみが交錯していた。




「すばる!どうして連絡を無視するの!何度も電話したのに返事がないなんて……気が気じゃなかったのよ!また自殺したんじゃないかって!!」




 連絡は受け取っていたが、教育実習や沙月との時間を優先するあまり後回しにしていたことをすばるは思い出す。




 母の腕がすばるを掴む。その手は震えており、目には涙が溜まっている。母の声には怒りの色が混じっていたが、その奥に潜むのは言葉にできない恐怖だった。




「ごめん……実習が忙しくて、あまり時間が取れなくて……」


 すばるは母の手をそっと外しながら、申し訳なさそうに答えた。




 だが、母の表情はますます険しくなった。彼女の視線はすばるの隣に立つ沙月に向けられる。その瞬間、彼女の顔が驚きと困惑に染まる。




「この人……誰?」




 沙月は緊張しながら軽く頭を下げた。


「はじめまして、すばるさんとお付き合いをさせていただいている白石沙月です。」




 母はその言葉を聞いた途端、目を見開き、再びすばるを見た。そして、次の瞬間、その表情は怒りに変わる。




「あんた……この女が、あんたを私から奪ったのね!」


 その叫びは、夜の静寂を切り裂いた。

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