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親友

 大学2年の終わり頃、すばると沙月の成績は著しく低下し、卒業や就職が危ぶまれる状態に陥っていた。真面目に講義に出席し、教師を目指して地道に努力を重ねてきたすばるだったが、沙月との関係が深まるにつれて生活は一変していった。講義をさぼり、二人で部屋にこもる日々が増え、大学生活の目標を見失いつつあった。


 そんな二人を心配するゆうきと遥香。二人は親友として、どうすればすばると沙月に現状を気づかせられるか悩んでいた。二人が元の姿を取り戻し、見ていて気楽な二人に戻ってくれるように――ゆうきは行動を起こす決意を固めていた。



 キャンパスのカフェテリアの片隅。ゆうきは深刻な表情で、すばるを睨んでいた。普段の明るい雰囲気は消え去り、張り詰めた空気が二人を包んでいる。


「お前、いい加減にしろよ。」


 ゆうきが静かに放ったその一言に、すばるはぎょっとしながらも目をそらした。


「何の話だよ……。」

 すばるが呟くように答えると、ゆうきの手が机を激しく叩いた。


「全部だよ!講義をさぼるのも、成績落としてるのも、沙月と二人で逃げてることも!お前、自分が何やってるのか分かってんのかよ!」


 その怒声に、すばるの胸が締め付けられた。机に置かれた手は震え、幼少期の記憶が頭をよぎる。怒号、叩かれる感覚、理不尽に繰り返される日々――。


「う、うるさい……分かってるよ……。」

 すばるは頭を抱え、声を絞り出した。しかし、ゆうきの怒りは収まらない。


「分かってる?本当に分かってるなら、こんなことにはなってないだろうが!」

 そう叫びながら、ゆうきは拳を握りしめ、今にも殴りかかりそうな勢いを見せた。


 すばるは本能的に椅子から身を引いた。

「やめろ……!」

 その声は震えていた。その姿を見た瞬間、ゆうきの表情が一瞬だけ変わる。彼はすばるの幼少期の虐待を知っていた。その記憶が、彼の手を止めた。


 だが、ゆうきは再び拳を振り上げるような仕草をしながら叫んだ。

「昔のお前は確かに理不尽な目に合ってた!そのパニック発作を馬鹿にもされた!そんなお前を見て俺だって何度も悔しい思いをした。でも、今の状況はお前が作った結果だろ!」


 その言葉に、すばるは息を詰まらせ、呼吸が急に苦しくなる。目の前の光景が滲み、耳鳴りが始まる。

「だめだ……っ、息が……!」

 すばるは胸を押さえ、椅子から転げ落ちそうになった。ゆうきはすぐに駆け寄り、肩を掴んだ。


「すばる、落ち着け!俺だ、俺がここにいる!お前の親父じゃない!」

 その声に、すばるの意識は少しだけ現実に引き戻された。


 ゆうきは深く息を吐き、声を落として言葉を続けた。

「殴られるまで分からない奴を殴ってでも止めてやる。それが親友だろ。お前は教師になるんだろ?このままで実習に行けるのかよ?」


 すばるは震える手でテーブルを掴みながら、かすかに顔を上げた。

「俺も好きな人ができた。遥香の足を引っ張ろうなんて思わない。間違ったことがあったら、一緒に間違えるんじゃなくて、一緒に正しい道を歩めるようにする。それが好きってことだろ?」


 すばるはその言葉に胸の奥で何かが崩れる音を感じた。ゆうきの瞳は真っ直ぐで、その言葉には偽りがなかった。


「自分のせいで好きな人が悩んでいるって、悲しいだろ?」


 その問いかけに、すばるの中に閉じ込められていた感情が溢れ出した。自分の弱さを沙月に隠し、現実から逃げていた日々。その結果が沙月にも、友人にも負担を与えていたことをようやく自覚する。


 すばるは静かに、深く息を吐き出した。そして、小さく頷いた。

「ごめん……ゆうき。間違ってた……。」

 その声は震えていたが、確かな覚悟が込められていた。



 キャンパスの片隅にある小さなベンチ。ゆうきとすばるの激しい言い合いが終わった翌日、沙月は遅れてやってきた遥香と向き合っていた。遥香はいつも通りの明るい笑顔で、沙月に声をかけた。


「ねえ、沙月。最近どう?なんか前より会う回数減った気がするけど。」

 遥香の言葉に、沙月は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに表情を戻した。


「そうかな?すばるくんと一緒にいる時間が多いから、そう感じるのかもね。」

 沙月は気軽に言い放つが、遥香の瞳は鋭く彼女を見つめていた。


「それでさ、沙月は満足してるの?星宮くんと二人だけの世界にいるのって、本当に幸せ?」

 遥香の問いに、沙月は少し動揺しながらも、笑顔を作った。


「幸せだよ。すばるくんは優しいし、私を大事にしてくれる。遥香だって分かるでしょ?好きな人と一緒にいるのって、すごく心地いいんだよ。」


「そりゃあ、分かるけどさ……」

 遥香は言葉を切り、一呼吸置いてから、真剣な目で沙月を見つめた。


「人を愛するっていうのは、自分も相手もちゃんと成長させることだと思うんだよね。一緒にいるだけじゃなくて、前に進む力をお互いに与えられる関係が理想だと思うの。私はゆうきと出会って、彼を知った。彼を好きになった。でも彼に対して不安もないし、愛情を確かめることもしない。私たちは大事な人のお荷物になっちゃいけないと思うの。今の沙月たちは、それは分かってる?」


 遥香の言葉に、沙月は驚いたように目を見開いた。その視線を受け止めるように、遥香は静かに言葉を続けた。

「沙月は星宮くんのこと、本当に大事に思ってるんだよね。それなら、星宮くんのことも考えてあげてほしい。」



 その日の夜、沙月は一人部屋に戻り、ベッドに横たわりながら遥香との会話を思い出していた。遥香の言葉が胸の奥に刺さり、もやもやとした感情が広がっていく。


「人を成長させる……お荷物にならない……?」

 沙月は小さな声で繰り返し、その言葉の意味を考えようとした。だが、自分にはその感覚がどうしても掴めなかった。


「私、すばるくんを愛してるよ。それだけで十分じゃないの?」

 そう呟きながら、沙月は目を閉じた。


 彼女はすばるから愛されている実感を求め、その証明として身体を重ねることを繰り返してきた。彼にとって「一番」であることが何よりも重要だった。それが、彼女の中で「愛」として成立していた。


「でも……それだけじゃだめなのかな。」

 沙月は天井を見つめ、遥香の言葉を反芻する。心の奥底では、遥香の言葉が正しいことを理解している自分がいた。しかし、それでも変わることはできなかった。


「だって、すばるくんがいなくなったら……私、何もないじゃん。」

 その一言に、自分自身が縛られていることを沙月は薄々自覚していた。


 それでも、すばるとの関係にしがみつき、彼を求めることでしか安心を得られない。彼女にとって、それが全てだった。遥香の言葉が頭に残り続ける中で、沙月はそっと自分の胸に手を当てた。自分にとって「愛」とは何なのか――その答えを見つける日は、まだ遠いように思えた。



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