崩れゆく絆
朝の光が静かに部屋に差し込む中、すばるは目を覚ました。ゆっくりと体を伸ばし、起き上がろうとするが、隣に横たわる沙月がその腕を掴んだ。
「ねぇ、今日は二人でデートの日でしょ?」
沙月は甘えた声を出しながら、何もまとわぬそのありのままの姿で、すばるを自分の胸元へと引き寄せた。
「昨日一緒に居るって言ってくれたでしょ?」
「沙月……今日は学園祭なんだよ。たまにはみんなと遊ぼう?昨日、ゆうきたちも連絡くれたじゃないか。」
すばるは何とか平静を保とうとするが、その声にはわずかにためらいが混じっていた。言葉だけは説得の形を取っているものの、沙月の柔らかな肌の感触に、すでに心が揺らぎ始めていた。
沙月は不満げに頬をふくらませながら、さらにすばるの胸元に顔を寄せる。
「みんなと遊ぶのもいいけど……私はすばると二人でいたいの。」
すばるは一瞬、意識を取り戻すように目を閉じ、浅く息を吐いた。
「でも、沙月も学園祭楽しみにしてたって言ってたじゃないか……」
言いながらも、沙月の指がすばるの腕を軽く撫でる感触に、彼の言葉は次第に力を失っていく。
沙月はふわりと笑みを浮かべながら、すばるの肩に頬をすり寄せた。
「学園祭なんて、来年でも行けるじゃない。ねぇ、すばる……私のこと、嫌いになっちゃったの?」
彼女の囁きと甘えた声に、すばるの心はさらに揺さぶられた。「嫌い」という言葉が胸を刺し、すばるは無意識のうちに沙月の背中に手を回していた。
「そんなわけないよ……」
すばるはぎこちなく笑ったが、その言葉は説得というよりも、自分自身に言い聞かせているようだった。
「でも、ゆうきや遥香だって誘ってくれたし……たまにはみんなと過ごすのも大事だろ?」
そう言いながらも、すでに沙月の指がすばるの髪を優しく撫で、彼をその場に縛りつけているようだった。彼の声は次第に弱々しくなり、抵抗の意志はその指の動きに溶かされていった。
沙月は一瞬だけ黙り込んだが、すぐに彼の耳元に唇を寄せて囁いた。
「じゃあ……一回だけしよう?そしたら準備して行く。これでどう?」
その言葉に、すばるの視線は一瞬揺れたが、次の瞬間には沙月の瞳を見つめ返していた。その視線には、もう抗う気力が残っていなかった。沙月の誘いにすばるの心は溶かされ、彼は深く頷いた。
すばると沙月は身支度を整え、学園祭の会場へと向かった。午後の柔らかな日差しがキャンパスを包み込み、賑やかな笑い声や音楽が至る所から響いてくる。出店やステージパフォーマンス、コスプレ姿の学生たちがキャンパスを彩り、活気に溢れていた。
しかし、メッセージに記されていた待ち合わせ場所にたどり着いた二人の顔は少し曇っていた。予定の時間を過ぎており、ゆうきと遥香の姿はどこにも見当たらなかった。
「少し遅れちゃったね……」
沙月が呟きながらスマートフォンを取り出す。すばるもすぐにゆうきに連絡を入れた。
「今どこ?」
短いメッセージを送ると、ほどなくして返信が来た。
「もう回ってるよ。悪いけど、先に行かせてもらってる。」
その言葉に、すばるは胸の奥に小さな棘が刺さったような痛みを感じた。さらに続いて遥香からもメッセージが届いていた。
「周りのことも考えてよ。」
すばるは返信画面を開いたものの、言葉が出てこなかった。その隣で沙月が気楽そうに肩をすくめる。
「仕方ないよね。気分を切り替えて二人で楽しもう?」
その言葉に、すばるはかすかに頷いたが、心の中では罪悪感が渦巻いていた。ゆうきや遥香との間に溝ができつつあることを薄々感じていながらも、沙月の笑顔に引きずられるようにその思いを押し殺した。
学園祭の会場を二人で回る中、沙月は屋台のたこ焼きを手にして楽しそうに笑ったり、出店の雑貨を手に取り「これ可愛くない?」とすばるに見せたりしていた。
すばるもなんとかその場の空気に合わせて笑顔を作ろうとするが、どこか心が浮かない。
しかし、沙月の楽しそうな笑顔を見るたび、彼女の存在がどれほど自分にとって大きいかを痛感していた。
ふと、人混みの中で見覚えのある二人の姿を見かけた。ゆうきと遥香だ。二人は屋台を巡りながら、楽しげに話している。その光景を見た瞬間、すばるの心には小さな違和感が生まれた。
「声をかけようか……」
すばるは口を開きかけたが、隣で沙月が彼の手を握りしめた。
「ねぇ、行こうよ!」
沙月の声が彼を現実に引き戻した。彼女の瞳は無邪気で、まっすぐにすばるを見つめている。その目に抗うことができず、すばるは遥香たちを呼ぶのをやめ、沙月とともにその場を去った。
その日の夜、沙月の部屋に戻ったすばるは、ついに溢れた罪悪感を口にした。
「今日、やっぱりみんなと一緒に回った方がよかったのかな……」
沙月はすばるの顔を覗き込むようにして微笑む。
「そんなことないよ。だって、二人で過ごした方が楽しいでしょ?」
そう言いながら沙月はすばるの頬に触れ、優しく微笑んだ。その手の温かさに、すばるは再び言葉を飲み込んでしまう。沙月の存在が彼の全てを支配しているようだった。
一瞬の沈黙が流れる中、沙月はすばるの手をそっと握り、柔らかくベッドへと引き寄せた。
「ねぇ、今日はもう考えるのやめよう?私たちだけの時間を楽しもうよ。」
沙月の低く甘い声がすばるの耳に響く。彼女の瞳はすばるをじっと見つめ、その瞳に映る自分を否定することができなかった。罪悪感に揺れながらも、すばるは沙月の言葉に抗えず、そっと手を伸ばし彼女を抱き寄せた。
「沙月……」
名前を呼ぶその声はかすかに震えていたが、次第にその震えは消え、二人の呼吸だけが部屋を満たしていく。沙月はすばるを包み込むように腕を回し、優しく囁いた。
「ほら、私のことだけ見て。」
すばるの中にあった小さな迷いも、沙月のその一言で霧散した。自分のすべてを沙月に捧げるように、彼はその瞬間、彼女の存在だけに意識を向けた。罪悪感を押し殺すように、二人は何度も身体を重ね、快楽の中に溺れていった。
翌日、沙月は大学で遥香にノートを借りようと声をかけた。
「ねえ、昨日の講義、ノート貸してくれない?」
しかし、遥香は冷たい目で沙月を見つめた。
「都合の良いときだけ利用しないでよ。」
その言葉に沙月は一瞬固まった。いつも明るい遥香がこんなトーンで話すのは初めてだった。隣にいたゆうきも腕を組みながら沙月をじっと見つめた。
「沙月、すばる。もう少し、今までの繋がりも大事にしなよ。」
その言葉にすばるはハッとし、沙月も何か言い返そうとしたが、言葉が出なかった。二人はただ、その場の空気に耐えるしかなかった。
友情と愛情の狭間で揺れ動くすばると沙月。その関係がこの先どうなっていくのか、まだ誰にも分からない。




