打ち明けた過去
放課後の体育館。誰もいない静かな空間で、ゆうきはすばるを呼び止めた。
「すばる、ちょっと話そう。」
すばるは立ち去ろうとしたが、ゆうきの真剣な声に足を止めた。体育館の隅に座ると、ゆうきが切り出した。
「お前、最近様子がおかしい。机の音が怖いって言ってたけど、それだけであんなに苦しむものなのか?」
その言葉に、すばるは拳を握りしめた。声を出そうとしても、胸の奥に詰まった何かが邪魔をして言葉にならない。しばらくの沈黙の後、ついにその感情が爆発した。
「それだけ?あれがそれだけのことに見えるのか!?君には僕のことはわからないよ!」
すばるの声は震え、次第に大きくなった。
「毎日暴力を受ける恐怖が、毎日家の物が壊れていく恐怖が……どんなに怖いかわからないんだ!」
言葉は止まらなかった。
「物が壊れる音がするたびに、次は僕かもしれないって思ってた!何もできない自分が情けなくて、でも怖くて……!」
声を荒げた瞬間、すばるの呼吸が急激に乱れた。胸が締め付けられるような感覚が襲い、視界が揺れ、足元がふらつく。
言葉と共に蘇る記憶と恐怖は止まらなかった。
「すばる、大丈夫か!」
ゆうきが肩を支えたが、すばるはそれに答えることもできず、膝をついてしまった。
ゆうきの助けを借りてベンチに腰を下ろしたすばるは、額に滲む汗を拭いながら、震える声で謝った。
「ごめん……取り乱して……」
ゆうきはしばらく何も言わなかったが、やがて静かに口を開いた。
「お前、本当に辛かったんだな。でも、それだけで済ませたくない。何があったのか、教えてくれ。」
その言葉に、すばるは再び沈黙した。しかし、ゆうきの真剣な目に押されるように、胸の奥に秘めていた記憶を語り始めた。
「昔……僕の家は、全然平和じゃなかった。」
すばるは、震える声で話し始めた。父親からの暴力、怒鳴り声や物を壊す音が日常だったこと、母親が泣きながらそれに耐えていたことを語る。家の中で安心できる場所はなく、常に何かが壊れる音が響いていた。
「ある日、父さんは僕の前で机を蹴ったんだ。飛んできた机の当たり所が悪かったのか、僕は大けがをしてしまった。」
すばるの拳は震え、その瞳には涙が浮かんでいた。
「そのとき、父さんは僕にこう言ったんだ。『なぜケガをしているんだ。そんなに弱いなんて情けないな。』って……それだけじゃなくて、また机を蹴って、どこかへ行った。」
すばるは涙をこぼしながら続けた。
「その音が、本当に怖くて……それ以来、机が蹴られる音や大きな音を聞くたびに、あの日のことが頭をよぎるんだ。心臓が締め付けられるみたいで、体が動かなくなる。」
声は震え、途切れ途切れになりながらも、すばるは過去の記憶をゆうきに打ち明けた。
すばるが話し終わると、しばらくの間、二人の間には静寂が訪れた。ゆうきは視線を落とし、拳を強く握りしめていた。そして、ようやく絞り出すように言った。
「……そんなことがあったのか……お前、本当に辛かったな。」
顔を上げたゆうきの目には、深い悲しみと怒りが浮かんでいた。
「すばる、俺、そんな過去があったなんて全然知らなかった。知らなかったから、今までお前を助けることもできなかった。」
ゆうきの声は震え、涙ぐんでいるようにも見えた。
「ゆうきが謝ることじゃないよ。」
すばるは苦笑しながら答えたが、その目にはまだ涙が滲んでいた。
ゆうきは、ふいに立ち上がり、すばるに手を差し伸べた。
「行こう。とにかく、外に出ようぜ。」
すばるは戸惑いながらも、ゆうきの手を握り返した。二人は体育館を出て、校庭をゆっくりと歩き始めた。隣にいるゆうきの存在が、ほんの少しだけすばるの心を軽くしてくれるように感じられた。




