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一歩踏み出す勇気

 新しいミニバスクラブに通い始めたすばるだったが、慣れるには時間がかかった。練習場に足を運ぶたび、知らない顔ばかりのチームメイトたちが、すでに息の合ったプレーを繰り広げているのを見ると、自分だけが部外者のように感じられた。


 練習が始まると、コーチから出される指示に必死で応えようとするが、周りと息が合わずにパスミスやタイミングのズレが目立つ。ミスをするたび、周囲の視線が痛いほど突き刺さる気がして、すばるはますます声を出すのをためらうようになった。


「……僕、本当にここでやっていけるのかな。」

 練習後の帰り道、ひとり呟いた言葉が、冷たい夜風に消えていった。



 そんなある日、練習中のパスミスをきっかけに、すばるは完全に動けなくなってしまった。コーチが励ます声も、チームメイトの掛け声も耳に入らず、ただその場に立ち尽くしていた。


 その夜、布団にくるまって過ごすすばるの脳裏に、ふと懐かしい声が聞こえた。いや、蘇った。小学校時代の担任だった麻子先生の声だ。


「行動を起こすことは、何よりも大事だよ。誰かと繋がりたいなら、まずは自分から一歩踏み出してみよう。」


 その言葉は、すばるの心に小さな灯をともした。初めて母親にミニバスをやりたいと伝えた日のことを思い出す。あの時も、自分から一歩を踏み出したことで、新しい世界が広がった。


「やってみなきゃ、何も始まらないよな。」

 その言葉を胸に、すばるは翌日の練習で一つの行動を起こすことを決意した。



 練習が終わり、チームメイトたちがそれぞれ片付けやストレッチをしている中で、すばるは自分の中の恐怖心と戦っていた。声をかけようか、やめようか。何度も迷った末に、ようやく隣にいた背の高い少年に近づいた。


「ねえ、1on1しない?」


 その少年は一瞬驚いたようだったが、すぐにニコッと笑った。

「いいよ。僕も誰かとやりたかったんだ。」


 その少年は「ゆうき」と名乗った。穏やかな口調とは裏腹に、鋭い目つきと自信に満ちた立ち振る舞いが印象的だった。


 1on1が始まると、ゆうきの動きの速さと正確さにすばるは圧倒された。最初の数プレーでは、何度も簡単にボールを奪われてしまった。だが、すばるは負けたくない一心でドリブルを続け、ボールを守り抜いた。


 ゆうきが軽快なフットワークで前に立ちはだかり、手を伸ばしてプレッシャーをかけてくる。すばるは視線を左右に動かしながら、ボールを床に叩きつけ、リズムを整える。


「ここを抜けなきゃ、勝てない……!」

 すばるは一瞬だけ視線をゆうきの左側に向け、一歩踏み出した。

 ゆうきの反応は早かった。すばるの視線を読んで左足を踏み出し、進路を塞ぐ。


 だが、それはすばるのフェイクだった。


 すばるはすぐさま切り返し、ゆうきの右側に大きく一歩を踏み出す。彼の体全体がゴールへ向かって前進する瞬間、ゆうきの目が鋭く光る。


「甘いな。」

 ゆうきはその一歩を読んで体を滑らせ、進路を封じにかかる。


 しかし、すばるのその一歩もフェイクだった。

 瞬時にボールを右手から左手に切り替える。


「やはりクロスオーバーか。ここで止める。」

 右側がフェイクだと読んだゆうきが左の進路を塞ぐ。


 しかしすばるは止まらない。

 さらに左から右へと素早くクロスさせる。


「ダブルクロスオーバー!?」


 ボールはまるで自分の意思を持つかのように、すばるの意図に応えて弧を描いた。


 その瞬間、ゆうきのバランスが大きく崩れる。足元を見失ったゆうきは、思わず後ろへ足を滑らせた。膝を折りそうになりながらも必死に立て直そうとするが、すでにすばるはその隙を逃さなかった。


「行ける!」

 すばるは心の中で叫びながら、一気にゴールへ向かって全力で駆け抜けた。汗が頬を伝い、心臓の鼓動が耳に響く中、すべてがスローモーションのように感じられる。


 ゴール前に到達したすばるは、一瞬だけフォームを整えた。そして、跳び上がりながら腕を伸ばし、シュートを放つ。


 ボールは高く弧を描き、リングに吸い込まれるように入った。


「シュート、決まった!」


 その瞬間、すばるの中にあった緊張の糸が切れ、代わりに熱い達成感が広がった。ドリブル、クロスオーバー、シュート――自分の力で全てを繋げて得た得点が、これまで感じていた孤立感を打ち破ったようだった。


「やるじゃん!」

 ゆうきが驚きと尊敬が混じった表情で言い、近づいてきた。そして、手を差し伸べながら笑顔を見せる。


「もう一回やろうよ。」

 その言葉に、すばるは小さく頷き、手を握り返した。


「これで、僕もこのチームの一員になれるかもしれない。」

 すばるにとって、1on1は単なる勝負ではなかった。それは、自分の居場所を作るための第一歩だった。そして、その第一歩を踏み出せたことで、これまでの不安が少しだけ軽くなった気がした。



 クラブで少しずつ居場所を作り始めたすばるだったが、家庭では母親の過干渉に悩まされる日々が続いていた。


「宿題、ちゃんとやったの?」「練習ではもっと声を出していかないとダメよ!」

 母親の言葉は、すばるにとってプレッシャーでしかなかった。


 ある日、練習場から帰る車内で母親が言った。

「すばる、あの1on1の時のプレー、すごく良かったわよ。でも、次はもっと積極的に声を出してみたらどう?」


 その言葉に、すばるの胸に小さな苛立ちが芽生えた。

「もうやめてよ!僕だって頑張ってるんだ!」


 母親は驚いたように黙り込んだ。車内には気まずい沈黙が広がったが、すばるの中では初めて自分の気持ちをはっきり伝えた達成感が残った。



 次の練習で、ゆうきが声をかけてきた。

「昨日の1on1、マジでかっこよかったよ。あの一歩にやられた。またやろうよ。」


 その言葉に、すばるの胸が熱くなった。

「ありがとう。またやろうね。」


 1on1をきっかけに、ゆうきとの距離は一気に縮まった。練習後には一緒に片付けをしたり、学校での話をしたりするようになり、次第に笑顔の時間が増えていった。


「僕にも、ここに居場所ができた。」


 ゆうきは、すばるにとって初めての新しい友達だった。その存在が、すばるを前向きにさせる大きな力となっていった。

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