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揺れるネットと心

 

 ミニバスに通い始めたすばるの日常は、少しずつ輝きを取り戻していた。


 週に数回の練習では、コーチの指導を受けながら、チームメイトと共に汗を流す日々が続く。


 すばるは「ポイントガード」としてチームの動きを支える役割を任されるようになった。


 ポイントガードとは、バスケットボールにおいて「チームの司令塔」と呼ばれる重要なポジションだ。試合の流れを読みながら、チームメイトに指示を出し、適切なパスを送りながら全体をコントロールする。そのため、チームメイトとの密なコミュニケーションが欠かせない役割でもある。


 これまでのすばるは、自分の考えや気持ちをうまく言葉にできず、周囲に溶け込むことが難しかった。しかし、ポイントガードとしてチームに貢献する中で、自分の声を出し、周りと協力することの大切さを学び始めていた。


「すばる、ナイスパス!」

 シュートを決めた圭吾が振り返り、親指を立てて見せた。その言葉にすばるは恥ずかしそうに頷きながらも、自分の言葉や行動がチームの結果に繋がる喜びを感じていた。


 家庭では感じられない解放感が、ミニバスでは待っていた。誰かと繋がり、一緒に目標を達成する。その経験が、すばるにとって自己表現の第一歩となっていった。



 一方で、家庭の空気はどこか不穏さを増していった。父親が帰宅すると、リビングの空気は一気に重くなり、母親は必要最低限の言葉しか発しなくなった。父親もまた、口を開けば母親を責める言葉ばかりを投げつけるようになった。


「最近、出かけることが多いな。」

 夕食の席で父親が母親に向けたその一言は、テーブルに張り詰めた静寂をもたらした。


 母親は箸を置いて、目を伏せたまま小さく答えた。

「ちょっと、用事があって……。」

「用事って何だ。」

 父親の言葉は鋭く、明らかに怒りを含んでいた。そのやり取りを横で聞いていたすばるは、胸が締め付けられるような思いだった。


「お母さんとお父さん、どうしてこんなにうまくいかないんだろう。」


 すばるはその理由を知りたかったが、怖くて聞くことができなかった。




 次の日、ミニバスの練習場に向かう途中、すばるは圭吾にふと本音を漏らした。


「最近、お父さんとお母さんが全然仲良くないんだ。」

 圭吾は驚いたようにすばるを見たが、少し考え込むような顔をして言った。

「そっか。でもさ、ミニバスがあるじゃん。ここでは楽しくやろうぜ!」


 その言葉にすばるは、ほんの少しだけ救われた気がした。圭吾は何もわからないのかもしれない。でも、それでもミニバスはすばるにとっての唯一の居場所だった。


 その日の練習でも、すばるは全力を尽くした。パスを送り、仲間に声を掛けるたび、心の中のモヤモヤが少しずつ晴れていくようだった。


「すばる、こっち!」

 圭吾の声に応えてボールを送る。次の瞬間、圭吾の放ったシュートがリングに吸い込まれる。歓声が上がり、すばるの胸には久しぶりの達成感が広がった。




 練習を終えて帰宅したすばるは、リビングに置かれた書類の束と印鑑を目にした。普段は片付けられているテーブルに、今日は無造作に物が散らかっている。


「お母さん、これ何?」

 すばるが指を差しながら尋ねると、母親は慌ててそれを隠した。


「あ、ごめんね。大事なものだから。」

「何の?」

 すばるがさらに聞くと、母親は微笑みながら答えた。

「ちょっと必要な手続きがあってね。でも、すばるには関係ないことよ。」


 その言葉に、すばるは疑念を抱きながらも、それ以上追及することはできなかった。ただ、胸の中には消えない不安が広がっていった。




 翌日、学校から帰宅したすばるは、リビングで父親と母親が口論をしているのを耳にした。父親の怒鳴り声が壁を越えて響き、すばるの足はその場に凍りついた。


「何を勝手にやってるんだ!」

 父親の声が怒りに震えているのがわかる。母親の声は小さく、何を言っているのかは聞き取れなかった。


 すばるは耳を塞ぎたかった。自分の家庭が壊れていく音が、嫌でも聞こえてくる。何かを変えたいと思ったが、小さな自分にはどうすることもできない現実に、ただ立ち尽くすしかなかった。



 それでも、すばるにはミニバスがあった。コートに立つたび、家庭での苦しさを忘れることができた。仲間と声を掛け合い、チームの一員として動くその時間だけが、すばるの心を救ってくれる場所だった。



 練習後、すばるは母親に向かって言った。

「お母さん、僕、もっと頑張るから!ちゃんと見ててね!」

 母親は少し涙ぐんだように見えたが、すぐに笑顔を作って答えた。

「もちろんよ、すばる。お母さんも応援してるから。」


 その言葉は、すばるにとって何よりの励みだった。家庭の問題は解決しない。それでも、ミニバスの時間がある限り、自分は前に進めると信じた。




 夜、布団に入ったすばるは、これまでのことを思い返していた。家庭での重苦しさ、ミニバスでの楽しさ、自分を応援してくれる母親の姿。全てが、今の自分を作っていると感じた。


「僕が頑張れば、お母さんも元気になるはずだ。」


 その思いを胸に、すばるは明日も全力で頑張ることを心に決めた。ミニバスが、自分と母親にとっての希望の光であると信じて。



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