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84.0 『魔術』


「そんであれか? これで俺はケリスの魔術が使えるようになったって事か?」


「その筈ッスよ〜? まぁ対価の『痛み』は伴うッスけど」


「それよりもぉ〜、あーし少し気になる事あってぇ〜」


 ケリスはそう言うと、未だに顔を赤くしているウブなナーコを覗き込んだ。


「な、なにかなケリスちゃん……?」


「ナコリン、あーしの事おもいっきりビンタしてくれませんかぁ?」


「な、なんで!? わ、私べつに……べつにハルタのキスを気にしてる訳じゃないんですけど!?」


「なぁーに言ってんですかぁ? ふつーにあーしがビンタしてほしいだけなんですけどぉー」


 ケリスがそこまで言うと、タロットも何かを察したように口を挟んだ。


「あー、そーゆー事ッスかぁ! 面白そうッスねぇ、思いっきりやっちゃえナコちゃーん!」


「な、なんでこんな話になってるんだよ? 俺の魔術は??」


「いいからハルタローも見てるッス〜」


 タロットは俺の背中にもたれかかり、一緒にケリスとナーコを眺めた。


「い、いいの? 思いっきり?」


「そーですぅ思いっきりですぅー、キスの恨みを晴らすように思いっきり叩いてくださぁーい」


「だ、だから恨んでなんかないってば! もう!!」


 ナーコはそう言うと、思いっきり振りかぶってケリスの頬に平手打ちをしたが。


 その手は頬に触れた瞬間にピタリと止まった。


「あれ?」


「アッハー♪ やっぱりぃ〜」



——あ、これってつまり……



「俺と同じ……」


「たぶんそーッスね〜! ハルタローと契約してケリちゃんも『絶縁体質』になってるっぽいッス〜」


「マジかよ……」


「ケリちゃんよく気付いたッスね〜」


「アッハー♪ アスタロト様に褒めて頂けて嬉しいですぅ〜」


 ケリスはニコニコしながらこちら来ると、タロットに頬を向けながら言う。


「ささっ、アスタロト様も一発どーですかぁ?」


「あっは〜♪ いいんスかぁ? そんじゃ、いくッスよ〜?」


「どーぞどーぞぉ♪」


 そしてタロットが平手をケリスの頬に叩きつけると。



———バチンッッ!!———



 大きな音が響き、ケリスが壁に目掛けて吹き飛ばされた。

 そのままケリスは背中から突っ込むと、壁にヒビが入る。

 そして逆さまでズルズルと壁から床に落ちてきた。


「あ、あれ……? ケリちゃん……?」


 苦笑いのタロットをよそに、ケリスは頬を真っ赤に腫らして涙目でタロットを見る。


「アスタロト様ぁ……ひぐっ……痛いですぅ……ひっ……」


 ケリスはそこまで言うと、頬を押さえて涙をボロボロとこぼし始めた。


「ちょーっとハルタロー! これはどーゆー事ッスかぁ!」


「お、俺が知るわけねーだろって! お前が魔術とか使ったんじゃねーのかよ!」


「使う訳ないッスよぉ! け、ケリちゃん大丈夫ッスかぁ!?」


 タロットはすぐにケリスに駆け寄って抱き起こした。


「うぇっ……あーしぃ……ひぐっ……なにか悪い事しましたかぁ……?」


 自分が叩いていいと言った事も忘れるくらい、タロットに叩かれた事が応えているらしい。

 声を上擦らせながらタロットの胸に顔を埋めた。


「ごめんッス、ケリちゃんごめんッス〜」


「アスタロト様ぁ……アスタロト様ぁ……」


 ケリスがこの状況を利用して、タロットに甘えまくっているように見えるのは俺だけだろうか……。


「なーんか条件があるんスかね〜?」


「わかんないですぅ……あーしぃ……ハルタンに騙されたんですかぁ……?」


「ハルタローはひどいヤツッスね〜、おーよちよち」


「おい人聞きの悪い事言うなよ……! 俺は自分の事すらまだよくわかってないんだぞ……!」


「あっは〜♪ 冗談ッスよ〜、でもわかんないッスね〜、なーんでアタシはダメだったんスかね〜」


「ナコリン、もっかい叩いてもらってもいいですかぁ?」


「私!? こ、この状況のケリスちゃんを叩くのは……だいぶやりづらいんだけどなぁ……」


「大丈夫ですぅ……ナコリンのは効かないですぅ……」


「そ、そぉ……? じゃあ……」


 ナーコがそう言ってケリスの頬をもう一度叩くと。



———バチンっ!———



「ダメですぅ……やっぱり痛いですぅ……」


 真っ赤に腫れ上がる頬を押さえてケリスは涙を溢し、またタロットにしがみつくのだ。


「ご、ごめんねケリスちゃん……ってこれ、私が悪いのかな……?」


「んー、対価が払えなくなってる感じに似てるんスけど〜……ハルタローの対価ってなんスかぁ?」


 あっけらかんとした顔でこっちを見てくるタロットだが、


「だから俺が知る訳ねーだろって!」


「うぇぇぇん……アスタロト様ぁ……」


「おーよちよち、いいこいいこッス」


 ここでタロットの胸に埋まるケリスの口元がニヤけている事に気づいた。


「おいタロット、たぶんコイツもう痛がってねーぞ?」


「へ? そーなんスか?」


「ハルタンひどいですぅ……痛いです痛いですぅ……! アスタロト様ぁ痛いですぅ……!」



——コイツ……ッ!



 タロットはケリスを胸元で撫でながらこちらを見上げてきた。


「ハルタローもケリちゃんの魔術使ってみたらどーッスか? 今ならフツーに使えると思うッスよ?」


「そうだよな、実は結構ビビってんだ……」


「だいじょーぶですよぉハルタン、ちょっとチクっとするくらいだと思いますぅ〜」


「お前……それホントだろうな……?」


「あーしが信用できないんですかぁ〜? 舌を絡めた仲じゃないですかぁ♪」


「やめてくれ、まだ恥ずかしいんだよ……!」


 ダメなんだこういうの……意識しちゃうんだよ……!


「アッハー♪ ハルタン可愛いですねぇ〜」


「うるさいな……! わかったよやってみるって……!」


 耳が熱を帯びているのが自分でわかった。

 それをみんなに気づかれないよう、必死に誤魔化す。


「ハルタロー、魔術は契約者のことを考えるッス。ケリちゃんが炎出す姿を見ながらだと、やりやすいと思うッスよ〜」


 タロットがそう言うと、ケリスは立ち上がって、俺の前で黒い炎を出して見せた。


「こーんな感じですぅ、アスタロト様の足元にも及ばないですけどぉ、人間一人くらいなら簡単に焼き殺せるから注意してくださいねぇ〜♪」


「恐ろしいこと言うなよ……わかったやってみる……」


 そして俺は落ち着き、改めてケリスをゆっくりと見渡した。

 腰まで垂れるピンクのサイドテール、前髪を少し横に流している。

 黒いノースリーブに真っ白のミニスカートからは網タイツの細い脚。

 色素の薄い肌に、大きな真紅の瞳孔、潤ったピンクの唇……。

 

 俺は契約時のことを思い出して自分の唇を押さえた。


 華奢な腕に、細い指の生えた手、そしてその手のひらからは真っ黒の悍ましさを感じる炎。


 そうだ、自分で出すんじゃないんだ。

 ケリスのチカラを借りるんだ。



——あれ、なんか出せそうな気がするぞ……。



「なんか……いけそうな気がする……」


 こうつぶやくと、三人が声をかけてくれた。


「おぉ〜、ハルタン飲み込み早いですねぇ〜♪」


「ハルタがんばって……!!」


「がんばれハルタロー!」



 期待は裏切れない、俺もかっこいい魔術を使ってみたい。

 そして、俺もコイツらと肩を並べて……。



——よし、出せる。



 そう思って自分の手のひらに力を込めた瞬間。



 全身の皮膚が剥がされた。



「い"ッッッッ……づぁッッッ……がぁあ"あ"っ………痛ッッッ………」


 皮膚が剥がされる……肉が切り裂かれる……骨がへし折られる……!

 ありとあらゆる『痛み』が身体全身を包む。


 ベリベリ、ギシギシ、ミシミシ、ズキズキ、キリキリ

 痛みに伴う音が脳を反響していく。



——痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!!



 タロットに剣で刺された時なんかとは比べものにならない『痛み』。


「あっッづぁッ……これむり、、むりむりむりむりッ……!!! あ"っ…………あ"ぁッッッ……!! ぉ……ォエエエ……」


 そんな声を漏らし、俺はその場に崩れ落ち、両手をついて嘔吐してしまった。


「ちょーっとちょっと! ハルタロー大丈夫ッスかぁ!?」


「ハルタぁ!! もうやめよう……無理する必要ないよ……!」


 そしてナーコは背中をさすりながら、俺の吐瀉物を拭いてくれている。


「ハァッ……ハァッ……ゲホッ……ハァッ……こんなの……こんなの耐えれるわけ……ハァッ……!」


 『ちょっとチクっとするだけ』

 悪魔のこの言葉を甘くみていた。


「ハルタン大丈夫ですかぁ? 痛みに弱いって想像以上みたいですねぇ〜」


「ちがっ……こんなの……こんなの死ぬだろう……ハァッ……」


 俺の言葉にはタロットが顔を覗き込みながら答えてくれた。


「ハルタロー、アタシが保証するッス。絶対に死んだりしない、約束するッス」


「でもホントに……こんなの……人間が耐えられる痛みじゃ……ぉえッ……」

 

「ゆっくりでいいッス、でもきっとハルタローにはこれが必要ッス。少しずつでいいから慣れておかないと……いざって時に、本当にショック死しちゃうかもしんないッス……」


「ハァッ……わかっ……ハァッ……! わかったッ……お前がそう言うなら……きっとそうなんだろ……ハァッ……」


 タロットの言葉に励まされ、俺はもう一度立ち上がってケリスの前に立った。


「ハルタン……今日はもうやめといた方がいいんじゃないですかぁ……?」


「大丈夫だ……大丈夫……」


 ケリスが俺の手を握った。


「ゆっくりですよぉハルタン、一気に出さなくていいから、ゆーっくり出してくださいねぇ」


 するとケリスは手のひらから小さい炎を出し、少しずつ大きくしていく。


 それを見てから俺は目を瞑り、右の手のひらを前に突き出した。


 左手にケリスの体温を感じながら、ゆっくりと力を込めていく。



————ベリッ————



「痛っづぁ……!」



————ミシッ————



「あ"っぐ……」



————ギシッ————



「い"ッッッ………!!」


 ゆっくりと生爪を剥がされるような、鋭い痛みが全身を襲ってくる。

 これ以上進みたくないと思わせる『痛み』


 そして更に力を込める。



————バキッ————



「ぅあ"ぁぁッッッ………!!」


 骨が砕かれる痛みを感じると同時に、手のひらに暖かさを感じた。

 すると痛みは治まり、ぼんやりと、瞼を通して熱が見て取れる。



「おぉ〜ハルタン出来てますよぉ〜! あーしの魔術出てます出てますぅ〜♪」


 ケリスの嬉しそうな声を聞いてゆっくりと目を開ける。

 すると、俺の手のひらに小さな黒い火の玉が灯っていた。



「これが……魔術……」


「そーですよぉ〜♪ ハルタンやれば出来るじゃないですかぁ〜」


 ケリスがそう言って俺に抱きついてきた。


「ハァッ……やった……ハァッ……俺もそれっぽいことできた……」


「ハルダぁ……よがっだぁ……」


 ナーコが自分の事のように涙と鼻水を垂らして喜んでくれている。


「良かったッスね〜ハルタロー、これに慣れたらお仕事も増やせるッス〜」


 これに慣れるなんて事が果たして可能なのか疑問ではあるが、タロットが喜んでくれたなら何よりだ。


「一回出せば……これ以上痛みは感じないんだな……ハァッ……」


「ですですぅ〜、でももう危ないからそれ消してくださいねぇ〜」


 ケリスは当たり前のようにそう言ってくるが……。


「え? いや、あのさケリス……そんで……消すってどうやるの……?」



「「「は???」」」



「ちょちょちょ、ハルタンそれ消せないんですかぁ?」


「消せないっていうか……消し方わかんないっていうか……抑えるのでいっぱいいっぱいっていうか……」


 手のひらで蠢く黒い炎を、俺はどうにか必死に押さえ込んでいた。


「たぶんこれ……暴発しそうなんだけど……」


「まってまってハルタローダメッス! ここでそんなん撃ったら死人が出ちゃうッス!! 上!! 撃つなら上ッス!!」


「わかっ……あっダメだこれもう無理……」


 俺はタロットの言う通り、必死に掌を頭上に向けた。

 そして、全身のチカラが一気に吸い上げられる感覚に陥ると、黒い炎が収縮した、真っ黒な火の玉はビー玉ほどの黒い塊となり、そこから天上に向けて大きな黒い火柱があがったのだ。



———ズオォォ——…ン……!!!————



 大きな音と共に、天井から2階を突き破り、直径5mはありそうな火柱が天高く、俺の手のひらから放たれた。


「ハァッ……ハァッ……! 出来たよな……魔術……ハァッ……!」


 一気に汗が吹き出し、息があがった。



——でも魔術、ケリスのチカラとはいえ、俺の魔術だ……!



「すごいすごいすごいすごい!! すごいよハルタぁ!! 私のマナよりずーっとすごい威力だよぉ!!」


「てゆーかこれぇ……あーしより凄くないですかぁ? 貸してる側のチカラを超えるなんてぇ……本来有り得ない筈なんですけどぉ……」


 チリチリと、焼けこげた天井から火の粉が降り注ぐ中、タロットが俺を抱きしめた。


「ハルタローよく頑張ったッス、ここまで出来る人間いないッス」


 ゆっくりと背を撫でるタロットの優しい声に涙が溢れてくる。

 コイツはずっと俺の成長を手助けしてくれていたんだ。


「あぁ……タロット……ありがとう……ケリスも……ナーコも……!」


「見るッス、すごい威力ッス」


 タロットに促されて天井を見上げた。

 そこには真っ青な空が映っていた、真上はニールの部屋だろうか、そこは丸ごと消え失せて、隣の俺の部屋は半分削り取られるように消滅している。


「ハルタロー、頑張ってこれを使いこなせるようになるッス。そしたら万が一、何かあっても、ハルタローだけで対処ができるようになるッス」


「あぁ! そうだな! 頑張るよ俺!!」


 そしてタロットはニッコリと笑ってこう続けた。


「修理費は給料から引いとくッス」


「あぁ……そうだな……頑張るよ俺……」


 この日、ようやく俺も魔術が使えるようになったのだ。

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