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81.0 『極彩色』



「なんじゃ、主も居ったのじゃな」


 ガチャリと開いた扉からは、あの厭らしい笑みを浮かべる悪魔が姿を現していた。

 だが、ベロニカに驚いた様子は無かった。


「……ンだよ連れなィねェ。『貴様はッ!』とか言ッて睨みつける場面じャねェのかァ? ボクァ仇敵みたィなモンだろォ」


 ベリトは部屋に入るなり面白くなさそうな顔をしてきて、それがまた機嫌を良くした。


「アハハッ、ならば当てが外れて残念じゃったな。実に小気味よい」


 ベリトは目を丸くすると、テーブルに手をついて、その笑顔を訝しむように見つめた。


「おィ王様ァ……コイツ本当にあの女かァ? もッとすげェめんどくさかッたぜェ?」


「今もめんどくさい事は変わらねーよ。めんどくさいベクトルが変わっただけだ」


「女に向かってめんどくさいめんどくさいと失礼な奴らじゃ、のぉブエル?」


 じっとりと二人を見やった後、優しくピンクの髪を撫でる。

 すると、そこからはスヤスヤと寝息が聞こえていた。


——本当に愛いやつじゃ、たくさん働いて疲れたのじゃろうな。


 溢れんばかりの頬に指を押し込みながら、ベロニカは優しく微笑んだ。

 ベリトはまだ信じられないとばかりに、それを凝視する。


「すげェなァ、あの女帝がここまで変わるモンかねェ……」


「余の仮面はブエルに剥がされ捨てられてしまった、失くしてしまってはどうしようもあるまい」


 魔王がベリトに顔を向けて問いかける。


「それよりコイツと戦ってみてどうだった? 大まかな強さを教えろ」


「あ、あァ……サキュバス1人じャ殺されてたねェ、4人揃ってどォにかッて感じだろォ。ボクが急ィで駆け付けた理由ァそれさァ」


 ある程度の指標を提示しつつ、ベロニカをそうやって評価していた。

 魔王は「なるほど」とつぶやいてから言う。

 

「まぁそのお前が負けてりゃ世話ないが……」

 

「いャ負けてねェだろッ! どこをどォ見たらボクが負けたよォに見ェるんだよォ!!」


 それはもうベリトは声を張り上げ、手を薙ぎ払うように否定するではないか。

 こうなってはベロニカもこの機を逃すまいと、笑みを浮かべて追い討ちを試みる。


「何を言うておる、負けたじゃろう。ほれ」


 そう言ってベリトの頬についた細い切り傷を指差したのだ。


「ちッげェよ! てめェハンデ要らねェっつったろォがァ!」


「大きな声を出すでない、ブエルが起きてしまうではないか」


 ベリトが悔しそうに、ワナワナと拳を握る姿はなんともいい気味だ。


「コイツは認めた相手を威嚇する癖がある、褒め言葉だと思っときゃいい」


「アハハッ、難儀な性格ばかりじゃな。素直な者はブエルしかおらんのか?」


 魔王の補足説明に笑いが込み上げ、そう言ってまたブエルの頬をつつくのだった。


 だが、ここで少しの間ができた。

 騒がしかった部屋が静まり、魔王とベリトが顔を見合わせている。

 そしてベリトがブエルを見てから口を開くが。


「おィ、ソイツはボクなんかの比じャ……痛ッッでェッ!!」


 言葉途中で、魔王の杖がベリトの足甲を突き刺していた。

 痛みに顔を歪めながら魔王を睨みつけている。

 ベロニカはその意味がわからず首を傾げた。


「なんじゃ?」


「いやなんでもない。それよりお前にも聞きたいが、ベリトとの力量差は埋めれると思うか?」


 突然の魔王からの問いかけに顎に手を当て考えた。



——この悪魔との差は歴然じゃった。余としても、先までであれば『不可能』の一言で済んだ話じゃが……。



「ふむ、再戦しろと申すか?」


 是とも否とも取れない言葉で時間を稼ぎ、指先から全身のマナの流れを確認していく。


「したきゃ勝手にすりゃいいが、俺は成長を見るのが好きなんだ。目算でいいからお前の伸び代を知っておきたい」


 魔王の目がイキイキして見える。

 楽しみが増えた程度の事かもしれないが、期待されるのは気分が良かった。


「明日じゃな」


「本当か? お前の力はさっきまでと大差無い筈だ」


 魔王は今日一番の驚きを隠せず、横のベリトは苛立ちを顔に出していた。

 二人の驚く顔を見るのはなんとも心地が良かった。

 だが、虚勢ではなかった。


「力は無くとも選択肢が無限に増えた、余にはそれだけでも十分じゃ」


 そう言い宙を指でなぞると、そこに空気中の塵が集まり、羽根ペンほどの透明な煌めく刃が無数に作られていく。

 数百、数千、数えきれないほどが背後に整列した。

 それはまるで、王が率いる軍勢のようにも見える。


「興味が尽きないな、前と今の差を言語化出来るか?」


 ベロニカは首を傾げながら言葉を探した。

 言語化の難易度に苦戦するが、ようやく閃いたとばかりに、拳を手のひらに乗せた。


「色に例えると分かりやすいかもしれんな!」


 ベロニカの目はとてもキラキラしていた。


 ベロニカはマナが好きだった。

 努力の結果が目に見えて、強さに直結する分かりやすさが好きだった。

 だが師も無く、友も無く、語り合う相手がいなかった。

 一人で黙々と繰り返してきたベロニカは、それを人に話せるというだけで、無意識に胸が弾んでいたのだ。


「余にはな、薄い赤と青しか選択肢が無かったのじゃ。それを混ぜ合わせて思いつく限り色を作ったが、すぐに限界が来てな」



——楽しい。



「そこに、ほんの少しばかりの黒が使えるようになった。これが主の言う魔力なのじゃろうな」


「おそらくそうだな、そんで黒も混ぜたのか」


 魔王がそう言うと、待ってましたとばかりに目を輝かせて身を乗り出した。


「ちがう! 少しばかり混ぜた所でなにも変わらぬ! 黒は混ぜずに囲うのじゃ! 細く縁取るだけでよい!」



——楽しい楽しい楽しい。



 ここで魔王が目を見開き、ジッとベロニカを見つめた。

 興味を持って話を聞いてくれているのが分かる。


「ほう、面白い」



——嬉しい。



「するとどうじゃ! 薄かった余の色が、極彩色に輝いたのじゃ! 最上位の色も目では無い! 作った色を片っ端から黒で囲った。不出来と思った色まで輝いて、あれは嬉しかったな」


「今はどうだ? 大体想像はつくがな」


「きっと主の想像通りじゃっ!」



——人と話すのはこんなにも楽しかったのじゃな。

 


「余は赤と青に加えて、黄色も選べるようになった、どれだけ薄くとも黄色は黄色じゃ! 明日には鮮やかな色が沢山出来ておるじゃろう! 見たいか? 見たいじゃろう?」


「あぁ見たい、それは是非見せてくれ」


「良いじゃろう! それは再戦で披露すればよいのか!?」


 キラキラと瞳を輝かせ、鼻息荒くベリトを見つめた。

 背後の軍勢も連動するように、一斉に剣先をそちらに向ける。


 そして魔王はベリトを向いて問いかけた。


「ベリト、コイツと再戦してみるか?」


「絶ッッッッ対にイヤだねェ! ボクァそもそも戦いが好きじャなィんだァ!」


 プイッと顔を背け、断固拒否の意を表していた。


「なんじゃつまらぬな」


 背後に並ぶ軍勢もベロニカに同調するようにうつむいた。

 すると魔王は顎に手をやり、ベロニカを見やりながら独り言をブツブツと漏らし始める。


「黒はほんの少しか……魔力量はそれなりに見えるが……実はあまり使えてないとすれば……」


 そして魔王は再びベリトに顔を向けた。


「ベリト、お前はこの女のチカラを真似たよな? あれはどうやった?」


「魔力だけでそれッぽくしただけだァ。聞ィてる限りコイツのとァ根本から違ゥねェ」


「だろうな。あれがマナだと言うなら俺にも出来ない」


「王様にも出来なィとなりャ……そりャとんでもなィねェ……」


 ベリトはこれに驚きを隠せぬように、苦笑いを向けてくる。

 この会話で自身が称賛されている事を確信し、ベロニカはニヤリと自慢げだ。


「なんじゃ? 余の有望さに気づいてしまったのか?」


 すると少し眉を顰めながらも、魔王は真剣な面持ちを向けてきた。

 和んでいたともいえる空気をピリつかせて口を開く。


「癪に触るがその通りだ、もし俺の想像通りなら有望どころの騒ぎじゃない」


「お、おぉう……いざ真正面から褒められると反応に困るもんじゃな……」


 そんな苦笑いに対して魔王は表情を崩さない。

 悔しさとも取れるその顔で、魔王が語り始める。


「俺はマナと魔力をどうにか融合出来ないか色々と試してきた。お前の言った通り、少し黒を混ぜても意味がない、逆に多すぎれば黒に飲まれてしまう。中途半端に混ぜると、濁るだけでどちらにも劣る物が出来る」


「そ、そうじゃろうな。少なくとも鮮やかにはならんじゃろう……」


 魔王はそんな苦笑いの背後に視線を移し、手のひらをベロニカに向けた。


「その剣で俺を手を刺してみろ、貫いてくれて構わない」


「は……? 主は正気か? 絶対に痛いぞ?」


 目を丸くするベロニカだが、魔王の目は真剣そのものだった。


「あぁ、お前のチカラの確信が欲しい。その剣も魔力で囲っているんだろ?」


「それはそうじゃが……おいバルベリト、よいのか? 王にこんな事させて」


「ボクも止めたィ所だけどねェ……どォせ王様ァ聞かなィからイイんじャなィかなァ?」


 ベリトは諦めるように肩を竦めた。


 そして一振りの煌めく剣が、ゆっくりと前進していく。

 それは魔王の手のひらの手前で、切先を向けて停止した。


 ベロニカは人差し指を立て、忠告とも取れる説明を始めた。


「よいか? この透明な剣はキラキラして見えるが、空気中の塵を高質化し、密集させ振動させ、刃としたものじゃ。故にとても汚い、ダニやらカビやらも含まれておるじゃろう」


「うわきッたねェ……!」


 ベリトが眉間に皺を寄せ、不快な表情で自分の頬傷に手をやった。


「構わねーよ。変に力まず、いつも通りにやってみろ」


 魔王の真剣な顔に押され、ベロニカは折れたようにため息をつく。


「はぁ……全くおかしな奴じゃな。ゆくぞ?」


 ベロニカが人差し指を前に倒す。

 すると刃は一気に加速し、魔王の手のひらを貫通、そのまま後ろの壁にストンと突き刺さった。

 それは空気中に霧散し、壁には剣傷のみが残っている。


 そして魔王の手のひらに目をやると、一本の線が描かれていた。

 すぐにそこから血液が吹き出し、白衣の袖口を赤く染めていく。


「おィおィ大丈夫かよ王様ァ……アスタロトが見たらブチ切れるだけじャ済まねェぞォ……」


 魔王はそれに返事をする事もなく、俯き口元に笑みを浮かべた。


「ククッ……ククククッ……」


「主、気でも触れたか? というか、早う手当てをじゃな」


 ベロニカは眉を吊り上げて手を伸ばすが、魔王はまたボソボソと独り言を呟き始める。


「見たかベリト、マナは中位の平均以下……魔力は微量しか感じない……それが俺の手を貫いた……」


 ニヤケ顔でそう言うと、まるで手品のように傷口が塞がった。

 ベロニカはそれを見て安心し、同時に呆れたように手を下ろす。


「褒めるか貶すかどちらかにせよ、余にマナの才は無い。じゃからこうやって色々とじゃな……」


 すると魔王は顔を上げてベロニカを見た。

 その顔にはすでに笑みはなく、再び真剣な面持ちで問いかける。


「これは紛れもない極彩色だ。お前は教わるのは好きじゃないと言っていたが、逆ならどうだ?」


「逆……? 余が教えるという事か?」


「そうだ。自分の術は教えたくない、とかあれば今のうちに言っておけ」


 予想だにしていなかった問いかけに、返事がもたついてしまう。

 ベロニカは口をもごつかせながら、自分の煌めく剣に目を向けた。


「いや……それは別にいいのじゃが……主らも同じ事が出来るのじゃろう? 素材が違うだけではないか?」


「例えばその剣を作るのに10の魔力を使うとすると、お前はそれを1で作っている。恐らくあの重力も似たような感じだろう」


「コストパフォーマンスが良いという事じゃな。余は別によいぞ、好きに使え。なんなら今教えてやってもよい」


 魔王の返答が腑に落ちたのだろう。

 ベロニカは腰に手をやり得意げな顔を向けたが。


「それはお前の色として昇華していけばいい。必要なのは、これからお前が作る極彩色だ」


 魔王はそう言った。

 ベロニカはその言葉を何度も何度も、自分の中で咀嚼する。

 驚きを隠せぬように目を丸くし、自身が何を求められているかを手探りで探した。


「余の作る……極彩色……」


「マナを魔力で縁取って新しい術を作るなんてのは、未知の可能性だ。俺に出来ない時点で、お前にしか出来ない。ユニークスキルってやつだよ、おそらくな」


 『凄いことを言われてる気がする』、ベロニカにはそんな理解しか出来なかった。

 返事も出来ず、呆けたように口を開け、魔王の言葉を聞き続ける事しかできない。


「お前はその貧弱なマナと魔力で、サキュバス以上の強さなんだぞ? たくさんの色が作られれば、全悪魔の戦力が底上げされる。上手くいけば治癒にだって応用が効く」


 ここでようやくハッとしたように、膝で眠る少女をギュッと抱いた。


「治癒……ブエルの役にも立てるというのか……?」


「そうだ、やれるか?」


 混乱する頭で、内容を必死に整理した。

 自分が好きな事、自分にしか出来ない事、そして小さな恩人の役に立てる事。

 

 そして今日一番の笑顔で、ベロニカは大きな声をあげたのだ。


「もちろんじゃッッ!!」


 今までは自分に似合う色を探るように作ってきた、だがこれからはその必要もない。

 自分に似合わなくても、きっと誰かに似合う。


 興奮が抑えられらぬように、気づけば身を乗り出して魔王に詰め寄っていた。


「余に任せよ! 要望があればなんでも言え! 今の余には無限の色が見えておる! 余に似合わずとも、主らの誰かに似合えばそれでよい! 全て余に任せればよい!」


 そんな姿を見る魔王は、ようやく口元に笑みを浮かべていた。


「要望は募って俺からまとめて渡す、お前は魔王直下の配属とする」


「なっ……! まさか柱にする気かァ!?」


 魔王から辞令が出ると、ベリトは驚愕の表情を魔王に向けていた。


「柱にはしないが、相応の地位は与えておいた方がいいだろう。ブエルの所に置く訳にもいかなくなったからな」



——は? ブエルの所じゃと……?



「やッぱりブエルの世話ァ押し付けよォとしてやがッたなァ……ボクより性格終わッてンだろ王様ァ……」


「余……余はそれでも一向に構わんぞ!?」


 ベリトの呆れ声など耳に入らず、ブエルを抱き、ワガママを言うように食い下がる。

 が、ため息をつく魔王の返事は変わらなかった。


「こっちは一向に構うんだよ。危険地帯に放り込んで、お前に何かあったらどうすんだ」


「ブ、ブエルはそれ程に危うい地を任されておるのか!? 余でなくとも、誰か代わってやる事は出来んのか!?」


 自分がブエルを守ろうと思っていただけに、危険地帯と言われれば黙っていられない。

 そうやって焦りを滲ませた表情で問い詰めた。


 だが、二人は顔を見合わせるばかりで、あまりに手応えが無い。



——そういえば先も同じような反応を示しておったな……じゃがブエルが危地へ送られておるとなれば流石に……。

 


 するとベリトが苦笑いをブエルに向けていた。


「いやァ、ソイツ自体ァこの上なく安全な場所だから気にすんなァ……」


「どういう事じゃ?」


「すぐに分かるさァ、心底安堵すると思ゥけどねェ」


 言っている意味が分からなかったが、安全と言うのであれば、今はそれを飲み込む事にした。

 

 それよりも、続く魔王の提案が魅力に溢れており、そちらに気を取られてしまったと言う方が正しいだろう。


「とはいえ、ブエルは魔術開発もしているからな。二人で相談し合って、新しい色を作るのも良いんじゃないか?」



——相談し合う……余が色を作ってブエルが助言をするのか……? それも取り入れれば更に良い色になるやもしれん……それはとても……。



「それはとても楽しそうじゃなっ!!」



——楽しそうじゃ、楽しそうじゃ、本当に楽しそうじゃ……! 余は従者らにこんな楽しみを与えてやれんかった……先は利害の一致と認めたが、今ようやく分かった。此奴はまごう事なき、真の王じゃ。



 そんな思いを巡らせながら、既に気だるく頬杖をつく魔王を見つめていた。


「まぁ気負わず好きにやればいい、よろしく頼むよベロニカ・リシテ・バルステラ」


「いいや、ベロニカは今日死んだ。余はロニカを名乗る。これからはロニカと呼ぶがよい」


 そう言って、ブエルから貰った名を誇らしげに名乗ったのだ。


「ならロニカには最初の仕事だ、明日までに術の総称を考えておけ。魔術とは区別しておきたい、かっこいいのにしろよ」


 ロニカはこの言葉を待ってましたとばかりに、嬉しそうな顔を見せた。

 もうあの気丈な表情はどこにも無い。

 黒猫がブエルの頭に飛び乗り、水色とピンクが鮮やかに彩られた。


 そしてロニカは堂々と宣言する。

 

「それは既に決めてある! 余の作る術の名は———」


 極彩術師・悪魔総裁ロニカ

 『小さき鍵(レメゲトン)』に初めて、翼を持たない悪魔が加わった。

 


◇ ◆ ◇



 後日———。

 癇癪を起こすブエルを見かけたロニカは心底安堵した。

 泣きじゃくるその幼い腕は、ベリトの厚い胸板を軽々と貫いていたのだった。


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