73.0 『ユニークスキル(?)』
「あ、あれ? これで終わり?」
横のナーコがそう呟いた。
耳に届く音量も戻っているようだ。
「どうだろうな……チカラの誇示ってだけなら、あとは事後報告でも十分な感じするけど……」
目を開けて現実に戻った俺はナーコを見たが、返答はタロットから来た。
「また始まると思うッスよ? 休み時間みたいなもんじゃないッスかね?」
いつものように、そうやってあっけらかんと言ってのけるのだ。
——休み時間て……休みたいのは向こうだろうに。
奥に座る国王に目を向けると、両手で顔を覆ってボロボロと涙を溢していた。
その背に手を置き、落ち着かせようとするガンド。
俺が声をかけるべきじゃないと、そう思ってタロットを向いた。
「つーかベリトなんだけど……アイツあんなヤバかったの?」
「だーから言ってるじゃないッスか! よーやく俯瞰して見れたッスか!? よーやくアタシの気持ちが分かったッスか!?」
タロットはテーブルをドンと叩き俺たちを指差し、ここぞとばかりに文句をつけてきた。
「お、俺がベリトを良い奴って言った時だよな? タロットからは、俺がピクトに見えてたみたいな……」
すると眉を吊り上げながら、ツカツカとこっちに歩み寄るタロット。
そしてグイッと俺の鼻柱を指で押し込んでくる。
「そーッスよッ!! 家族がヤベー宗教勧めてきた気分だったんスよッ!!」
「こ、こっちにもそーゆーのあるんだな……すげー分かりやすいよ……」
タロットを見上げ、たじろぐようにそう言って見せたが、俺の心はかき乱されていた。
それはタロットから『家族』と呼ばれた事に、言い表せない感情が込み上げていたのだ。
嬉しさや安心はもちろん、勘違いかもしれないという不安の織り混ざった感情。
タロットは無意識だろう。
でもベリトはこういう心の隙を熟知している。
俺に『家族』が響くように、長年虐げられてきたピクト達には『対等』が心の隙を生んだのだ。
「でもすごいな〜、あそこまで私の要望通りになると思わなかったよ〜」
「二枚舌ッスからね〜、なんッスかあの爽やかな笑顔……あーきもちわるっ!」
タロットは身震いするような素振りで、ぐちぐちと文句をつけている。
そしてナーコの足の隙間にちょこんと座ってもたれかかった。
「なぁタロット……ベリトの『仕込み』って、操るとかじゃないんだよな……?」
俺は声の音量を落とし、国王たちに聞こえないようにそう問いかけた。
今更どうこう出来る訳もないが、マッチポンプが行きすぎていないか、やはり気掛かりだった。
こういう所も含めて、ナーコから言わせれば俺は『お人好し』なのだろう。
タロットはナーコを見上げ、両手でその頬をぷにぷにと触りながら答える。
「アイツの能力は『増幅』と『同調』ッス、『仕込み』はその下準備みたいな感じッスかね?」
するとナーコの顔が興奮を帯びた。
真下にあるタロットの頬をブニュリと押しつぶし、鼻先がくっつくほど顔を近づけて尋ね始める。
「能力ってなぁに!? ねぇタロットちゃん、それって一人一人のユニークスキルみたいな感じなのかな!? 生まれながらにしてそのスキルが眠っててふとした瞬間に開花するみたいな!? あ、でも後天的なのもいいかも!! 一つの属性を極めて自分にしか無いスキルを作り出すとか、そういう感じなのかな!? ねぇタロットちゃん!!」
恐ろしい程の早口で問いただすナーコ、流石のタロットも苦笑いしながら答えようとするが、
「え、えっと……『増幅』は気持ちを……」
「タロットちゃんそれはもういいの! 『増幅』が気持ちを大きくして、『同調』は周囲に伝染するんだよね、なんとなく分かるから大丈夫! それより今は、ユニークスキルの事が聞きたいの私!」
「ユ、ユニークスキルってなんスかぁ……? ハ、ハルタロー……? ナコちゃんが意味不明なんスけどぉ……」
目を血走らせるナーコから逃げるように、こちらを見てくるタロット。
ナーコは興奮しすぎて、誰も口にしていない『ユニークスキル』という単語まで持ち出す始末。
ナーコの中では『能力』なのだろう。
——気持ちは分からなくも無いけどね?
「自分しか使えない固有能力があるか聞きたいんだよ、俺も興味あるし」
ナーコの現代知識を、俺はそうやって通訳したのだ。
「あぁー、位の高い悪魔はそーゆーの多いッスね。対価も必要になるんスけど」
タロットはそうやって肯定したが、ナーコは更なる興奮を見せていた。
「対価は能力にも関係するって事だね!? それは条件を満たす事で特殊なスキルを発動できたりするのかな!? 能力を明かす事で強力になったりするのかな!? 制限を課す事でようやく使える能力もあるのかな!? それを破ったら重大なペナルティがあるのかもしれないね!? そう例えば、制約と誓や……」
「それ以上はダメだぞナーコ」
俺は手のひらを突き出し、ナーコの言葉をピシャリと遮ったのだ。
タロットは両手で顔を固定されたまま、まるで宇宙人でも見るような目でナーコを見上げている。
「つ、つまりぃ……どーゆー事ッスか……?」
「その対価ってやつを払えば、ナーコのマナも強くなるのか聞きたいんだよ、たぶんな」
俺がそう言うと、ナーコは鼻息荒く、首を大きく縦に振っていた。
「あー、いやどーッスかね〜? アタシの場合、マナは専門外っていうかぁ……」
タロットがそうやって曖昧な返事を返していると、
———キィイイ———ンッ!———
また大きな耳鳴りが響いた。
「クソ……ッ! この耳鳴りどうにかなんねーのかよッ!!」
脳をつんざくように鋭利な音を響かせるそれは、どうにもならない『痛み』を俺に思い出させてくる。
「いたた〜……」
ナーコもそうやって両耳を押さえるが、懐のタロットは面白そうに俺たちを見ている。
「そのうち慣れるッスよぉ〜』
声は聞こえないが、唇の動きで大体分かる。ニコニコとそう言うこの笑顔は、後ろからスリッパで引っ叩いてやりたくなる程だ。
段々と耳鳴りが収まっていき、さっきと同じようにプツリと途切れた。
そして訪れる静かな世界。
突如、耳の奥で男達の叫びが響いた。
「撃ち続けろぉッ!!!」
「絶対に近づけさせるなッッッ!!」
「出て来い女帝ッ!!」
「全員殺してやるぞッ!!」
「「「うぉおおお——ッ!!!」」」
横を見ると、ナーコとタロットは既に目を閉じていた。
瞼で視界を覆うと、緊張に少しの期待が混じり、罪悪感が顔を出す。
これは映画じゃない、現実なんだと自分を叱責した。
そしてゆっくりと視界が開けていく。




