68.0 『王の器』
「待ってくれ……俺たちの狙いってなんだ……? 正当性を分かってくれたって事だよな……?」
俺は現実を受け入れられず、願望にも似た思いで国王にそう尋ねていた。
国王は少し身を乗り出し、まるで俺たちを諭すようにこう言った。
「お前たちは何も悪くないのだ。悪いのはあの悪魔、その狙いが分かったという事だ」
「あの悪魔って……まさかベリトの事か……? なんで今アイツが出てくるんだよッ!! 関係ないだろッ!!」
嫌な予感がした俺は興奮して立ち上がり、哀しげな顔をする国王にそうやって声を荒げた。
「そうッスよ!! アイツの悪巧みは否定しないけど今は関係ないッス!!」
タロットも続けて立ち上がり国王に意義を伝えるが、まるで対話にならない返答しか返ってこない。
「やはりそうなるか……まるであの悪魔を庇っているようだぞ? いや、この声もお前たちには届いていないのだろうな……」
「ちがっ……! 待ってください……何が言いたいんですか……? 声が届かないってまさか……」
ナーコが信じられないといった顔で国王にそう尋ねると。
--嫌だ……聞きたくない……! ここまで来て全部ひっくり返すつもりか……!? やめてくれ……聞きたくない……!!!
俺のそんな不安は、国王の言葉によって現実となった。
「お前たちは『洗脳』されているのだ」
——もう無理だ……。
この思考に至ってしまえば、俺たちの言葉は届かない。
いや、もしかしたらずっと、逃げ道として『洗脳』という言葉を用意していたのかもしれない。
そして今、国王はこの言葉を持ち出して、現実逃避をしたのだ。
「ちょっと待ってほしいッス!! 少なくともアタシはベリトなんかに洗脳されない!! アイツがアタシに干渉するなんて不可能ッス!!」
「あのなぁタロット……洗脳とはそういう物なのだ……悪魔が人間を操るなど容易いのだよ……」
「ち、違うんスよ……アタシは違くて……!」
--ダメだタロット……! お前が正体を明かせば『洗脳』の誤解は解けるかもしれない……でもそうなればお前も共犯……少なくともコリステン邸に居られなくなる……!
俺はタロットを阻止するように、一か八かの対話を試みる事にした。
「わ、分かった……! もう洗脳でいい……! だとしても理屈は通ってるだろ!? 洗脳どうこうに関わらず、ナーコのやり方で今の平穏は保たれる筈だ!!」
そう言って、どうにか主張を押し切ろうとしたが、国王には届かない。
憐れむような視線を崩す事なく、俺の頭に手を乗せて、優しく語りかけてきたのだ。
「もう大丈夫だ勇者……お前が悪いわけではない。お前はメッセンジャーの役割だけ果たしてくれればいいのだ、後は儂がなんとかしてやろう」
「なんとかする……? 何言ってんだアンタ……」
そしてこう言ってきた。
相変わらずの視線を俺に送りながら。
「あの悪魔にこう伝えてやれ。『一人でも国民に手を出せば全てを白日の元に晒す』、と」
「なっ………!」
--最悪だ……マジでやばいぞ……! そんな事されたらこの国には滅びの道しか待ってない……! 魔王を呼び起こした戦犯国だ……総攻撃を受ける……? 責任を取らされる……? 平穏なんてあり得ないだろ……!
(もう殺すしかないんじゃ……)
ナーコがボソッとそう呟いた。
--ダメだ……それじゃ魔王の侵略と変わらない……誰もこの国に寄りつかない……それどころか全国民が避難して、人っ子一人いなくなって……。
俺が最悪の未来しか想定出来なくなっている所に、一人の男の声がした。
「お待ちください国王……それでは魔王の庇護から外れる事に……」
従者である筈のガンドが、そうやって国王に意見したのだ。
魔王が優秀と言うくらいだ、この選択が悪手という事は分かるのだろう。
これに俺は少しの違和感を感じたが、それを探る間もなく、国王はガンドを諭し始める。
「大丈夫だガンド、あの悪魔の狙いが分かったと言っただろう」
「ね、狙いとはどういう……」
「つまりな、奴はこの機に乗じて、ギブリスを乗っ取ろうとしているのだ」
国王は冷静に、さも当たり前の事かのように説明を続けていく。
「全ては罠だったのだ、各国からの圧力も奴がそうさせていたのだろう。儂らが魔王に助けを求める事まで想定してな」
こんなのはもはや陰謀論だ。
自分の理想を追い求める余り、架空の敵を作り出してしまっている。
「で、ですが……」
「あのなガンド、考えてもみろ。そもそも魔王の庇護を受ける必要がどこにある? あれ以来、一人たりとも人質など取られていない。南西諸島が異例だったのだ……そしてこれは話し合いで解決すべきだ」
「ですが多方面からの圧力は確かに……!」
「それが奴の陰謀だと言っているのだッッッ!!」
国王は大声をあげてガンドを黙らせた。
だがそんな事よりも、俺にはこの話に聞き捨てならない部分があった。
「ちょっと待ってくれ……! 一人も人質取られてないって本当か!? それは国家間だけじゃなくってか!? た、例えば『偽王国』みたいな裏組織とか……!」
余裕が無かったとはいえ『偽王国』を例に出してしまった事を猛省した。
でもタロットは、「大丈夫ッス」とでも言いたげな笑顔を見せてくれた。
これに安堵して、国王の返答に耳を傾ける。
「そうだ。あの領土問題以外、一度たりとも人質など取られていない。もちろん非公的な組織も含めてだ、そんな取引を持ちかけられた事など無いのだ」
「タロット……! 本当かこの話……!」
信じられずタロットに目を向けたが、すぐにこれは肯定された。
「たぶん……人質取られたって話は南西諸島くらいッス……アタシの知る限りッスけど……」
--嘘だろ……そんな事あり得るのか? たった十人の人質で、あれだけの領土を明け渡したんだぞ? 誰がどう見たってカモだろ……俺なら真っ先にこの国民を人質にカネを要求するぞ……?
ふと横を見ると、ナーコも顎に手をあてて疑念の意を示していた。
「なぁナーコ……俺はこんな奇跡は起こり得ないと思うんだけど……お前どう思う?」
「私もそう思う。人には欲があるんだもん、奇跡で済むような話じゃないよ」
俺とナーコはあえて聞き取れる声量で、そうやって相談をした。
すると案の定、国王は怪訝な顔を向けて語りかけてくる。
「悪あがきはやめろ勇者……儂らはあの悪魔の策略に気づいてしまったのだ……もう何を言っても無駄だ……」
ため息混じりのその言葉は、俺たちとの対話を行わないという意思表示にも聞こえた。
だからこれが最後の一手、この声も届かなければ完全に詰みとなる。
ナーコが俺の手をギュッと握ってくれた。
それに勇気を貰った俺は、落ち着きを払って再度尋ねる。
「じゃあ最後にもう一度聞かせてくれ……あそこまでの領土を渡したのに……それ以来、一度も人質を取られてないのか?」
そしてまたも溜息混じりに諭してくる。
「あの悪魔に何を聞かされたか知らんがな、本当にそんな事は一度もない。これで満足だろう、すぐに悪魔と連絡を取るのだ」
だがこれは俺たちの聞きたかった声ではない、だからもう一度……国王の横に目を移して問いかけた。
「俺はアンタにも聞いてんだ、答えてくれよガンドさん」
これは賭けだ。
もしガンドの答えも同じであれば俺たちの負け。
素直に連絡手段がない事を話し、それを聞いた国王は怒り狂うだろう。
そうなれば今日の説得は不可能。
明日には全てが白日の元に晒され、この国は世界から糾弾される。
もしかしたらナーコの言った、最悪の手段を取るしかないのしれない。
でもそうはならなかった。
ガンドは震える声を絞り出す。
「それは……何をもって人質とするかによると……思われるが……」
「人質の定義はさっきハルタが示しましたよね? 『交渉材料に使われたかどうか』です」
ナーコがそう補足するとガンドの呼吸は荒くなり、汗を滲ませ目を泳がせる。
「……ハァッ…………ハァッ……………ハァッ………!」
憐れむようだった国王の視線は、ガンドに移り怒りの炎を宿らせていく。
「おいガンド……! さっさと答えろ……! 人質など取られておらんだろう……!」
「…………! それは…………!」
国王の問いかけで顔面蒼白になっていくガンド、椅子から崩れ落ちるのではないかと思うほどに震え、鎧から金属の擦れる音が静かに響く。
「早く答えろガンドッッッ!! 人質など取られておらんだろうがッッッ!!!」
その怒号にビクリと体を震わせたあと、両手で顔を覆いながら小さな声を漏らした。
「………し……仕方なかったのです………」
「キッサマ……ッッッ!!!」
ガンドの声を聞いた瞬間、国王が大きな拳を振り上げた。
「待っ……ッ!!!」
それを制止する俺の声よりも早く、タロットが国王の腕を捻り上げていた。
「ちょーっとちょっとぉ〜! 暴力はダメッスよ暴力は〜! ここ会議室ッスよ〜?」
「助かったよタロット、俺たちも気が回ってなかった……」
「いいんスよぉ〜、アタシも少しは役に立たないと〜!」
安堵する俺の言葉に、タロットはニコニコしながらそう答え、国王をグイグイと引っ張ってガンドから距離を取らせた。
それを見送りながら、ガンドは語る。
「仕方ないでしょう……! 人質の事を伝えれば……アナタはまた交渉に応じるではありませんか……!」
「それがなんだと言うのだッッッ!! まさかキサマ………見捨てたのではあるまいな………ッ!」
親の仇かのように睨む国王と、逃げるように目を逸らすガンド。
二人の膠着状態により、嵐のようだったこの会議室が静寂に包まれる。
ガンドには途中から違和感があった。
『私は国王側』と言いつつも、俺たちを糾弾する素振りが一度も無い。
それどころか、まるで俺たちを援護するかのような発言ばかり。
「答えろッッッ!! その人質はどうしたと聞いているッッッ!!」
静寂を切り裂く国王の詰問に、ガンドは呼吸を整えてから告げる。
「残念ながら、要求には応えられませんでした。ご理解いただきたい」
「ふざけるなキサマッッッ!! 理解など出来るわけがないッッッ!! 要求はなんだッッッ!!! まだ間に合うのならすぐに……」
「金貨100枚」
ガンドはそう答えた。
「は……? 何を言っている……冗談のつもりか……?」
「いいえ、私は事実をお伝えしただけである。国民1人の身柄と引き換えに、金貨100枚を要求された。とても応えられるものではない」
ガンドはそうやって、事実のみを淡々と説明するが。
「たった100枚で、民の命を……キサマ国賊か……ッ! それはいつの話だッッッ!! すぐに用意しろ、まだ間に合うかもしれんだろうッッッ!!」
「たった……? 金貨100枚の要求なら、安いものだと申しますか……?」
ガンドはそう溢して睨みつけたが、国王はその意味を考える事もなく罵倒する。
「その通りだッッッ!! 民の命だぞッ!!! キサマもそれを軽んじるのか国賊がッッッ!!!」
ガンドは歯を軋らせながら、震える拳を握った。
「………タロット商……止めないで頂きたい……」
そう呟くと、国王に向けてツカツカと歩み寄っていく。
サイドテールをくるくると巻いて遊ぶタロットは、見て見ぬフリをするぞというアピールでもしているのだろう。
ガンドは大きく足を踏み込んで腰を捻り、国王の左頬めがけて、
「何を…………ぐぁッッ……!! がッ……ッッ……!!」
渾身の力で拳を振り抜いた。
真正面から受けた国王は、床に叩きつけられながら吹き飛ばされ、後方の壁に激突した。
ガンドはそれを見届けると、大声で叱責する。
「人質には銅貨1枚の価値も付けてはならないッ!! ハルタロウ殿の言葉を聞いていなかったのかアナタはッ!!!」
国王は膝を立て、ようやく大きな体を起こす。
「……ゲホッ……どんな理由であれ……民が死んでいい理由にはならない……! その者はまだ生きているのか……答えろガンドッ!!」
国王のこの問いには、無情な言葉が返される事となった。
「死んでいるに決まってるでしょう、一体いつの話だと思っているのです」
「そんな……! いつだ……いつの話だそれは……? もしかすればまだ……!」
絶望に打ちひしがれる国王に、ガンドはこう告げるのだ。
「南西諸島を明け渡した翌日であるッッ!! この意味がわかりますか国王ッッ!!!」
わかりやすく含みのある言い方に、国王の顔色が青ざめていく。
「まさか……それが原因だとでも……?」
ガンドは呆れた目を向け、ため息混じりの声で語りはじめる。
「…………たった十人の命の為に、あれだけの領土を明け渡したのですぞ? 人質に大きな価値が付いてしまった、犯罪組織が目を付けない訳がないでしょう……これまで何人の国民が犠牲に」
「ひ、一人ではないというのかッッッ!!!」
どうしても聞き捨てならなかったのだろう。
自分の責任には目を向けず、国王は大声で問い詰める事しか出来ていない。
「あれから二十年である、既に犠牲者は千を超えております」
愕然とした表情の後、国王から涙が溢れた。
浅い呼吸をどうにか続ける事で、懸命に理性を維持している。
「嘘だ……嘘だろうガンド………なぜ黙っていた………なぜ……ッ! ……ッ……!」
「話せばアナタは交渉に応じてしまうッッ!! 人の欲望は果てしない……一度応じれば要求は増していく……全てに応えていけばいつかは破綻し……そして」
そしてガンドは国王に鋭い眼光を向けてこ続けた。
「この国は滅びを迎える……!」
「儂が……この国を滅ぼすと……?」
誰よりも国民を第一に考えてきた国王からすれば、信じられない言葉だったのだろう。
視線が定まらず、開けた口を閉じる事も忘れている。
そしてガンドは容赦のない、非情とも思える言葉を無感情に言い放った。
「少なくとも、南西諸島の明け渡しに反対した者達はそう判断しました。もちろんそこに私も含まれます」
「…………そうだったか……」
そう溢した国王は項垂れ、これまでの興奮や怒りは感じられない。
ガンドは続ける。
「ですが、皆アナタを慕っております。アナタの作る国の為ならばと、手を汚す事にも躊躇いなど無かった」
「………」
返事は無い。
国王が民や従者から慕われていた事は、事実なのだろう、ここまで豊かな国が作られているのだから。
ガンドは両手をダラリと垂らし、天井を見上げながら神に感謝するように目を瞑った。
「そして今日、希望が降りてきた……それが魔王様であり、カナコ様である……作戦内容から想定される結果は、まさに国の平穏そのものでした……」
「……全員を救える道もあると……」
国王は一縷の望みに賭けたのだろう。
でもそれが叶うのであれば、こんな事にはなっていない、なぜなら……。
「それをすれば、民に別の利用価値が生まれる。魔王への対抗手段として、ギブリス国民が、肉の壁にされるだけであります」
「だとしても儂は……」
未だ理想に縋るような言葉を漏らす国王に、ガンドは憎しみとも取れる表情で、見下すように睨みつけ、怒りを堪えて声を漏らす。
「えぇ、事もあろうに元凶のアナタが異を唱えている……! それどころか……白日の元に晒すとまで……ッ!」
「……元凶……そうか……」
「それはこの国を滅ぼす事と同義……! ここまで言っても、まだ甘い理想を掲げるのであらば……!」
そこまで言うと国王に鋭い眼光を向け、足元に落ちていた剣を拾い上げる。
それをゆっくりと腰の鞘に収めると、腰を低く屈め、抜刀の構えを取りながら、国王に向かってこう告げたのだ。
「これが騎士である私の最後の務め……! 国の平穏を脅かすアナタを……この手で斬ります……!」
二人のやりとりを見ている事しかできなかった俺も、すぐに二人の間に割って入った。
そして、背に国王を庇いながら両手を広げて言う。
「待ってくれガンドさん……! それじゃ側から見たら魔王の侵略だ……!」
「お二人がやればそうなるでしょう……ですが、私であればただの反乱……! 現国王に国を託す事ができる……!」
「そりゃそうかもしんないけど……! つーか、なんだよそれ……現国王ってまさか……!」
するとガンドはハッキリとこう言い切った。
「カナコ様は王の器である……!」
俺は唖然とした表情を浮かべていた事だろう。
ナーコを希望とまで言ったガンドからはそう映っているかもしれない。
でも実際は、ただの日本人でありこの世界の『異物』だ、魔王がそこまでの干渉を許す筈がないのだ。
背後からは国王がゆっくりと立ち上がる音が聞こえる、そして。
「ガンド、剣を寄越せ……自分の不始末は自分で付ける……」
「なりません。それではカナコ様に、不信の目が向けられてしまう。これは、ただの反乱で済ませなければならないのです」
国王が自死を示唆し、ガンドはそれを拒絶した。
あくまで従者の反乱としてこの件を終わらせ、国民からの信頼を損ねないよう配慮しているのだろう。
差し迫る緊張に思考が追いつかない。
それを煽り立てるかのように、背後の国王から、迷いの消えた声が響く。
「勇者、退いてくれ」
「ダ、ダメだッッッ!!」
「ハルタロウ殿、そこを退いて頂きたい」
「だからダメなんだってッッッ!!」
--国王もガンドさんも本気だ……! このままじゃホントに反乱が起きる……! 俺たちの事情を説明するわけにもいかない……! どうすりゃいいんだよチクショウ……!
俺は両手を広げたまま、背後に届くよう声を張り上げる。
「ネザルさんッ! アンタ本当にこれでいいのかッ!? アンタを慕う国民の気持ちはどうなるんだよッ!!」
「いいのだ勇者……民を苦しめている諸悪が自分と分かった……」
「分かったならもういいだろッ!! 今日でアンタもこの国も変われる筈だッ!!」
「儂には民を犠牲にした策は取れぬ……元より王の器ではなかったのだ……」
「犠牲にする事が全て正しいわけじゃないッ!! 今回は規模が大きすぎただけだッ!! お人好しなアンタの考えも必要なんだよッ!!」
「…………」
それ以上、背後から返事はなかった。
剣を構える男に目を移すと、微動だにせず、依然として俺の背後に狙いを定めている。
その視線を遮るように、俺は一歩踏み出した。
「ガンドさんは卑怯者だ……今日だってナーコに全部任せて、自分は横で知らんぷりしてたろ……」
「そう、私は卑怯者である……! 故にこの剣を以て、その償いとさせて頂きたい……!」
「それも卑怯だって言ってんだよッ!! もし同じ事があったらどうすんだ……! またナーコに任せて、自分は塀の中で知らんぷりかよ……!」
「それは………」
ガンドは表情に翳りを落とすと、そのまま口をつぐんだ。
俺はそれに呆れて両手を下ろし、震える拳を握りながら、愚痴のような言葉を吐露してしまう。
「アンタら無責任すぎるだろ……国王ってバイトかなんかなのかよ……! ちょっとキツいからって、めんどくせーコト押し付けてくんじゃねぇよ……いい加減迷惑なんだよ……!」
するとガンドは剣から手を離し、俯くように目を伏せながら口を開く。
「言い分は……もっともであります…………しかしこのままではきっと、また同じ道を辿るでしょう…………」
ガンドのこの言葉には何も返せなかった。
『そんな事ない』と言うのは簡単だ。
でもガンドは二十年間、人質を見殺しにするという苦しみに耐えてきた。
最初の十人を救った事に、もしかしたら恨みもあるのかも知れない。
国王もこの言葉に何も言えず、静かな時間だけが過ぎていく。
そんな時、ナーコがこう言った。
「そしたらまた殴っちゃって下さいよ」
ガンドの鎧にコツンとパンチしながら、笑顔でそう言ったのだ。
「カ、カナコ様まで……」
「てゆーか、私は王の器なんかじゃありません。買いかぶりなんですよ」
ナーコは王冠を指に引っ掛け、オモチャを扱うようにクルクルと回す。
「いえ、カナコ様は確かに」
「言っときますけどねっ! 人質がハルタやタロットちゃんだったら、私はこんな国すーぐ売っちゃいますよ!? いいんですか!?」
ガンドに話す隙など与えぬように、ナーコは指を立てて詰め寄り、まるで叱りつけるようにそう言った。
ナーコより一回りも二回りも大きなガンドはたじろぐ。
俺はその姿を見せられて、毒気が抜かれていくのを感じた。
ガンドはどうにか口を開こうとするが、ナーコはそれも許さない。
「そ、それは極論であって……」
「私はとっても身内贔屓なんですっ!! 法律だってぜーんぶ、私たちに都合のいいように変えちゃいます! いいんですか!?」
身勝手な現国王の政策を聞かされ、ガンドが言い返せなくなっている。
そこに追い討ちをかけるように、タロットがナーコに寄り添った。
そしてナーコの腕に掴まると、胸を押し当て、猫撫で声でおねだりを始める。
「ねぇ国王さまぁ~! それならウチの税金安くして欲しいんスけどぉ〜」
「いいよいいよ~! コリステン商会はぜーんぶ免税にしちゃう!」
「あっは~♪ 嬉しいッス~、ナコちゃん国王最高ッスね~!」
デレデレしながら頭を撫でるナーコと、嬉しそうに抱き着くタロット。
「そ、それでは平等性が」
「ねぇハルタぁ、ハルタはなんか無ぁい?」
やはりガンドは口を挟ませてもらえない。
そうやってナーコから問いかけられた頃には、俺の毒気はすっかり抜かれ切っていた。
「ははっ、なら他の奴らは逆に税金上げようぜ。それ全部俺たちの贅沢に使おう」
「いいッスね~! 明日から高級なお肉食べ放題ッス~!」
「やったー! それ絶対楽しいよ、私やっぱり国王様に向いてるんじゃない?」
「そりゃそうだろ、なんたってナーコは『王の器』なんだぜ?」
そうやって少しの皮肉を混ぜながら、子供のようなタラレバ話に花を咲かせてやった。
ガンドに目をやると、困り果てた表情で俺たちを眺めている。
そこにナーコは再度問いかける。
「私は本気ですよ、いいんですか?」
眉を吊り上げるナーコに気圧されるガンド。
「ざ、財務官が」
「その人は今日限りでクビにします!」
「……異を唱える者も」
「反対する人は全員死刑です!」
逃げ道を塞ぐよう、ガンドの言葉に暴論で返していく。
ナーコは更にズイッと詰め寄り、再度こう問いかけた。
「本当にいいんですか!?」
ガンドは体を仰け反るように、たじろぎ汗を滲ませる。
そして数秒の膠着が続くと、ガンドは一歩後ろに退がった。
そして諦めたように深くため息をつき、項垂れながら言う。
「はぁ……どうやら、私の買いかぶりだったようですな」
「当たり前です! 私に国王なんて務まるわけないじゃないですか!」
ナーコはそうやって文句を言うと、次は国王に目を向けた。
国王は両膝をつき、絶望に打ちひしがれるように俯いている。
そこにツカツカと歩み寄ると、ナーコが国王を見下ろした。
先に口を開いたのは国王だ。
「儂は……王の器などではない……」
「えぇ、私もそう思います」
顔を上げる事もせずに発した国王の言葉に、ナーコは非情とも思える肯定をした。
「……ならば何故……」
国王が絞り出したような声でそう問うと、ナーコは淡々と言葉を紡いでいく。
「先生が何よりも正しいからです。私が黒と思っても、先生が白と言うなら、それは間違いなく白なんです」
「何が言いたいのだ……」
「つまり、私がアナタを無能と思っていても、先生が言うから……私も確信を持ってこう言えます」
そこでようやく国王が顔を上げた。
それを見下ろしながらナーコは、魔王の言葉を借りてこう続ける。
「アナタは間違いなく『王の器』です」
そして国王の頭に、両手でゆっくりと王冠を返したのだ。
俺の目にはその光景が、歴史の教科書に載っていた戴冠式のように映った。




