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66.0 『元人間、現悪魔』



「ベリアルも連れてくか、アイツがいれば取りこぼしは起こらんだろう」


 魔王が顎に手を当てながらそう言った。



——ベリアル……タロットから聞いた事あるな、大勢を相手にしたら最強のだったっけ? そんで確か……。



「ショタ悪魔のベリアルくんっ!!」


 ガバっと顔をあげたナーコは、キラッキラに目を輝かせていた。


「あ、あぁ……そうだったな……あと、ショタじゃなくて男の子な……?」



——俺のさっきの心配を返してくれ。



「ならブエルも連れてッてイイかァ? 最近、被験体の質が悪ィとか癇癪起こして大変なんだァ」


「そうだな、自分で選べれば文句ないだろう。特に今日は選びたい放題だ」


「ブっ……ブブブブエルちゃん!? だ、大丈夫なんですか!? ブエルちゃんがもし……もし怪我でもしたら私……!!」


「ほんとだよ、どう考えても危ないだろ!! ブエルちゃんは戦闘向きじゃない筈だ!! タロッ………………悪魔大公爵サンからも医療担当だって聞いてるぞ!!」


 ベリトのとんでもない提案に、俺とナーコは食ってかかるように文句をつけた。

 横からギロっと睨みつける視線を痛いほどに感じながら。



——あっぶねぇ——!! 口滑らせてタロットに殺されるトコだったぜ…………あれ……まだ睨んでるなコイツ……アウトか? 今のアウトだったのか……!?



「戦闘向きどうこう言うならベリトを心配してやれよ、コイツはネビロスより数段弱い」


 魔王のこの言葉には、俺もナーコも開いた口が塞がらなかった。


「「は……?」」



——まてまてまて……! なんか思ってた戦力バランスと随分ちがうぞ……! ブエルちゃんってベリトより強かったの……!? いやそれより、ネロズってベリトより強かったの!? だってネロズはタロットの配下だろ? ベリトはタロットと同じ、七十二柱だぞ……!? いやでもそれを言うなら、ブエルちゃんも七十二柱なわけで……。



 俺がそうやって脳内戦力ランキングを、あーでもないこうでもないと入れ替えている所に、ベリトが不満げな顔をして言う。


「強ィ弱ィで測らなィで欲しィなァ、ボクァ戦いが好きじャなィんだァ」


「なに言ってるんですかベリトさん……私たちと戦う時なんて、それはもうウッキウキだったじゃないですか……」


「そりャそォさァ、自分より弱ィ奴を相手するのなんか楽しィに決まってんだろォ」


 あまりにも自分本位な考えを、得意げに話すその姿に、俺もナーコも軽蔑の眼差しを向けていた。


「お前性格終わってんな……」


「ベリトさん性格終わってますね……」


「そうだ、コイツは性格が終わっている」


 魔王までもが、ベリトをじっとり見ながらそう解説した。

 横のタロットは口元を押さえ、クスクスと笑い声を漏らしている。

 さっき揶揄われた恨みもあって、気分が良いのだろう。


「おィおィ非道ェ言われようだなァ……ッんだよ王様までよォ!」


「だが、こういう奴だから任せられる仕事も多い。人間だった頃の名残りだろうな、仕事量で言えばアスタロトとバルベリトがダントツだ」


「はァ!? ッてことァなにかァ? 他の奴らァもっとラクしてるッて事かァ!?」


 魔王の胸ぐらを掴みながら、声を荒げるベリト。

 『任せられる仕事』とは言っていたが、単に仕事が振りやすいようにも感じる。

 こうやって文句を言ってくる所も含めて、ベリトは人間臭いから…………。



——『人間だった頃の名残り』ってなんだ……?



 俺がそう思うと同時、ナーコがガタっと音を立てて椅子から立ち上がった。


「ベリトさん……人間だったんですか……?」


「お、俺もそれが聞きたい……! そんなの初耳だぞ……!」


 ナーコに続くように問い詰めたが、肝心のベリトはしたり顔を浮かべてこう言う。


「あーららァ、バレちゃッたァ」

 

「なんだお前、隠してたのか?」


「イイや全く、言うタイミングが無かッただけさァ」


 意外そうな顔をする魔王に、ベリトは肩を竦めながらそう答えていた。

 これには納得できず、俺も少し苛立ったように問い詰める。


「言うタイミングなら山ほどあったろ……! 城で時間を持て余してる時とか、お前もそこに居たじゃねーか……!」


「クハハッ、じゃァそれァボクの狙ってたタイミングじャなかったッて事だよォ」


「狙ってたって……ならベリトさんいつ言おうとしてたんですか……?」


 ナーコに苦笑いでそう聞かれたベリトは「そォだなァ……」と悩むようにこぼしてから、身振り手振りを交えて語り始めた。

 俺にはそれが、将来の夢を話す子供のように見えたのだ。


「二人が緊急対応に追われている時がイイなァ、王様もアスタロトも居ない時がイイ……! 頭がパンクしそォになりながら、藁にもすがる思いでボクを頼ってくるんだろォなァ。もちろんボクァ親身に相談に乗ろォ。そして、こうやッてアドバイスしてあげるのさァ……『ボクが人間だった頃はね』って……ほらァ、最高のタイミングだと思わないかァ?」


 厭らしい笑みで得意げに話したそれは、俺たちにとって最悪のタイミングだった。

 つまり脳内キャパが限界を迎えている時、一刻一秒が命取りになるほどの、即断即決を迫られている時。

 そんな時を狙ってさりげなく、追い打ちをかけるように、この情報を差し込みたかったと。



「いやお前やべーな」


「さいってー」



——マジで性格終わってんだろコイツっっ!!



 とはいえ今で良かった、国王の説得中にこの情報が入ってきたら、それこそ頭がパンクしかけていただろう。


 だが、そんな俺の安堵を嘲笑うかのように、嬉しそうにこう言ってきた。


「だが今もある意味ィ、最高のタイミングだッたからヨシとしよォ」


「なんでだよ? さっきまでならともかく、今の脳内キャパはそこまで圧迫されてないぜ?」


「いやァでも二人共さァ、ボクともっと話したくなっただろォ?」


 話したいというより、聞きたい事が山ほど出来てしまっていた。



——ベリトを悪魔にしたのは魔王なのか……? いや、魔王に呼ばれたっつってたから、違うんだろうな……魔王がこの世界に来る以前……? この世界の人間だったのか……? まさか俺たちと同じ……。



「あーもう、悔しいけどその通りだよ! そんでお前が人間の頃って」


「あァでも残念だなァ……! 今ちょうど『仕込み』が終わってしまったァ……」


 ベリトは俺の言葉を遮ってそう言うと、天井を見上げて顔に手を置き、わざとらしく残念そうな素振りを見せた。



——おいおいおい、まさか……!



 すると魔王がカチッと杖をついて言う。


「なら行くか」


「ククッ、そォしよォ」


「マジでお預けかよッッッ!!」


 俺はテーブルを叩いて、勢いよく立ち上がり、そうやって大声で叫んでいた。

 きっとこんな反応が見たかったのだろう、手を叩いて大声で笑ってくる。


「クッハハハ! あァすまなィ……ボクももっと話したかったけどしょうがなィんだァ……だってどォ考えても優先度はこっちが上、そォだろォ?」


「……ベリトさん……ッ! ホンットいい性格してますね……!」


「イイ顔だァ、褒め言葉として受け取っておこォ」


 歯を食いしばるナーコの悔しそうな顔に、ベリトは満足そうな笑みを浮かべていた。



——くそッ……! 俺たちが情報を渇望してると、分かった上でやってんだろうな……! ベリトはこの作戦が終わったら戻ってくるのか……? いや、魔王に別件頼まれてたな……次に会えるのはいつだ……? それまでこのモヤモヤが晴れないってのかよ、チクショウ……!



 そんな俺の思いを他所に、魔王とベリトが扉に向かい歩いていく。

 それを見たタロットもピョンと立ち上がり、後を追うようにトコトコと歩き始めた。



——あれ? タロットも行くんだっけ?



 魔王が足を止めて振り返る。


「なんだタロット、トイレか?」


「へ……? え……だってブエルもベリアルも行くんスよね……?」


「あぁ、それがどうした?」


「あ、あれ……? アタシは……??」


「お前は『ただの人間』だろう、邪魔なだけだ」


「そ、それはそうッスけど……! ……え……マジッスか……? このお祭り……マジでアタシ居残りッスかぁ……?」


 嬉しそうな顔をしたベリトが、タロットを覗き込み、煽るように口を挟んだ。


「ッたり前だろォ? 『ただの人間』の出る幕は無ェんだよォ」


「そうッスけど……! それはもちろんそうなんスけどぉ……! でも……でもぉ……!」


 タロットは魔王の服の裾を掴み、グイグイと引っ張りながら、涙を浮かべて駄々をこねている。



——あぁこれ、タロットめちゃくちゃ行きたいんだろうなぁ……!



「ほらタロットちゃんこっちおいで〜! 私と一緒にお留守番しよ? ね?」


 見かねたナーコがタロットに向けて、両手を広げながらそう言った。

 振り向いたタロットの大きな瞳には、ウルウルと涙が溜まっていき、それはすぐに決壊を迎える事となる。


「ナコちゃ……ひぐっ……! ぅわ"ぁあぁぁぁん……ナゴぢゃぁぁああん……ッ!! あ"ぁあ"ぁぁぁ……ッ!!」


 上を向いて大泣きしながら、ヨタヨタとナーコに向かって歩いてくる。

 小さな身長も相まって、まるで聞き分けのない子供にしか見えない悪魔大公爵。

 それを受け止めるように抱きしめたナーコは、ゆっくりと頭を撫でて語りかけるのだ。

 

「おーよちよち、タロットちゃんどうしたのかな〜? なんでも話してくれていいんだよ〜?」


「……ッ……アイヅらがいじめるッズ……! 二人じでアダジの事いじめるッズ……! ぅえ"ッ……! な"んでぇ……ッ……アダジがんばっだのに"ぃ……ッ!」


 ナーコの胸元に顔を埋め、そう言いながら後ろ手で魔王とベリトに向けて、ビシっビシっと指を突きつけていた。


「そうだね〜アイツらはひどいね〜、タロットちゃんはなーんにも悪くないんだからね〜、おーよちよち」


「ひっ……ぅえ"ぇッ……! ひぐっ……え"ぇぇん……! ナゴぢゃッ……ッ……!」



——これはあれだ、文化祭の準備めちゃくちゃ頑張ったのに、当日の仕事用意されてなかったみたいな、多分そんな感じだ……俺も経験あるから気持ち分かるぜ……だからって俺にはどうにも出来ないけどね?



「人聞きの悪い奴らだな……お前らにはお前らの仕事があるんだよ、とてもとても大事な仕事だ」


 魔王が呆れ顔をこちらに向けて、杖で床をカチカチと突きながらそう言った。


「……うぇ"ッ……! 大事な仕事っで……な"んズがぁ……? ズズッ……!」


 ナーコにしがみついて、鼻水をすするタロットからは、悪魔大公爵の威厳はこれっぽっちも感じられない。


 きっとタロットを見かねた魔王が、それっぽい理由をつけてそれっぽい仕事を言いつけるだけだろう。

 そうやって軽く考えていたが、現実はそうではなかった。


 魔王は気を失った国王に杖の先を向けたのだ。


「ソイツの説得だ、今日の全てを納得させろ」


「なッ……!? い、いや無理だろ!! それが無理だからナーコが代わったんじゃないのかよ!?」


「なら明日までにネザルが納得しなければ、この国はどうなるんだよ」


 国王が納得しないまま、明日を迎えればどうなるか。

 正義感の塊のような国王の事だ、自ら魔王の庇護から外れるだろう。

 下手をすれば今日の事が公となり、ギブリスは藪を突いた戦犯国の烙印を押される事になる。

 少なくとも中立国の維持なんて不可能だ。



——だとしても難易度が高すぎる……! あれだけ言っても納得しなかった国王なんだぞ……!



 そんな俺の思考を知ってか知らずか、魔王は俺を見てこんな事を言ってきた。


「ハルタロウ、ネザルを納得させられるとすれば重要なのはお前だ」


「え……は……? なんで俺なんだよ……? いや……そりゃやれるだけやってみるけどさぁ……」


 いつもの俺なら、魔王の期待に応えようと喜び勇んだかもしれない。

 だが今回ばかりは自信がない、空返事と浮かない顔を向ける事しか出来なかった。


 ふと横を見ると、ナーコの胸元に顔を埋めたまま、目線だけを魔王に向ける泣き顔があった。

 それは鼻を啜りながら言う。


「…………アダジはぁ……? ひぐッ……アダジは重要じゃないんズがぁ……? ズズッ……!」



——うわタロットめんどくさ……!



 魔王は案の定、特大のため息をついた後に天井を見上げ、感情のこもらない言葉を紡いでいく。


「はぁ……あーこれ以上ないほどに重要だ。重要すぎて重要すぎて、お前がいなければこの国は、たちまちに滅んでしまうだろうなぁ。だから重要なお前が必要だ助けてくれ、頼むよタロットお願いだ」



——魔王ってこんなメンタルケアまで出来なきゃ務まらないの? 大変すぎない?



「……………なら頑張っでやるッズ………」


 返事に満足したタロットはそう言って、またナーコの胸元に顔を埋めギュっとしがみつく。


 お次はナーコ、タロットへの言葉を聞き届けると、順番待ちをしていたかのようにバッと顔をあげて魔王を見た。



——いやもう勘弁してやれよ、困ってるだろどう見ても……。



「あの先生、私もッ……」


「調子に乗るなヘタクソ」


 ナーコの要求だけはピシャリと遮られた。

 ナーコは少し硬直したのち、現実から目を背けるようにタロットへと目線を戻す。

 そしてまた、にこやかに頭を撫でるのだった。


「ね〜タロットちゃん、アイツらひどいよね〜」



——そうだね、今のはちょっとひどかったね。



「おィそろそろ行こォぜ王様ァ、ブエル待たせて癇癪でも起こされたら、ソイツの比じゃねェ」


「そうだな、考えたくもない」


 二人はそんな会話をしながら扉を開けたが、俺としてもこのまま放り出される訳にいかなかった。


「ま、待ってくれ……! 『仕込み』がなんなのかだけ簡単に教えてくれよ!」


 焦ったようにそう呼び止めていた。

 俺たちがこれからする事は、この頭の硬い国王の説得だ。

 今日の情報を出来る限り集めておきたかったのだ。


「いやァ、倫理観的に言わなィ方がァ……」


 ベリトはそこまで言ってから、「まァいいかァ」と溢してこう続けた。


「兵士が民間人を殺し始めるッて事さァ」


「なっ……!!」


「すごいっ!! ベリトさん天才っ!!!」



——そうか、そんで民間人が魔王のお陰で助かる構図か……ナーコの要望通りになるな。手のひら返して絶賛するのもわかる……でも完全なるマッチポンプだ、倫理観もクソも無い。



「ククッ、まァ精々役に立ててくれよォ」


 ベリトはそう言い残すと、魔王と共にこの部屋を出ていった。

 俺は色々なモヤモヤが晴れないまま、これから目を覚ますのであろう国王に目を向ける。



——『仕込み』の話なんかしたら火に油だろう、怒り狂う姿が目に浮かぶ……そもそもあれだけ罵倒した俺なんかに、耳を貸したりすんのかよ……。



 俺はそれ以上考えるのをやめて、深く大きくため息をついた。

 そして今の正直な気持ちを、天井に向けて叫ぶのだ。


「ぜってー無理だろこんなのッ!!」


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