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5.0 『ベアトップとショートパンツ』


 事情聴取はあっけなく終わった。

 タロットがガミガミと衛兵に詰め寄っていたからだろうか。

 ほとんどの質問に、即答で答えられた事が良かったのかもしれない。


 ただ一つだけ答えられない質問があった。

 数名の衛兵が行方不明になっている事だ。

 


 詰め所を出るとニールが先に衛兵と待っていた。


「ニールのが早かったんだな」


「えぇ、ボクは途中から少し治療しただけですし」



――まぁそら確かに



 衛兵は「ついて来い」と言うと俺たちを監視するように、チラチラ見ながらタロットの家に向かった。


「リーベン様にも連絡して、今日ボクは非番にさせていただきました」


「へー、ニールもリーベンさんとこの奴隷だったんだなー」


 そんな身の上話をしていると、一つの屋敷の前で衛兵の足が止まった。



――これがタロットの家………でっっっっっっっっっか………!!!!!



 絵に描いたようなお屋敷だった。

 2階建て、敷地は横に広く、無数の窓が見える。

 クリーム色の外壁に真っ青な屋根。

 所々、金色の装飾が上品に施されている。


「おいおいすげーな、何部屋あるんだよこれ……」


 俺もニールもポカーンと屋敷を見上げていると、衛兵が大きな両開きの扉を叩いた。


 「はいはーいッッッ!」と声が聞こえて勢いよく扉が開いた。

 ニッコニコのタロットのお出迎えだ。


「お連れ致しました」


 落ち着いた口調の衛兵が数枚の紙を渡してから、丁寧に頭を下げた。


「いやー、助かったッス~! これからもよろしく頼むッスよ~!」


 そう言いながら衛兵の手を両手で握って、顔を近づけてお礼を言う。

 タロットは自分の価値や魅力を理解して、最大限に活用しているんだろう。

 処世術と言うやつか。

 この世界にきたのが俺1人だったら、すでに惚れている自信がある。


「ささ、入って入って~!」


 ルンルンで家の廊下を進んでいくタロット、石鹸のいい匂いがした。

 サイドテールをおろして、ウェーブがかった髪がすこし湿っている。

 家について風呂にでも入ったんだろう。

 ベアトップで肩とヘソと背中を出し、太ももの付け根までしかないようなショートパンツ。

 髪を耳にかけていて、首元からうなじが見える。



――いやいやいやいや!! 異性を家に招く格好じゃないだろう!!!!



「傷が残っていなくてなによりです」


「そうなんスよ~! 見てくださいよ~、綺麗なタロットちゃんに戻れました~♪ ニールくんには感謝してるッスよ~!」


 二人の会話で気付いた。



――そうか……! タロットは「傷は残ってないから気にすんなよ!」って意味も込めてこの服を選んだんだ……! ナーコが気負わないように……



「あ、そういえばナコちゃんの意識戻ったっすよ~!」


 そう言いながらタロットは扉を開けると、そこには予想もしないものが目に映った。



 ナーコが一人、床で正座をしていたのだ



 扉の音に気づいてナーコはこちらを振り返る。  


「あ、ハルタ……やっほー」


 苦笑いでヒラヒラと手を振る。



――「やっほー」じゃないが?




◇ ◆ ◇




 4人掛けの、木で出来た温かみのあるテーブルが一つ置いてあった。

 4つの椅子は1つだけ倒れている。

 そしてその前で、正座をしている俺の幼馴染。



「あ、ハルタ……やっほー」



 タロットはズカズカと部屋に入り、無言で倒れた椅子を直し、そこに足を組んで座る。

 そして正座するナーコを見下ろしながら言った。


「お説教中ッス!」


「はい、すみません!」


 上司から説教を受けるように謝罪をするナーコ。



――なにこれ? どういう状況?



「いいッスか? 『あれ』は非常に危険な行為ッス」


「いや~、アハハ……」


「アハハじゃないッス!」


「はいッ! すみませんッ!!」


 大きな返事と共に、正座のままピシッと姿勢を正した。

 『あれ』とはおそらくナーコの魔術のことだろう。


「あ、二人とも席に座ってくれていいっすよ~♪」


 タロットが笑顔で椅子を動かし、席につくことを勧めた。



 おそるおそる俺とニールは椅子に座ったが……これは……。


「あの~……タロットさんちょっといいですかねぇ……?」


「はい、なんスか? ハルタロー?」


 お伺いをたてるような俺に、引きつった笑顔のタロットが答える。


「これ……めちゃくちゃやりづらいんだけど……」


「ボクもこれはさすがに如何なものかと……」


 三人はナーコを取り囲み、見下ろすように椅子に座っていた。



「いいんス! ここはアタシの家ッスからアタシがルールッス!」


 無茶苦茶なルールを口にしたタロットは、腕を組んでナーコを見下ろす。



「えっと……さっき椅子が倒れていたのは~……」


「あ、それはノックの音を聞いてタロット様……タロットちゃんが飛び上がる時に倒れたっていうかぁ……」


 そうやってナーコが答えてくれた。



――いま『タロット様』って言った?



「えっと……お話はどこまで進んでいるんでしょうかねぇ……?」


「これからッス!」


「これからです……」


 お伺いをたてる俺に、二人は同時に答えた。



 ここまでの二人の経緯はこうだ。


◇ ◆ ◇


 ナーコは目覚めると柔らかいベッドに寝かされていた。

 すぐにタロットが抱きついてきた。

 「ナコちゃんに助けられた」「ナコちゃんは命の恩人だ」と非常に感謝された。

 お互いの無事を確かめるように、女子二人で抱き合った。

 『せっかくなんでウチを案内するッス~♪』とご機嫌のタロットに付いていったところ。 


 「ここに座れ、正座だ」と真顔で床を指された。


 そしてナーコに正座をさせたまま、タロットは風呂に行った。と。



◇ ◆ ◇



――悪魔かよ……


 

「そんで、説教を仕切り直す時に、丁度俺たちが来たのか」


「そゆことッス~♪」



――タロットの笑顔ってたまに怖いんだよな……。



 そして人差し指を立てたタロットが説教を再開する。


「いいッスか? ナコちゃんのマナの放出量はさっきのでガバっと開いたッス! たぶん『上位』のマナが使えるッス! でもこれはとっても危険ッス! 感情のままに使ったら危ないッス! 危険が危ないッス!」


「はい……すみません……」



――そうか! 『ドカーンってことがあれば開く』って言ってたな! こういう事か!!



 シュンとするナーコを見ると、さらにタロットは続ける。


「これからはもっと感情を抑制するッス! 友達が危険でももっと周りを見るッス! ちゃんと練習して、自分最大値を見極めるッス! わかったッスか!!!!」


 ナーコは反省したように無言で俯いた。


「わかったッスかぁ!!!!」


「はい!!! すみませんでした!!!! 先生!!!!」


 タロットのガミガミ説教が一通り終わると「ハァー……!」と深々と溜息をつき。


 

 タロットがしゃがんでナーコを抱きしめた。


「え? タロットちゃんどしたの……?」


「いいから聞くッス、ゆーっくり、落ち着いて、息を整えてから聞くッス~」


 優しくナーコに話しかけていた。

 ナーコはタロットの胸に顔を埋めてオドオドしている。

 タロットがこれから何を話そうとしているのか俺はわかった。

 とても落ち着く声色で、ナーコの頭を撫でながらゆっくり声をかけている。


「アタシはナコちゃんに助けられた、ナコちゃんが来てなければアタシは多分殺されてたんスよ~」


「へ???? なに?????」


 タロットがこっちを見てニッコリ笑う。


「お二人はごめんけど、ちょっと出ててほしいッス~♪ 来たばっかなのに悪いッスね~!」



 二人で『オッケー』と指で合図してから部屋のへ出た。


「ナーコだけ真っ先に保護したのは、こういう事だったんだな~」


「事情聴取で間違いなく聞かされますからねぇ」


「なんであんなに気遣い出来るんだよアイツ」



 少しして、扉の向こうからナーコの大きな大きな泣き声が聞こえてきた。

 こんなに大声で泣くナーコを俺は知らなかった。

 


 タロットはあの路地で起こった事、そして自分が何で怪我をしたのかも含めて。

 全てをナーコに話した。



◇ ◆ ◇



「もういいッスよ~~~♪」


 タロットの元気な声が聞こえてきた。


 扉を開けると、椅子に座るタロットの腰にナーコがしがみついていた。

 目を真っ赤にしながら、タロットのショートパンツに鼻水をズビズビとつけている。


「ちょーっと! もぉ! いい加減にするッスよぉ! もぉ!!」


「ム゛リ゛ッ……ひぐッ……!」


 ウザがるタロットに、泣きべそかいてしがみつくナーコ。



――これならもうだいじょぶっしょ。



 タロットがナーコを無理やり引き剥がすと、4人でテーブルに向かって椅子に座った。

 タロットの隣にナーコ、俺とナーコが向かい合う形だ。


 そこで改めて自己紹介し合った。


 奴隷商タロット・コリステン

 貸奴隷、治癒術師ニール・ラフェット

 貸奴隷、上位魔術師ヘンミ・カナコ

 貸奴隷、『無し人』タナカ・ハルタロウ



「いやぁ、タロットさんは本当にすごい人ですね。ご身分以上に、ここまで気が回る方とは思いませんでした」


「ふっふーん! 見直したッスかぁ? もっと褒めてくれてもいいんスよぉ?」


 素直に褒めるニールの言葉に、両手を腰に当てて鼻高々な返事をするタロット。


「オマエ……絶対そーゆーとこだぞ……」


 俺は心の声が漏れていた。

 タロットがムッこっちを睨んでくる。



 すると扉が開いて一人の男性が入ってきた。

 整った顔立ちの長身の男。

 スラッとした細身の身体に、透き通るような真っ白の肌。

 金色の長い髪を、真ん中でキレイに分けている。

 ラペルのついた黒のジャケットは皺一つない。

 姿勢良く優雅に歩き、お盆に人数分の高級そうな輪切りのパン、小皿にコーヒーカップを乗せて持ってきた。

 

「あ、ありがとうございます……」


 お礼を言ったが、男から返事は返って来ない。

 同棲? 旦那さん? 彼氏か?

 

 ニールは立ち上がり深々と頭を下げる。


「もー!! 無愛想すぎッス~!!」


 すると男がゆっくり俺たちを見て微笑んだ。


「ごゆっくり」


 俺たちに一言だけ残して出ていった。

 さすがに怖くなり、タロットにヒソヒソと伺いを立てた。


「タロット……ここって吸血鬼の館だったりする……?」


「あっは~♪ ちがうッスよ~! 父様ッスよ父様~!」


「ザルガス・コリステン侯爵ですね、とても有名なお方です。コリステン商会はとても大きい。正直お会いできて光栄です。魔術も最上位と伺っております」


「投資して分け前貰ってるだけッスけどね~!」


「はは、それはあまりにも横暴な謙遜だ」


 そう言って苦笑いを浮かべるニール。



――侯爵って……こいつ貴族だったのか……!!! そこまで大物ってのは知らなかった……! だとすれば、俺たちの現代知識は役に立つんじゃ……!



「タロットちゃん!!!!!」


「ど、どしたんスか……」


 さっきまで真っ赤にしていた目をキラキラさせてナーコが身を乗り出す。



――ナーコも気づいた? でも今はニールもいる……現代知識の話ならせめて3人の時の方がいいんじゃ……



「お父様がかっこよすぎる!!!!」



――は?



「うっわ~……趣味わーるいッスね~……」


 パンを齧りながら、ドン引きしながらタロットが答えた。


 とはいえその気持ちはわかった。本当に吸血鬼なんじゃないかと思うほどに若くて整った顔立ちだった。


「いやいやいや、若くてめちゃくちゃキレイな顔だったぞ……! 女性かと思ったぐらいだ……!」


「もー外面だけッスよ~!」



――いやどっちかっていうと外面は悪かったんだけどね? 外見ね?



「あ、お二人ともちゃんと事情聴取でウソついてないッスかぁ?」


 タロットはそれを俺たちに聞くと、ナーコに近寄って横からギュッと抱きしめた。


「あぁ、ちゃんとナーコの事も話したよ。オマエが合図してくれなかったら、もしかしたら隠したりしてたかもしんないけどさ」


 タロットの腕の中のナーコが少しシュンとした。



――よく気が回るなーこいつはホントに



「おー! 偉いッスね~♪ ニールくんはどッスかぁ?」


「ボクも同じです。というかボクは騒動のあとに駆けつけただけですし、ナーコさんが原因と言う事も聴取で聞かされたくらいです」



――たしかにそうだ、でもあの怪我の手当をしてくれたんだ、正直俺なんかより何倍も貢献してくれている。



「てゆーか治癒術師! すごいッスね~! なんでリーベンなんかのトコで貸奴隷やってんスか?」


「実家の離散が大きいですね。ただただ身元引受人が必要だったんですよ」


「っか~、リーベンも運がいいッスね~!」


「リーベン様は奴隷を多く持っていますからね、きっとボクの事なんて覚えてもないと思いますよ」


「俺の事はともかく、ニールのことは大事にしてるだろ流石に」


 タロットは 「それはともかくとして~」 とポケットをゴソゴソしはじめた。


「ここにお二人の調書があるッス~♪」

 

 そう言うとクッシャクシャの紙を出した。



――そういえば衛兵から紙もらってたな。



「いやお前それ……そういう扱いしていいもんじゃないだろ絶対……」


「あっは~♪ ズボンのポッケが小さいのが悪いんス~!」


「はは、その理屈は洋裁店が可哀想ですね」


 タロットの理不尽な文句にニールがツッコミを入れた。

 そんなどうでもいい話をしているとタロットが 「そんでさ~」 と切り出す。


「アタシ言ったッスよね? 事情聴取でウソはつくなって」


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