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64.0 『アドリアス半島と南西諸島』



 国王から領土問題についての説明を受けていた。


「アドリアス半島と南西諸島ですか……」


「そうだ、ギブリス大陸の南西部に位置するアドリアス半島。その先から伸びるように続く島々が南西諸島。以前はギブリス王国の一部だったが、今はルドミラ連邦の領土となっている。返還要求も行っているが、なかなか聞き入れて貰えず……」


 国王の長話は、魔王も最初は黙って聞いていたが、痺れを切らしたように顔をあげた。


「ネザルの説明はもういい! おいタロット、この地域について、国民目線の情報だけを教えろ。簡潔にだ」


 タロットは元気よく手をあげて立ち上がった。


「はいッス! きっかけは二十年前の南西諸島、ちょこーっと人質を取られただけで、領土を明け渡したッス! これで一気に舐められたッスね〜! すぐに真横のアドリアス半島が攻め込まれたッス! 半島の境におっきな壁を作られて、もともと住んでた国民は、今も出れなくなってるッス、人質状態ッス! 以上ッス!」


 タロットは話し終わるとちょこんと席についた。

 魔王はすぐにタロットのアタマをペシペシと叩きながら、国王に苦言を言い始める。


「わかったかネザル、こんくらいの粒度でいいんだよ。返還要求がどうこう、今は雑念でしかねーんだよ」


「いやしかしだな……半島の国民は人質という表現も的確ではなく……領土についても南西諸島が半島の一部かが争点であって……」


「いいんですよ! 魔王はそんな面倒な事考えないんです!」


 言い訳をする国王には、ナーコからも叱責が響いていた。

 肩を縮めた国王が、渋々と承諾する。


 そこに魔王が国王に問いかける。


「俺の記憶が正しければ、どっちもリゾート地だったろ。今はどうなってる」


「今は……」


 国王は下唇を噛みながら話し始めた。



『アドリアス半島』

面積はギブリス城下町の半分程度。

元は海の綺麗な田舎町だった。

今はルドミラ連邦の軍事基地が作られ、他国へ侵攻する中継地としての役割もある。

元ギブリス国民の扱いは悪く、雑な労働力として生かされている状態。


ルドミラ兵:約5万人

ギブリス国民:約2万人



『南西諸島』

アドリアス半島から船でアクセス出来る。

元はビーチリゾートの小さな島々。

今はほとんど埋め立てられ、主に軍事演習に使われている。

人質が10名囚われているが、現在は返還待ち。


ルドミラ兵:約1万人

人質:10人



 魔王の深いため息が響いた。


「お前なぁ、やられたい放題じゃないか。どうやったら10人の人質で、ここまで被害が拡大するんだよ」


「……だが今は、名実共にルドミラ連邦の領土だ。もしここに攻め入るとなれば、世界的にもそれは侵攻なのだ。ソロモン王も侵攻には加担する気がないと……」


 国王がまたブツブツ言っていると、ナーコがそれを遮るようにこう言った。


「これは自衛です国王様。どこまでも許される自衛の一つだと、私は思います」


 ナーコがそう言うと、後ろから聞き慣れた声が響いた。



「そォいう事だァ」



「ベリト!」


「ベリトさん!」


「よーやく来たッスか、トロいッスね〜」


 俺とナーコはすぐに振り返り、タロットは無愛想に爪を磨きながらそう言った。


 ベリトはそんなタロットに目を移すと、新しいオモチャを見つけたように、ニヤニヤしながら覗き込む。

 眉を顰めたタロットが、鬱陶しそうな顔を向けた。


「なんッスか気持ち悪いッスね! 悪巧みなら他所でやってほしいッス~」


 すると、その悪巧みをこの場で披露するように、ベリトはこう話し始めたのだ。


「お前ェ、確か『タロット』だったかァ? なんでただの人間のお前がァ、悪魔公爵であるこのボクにィ、そんな口の聞き方をしているんだァ? 『ただの人間』のお前如きがさァ……!」


 タロットはピシッと固まり、額から汗を垂らした。


 

――そっかタロットはこの場じゃ人間だ……そりゃベリトも揶揄いたくなるか、少なからず恨みもあるもんなぁ……ナーコの怪我の件とか……。



 タロットはすぐに取り繕うような愛想笑いを浮かべ、ベリトを宥め始めるのだ。


「や、やだなぁベリトさんってばぁ……アタシたち仲良くなったじゃないッスかぁ……忘れちゃったんスかぁ? もぉ〜連れないッスねぇ、このこのぉ!」


 肘でベリトをつつきながらも、大きな瞳の奥からでは『あとで殺す』と言っているようだった。


 それを無視してベリトは魔王に苦言を言う。


「つーか王様ァ! ちょっと振り回しすぎだぜェ、来んなっつッたり来いっつッたりよォ」



――それはそう、ベリトも最初はこっち来たいっつってたもんなぁ。



「イレギュラーだったんだ。悪魔を証明する手段が、文字通り『悪魔の証明』になった。サキュバスを呼ぶだけでも良かったんだがな、お前向きの仕事も出来たし丁度いいだろう」


「へェ、ボク向きの仕事ねェ」


 悪魔の姿を見て、唖然と口を開けたままの国王とガンド、その姿をベリトはしたり顔で見やっていた。


 そこにようやく国王が言葉を絞り出す。


「その翼とツノ……比喩でもなく、本当に……伝承にある悪魔だとでも言うのか……」


「クハハッ、信じられないかァ? それなら別の方法で証明してやッてもイイんだぜェ。例えばこの女の首を斬り落とすとかさァ」


 ベリトはツノに掛かった王冠をクルッと回すと、厭らしい笑みを浮かべて、ナーコの首元に鋭利なツメを突きつけた。


「ま、待て……! やめろ、民を傷つけるな……! おいソロモン王、この悪魔を止めてくれ……!」


 国王は慌てたように声を荒げるが、俺も含め、ナーコにタロット、魔王までも、冷ややかな視線をベリトに送っていた。


「いやベリトさぁ……それ少しでも本気なら、俺たちとっくにこの世にいないだろ……」


「ホントですよベリトさん、危ないから刃物を人に向けちゃいけません」


 俺たちがそう言うと、ベリトは面白く無さそうなにツメを下ろした。


「はァ……冷たいねェ、前はもォ少し可愛げあったッてのにさァ」


 そして俺はさっき感じた疑問を口にする。


「つーかベリトの仕事ってなんだ? 俺は悪魔の証明の為に呼んだとばっかり思ってたんだけど」

 

「魔王のチカラを誇示するんだろ? 側から見れば俺よりコイツのが魔王っぽいんだよ、いつもの魔王役だ」


 それは間違いなくそうだ。

 足の悪い男が出ていくより、何倍も恐怖を植え付けられる。


「それでェ? 領土がどうこうッて話だよなァ、ボクの好きなよォにヤッていいのかァ?」


「ダメだ、今日は国王の顔を立ててやる」


「ッッッんだよォ……! せッかく面白そォだと思ッたのにさァ……!」



――そりゃ悪魔の独断に任せて大暴れさせるわけにはいかないか……いや、ベリトは暴れないかもな……もっと厭らしい方法を……。



 俺はもうほとんど終わった気になって、ぼんやりそんな事を考えていた。

 そんな中ベリトは、国王を値踏みするような視線を送っている。


「まァ仕方ないかァ……お前が国王だなァ? ボクを動かすんだァ、あんまり失望させんなよォ?」


「あ、あぁ……任せてくれ、見取り図もある。ガンド、すぐに持ってこい」


「ハッ!」



◇ ◆ ◇



 国王の指示は、さすがと言う他ないほど的確だった。

 おおまかな配置や人数を、憶測も交えながら説明し、見取り図に記していく。


「数はさっき言った通りだがとても多い。そしてほぼ全員が魔術師な事に加え、最上位も多数いる……悪魔とはいえ、本当に相手に出来るというのか……?」


 国王もどうにかしたいという意志はあったのだろう。

 でなければ、ここまでの情報を仕入れるとは思えない。



――でもこれ、本当にベリトに必要な情報か?



「それァ問題ねェよォ、なんでもイイからさっさとしてくれェ」


 ベリトはあくびをしながら、タロットの頭に肘を乗せてもたれ掛かっている。

 タロットは苦笑いを浮かべているが、内心はブチ切れているだろう。



――タロット……ここで騒ぎ起こさないでくれよ……?



 俺がそんな事を思いながらヒヤヒヤしていると、国王が怪訝な顔で言う。


「一番の問題が国民なのだ……言った通り、南西諸島には人質が10人。半島には2万もの国民が暮らしている……」


 するとナーコがおずおずと手を挙げて国王に問いかける。


「あの……結局どうしたいんですか……? 何をするのか明確にしないと、何していいか分かんないんじゃ……」


「あ、あぁ……そうだな……! この二つの領土を奪還してもらいたい、可能な限りルドミラ兵は殺さず捕虜とする。そして最優先は人質の保護だ」


「は……?」


 俺はあまりの理想論に、空いた口が塞がらなかった。


 領土奪還はまだ分かる、百歩譲って捕虜も理解は出来る。

 だが人質を最優先する事がどれほどの悪手か、最近まで高校生だった俺でも分かる。

 

 そんな俺の考えを代弁するかのように、ナーコが更に食い下がっていく。


「えっとそれだと……次はもっとたくさん人質取られちゃうと思うんですけど……」


「その為の捕虜なのだ、そうなれば捕虜を交換材料としつつ返還の要求が出来る」


「そうじゃなくって……魔王が人質救出しちゃうと……他の国からとかも……」


「そうはならない、他国が口を挟む理由などどこにも」


「だからそうなったらどうすんだっつってんだよぉッッッ!!!!」


 ナーコの怒号が国王の言葉を遮った。


 魔王は黙ってこのやりとりをジッと見ている、本当に国政に口を出すつもりは無いんだろう。


 国王はナーコの声にたじろぎ、慌てたように魔王に目を向けた。

 逃げ場を探すようなその挙動からは、大きい筈の身体がとても小さく映る。


「そうなれば……またソロモン王の助力を乞うことになるかもしれない……! だがそうならないよう努めよう。魔王に頼りきりの国作りは、儂の目指すところではないのだ」


 ナーコは俯きブツブツと何か呟き始めた、隣にいる俺にはかろうじてそれが聞き取れる。



(お前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいで……)



――まずいな……今のナーコがこのままいけば、不敬どころの騒ぎじゃなくなっちまう……。



 どうあれ魔王の手前、罪にはならない。だがナーコが退室を命じられるだけでも厄介だ。

 魔王とベリトはもちろん、タロットも国政に口を挟んだりはしないだろう。


 そうなれば、この場で国王に意見できる人間が俺だけになる。


 俺は本来、我慢強い方ではない。

 むしろナーコからも心配されるほどに、感情の抑えが効かない人間だ。

 今はまだ俯瞰して見ていられるが、当事者になった時も冷静でいられるだろうか。



――いやキツイだろうなぁ……いつも冷静なナーコですら国王を前にしたらこの調子……そもそも俺の場合、『もう一人』が顔を出した時点でアウトなんだ。抑制が一切効かなくなる、最悪手が出ちゃうわけで……。



 俺は冷静でいられるうちに、やれる事をやる事にした。

 少しでも情報を引き出しつつ、ナーコが落ち着くまでの時間が稼げれば御の字。

 あわよくば国王の考えも変えたいが……。


 そう思った矢先、ナーコが怒りを爆発させそうになるが。


「だからお前のせいでこうなって……!!」


「俺も聞きたい事があるんだけどいいかなぁッ!!」


 その叫び声をかき消すように、俺はどうにか大きな声を張り上げた。

 ナーコがキョトンとした顔で俺を見てくる。


 国王も最初は驚いたような表情を見せたが、すぐに冷静になると、指でテーブルをトントンと叩きながら言う。


「お前は勇者だったな? 今回の功績は認めている、だが今は国政に関わる会談だ。勇者の領分を逸脱していると思うが?」



――そうだろうな、国王から見た俺への評価はそんなもんだ。ナーコの発言程、重くは捉えない事は分かっていた。



「ああ分かってる、でも情報を整理しときたいんだ、頼むよ国王様」


「はぁ……いいだろう、手短にしろよ」


 俺は「ありがとう」と礼を言うと、呼吸を整えるナーコをチラリと見てから、国王に問いかける。


「まずさ、さっきから人質の境界が曖昧だ。この件で、明確な『人質』が何人なのか教えてくれ」


 俺がこれを聞いた瞬間、ナーコが顔をあげて食い入るように国王を見た。

 この線引きは重要だ、これによって今日の優先度が大きく変わる程に。


 だが、国王からの返事は歯切れの悪いものだった。


「明確な『人質』などいない、中立国に対してのそれは世界的にも許されないのだ」


 これには強い苛立ちを覚えた。


 そんな事を聞いてるワケじゃない、そのくらい分かるだろう。

 それでも俺は冷静さを保つよう、必死に自分に言い聞かせた。



「俺の言葉不足だな……俺の中の『人質』は、『交渉材料に使われたかどうか』だ。少なくとも南西諸島の10人は『人質』だと思うんだけどさぁ」


「その定義であれば、その10人限りだ。アドリアス半島の国民が交渉材料にされた事は無い」


 そこまで聞けた俺は、次に地図上の半島部分を指で差して続ける。


「じゃあ次にこの半島だけどさぁ、兵士以外は全員がギブリス国民ってわけでも無いんだろ? ルドミラ連邦の国民もいるんじゃないか?」


「あぁ、そう考える方が堅実だろう」


「だよな、じゃあこれからは南西諸島の国民を『人質』、アドリアス半島の国民を『民間人』って呼ばせてくれ」


 そう前置きすると、国王に若干の苛立ちが見て取れた。

 俺なんかに国民の呼称を決められたくないんだろうな。

 国王の返事を待たずに俺は続ける。


「そんで民間人が解放された場合、ギブリス国民とルドミラ国民の選別は可能なんだよな?」


「もちろんだ、国籍自体は変更されていない」


 この返答には安堵できた。

 でなければ、解放された民間人、全員に対する迫害が起こる事は想像に難くない。


「ならそれを踏まえた上で、目的のすり合わせをさせてくれ。なんかアンタだけ認識がズレてる気がするんだよ」


「領土奪還が目的だろう、何がズレているというんだ」


 国王は当たり前のようにそう言ってのけた。

 まるでそれが全員の共通認識かのように。



――俺は退室させられてもいい、ナーコに繋げられる。ナーコが俯瞰してられるうちに、国王の真意を引き出せればそれでいいんだ。



 俺はそう思いながらテーブルを叩いて国王に突っかかる。


「やっぱズレてるじゃねーか! 目的は『チカラの誇示』の筈だろ? 『領土奪還』はその手段の一つでしかない!」


「同じことだろう! 目的だ手段だと言葉遊びのつもりか! 『領土奪還』でも十分に『チカラの誇示』になる」


「それはやり方次第だ! だからもう一度アンタのやり方を聞かせてくれ……俺はもしかしたらアンタを誤解してるかもしれない……アンタはどんな指示をベリトに出すんだ……? 頼む……教えてくれ……」


 歯を食いしばり、頭を下げながらそう言った。


 さっきまでは『人質』の線引きが曖昧だった。

 でも今はちがう。

 これで指示の内容が変わるだろうと、一縷の望みにかける事にした。



――『領土奪還』は今も変わらないんだろうな……でも問題はやり方だ、魔王のチカラを世界に見せつけなきゃならない……絶対に敵わない存在だと、証明しなきゃならない。少なくとも弱みを見せるなんて事だけは絶対に……。



 国王のため息が聞こえた。

 俺との対話に重要性など、これっぽっちも見出していないのだろう。

 この場の空気に感化された子供が、突っかかってきた程度に捉えているのかもしれない。


 国王が地図に手を置いて話し始める。


「アドリアス半島と南西諸島の領土を奪還してもらう、ルドミラ兵は出来る限り捕虜とするのだ。そして……」


 そして国王はこう続けてしまった。



「人質の保護が最優先だ」



 俺は一気に頭に血が上った。

 抑制が効かない。

 感情のままに机を殴りつけて立ち上がる、椅子が大きな音を立てて後ろに倒れこんだ。


「ふざけんなッ!! アンタまだそんな事言ってんのかッ! 魔王が動くんだぞ!! なんでたった10人の人質を保護すんだよッッッ!!」


「はぁ……お前にはまだ分からんかもしれんな……人質の保護とはそれ程に難易度が高いのだ。世界から見てもそれだけで、『チカラの誇示』に繋がるだろう」

 

「今はそんな話をしてんじゃねぇッッッ!! 魔王が人質を保護すんだぞ!! ましてやそれを最優先だ!? それが世界にどう映るか分かってんのかッッッ!! 人質の利用価値見せつけるだけだろうが、この能無し野郎ッッッ!!」



――ダメだ……止められない……抑制出来ない……



「もういい……! もういいよハルタぁ……!」

 


――ナーコの声が聞こえる……きっと止めてくれてんだろうなぁ……でももうどうでもいいや……。



「国王の自己満を押し付けんな!! なんでこっちまでテメェのオナニーに付き合わなきゃなんねーんだよッ! そんなに気持ちよくなりたきゃ部屋にこもって一人でシコシコやってろよッッッ!! それとも国民の苦しむ姿でしかコーフン出来ないドヘンタイなのかよ気持ちわりぃ!!」


「ハルタもうやめてお願い……!!」


 そう叫ぶナーコに後ろから抱きつかれ、ようやく俺は我に返った。

 記憶が飛んでるわけじゃない、自分が何を言ったかも理解できる。


 俺は息を荒げながら、どうにか自分を落ち着かせてから天井を見る。



――マズったなぁ……流石にこれは打首でも文句言えないんじゃないか……?



 国王は怪訝な顔をこちらに向けて問いかける。


「言いたい事はそれだけか……?」

 

「なんだよ、言われ足りないのか? そうだよな、こんな簡単な言葉で済ませていいような無能っぷりじゃねーもんなぁ」


 精一杯の嫌味を込めて、口元に笑みを浮かべながら俺はそう言っていた。


「ガンド、連れて行け」


「……ハッ!」


 国王の指示でガンドが立ち上がった。


「待ってお願い……! ガンドさんやめて……! 先生……!! 先生止めてください……!!」


 ナーコが縋るように魔王に声をあげている。

 魔王は足を組み替えながら、国王に目を向けて言う。


「この場は国王がルールだ、俺が止める事じゃない。だが、ハルタロウに危害を加えるなら話は別だ。それはネザルも分かってるよな?」


「あぁ、不敬だなんだと罪に問うつもりはない。あくまで会談の妨げによる退室と拘束だ、明日になれば解放しよう」


「クッハハハ! 妨げかァ……妨げてんのァどっちだろォなァ?」


 嫌味を言うベリトに対して、国王がギロリと睨みつけた。


「そォ睨むなよォ、ただの悪魔の戯言さァ。ボクの事ァ気にしないでくれェ」


 そんな会話を聞いていると、ガンドが俺の手を掴みゆっくりと引っ張りあげる。


「失礼します……」


 あれだけの悪態をついたというのに、俺に対するガンドの丁寧な言葉遣いには、違和感を感じてしまう。

 これには抵抗する気も起こらない。

 ガンドに促されるまま立ち上がり、扉に向けて歩き出した。


 その横でナーコは、未だに魔王に食い下がってくれている。

 

「ダメです先生……! 今ハルタが抜けるのはマイナスにしかならない……! 私だけじゃあの国王の意見は変えられない……先生止めて……!」


 ナーコは崩れ落ちるように床に手をつき、涙を溢していた。



――大丈夫だナーコ……国王の考えは引き出せた……あとはお前が冷静でいられればきっと説得出来る……とにかく最悪の選択をさせなければいいんだ……。



 俺がそんな事を思っていると、魔王はナーコを見ながら気だるくこんなことを言った。


「だから今日は国王がルールなんだよ、国王の指示で動くと言ったろう」


 この言葉には、含みのような物が感じられた。

 魔王が何かのヒントを与えているような。


 俺がその答えに行き着く間もなく、ナーコは顔を上げて立ち上がった。

 そして涙を拭ってから、魔王に向けてこう言ったのだ。


「なら今日一日、私をギブリス国王にしてください」



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