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63.0 『魔王討伐連合国』



「さて、これでギブリス王国は、俺たち『小さき鍵(レメゲトン)』の庇護下となる訳だが……ネザル、これからどうするつもりだ?」


 アイゼイヤ大使とリーベンの退室を見届けると、魔王は国王を推し量るような問いを投げかけていた。

 少し緊張した様子で答え始める。


「あぁ、早い段階で世界に通達を出す。これにはソロモン王からも、一筆いただきたいと思っているがよいか?」


「それは問題ない。で、もう一度聞くが、これからどうするつもりなんだよ」



――あれ? さっき国王様答えてなかったか? 早い段階で世界に通達とかなんとか……。



 そう思ってすぐ、魔王がピリついている事に気づいた。

 頬杖をついて国王を見つめたままだが、少し苛立っているようにも見える。

 欲しい言葉が返ってこずに、それをジッと待っているような。


 国王も空気の変化に気づいたのだろう。

 質問の真意を考えるように顎に手を当てていると、魔王が足を組み替え、さらに問いかけた。


「では聞き方を変えるが、これから俺たちは何をすればいい?」


 国王は不安そうな表情をして、慌てた声を魔王に返す。


「あ、あぁ……! どこかの国から攻撃された時に動いてくれるだけで十分だ、こちらから何かを仕掛けるつもりは無いから安心してくれ」


 魔王はこれを聞いて、眉を顰めた。

 すぐに返事をせず、まだ何かを待っている。



――なんだ……? 魔王はこの指示の何が不満だっていうんだ……?



 そして数秒の沈黙が続くと、魔王は諦めたようにため息をついて了承しようとするが、


「はぁ……わかったよ、お前がそれでいいならそれで」


「絶対ダメェッ!!!!」

 

 ナーコが大声を張り上げて待ったをかけていた。


「お、おいナーコ……! なんだよ急に……!」


 咄嗟に俺も口を挟んでしまったが、魔王の様子も明らかにおかしかった。

 この場でナーコだけが魔王の真意に気づいているかのように思える。



――いや、たぶんタロットも気付いてるんだろうな……くそ、また俺だけ分かってないのかよ……!



「ご、ごめんハルタ……でもそれなら、魔王と和平なんて結ばない方が……」


 すると魔王は、国王に向けて気だるい声で語りかける。


「コイツに感謝しろよネザル、俺は国政なんかに口を出すつもりは無いんだ。そしてここは、お前が決定権を持つ王政国家だ。別にお前の判断が間違っているわけじゃない、万に一つは功を制す事もあるだろう」


 国王はまた顎に手を当て、汗を滲ませながら必死に思案し続けている。

 すぐに続けて魔王が重ねて問いかける。


「『どこかの国に攻撃されたら』と言ったな? どこかの国ってどこだよ、どこが攻撃してくるんだ、言ってみろ」


「そ、そんなものその時になってみないとわからん……! わからんが……ソロモン王がここまで言っている……そんな事が分かるのか……?」


「分かるわけじゃねーよ、限りなく高い可能性があるってだけだ」


 魔王は呆れた口調でそう返すと、続けて同じ質問をナーコに向けた。


「おいヘタクソ、お前はどこが攻撃してくると思う、言ってみろ」


 全員がナーコに目を移した。

 その視線を一身に浴びながら、ナーコは唇を震わせてこう答えたのだ。



「………魔王討伐連合国………」



 タロットは「さっすがぁ」と独り言のように称賛する。

 俺はすぐに魔王を見て声を上げていた。


「お、おいおい……! そんなのがあるなんて聞いてないぞ!!」


「儂も知らんぞソロモン王! そんな連合国が本当に存在するというのか!」


 国王すらも俺に続いていた。

 魔王は杖先に炎を灯して、ゆらゆらと操りながら、面倒くさそうに答える。


「ねーよそんなモン。名前もヘタクソが勝手に考えただけだろう」


 そして炎越しに国王を見据えて、こう続けた。


「だができる。大国が名を連ね、それっぽい名前のそれっぽい連合国が、高確率で作られる」

 

 国王は震えながら、頭を抱えた。


「な……なぜ今になってそんな……」


「眉唾だった魔王って存在を公表するんだぞ。ましてこの国はその庇護下に入るんだ」


「いやしかし……! 魔王という肩書きがあれば……」


「お前なぁ、魔王なんて世界から見たら恐怖の象徴みたいなもんだろう。それだけで戦争を仕掛ける大義名分が出来上がってんだよ」



 そうか、魔王という世界の脅威を背負うからこそ、ギブリスは中立国として認知されていた。

 だが手を結ぶのであれば、ギブリスも世界の脅威の仲間入りだ。

 しかも魔王の存在を明確にする、というオマケ付き、確かに魔王の言う『戦争を仕掛ける大義名分』が揃っている。



——コストかけてでも、排除に乗り出すのは時間なんだろうな……。



「そんな……では和平なぞしない方が良かったと……そういう事なのか……」

 

 後悔しているかのように震えて頭を抱える国王。

 念願だった魔王との和平が裏目に出たのだ、そうなる気持ちもわかる。


 しかもこの会談を無かったことにするのも難しい。

 不可逆の扉から、俺たちの帰還を目撃した兵士は数多くいる。

 そこには訝し気な顔を向ける者も少なくなかった、『何も無かった』は通用しない。


 『魔王と友好関係には至らなかった』であればどうだろう。


 少なくともギブリスが世界の敵と認知される事は避けられる。

 とはいえ魔王の存在を公表せざるを得ない事は変わらない、つまり『魔王討伐連合国』は作られる。

 そうなればギブリスが加盟しないなんて許されない、魔王と世界の間に立つ中立国なんてあり得ない。


 結局、魔王につくか、世界につくか、究極の二択を迫られる事になる。



――これ詰んでるんじゃないか? 少なくとも今まで通り平穏にとはいかないぞ……何かしらのアクションは必要だ、それこそ魔王が最初に言っていた……。



「ここで最初の質問だ、俺たちは何をすればいいんだよ」


 魔王は国王を見かねたのか、また溜息をつきながらもそう問い直したが、


「わ、わからん……今なにをすれば民が守れるのか……何が正解なのか……」


 審判の日に見た、剛健な国王のイメージとはかけ離れた姿だった。

 国王は民を背負っている、それがどれほどの重みなのか想像もつかない。

 そしてここの判断が分水嶺、間違えれば民が危険に晒されるという事だ。


 魔王もそれをわかっているから強く言えないでいるんだろう。

 部下の成長を促すように、諭していく。


「ネザル、お前は間違いなく王の器だ。だが争い事になると途端に鈍る、優しすぎるんだよ。ここが中立国でなければ、稀代のポンコツ国王として語り継がれている。どうせこれまでも国民の命を優先して、チマチマと領土を明け渡してきたんだろう。それで魔王に泣きついた結果がこれだ」


「も、申し開きもない……」


 魔王からの叱責に国王は肩を縮めた。

 国王からそれに続く返事が無いと悟ると、魔王は頭をガシガシかいて、杖先をナーコに突きつけてこう言ったのだ。


「もういい、お前だヘタクソ。癪に障るが今日だけ、お前をギブリス国王にしてやる。好きなようにやってみろ」


「え……?」


 全員が一斉にナーコを見た。

 そしてこの場の時間が止まったのだ。

 ナーコはゆっくり言葉の意味を咀嚼した後、大きな声を張り上げた。


「えぇ――――ッ!!!」



◇ ◆ ◇



「なっなっなっ……なに言ってんですか!? む、むむむ無理に決まってるじゃないですか!!」


「無理じゃねーよ、少なくとも今のネザルよりは役に立つ」


「無理ですよ!! 先ッ生がやったらいいじゃないですかっ!! 先生以上の人なんていませんよっ!!」


「嫌に決まってるだろう、めんどくさい」


「な……!? 私だって嫌ですよっ!!」


「いいか? 魔王ってのは絶望で世界を覆いつくす存在じゃなきゃダメなんだよ」


「何を訳わかんない事言ってんですか! とにかく無理です!! それに私の判断が正しいとも限りません!」


 魔王に対して、ここまで食い下がれるのはナーコくらいじゃないか?

 俺はもちろん、タロットでもベリトでも難しいだろう。

 ようやく魔王も諦めたようにため息をついて言う。


「そうか、それなら仕方ない。でもまぁ一応お前の意見も聞かせてみろよ、何かの参考にはなるだろう。俺たちは何をすればいいと思うんだ?」


 ナーコはホッとしたように胸を撫で下ろし、一呼吸置いてこう答えた。


「チカラの誇示が必要だと思います……魔王がどれ程の脅威か、世界に知ってもらうっていうか」


「なるほどな。おいネザル、丁度いい相手はいるか?」


「ふむ……ならば内戦が頻発している地域を治める事は出来るだろうか? 魔術師の数が多くてな、国でもそう易々と手出しが出来ず手を焼いていて……」


「そんなの何もしない方がマシですよッ!!!」


 ナーコが初めて国王に対して声を荒げた。

 審判の日も俺の興奮を必死に抑えてくれていたナーコが、初めてギブリス国王に怒鳴り声をあげたのだ。

 どう考えても不敬、奴隷が許される事では断じてない。

 だが、国王もガンドもこれを糾弾しなかった。

 それは魔王がナーコを一目置いていると分かるからだろう。


 国王がナーコを見て語りかける。

 

「ヘンミ・カナコだったな、今の不敬は不問とする。その上で聞きたい、お前には何が見えている」


 ナーコは「すみません……」そう頭を下げて、自分の考えを開示し始めた。


「中途半端なチカラの誇示は逆効果です、対抗すべき戦力の指標が出来てしまう。やるなら徹底的に、各国が束になっても絶対に敵わないと、そう認識させる事が重要だと思います」


 そう、戦力が100の相手に120のチカラを見せても意味がない。

 ナーコの言うように、目指す指標が出来てしまう。

 例えそれが誤りだとしても、各国が『打倒魔王』として加盟しやすくなり、結果として戦争を仕掛けられる。

 やるのであれば、徹底的に。


 これは勝ち負けの問題ではない、戦争を仕掛けさせない事が最大要件。

 『世界VSギブリス』の図式となった時点でこの国は終わる。

 もちろん魔王のチカラがあれば、勝利自体は容易いだろう。


 だが一度でも『世界の敵』と認識されてしまえば、『中立国』が達成出来なくなる。


 そして魔王の庇護下から外れると、ギブリスは『力のない世界の敵』でしかなくなってしまうのだ。


 つまりギブリスが『世界の敵』と認識される前に、『敵に回してはいけない』と思わせなければならない。



――アイゼイヤさんを帰さなかったのはそういう事か、イ・ブラファに連絡された時点でアウトだもんなぁ……となるとリーベンは巻き添えだな……まぁ今頃イイ思いしてるんだから大丈夫だろう。



 俺が無い頭を必死にフル回転させていると、国王は悩ましい顔をナーコに向けていた。

 『あとは自分で考えろ』とでも言いたくもなるが、それほど今の国王には余裕が無いのだろう。

 奴隷であるナーコに頼らざるを得ない程に。



「どうやってそれを示すというのだ。ギブリスは中立国、争いの多い国ではないのだぞ」


 そしてナーコは、壁に飾られたギブリス王国の地図に目を向けてこう言った。


「明け渡した領土……あるんですよね?」


 魔王とタロットは目を見合わせ、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。

 ナーコはすっかり魔王に乗せられてしまっていたのだ。



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