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62.0 『二人の奴隷商』

 タロットからもらった短剣を腰に下げ、俺たちは不可逆の扉に向けて歩いていた。

 身支度といっても必要な物は全てコリステン邸に置いてあるので、手荷物も少ないと思っていたのだが、


「あっは〜♪ 付き添いの奴隷がいるとラクでいいッスね〜!」


「なんっでこんな大荷物なんだよお前……」


「タロットちゃん……これさすがに重いっていうか……」


 タロットがあれやこれやと詰め込んだ鞄を、これでもかと持たされた俺とナーコは息を切らして歩をすすめていた。


「なんスかぁ? 飼い主に対して文句でもあるんスかぁ?」


「クソ……昨日までのしおらしいタロットはどこに行ったんだよ……」


「なーんか言ったッスかぁ?」


「あーもう、なんでもねーよ!」


「先生は荷物少ないんですね」


 魔王は何も持たず、ただ杖をカチカチとついて歩いている。


「いらんだろう、俺はすぐに帰るんだ」


「まぁそれはそうですけど、私はどうせなら先生の荷物持ちたかったっていうか……」


「ナコちゃん? まだ荷物持ち足りないんスかぁ?」


「う、うそうそうそ……! もう〜冗談だってばタロットちゃーん……!」


 タロットは魔王の左半身を支えながら、ナーコに睨みを効かせている。

 そうこうしていると、あっけないほどすぐに不可逆の扉に着いた。


「なんか……早すぎないか? 来る時はめちゃくちゃ長かったんだけど……」


「あれはアタシが眠かったから、少し長くしたんスよ〜♪」


 いつもいつもこの飼い主様は、あっけらかんと事後報告してくるんだ。


「お前さぁ……」


「タロットちゃんさぁ……」


 呆れた目線を向ける俺たちに、飼い主様はまたギャーギャーと言い訳を始めるのだ。


「だーってナコちゃんの背中、あったかくていい匂いで気持ちよかったんスもん! ずーっとニールくんの手を掴んでたアタシを、少しは労わって欲しいッス! 地獄から天国に来た気分だったんスよぉ!」


「タ、タロットちゃんがそこまで言うなら……」


 ナーコもナーコで照れながらモジモジとそう言った。



--俺はこうやって教祖と信者の強力タッグに振り回されてるんだよ? 可哀想と思わない?



 そんな俺の気持ちなど知った事ではないように、魔王は指輪の描かれた扉に手をかざした。

 魔力を流したのだろう、不可逆の扉がギギギと石の擦れる音を立てて、両側へと開いていく。

 その先に広がっていた光景は、想像を超えるもので、俺は思わず声を漏らしてしまった。


「なんだよこれ……」


 神殿の前では何千という数の兵士たちが列を成して、呆然とこちらを眺めていたのだ。

 そこにタロットが緊張感の無い声を響かせた。


「どもーーッ! おっつかれさまでーーーッスぅ!!」


 呆気に取られた表情で声も出せずにいる兵士たちの後ろから、少しやつれた国王がフラフラとこちらに足を運んできた。


「タ……タロットなのか……?」


「別人にでも見えるッスかぁ? てか国王様ぁ、これやり過ぎッスよぉ、そーんなにアタシが心配だったんスかぁ〜?」


 タロットはニヤニヤと国王を見上げながら揶揄うが、


「あぁ……タロット……タロット……!! よく……よく無事で……ッ!!」


 国王は兵士達の前だというのに涙をこぼして膝をつき、タロットの肩に縋りながら声を震わせた。


「ちょちょちょ……! 国王様がなにしてんスかぁ! 絶対戻るって言ったじゃないッスかぁ! もぉ!!」


「タロット……良かった……本当に……ッ!」


「あーはいはい、心配してくれてありがとッス〜」


 タロットは呆れたように、国王の頭をズリズリ撫でながら辺りを見回す。

 そして口を開けて呆然とこちらを見る一人の男に声をかけた。


「ちょっと!! リーベンまで何してんスかぁ! こんな事に奴隷使ってどーゆーつもりッスかぁ!!」


「本当に戻ったのか……タロット商……」


 リーベンまでもが声を震わせていた。

 タロットのあまりの人望に、俺まで呆気に取られてしまう。


「あっは〜♪ もしかしてアタシが居なくなって寂しくなっちゃったんスかぁ〜?」


「ば、バカを言うな! 張り合いのある奴がいなくなると利益が上がらんだけだ……!」


 国王の頭を撫でながら、リーベンを揶揄うタロット。

 そして兵士たちからどよめきが聞こえてきた。


「まーとにかく話は後ッス! とにかく、ここの兵士さん達を帰してあげて欲しいッス! こんなにたくさん入れないッス〜!」


 タロットのこの言葉に、国王は涙を拭いて立ち上がり、魔王を見据えながら言う。


「あぁ……そうだな……! して……この男が魔王……でいいのか……? ただの人間に見えるんだが……」


「そッスそッス〜、間違いなく魔王なんスけど〜……」


「いや待て……儂はこの男とどこかで……」


 国王が記憶を辿るようにそう言うと、魔王も口を開いた。


「久しぶりだなネザル、もうイタズラはしていないだろうな?」


「は……? なぜ儂を……? いや……まさか……」


「積もる話は今はいい、とにかくここの兵士を解散させろ。こんなにゾロゾロと来られたら迷惑なんだよ」


「わ、わかりました……! すぐに解散させ……」


「一国の王が魔王に敬語なんか使う必要ねーよ、堂々としていろバカタレ」


「あ、あぁそうだな……! リーベン! お前の指揮下の奴隷も帰してやれ! タロットが戻った、もう扉に入る必要もない!」


「ハッ! す、すぐに!」


 訝しげにこちらを見る兵士も数人いたが、国王とリーベンの指示によって、続々とラクダ車に乗り込んでいく。


「さてネザル、話がある事は聞いている。でもここじゃ落ち着かないからな、城の会議室でも貸せよ」


「あぁ、それは問題ない……だが今から出ても城に着く頃には夜中だ、話は明日でもいいだろうか」


「すぐに着くから問題ない。そこの二人と、あとリーベンだったな、お前ら三人も話し合いには参加しておけよ。後から必要になって呼びに行くのも面倒だ」


 魔王はアイゼイヤ大使にガンド騎士長、それにリーベンにもそうやって声をかけると、以前と同じように転移門を出現させた。



◇ ◆ ◇



 魔王の出した転移門をくぐると、そこはギブリス城の王の間だった。

 俺もナーコも以前経験した事だが、周りはあまりの出来事に度肝を抜かされている。


「こ……これはどういう魔術で……いや、そもそもこんな事が可能なのでしょうか……?」


「悪いが企業秘密だ、魔王はこういう事もできるんだなーくらいに思っとけよ」


「は、はい……!」


 アイゼイヤ大使はそれが顕著で、魔王に対する目線は訝しげなものから、尊敬の眼差しに変わっていた。

 

 ガンドに会議室まで案内され、俺たちはそこで豪勢な円卓を囲んでいた。

 俺、ナーコ、タロット、魔王、ガンド騎士長、ギブリス国王、リーベン。

 魔王はこんな場だというのにダラリと椅子にもたれかかり、気怠い表情で頬杖をついていた。


「今更ですが……わ、わたくしめも……この場に立ち会ってよろしいので……?」


 リーベンが居心地の悪そうな素振りで国王に尋ねると、タロットがヘラヘラ笑いながら答える。


「いいんスよ〜、魔王様のご指名ッス〜♪」


「タロット商……お前はなぜこの場でそんなにヘラヘラしていられるんだ……」


 そして国王が話し始める。


「さて、まずは先に言っておこう。儂はここの魔王……いや、ソロモン王に多大なる恩義がある」


 そして横のガンドが当然であろう疑問を口にする。


「ソロモン王とは……? それより魔王に恩義……と申しますと……?」


「ガンド、お前は儂が国王になる前のギブリスは知っているな?」


「はい、税で民を圧迫する……こう言ってはなんですが、あまり良い国ではなかったと……ですが国王が改革を起こして建て直し……」


「違う、ギブリスを見かねて改革を起こしたのは、ここにいるソロモン王だ。そして儂に王位を委ねて姿を消した。ソロモン王が魔王とは……儂も思っていなかったがな……」


 国王のこの言葉で、魔王に対する疑念は晴れたのだろう、全員が少しだけ姿勢を正していた。

 魔王が満足そうな表情を国王に向けた。


「やれば出来るじゃないかネザル」


「やはり貴方か……儂に国を任せてすぐに消えてしまったのは何故……」


「その話は後回しだ、そのうち酒でも飲みながら話せばいい。まずはあれだ、流れに任せてなんとなくついてきた者もいるだろう。なにか質問があれば答えるが?」


 魔王がそう言うと、アイゼイヤ大使がおずおずと手を挙げた。


「す、すみません。我が国の……ニール・ラフェットの姿が見えないのですが……」


「あぁ、あの男は殺したよ。何か問題があったか?」


 実際には殺されていない、今もブエルから様々な実験を受けている。

 とはいえそんな事を説明するよりも、殺したという体裁の方が、人道的にも疑念は少なく済むのだろう。


「こ、殺し……? いえ……こちらとしても罪人としての扱いだったので、国として問題があるわけでは……ですがタロット令嬢は良かったのですか……? あんなに仲睦まじく……」


「あぁーいいんスよぉ〜♪ ニール君が悪いんスから〜」


「わ、悪い……というと……?」


「ウチの国に麻薬性の薬物を持ち込んだ、生かす理由があると思うか?」


 魔王のこの言葉にアイゼイヤは顔面蒼白になると、テーブルに手をつき頭を下げた。


「そ、それは大変な失礼を……! イ・ブラファ皇国を代表して陳謝致します……!」


「もう済んだ事だからいい。内容は話せないが、それを帳消しにするほどの所業をこいつら三人が行った。俺はそれだけで十分だ」


 魔王が俺とナーコ、そしてタロットを指してそう言うと、全員が俺たちに目を移す。


「いや……たまたま俺たちがきっかけになっただけだよ、下積みあればこそっつーか……」


「ハルタの言う通りです……本当にたまたまで……ほとんど居合わせただけに過ぎません……」


「アタシは横に居ただけッス〜♪」


 俺とナーコは居心地悪そうな返答、タロットがあっけらかんとそう答えた。


「儂からも一ついいか?」


 そう言って国王が魔王を向いて問いかけ始める。


「ソロモン王は先程、『ウチの国』と言ったが、不可逆の扉の向こうには、魔王の国があると考えていいのだろうか?」


「そういう事だ、ギブリスと同程度の人数が住んでいると思ってくれ。種族は悪魔だが、ほとんど人間と大差ねーよ」



――いやどう考えても大差あるだろ……低級悪魔のケリスにすら誰も敵わないぞきっと……



「あ、悪魔……伝承にある魔物か……? ではソロモン王も悪魔という事なのか……?」


 全員が呆気に取られる中、国王が言葉を絞り出すようにそう問いかけた。


「いや、俺は人間だが……ふむ、これは説明が難しいな……」


 魔王は顎に手をやり、珍しく説明方法を考え始めたので俺は思わず口を挟んでしまう。


「なぁ王様、やっぱベリト連れてきた方が良かったんじゃねーか?」


「そうだな、めんどくさいから呼びつけるか。どうせまだ城にいるだろう、アイツが一番それっぽい」



――やっぱりベリトは『それっぽい』ってだけの理由で魔王役やらされてたんだなぁ……


 ここでタロットが正体を明かすわけにもいかない、悪魔の証明ならサキュバスでも良さそうだがベリトの方が説得力は増すだろう。



「先生……さすがにベリトさん可哀想ですよ……」


 ナーコの呆れ声から耳を背けるように魔王が続ける。


「まぁ一人ここに呼んだからそのうち来るだろう、ソイツを見ればなんとなく分かる。それで? 俺たちとギブリスで和平を結びたいと聞いているが」


 少しの間が出来たが、これには国王が答える。


「あぁそうだ。ギブリス王国を魔王の庇護下に置いてほしい。中立国の立ち位置に、疑念を感じている国も少なくないのだ」


「そうだろうな、だがそれにはいくつか条件がある」


 魔王はテーブルに肘をついて国王を見据えて続けた。


「まず中立国、これは大前提だ。俺たちは他国への侵攻に加担する気は一切ない。ただし、自衛であれば例外だ、どこまでも許す。これは問題ないか?」


「あぁ、侵攻などする気はない。儂はこの国民が守れればそれでいい」


「では次、俺が見たいのは世界の成長だ。ギブリスは世界流通の中心に立ち、潤滑剤の役割を担ってもらう」


「それももちろんだ。以前、貴方からこの国を任せられた時の言葉でもある。儂はそれを第一に、この国と民を守ってきたつもりだ」


 この返答に、魔王は気をよくして口元を緩めた。


「よく覚えているな。そしてよくやっている。やはりお前に任せてよかった」


「そ、それは……これ以上ない言葉だ……儂は……貴方に認められたくてずっと……」


 国王にとって魔王がどれほど大きい存在か、この場の全員が理解できた。


「最後、医療行為以外での麻薬は禁止だ。そしてそれを売買している組織を探り、可能な限り情報を寄越せ。この国はもちろん、他国の情報も全てだ」


「麻薬か……麻薬の使用は元から禁じているから問題ない。だが、情報の詮索は難しいぞソロモン王。他国であれば尚更だ、それ自体が戦争の引き金になりかねん」


「それもそうか、ではこの国のみであればどうだ?」


「この国のみ……ガンド、出来そうか?」


「可能ではあります。ただ国として出来るのは、検閲や見回りの強化くらいのもので……魔王様の要望とは乖離しているかと……」


 国王とガンドが困っているところに、リーベンが声をあげた。


「その役割、わたくしめにお任せ願えませんか? この国はもちろん、他国に貸している多数の奴隷からも、情報を得る事が可能です」


「ほう」


 これを聞いた魔王はそうやって声を漏らすと、タロットをチラリと見て呟いた。


「お前が認めただけはある」


「そーなんスよ、仕事だけは出来るんス〜」


 すぐにリーベンに目を移して魔王が言う。


「いいだろう、リーベン・スレイバーグ。その役割はお前に任せる。奴隷を使って情報を探りこちらに回せ、情報は言い値で買い取ろう」


「ありがとうございます。して、連絡はどうすればよろしいでしょう?」


 リーベンが礼を言いながらそう確認を取ると、魔王は少し考える素振りをして提案した。


「そうだな、民間ならレスポンスを重視したい。お前コリステン商会に入れよ。俺の息のかかった人物がいるからソイツを通せば話が早い」



――めちゃめちゃ息のかかったタロットがすぐ横にいるんだけどね!?



 とはいえ、リーベンがコリステン商会に入ればタロットと手を組む事になるのか。

 この二人が意見をぶつけ合って成長していく、商業に革命が起こるのではないだろうかと思わされた。


 だが、リーベンの答えは前向きなものではなかった。

 

「お、お言葉ですが魔王様……! コリステン商会に属す事は……その……わたくしめの信念に反するといいますか……」


 その言葉を聞いたタロットは眉を吊り上げ、テーブルに身を乗り出し、リーベンに詰め寄った。


「はぁ〜!? こっちだってリーベンを入れる気なんてさらさら無いんスけど!? 上納金2倍払うなら考えてやるレベルッス!」


「何を! 元よりこっちから願い下げだ! そもそも奴隷業ではこちらが上だぞ! 上納金を払ってまで貴様の商会に属す必要がどこにある!」


 周囲の目線などお構いなしに、二人がギャーギャーと言い争いを始めてしまった。

 これには国王が業を煮やしたようにテーブルを叩き、二人を叱りつける。


「いい加減にしろ! 今は魔王との和平がかかった大事な場だ! リーベンの払う上納金は国で負担する、請求額も二倍で構わん! お前らこれでいいな!」


 この特別措置は当然だろう。

 国王からすればリーベンが商会に入るだけで、念願の和平が締結しようとしているのだ。


 流石のタロットも諦めたように手をブラブラさせながら返事をした。

 

「あーはいはい、わかったッス〜。リーベンもそれでいいッスね〜」


 だが、リーベンは眉を顰めながらこう言ったのだ。



「嫌だ」



 この場の全員が、信じられないといった顔でリーベンを見た。

 あまりにも場にそぐわぬ返答に、提案した国王すらも口をつぐんでしまっている。

 すぐにタロットはテーブルに手をついて声を荒げた。

 

「ちょっとリーベン! 流石にワガママ言い過ぎッス! コリステン商会にタダ乗り出来るんスよ!? 得しかないじゃないッスか!」


 その声に臆する事なく、リーベンはタロットを真っ直ぐに見て答えた。


「ワガママがどうした! 損得の問題ではない! 言った筈だぞ、儂の信念が許さないと」


「……ッ! あーもうホントいい加減に……ッ!」


 そう言って痺れを切らしかけたタロットを、魔王の手が止めた。

 そしてリーベンに目を移して問いかける。


「その信念とはなんだ? 言ってみろ、リーベン・スレイバーグ」


 リーベンはそれを受けて少し焦りの表情を見せたが、すぐにタロットに目を移してこう言う。


「わ、わたくしめの信念は……この生意気な小娘を……タロット商を超える事にございます」


 タロットは驚いた顔をした後、訝しげにリーベン見ると、言葉の真意を探るように問いかける。


「は、はぁ!? 奴隷業は自分のが上っつってたじゃないッスか、それはアタシも認めてるッス!」


「奴隷業ではそうだ。だが……」


 少しの間をあけて、リーベンはこう続けた。


「コリステン商会もお前だろう、タロット商」


「へ……?」


 予想外の言葉だったのだろう、タロットは初めて焦りの表情を見せた。


「い、いやいやいや……コリステン商会は父様ッスよ? ほ、矛先を間違えないでほしいんスけど……」


 その言葉を聞くやいなや、リーベンは怒りに任せたように立ち上がり、タロットを睨みつけた。

 そしてドスの効いた声で語りかける。


「貴様も儂を甘く見ているのか……! ならばこの場でハッキリ言ってやる。コリステン商会の正体はお前だ、お前そのものだタロット商……! あの有象無象の集団を、お前はたった一人でまとめ上げている……!」


「ち、ちちち違うッスよ……! し、しかも正体って……もう大袈裟ッスねぇ……そもそも商会は父様が作ったんスよ? リーベンだって父様から誘われた筈で……」


「ああ誘われた、信じられない程の好条件を提示されたよ。儂がなぜそんな垂涎の誘いを断ったかわかるか? あんないいとこ取りの寄せ集め集団で、商会が成り立つ筈がないからだ。すぐに瓦解する、儂にはその確信があった」


「え、えっと……でも実際うまくいってるんスけどぉ……」


「そうだ、とてつもない利益を出している……! 儂からすれば有り得ない事だ、必ず何か裏がある……! こういうのは消去法で大体わかるんだよ。頭の中で不要な物を排除していく、そして残った物が答えだ。どうせ最後には、それこそ麻薬のように良からぬ物が出てくるに違いない、そう思って儂は……ワクワクしながらコリステン商会を調べた事がある……!」


 リーベンはここまで言うと、落ち着きを取り戻したように席に座った。

 そして魔王に目を移して問いかけた。


「魔王様、コリステン商会からは何が出てきたと思いますかな?」


「それがタロットだったという話か」


 魔王の返答にリーベンは首を振る。

 そしてまた、怒りに満ちた目をタロットに向けると、悔しさに声を震わせるようにこう言った。



「タロット商の……片腕一本……!」



 汗を垂らしたタロットは目を泳がせて、必死に逃げ道を探しているように見える。


「か、片腕ッスかぁ……? でもアタシ……腕はこの通り二本あって……」


「話を逸らすなタロット商! 貴様はあのバカでかい商会を……片手間にまとめているだろう!」


 タロットがビクッと震えたのがわかった。


「か、かか、片手間なわけないじゃないッスかぁ……もぉ〜考えすぎッスよぉ……」


 リーベンがテーブルを叩いた。

 タロットを睨んで歯を食いしばる。


「甘く見るな……! そうやって誤魔化していられるのも今のうちだぞ……! 儂は近い将来、スレイバーグ商会を作る……! そしてコリステン商会を超えて見せる……! 片手間で儂に勝てると思うなよ……! 本気を出させてやるぞ、タロット・コリステン……!!!」


「そ、そりゃ怖いッスねぇ〜……」


 タロットが苦笑いを浮かべるすぐ横で、魔王の独り言のような呟きが聞こえてきた。


「今日ここに来てよかった」


 俺はここでようやく確信が持てた。

 ナーコはもっと前から気づいていたかもしれない。

 リーベン・スレイバーグは今、これ以上無いほど魔王に気に入られたのだと。


 リーベンは呼吸を落ち着かると腰を下ろし、魔王に向き直り頭を下げた。


「お見苦しい姿を見せてしまい申し訳ありません。そして、やはり商会入りの件も……」


「別にいいよ、お前とのパイプは別で用意する。タロットの父親を放り出して、コリステン商会をお前に任せてもいいが、どうせそれも嫌なんだろう」


「はい……身に余るお話ですが……」


「スレイバーグ商会か、面白そうだな。俺が全面的にバックアップしよう」


 魔王からのあまりに唐突な申し出に、リーベンは呆気に取られた表情を見せた。

 

「は……? それはどういう……」


「カネでも人材でも都合してやるって事だ、先行投資だよ。もちろんメッセンジャーとしての役割も果たしてもらうがな」


「お、お待ちください……! なぜ私めにそこまで……」


「言っただろう、俺は世界の成長が見たいだけなんだ。コリステン商会にも競合はいた方がいい。品質を競い、価格を競い、シェアを奪い合えよ」


 魔王らしい答えだった。

 リーベンは理解するまでに少しの時間を要したが、すぐに椅子から降りて魔王に片膝をついた。


「ハッ! こ、このリーベン・スレイバーグ! 必ず魔王様のご期待に応えると約束しましょう……!!」


「あぁ期待している。タロットを超えてみせろよ? コイツのニヤケ面を悔しさで歪めてやれ」


「もちろんでございます……! 必ず、必ず……!」


「な、なーんでこんな話になってるッスかぁ〜……?」


 タロットは居心地が悪そうに苦笑いを浮かべていたが、俺には少しだけ嬉しそうに映った。



◇ ◆ ◇



「他に無ければ、ここからは機密性の高い話をしようと思うが……」


「であれば、わたくしめはここで退室するとしましょう」


「私もここまでですね、すでに大使の領分を超えていると思いますので」


 魔王の言葉で察したように、リーベンとアイゼイヤ大使が席を立った。


「あぁ、その方がいいだろう。おいネザル、別室に美味い飯でも女でも用意して、コイツらをもてなしてやれよ」


「あ、あぁ……それは問題ないが……」



――ん? てっきり帰るものとばかり思っていたが……。



 それを聞いたアイゼイヤ大使は、遠慮したように申し出を断ろうとするが、


「いえ、そこまでして頂くわけには……」


「せっかく城まで来たんだ。遠慮せずいい思いさせて貰っておけよ」


 魔王は半ば強引にアイゼイヤ大使とリーベンを引き留めているようだ。

 これ以上の遠慮は角が立つと判断したのだろう、二人は別室にて待機する事を了承した。



――なんだ? 帰ってもらうには不都合があるって事か?



 俺ですらそう思うくらいだ、二人もそういった疑念はあるだろう。

 だがこの魔王のことだ、きっと何か事情がある。


 リーベンが荷物をまとめながらタロットを向くと、無愛想な声でこう言う。


「色々言ったがなタロット商、約束は忘れてないぞ。良い酒を持ってこい」


「あっは〜♪ わかってるッス〜、心配してくれて嬉しかったッスよ〜」


「ふんっ!」


 サーペント退治の時にしていた約束の事だろう。

 そしてリーベンが横を通り過ぎる時、タロットは目を合わさずこう呟いた。


「アタシを表舞台に引き摺り出してみろ、そしたら本気で相手してやるッス」


「チッ! 生意気な小娘がッ!」


 

――ホント、この二人は仲が良いのか悪いのかわかんないんだよな。つーかリーベンの小物臭い捨て台詞はどうにかならないのか? 絶対これで損してるだろ……。

 


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