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61.0 『世界の変化』


 翌朝、俺たちは客間でダラダラと怠惰な時間を浪費していた。

 タロットは魔王の無事を確かめる為、夜通し部屋を見張っていたようで目の下には隈ができている。

 そんな中ノック音が響き、したり顔のベリトが入ってきた。


「やァ、王様も無事だったみたィだねェ、感謝してくれよォ? 全員に伝えるのは骨が折れたんだァ」


「はいっ……! ありがとうございます、本当に!」


「アタシはまだ根に持ってるッスけどね……!」


 王様を独り占めして喰おうとしていたことを根に持ち、タロットはベリトを訝しげに睨みつける。


「仕方なィだろォ、ボクァ王様の保険みたいなモンだったんだァ、信頼を裏切る形になッたけどねェ」


 この二人の仲も色々あるんだろうと勝手に解釈しつつ、俺はずっと気になっていた事を聞いてみた。


「それでベリトは対価になにを貰ったんだよ? なんか捻くれたもんな気はしてるけどさ……」


「それをここで聞くのかァ? これ以上アスタロトに恨まれたくはないんだがァ……」


 ベリトは和室の『あのスペース』に腰を下ろすとそう言って、ニタッと笑みを浮かべながらタロットを見やっていた。

 これにはタロットも睨みをきかせ、禍々しいオーラを纏って言う。


「お前……次はなにしたんスか? いま吐いたらラクに死なせてやるッスよ……?」


「なァに、大した事じャないさァ。『最後の特権』は使わせてもらったけどねェ」


 あまりにも不穏な単語が飛び出して、俺もベリトの向かいに座り、テーブルに手を置いて問い詰める。


「『最後の特権』ってなんだよ怖いんだよ、何貰ったんださっさと教えてくれマジで」


 するとベリトは「いやァ大した事じャなィ」と前置きしてこう言った。



「ボク『だけに』、王様の真名を教えて貰ったのさァ」



 この一言で、この場の時が止まったような錯覚に陥ったあと、タロットからオーラが消え失せ、声を震わせながらベリトに言う。


「お前……それはなんとなくッスけど……聞いちゃいけない空気で……この百年……みんな過ごしてきたじゃないッスか……」



——マジ? 百年過ごして王様の本当の名前すら知らなかったの? この人たち。



「あァそうだァ、なんとなくタブーみたいな空気だったけどさァ、聞くならこのタイミングしかないだろォ?」


 そしてタロットはベリトの胸ぐらに掴み掛かり、ブンブンと首を揺すって問い詰める。


「お前お前お前お前お前……!! 吐くッス!! すぐ吐くッス!! 今すぐに教えるッスよ!!」


「バカだなァ、最後の特権『ボクだけに』を使ったんだぜェ? 教えるわけないだろォ? 逆の立場だったらお前は教えるのかァ?」


「教えないッスけど!! 絶対に教えないッスけど!! それを独り占めはよくないッスよぉ!!!」


 最後の特権……そうか、望む順番が最後……つまり後ろには誰もいない。

 そうなれば必然、前に願った者のいない望みであれば、「ボクだけに~してくれ」という願いが叶えてもらえることになる。


 タロットがベリトに殴りかかる直前、廊下からカチッカチッと杖をつく足音が響いた。

 そしてノックの音と共に扉が開くと、魔王が見るからに不機嫌な顔をして入ってきた。


「ソロモン様ぁ……! ソロモン様の本当のお名前……アタシにも教えて欲しいッスぅ……!!」


 タロットが魔王の足元にしがみついて懇願するが、それを無視してナーコを睨みつけ、ドスの効いた声で言う。


「おいヘタクソ……」


「は……はいっ! え、わ……私ですか……!?」


 すぐに立ち上がって姿勢を正すナーコ。


「へ? またナコちゃんがなんかやったんスか?」


「わ、わかんない……思い当たらないけどすっごく怖い……どうしよ……」


 ナーコがガチガチになって突っ立っていると、魔王が目の前まで歩いてきて問い詰める。


「ヘタクソ……お前……アヤネになんの話をした」


「え……なんの話って……? 別に大した話はしてないっていうか……」


「ナ、ナコちゃん……? アヤネ様絡みは流石にアタシでも庇えないッスよ……?」


 あまりの魔王の威圧に、ナーコは震え、タロットは諦めたように苦笑いしていた。


「お前、アヤネにお話を聞かせていただろう、それはなんの話をしたかと聞いているんだ」


「ま、ままま待ってください……! 私そんな変な話は……! ドラゴンの話とかそういう……」


「それは知っている、他に何を話をした、殺されたくなければ今すぐ全て教えろ」



——王様がここまでブチ切れてるの初めて見たぞ……ナーコほんとに何したの?



「えぇ……? エルフとかそういう……アヤネちゃんもファンタジーっぽいの好きかと思って……」


「エルフとかなんだ? 全て教えろと言ったのが聞こえなかったのか?」


「えぇぇ…………」


 困惑したナーコはそう言って、必死に記憶を辿り、この場で懺悔するように魔王に全てを話した。




◇ ◆ ◇



 魔王は俺を椅子から退かして、『あのスペース』からこちらを見下ろし、ナーコは土下座でそれを見上げていた。

 そして魔王が確認する。


「つまり森を守護するエルフと、空を守護するドラゴン、そして大地を守護するドワーフの話を、アヤネにしたんだな?」


「そ、そそそ、そうです……! ち、血腥い話は一切……いっっっさい! していません……!!」


 魔王も腰を据えて、ナーコの話を詳しく聞いていた。

 そしてここまで聞くと魔王は深くため息をついて頭を抱えた。


「間違いなくそれだ……」


「おィおィ王様ァ、ヘンミカナコのその話でアヤネ様になんかあったのかァ? もしそうならァ……」


 ベリトはそう言うと、敵意のある目つきでナーコを睨みつけてきた。

 だが魔王からの返事はそれとは異なるもので。


「いや、アヤネには何もないんだが……」


 魔王はそこまで言うと椅子からダラリと手を外に出して、めんどくさいことをアピールしながら、こう続けた。


「新しい島が見つかった、その上空には竜が飛んでいて、地上には耳の長い女が居たらしい」


 しばらくその言葉を咀嚼する時間が流れた。

 どうにか俺が言葉を搾り出す。


「それってまさかアヤネ様が……」


「おそらくそうだ、アヤネに興味のある物が増えた事が要因だろう」


 アヤネ様がこの世界を作ったという話が、ここにきて一気に現実味を帯びてきた。

 脂汗を垂らしたナーコは苦笑いを浮かべて確認してくる。


「こここれって……もしかして私のせい……ですか……?」


「他に誰がいると言うんだ? どうせドワーフもどっかにいるんだろうよ」


「で、ですよね〜……あはは……」


「なんだ? なにか可笑しかったか? 言ってみろヘタクソ」


「ご……ごごごごめんなさい……! で、でもそんなの予想つかないですよぉ……!」


 ナーコはそう謝りながら畳に額をこすりつけた。

 この話に俺は、一つの現代知識に似た感覚を覚えて魔王に聞いてみる。


「つまりあれか? オンラインゲームのアップデートみたいなもんなのか……?」


「そういう事だろうな、世界の端がすこし広がって、そこに小さな島が見つかった」


 そしてナーコはまた少し顔を上げて、魔王にお伺いを立てる。


「こ、ここ、これからどうしたらいいですかね……アヤネちゃんきっと……またお話聞きに来ると思うんですけどぉ……」


「問題はそれだ、なぜかこのヘタクソの話をアヤネは楽しみにしている……。それを奪いたくはないが、世界がしっちゃかめっちゃかになる可能性がある。それどころか……」


「そ、それどころか……なんですか……?」


「お前の話一つで世界が滅ぶ可能性もある」


 ナーコはピシッと固まって動かなくなった。

 人が石になるとはこういう事を言うのだろう。


「あっは〜♪ ナコちゃん責任重大ッスね〜」


「ヘンミカナコォ、お前が神の代理人だァ、しっかりやれよォ」


「ナーコ、まぁあれだ、なんていうか頑張れ!」


 俺も含めて、誰もが責任をナーコに押し付ける空気になり、ナーコはさすがに魔王に助けを求めるが。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください……! どどどどどうしたら……せ、先生!?」


「まぁギブリスに帰ればそこまで頻繁にお話する機会もないだろう」


「そ、そっか……でもアヤネちゃんに会えなくなるの寂しいな……」


 そして魔王の話はそれだけでは終わらず、矛先がタロット含む俺たちに向くこととなる。


「それも含めてタロットとバカ二人、お前らもうギブリスに帰れ」


 タロットがキョトンとした顔で魔王を眺めて、すぐに声をあげた。


「な、なんでッスかぁ!? アタシいまお仕事無いんスよ!? ナコちゃんだけ先に帰すッス!」


「いや、先にと言うならお前だ。とにかくお前がさっさと帰るんだよタロット」


 この言葉でタロットの目に涙が浮かび、震えた声で魔王に言う。


「なんでぇ……? なんでそんなイジワル言うんスかぁ……?」


 泣きそうになるタロットに、魔王は深いため息をつき、呆れた顔で頬杖をついて諭すのだ。


「イジワルではない、ギブリスの奴らが軍を率いてここに攻めこもうとしてきてんだよ、だから帰れと……」


「な、ななななんでッスかぁ!? なんで急にそんな事なってんスかぁ!?」


「おィ王様ァ、それァボクも初耳だァ。アスタロトが出来ないならァ、ボクが皆殺しにしてきてもいいがァ?」


 あまりに突然の情報に、俺とナーコは唖然とし、悪魔二人が驚きを口にしていると。


「タロットの帰りが遅いからだろう。国王と奴隷商が、沢山の兵を集めて『不可逆の扉』に攻め込もうとしている。さすがにそんな大勢で入ってこられたら迷惑なんだよ」


「へ? ま、待って欲しいッス! なんでアタシの帰りが関係してんスかぁ??」


「お前を助けようとでもしてるんだろうよ。だからさっさと帰って安心させてやれ。というか迷惑だからやめさせてこい」


「おい……奴隷商ってリーベンだろ……なんでアイツまで……」


「あっは〜……ほんっとバカッスね〜アイツら」


 タロットはそうやって憎まれ口を叩いたが、少し嬉しそうに見えた。


「だからお前が安心させれば済む話だろう」


「わ、わかったッス! でもなんも手土産無しだと流石に疑われる気もするんスけど〜……ソロモン様ぁ、ギブリス王国との和平ってどーするッスかぁ?」



——そういえばそんな建前で来てたな……



「それもそうだな、なら俺も行くか。ネザルの奴が俺を覚えていればいいが」


「は? ネザルって国王様の事か……? 確かネザル・ド・ギブリスって……」


「そッスよ? ソロモン様が国王の名付け親ッスもん」


 この一言に俺は大混乱した。



——いや、あり得るのか……ソロモン兄妹がこの世界に来たのって百年前だもんな……なら国王が小さい頃にもこっちにこの歳で居たわけで……いや待てよ? それより国王のゲンコツって、もしかして……



「なぁタロット……もしかして国王様が小さい頃にゲンコツしてたか……?」


「してたッスよ? イタズラ好きのクソガキだったんスよ〜、何回泣かせたかわかんないッス」


「うわやっぱりか……! お前が小さい頃にされてたんじゃなくて、お前がしてたのか!」


「そッスそッス〜、まさかやり返されるとは思わなかったッスけどね〜」


 タロットはそう言って、悔しそうに自分の頭を撫でた。

 ナーコがまた瞳をうるうるさせながらタロットを見て言う。


「あの隕石……思った以上にエモかったんだね……」


「いやなに言ってんスかナコちゃん、痛ってーだけッスよ」


 そして俺はふと疑問に思ったことを口にする。


「つーかどうやってここから出るんだ? また王様の転移門で出るのか?」


「普通に不可逆の扉から出るさ。ネザル達からしてもそっちの方が信憑性があるだろう」


「は? いやいや不可逆なんじゃないのかよ」


「マナを流してこっちに来ただろ? 帰りは魔力を流せばいい、簡単だろう」


「そういう事か! 普通の人間からしたら不可逆ってだけの話なんだな」


「悪魔の力を借りなければ帰れないという事だ、こいつらがしょーもない人間に力を貸すわけないからな」


 横を見るとタロットとベリトがニヤニヤしながらこっちを見ていた。

 俺の事も多少は認めてくれているのだろうか。


 ベリトが魔王の肩に手を回した。


「ボクも暇だしそっちに行っていいかなァ、ヘンミカナコを見ていたらァ、ただの人間にも興味が出てきてねェ」


「駄目だ、お前は新しい島に行ってヘタクソの尻拭いをしてこい。エルフと友好関係を結べたら上々だ」


「はァ!? なんッでそれがボクなのさァ、ベリアルに制圧させれば済む話だろォ!?」


「敵対したくないんだよ、女相手の懐柔ならお前が最適解だ。上手くいったらヘタクソを1日貸してやる」


 寝耳に水な発言に、流石のナーコも立ち上がって魔王に食いついた。


「ちょっ……!? 先生、なに勝手な事言ってんですか!?」


「尻拭いしてもらえるんだ、少しぐらいコイツの悪巧みに付き合ってやれ」


「言質とったからなァ……? ヘンミカナコォ……後で覚えていろよォ……?」


 舌なめずりをするベリトを訝しげな目で見据えながらも、ナーコは渋々了承していた。


「タロット、アヤネが寂しがらないようネビロスにつきっきりで相手をさせてやれ。俺が戻るまで他の仕事は与えるな」


「りょーかいッス〜! アイツきっと大喜びするッス〜♪」


 ネロズを怖がっていた数日前が嘘のように、俺もナーコも口元が緩んでいた。


「ハルタローとナコちゃんは奴隷生活に逆戻りッス、今更後悔しても遅いッスからね!」


「いいんだよ、タロットの奴隷として生きてくって決めたんだよ俺は」


「わ、私も! 私はタロットちゃんがいるならなんでもいいんだよ……!!」


「もったいない奴らッスね〜、せっかく遊んで暮らせたっつーのにもう」


「随分好かれてんなァ、悪魔大公爵が聞いて呆れるぜェ」


「コイツらがバカなだけッス〜!」


 そして魔王は立ち上がり、足を引きずりながら歩き出した。


「さて行くか、3バカもさっさと準備してすぐ来い」


「ちょーっとソロモン様ぁ! なんでアタシまでバカの仲間入りしてるんスかぁ!」



読んでくれてありがとうございます。

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