58.0 『ご褒美』
「にゃ~~~~~~ご」
アヤネ様がそう言って、何かを求めるようにナーコを覗き込んでいた。
「どっ……どうしたのかなっ……あっあっ……アヤネちゃっ……ハァッ……」
「にゃーご、よおこべ、ヤネがあそんでやうぞ、おはなひきかせお」
「にゃ、にゃーごお話得意なんだよぉ……にゃーごもアヤっ……アヤネちゃんと遊びたくって……ハァッ……」
「いいぞ、ヤネがゆうひてやう、たのひーおはなひきかせお」
「許してもらえて嬉しいな~、今日はドラゴンのお話にしちゃうぞ~」
「きゃあ~♪」
ナーコはアヤネ様を抱きかかえると膝に乗せ、ゲームで得たドラゴンの知識をお披露目し始めていた。
真っ白な髪を撫でながら、アヤネ様に鼻血がつかないよう、予め鼻に布をつめているのがナーコらしい。
アヤネ様の膝の上には、色褪せたタロットぬいぐるみが抱かれていた。
この光景を見やっていたタロットが悔しそうな表情で溢してくる。
「なんっかナコちゃんが気に入られてるの癪なんスよね~」
「いやそれよりアヤネ様の喋り方、王様の影響受けまくってるぞあれ絶対。いや可愛いんだけどさぁ」
「あっは〜、まぁそりゃ兄妹ッスからね~」
お城の中庭の真ん中で、ナーコはアヤネ様にお話を聞かせ、俺とタロットが端に腰を下ろして、優雅な時間を過ごしていた。
柱の影からは、ネロズがアヤネ様を心配そうに見ているのがやるせない。
「つーかこんなにダラダラしきってていいのか? もう三日くらいになるんだけどさ……」
「いいんスよ~、アヤネ様が目を覚ましたことでアタシの仕事も半分以下になったッス、ホイ」
本物か偽物かわからない空を見上げていると、タロットがそう言ってオレンジジュースを手渡してきた。
「あーありがと」と言ってそれに口をつけながら言う。
「まぁそりゃそうか、アヤネ様中心に回ってたんだもんなぁ」
「そーッスよぉ! そもそもアタシ、怠惰の悪魔なんスよ? こんくらいダラけててもバチは当たんないッス~」
怠惰という意味を考えさせられる程に、それがタロットと結びつかずむせ返った。
「ゲホッ……そーなの!? タロットってなんつーか……勤勉なイメージしかないんだけど!?」
「あっは~♪ 昔ソロモン様に殺されかけたッスからねぇ~」
「あぁ……そーいやお前もブチ切れた事あるとか言ってたな~……」
芝生に寝転がるタロットを唖然としながら眺めていると噂をすれば、後ろからカチッカチッと杖をつく音が聞こえてきた。
すぐにアヤネ様が立ち上がり、俺達の後ろへ駆けていき、残された『にゃーご』が寂しそうにそれを見送っている。
そしてアヤネ様が魔王の膝に抱きついた。
「にいひゃ!」
「バカと遊んでやっていたのか? アヤネ」
「うん! ばかにおはなひさせてやった!」
「そうかぁ、良かったなぁ。おいバカ、変な話はしてないだろうな?」
アヤネ様からナーコに目線が移る時の表情の変化が、驚くほど早かった。
にこやかだった顔を、ここまで無感情に変えられるものなのだろうか。
「あの先生……私にも、もう少し優しく……」
ナーコのそんな進言には耳を貸さず、にこやかにアヤネ様の頭を撫でて語りかけるのだ。
「アヤネ、ブエルとベリアルが食堂で遊びたがっていたぞ?」
「ほんと? ヤネいっでぐう!」
そう言ってアヤネ様は、タロットぬいぐるみを引き摺りながら、トコトコと食堂に駆けていくのだった。
やはり後ろにはネロズが転ばないか不安そうに見守っている。
そしてアヤネ様を見送った魔王は、また無感情な顔をこちらに向けてきた。
「タロットとバカ二人、あとで俺の部屋に来い」
バカ二人とは心外だが、魔王の部屋は入った事がないので、少しだけ期待してしまっている自分が悔しい限りだ。
「あのソロモン様ぁ……それってなーんの用ッスかね……」
タロットが苦笑い混じりに魔王を見上げてそう尋ねると、それを見下ろしながら答えた。
「色々と引き継ぎが終わったんだよ、お前が最初だ」
「あっは~……それあんま急がなくってもいいかなって思うんスけどぉ……」
そう言って珍しくタロットが食い下がると、魔王は溜息を一つついた。
「はぁ……先送りにしてもしょうがないだろう、すぐに来い」
魔王はそこまで言うと、何かを訴えかけるようなタロットを見ず、そのまま気怠げに杖をついて歩いていく。
俺もナーコも、タロットが不安な表情をしていたのが気掛かりで、何も言えずに魔王を見送ることしかできなかった。
すぐにタロットに、何があるのか聞いてみると。
「ご、ご褒美出るんスよぉ♪ ほらっ、アヤネ様がお目覚めになったご褒美! 二人なんて好きなモノなんでも貰えるッスよ~きっとー!」
「マジで!? そんなんもらったら俺まで怠惰になるぞ!? いいのか!?」
「そうだよタロットちゃん! 私たち、そーゆーのでダラける哀れな人間なんだよ!?」
「だーいじょぶッスよ〜♪ あーでもお仕事はしてもらうッスよ? 売奴隷なんスから所有者はアタシッス〜」
したり顔のタロットからは、厳しい現実を突き付けられたが、ナーコとも棚ぼた程度に考えようと、意思を統一する事とする。
この頃にはタロットから不安な表情は消えて、ニコニコといつもの笑顔を振りまいてきていた。
◇ ◆ ◇
タロットは俺たちを置き去りにして、すっ飛んで行くかと思ったがそうでもなかった。いつも通りニコニコしているが足取りが重い。途中でトイレに行ったり、すれ違う悪魔に声をかけたり。
「なぁ、呼ばれてから結構経ってるけど待たせてるんじゃないのか?」
「そうだよタロットちゃん、すぐ来いって言ってたよ先生」
「だーいじょぶッスよぉ! あの方は優しいッスから~、アタシのおトイレくらい待ってくれますってぇ♪」
この言葉で不審に思い、俺とナーコは顔を見合わせた。
タロットは魔王を待たせたりはしない、ましてや自分を優先するなんてあり得ないからだ。
たった数日しか見てない俺たちでも、そのくらいの事はわかる。
扉の前でタロットの足が止まった。
他の扉と同じ作り、決して王の部屋とは思えないその扉を、タロットが手を震わせながらノックする。
「入れ」
タロットは深く深呼吸をして、ニッコニコの笑顔を作ってから思いっきり扉を開いた。
「どもーッッ!! おっつかれさまでーーーーッスぅ!!」




