57.0 『ベリィ&ケリィ』
「そォ言うけどねェ、こっちァ本気で感謝しててねェ……」
「アッハー♪ ハルタンとナコリンじゃないですかぁー! 二人も宴に来てたんですねぇー」
ベリトの返事を遮り、明るい女の声がした。
横を見ると、薄いピンクの髪をサイドテールに結んだ女悪魔が駆け寄り、テーブルに手を乗せて来た。
「ケリスか!! お前も『小さき鍵』に来てたんだな」
「あーしぃ、こっちで研修させてもらっててぇ! てかぁ、このイケメンくん誰ですかぁー?」
ケリスは椅子を一つ持って来て同じテーブルに座ると、ベリトの肩に馴れ馴れしく手を置いたのだ。
——あれ? ベリトは悪魔公爵でケリスは低級悪魔……これやばいやつじゃね?
「あ、あのなケリス……この人はベリ……」
「やァ! ボクの事はベリィって呼んでくれェ。ボクも最近ここに入ったばっかりでさァ、同じく研修中みたいなモンでねェ、バルベリト様の所で働いているよォ」
ベリトは俺の紹介を遮って爽やかな自己紹介をすると、王冠をクルッと回し、ニタァッと厭らしい笑みをこちらに向けて来た。
(おいナーコこれやばいぞ……! ベリトが二枚舌全開だ、助けてやれよお前……!)
(ハ、ハルタが助けてあげなよ……! ケリスちゃん可哀想な事になるよこれ……!)
そんな俺たちの心配をよそに、ケリスがベリトに絡み酒していく。
「アッハー♪ やーっぱバルベリト様推しだと思いましたぁー! あーしもほらぁ、アスタロト様推しでぇ、同じカッコさせてもらってるんですよぉー?」
立ちあがり、自分のサイドテールや服装を自慢げに見せびらかすケリス。
だがすぐに、じっくりとベリトの格好を凝視し始めた。舐めるように見回していくにつれ、ケリスの表情が険しくなる。
そしてようやく、何かに気づいてベリトに向けて声をあげた。
「ベリィそーゆーのやめてくれますかぁ!? 推しは推しですよぉ! 王冠付けるなら、バルベリト様とは逆のツノにしてくださいよぉ! あーしだってぇ、サイドテールはアスタロト様と逆側にしてるんですけどぉー」
ケリスはそうやってベリトに説教すると、王冠を勝手に引き抜いて右側のツノに入れ替えた。
流石のベリトも、これには笑顔を引き攣らせながら酒を口に運んでいる。
(おいナーコ……! 今ならまだっ……!)
(もう遅いよ……! 気付かずに帰ってもらうしかないんだよ……!)
「い、いやァすまなィ……確かに言う通りだなァ。ケリィはアスタロトの……アスタロト様の下で働いているのかァ?」
「あーしはザルガタナス様の下ですけどぉ……てかぁ、推しとはいえ、バルベリト様の下で働かされるなんて災難でしたねぇー」
そこでベリトの笑みが消え、すぐに舌なめずりの音が聞こえた。
「へェ……それァどういゥ意味だァ……?」
(おい……! これたぶんマジでやばいやつだぞ……! ケリスを止めろ……!)
(もう私達には見ている事しか出来ないんだよハルタぁ……! 私はケリスちゃんを忘れない……!)
俺たちの心配などには一切気づかず、ケリスはベリトの肩に手を回し、ヒソヒソと話し始める。
「あーしも詳しくは知らないんですけどぉ……! お城のメイドちゃん達がぁ、バルベリト様は人間の騙し方ばーっかり教えてきて性格悪い〜、とかって愚痴ってましたよぉ……!」
「愚痴かァ……それァ初耳だなァ……ちなみにどのメイドが言ってたんだァ……? ボブかァ? ロングかァ?」
(おいおいおいおい……! あのメイド達にまで被害及ぶぞこれ……!)
(私たちに何が出来るって言うの……! ケリスちゃんが何も知らずに帰る事を祈るしかできないんだよ……!)
するとケリスは立ち上がり、人差し指を立てて大きな声で言う。
「全員ですよぉ、四人全員! あーしぃ、あの子達と仲良くなれたからぁ、みーんなの相談乗ったげてるんですよぉ!」
「そォかァ……全員かァ……」
ベリトはまた厭らしく笑みを浮かべ、その顔を心配そうに覗くケリス
「ベリィは大丈夫ですかぁ? ベリィは素直そうだからぁ、あーし心配なんですけどぉー」
(どこをどう見たらベリトが素直に見えるんだよ……!?)
(ケリスちゃんには私たちに見えない何かが見えてるんだよ……! きっと……!)
ケリスを心配させまいと思ったのだろう、ベリトは精一杯の笑顔をケリスに向け、王冠をクルッと回すのだ。
「いやァ、心配してくれてありがとォ。これからはボクと『ベリィ&ケリィ』で仲良くしてくれよォ」
「『ベリィ&ケリィ』! それいいですねぇ! あーしも友達欲しくってぇ! 今度メイドちゃん達も誘って、一緒に飲んじゃいますかぁー!」
ケリスはベリトの手を取って握手を交わし、ここにソロモン七十二柱と低級悪魔のユニット『ベリィ&ケリィ』が結成された。
そしてベリトは低く悍ましい声でこう言う。
「いやァ……そのメイドだがァ……もゥ会えないかもしれないんだァ……」
「え? ベリィそれってどういう……」
一触即発の空気が流れようとした時、一隻の助け舟が来る。
金髪サイドテールの美少女が、こちらを指差してトコトコと歩いてきたのだ。
「あっは〜♪ ハルタロー、ナコちゃん! やーっと見つけたッス〜!」
(タロットーーーッ……!)
(タロットちゃーーーん……!)
それを見たケリスは椅子を倒す勢いで立ち上がり、タロットに向かって深いお辞儀をして自己紹介を試みる。
「あ、あああアスアスアス……アスタロト様ッ……!!!? あ、あーしあーしあーしあーしは……ケケケケリ、ケリ……ケリスといいいまして……」
緊張と高揚で声が震えてうまく喋れず、タロットはこちらに顔を向けて尋ねる事しか出来ないようだ。
「ケリケリ? 誰ッスか? 新キャラッスか?」
ようやく和んだ空気に、俺たちは頬を緩めてオノスケリスを紹介する。
「サキュバスのケリスだ。なんかお前の大ファンらしいぜ? 髪型とか服装もリスペクトしちゃって真似してるんだとよ」
それを聞いたタロットは嬉しそうに目を輝かせてケリスを覗き込み、ニッコニコの笑顔を向け、両手を握った。
「アタシの大ファン! ケリちゃんって呼んでいいッスか! 髪型も服もすっごく似合ってるッス!! 超可愛いッス!! これから仲良くしてほしいッス!!」
ケリスはそれを聞くとその場に崩れ落ち、褒めてもらえたピンクのサイドテールを握りしめ、ボロボロ涙を溢すのだった。
「あーしぃ……あーしもう……もう死んでもいいぐらい幸せ……アスタロト様ぁ……好きぃ……大好きぃ……あーし……ほんとにずっと大好きで……これからもずっとぉ……」
タロットはこういうのに慣れているのかもしれない、泣き崩れたケリスをギュッと抱きしめてゆっくり一緒に立たせたのだ。
「ケリちゃんはウチのお屋敷のメイドにさせるッス! ナコちゃんと三人でお風呂に入りましょー!」
「それいいねータロットちゃん!」
ケリスは顔を上げ、信じられない会話にまた両手で顔を覆い、ボロボロと幸せそうな涙を流すのだ。
が、ここで空気を一変させる一言がタロットの口から発せられた。
「あー! バルベリト! やーっぱペンダント付けてるじゃないッスか! ほら見てハルタロー、ナコちゃん! これが二枚舌ッスよ!」
「そ、そうだな……まぁ二枚舌については、今まさに見せつけられてるんだけどさ……」
『バルベリト』の名前が飛び出すと、さすがのケリスも顔をあげ、タロットに手を伸ばし進言する。
「ア、アスタロト様……? ち、違いますよぉ……? その人はベリィって言ってぇ……あーしのお友達なんですよぉ……『ベリィ&ケリィ』でやらせてもらっててぇ……」
「へ? ベリィ? いや誰ッスかそれ、新しいあだ名ッスか?」
キョトンとした顔でそう言ってケリスを見る。
ベリトは目を逸らし、コソコソと帰り支度を始めた。
それを見たケリスは現実から目を背け、ベリトへとアドバイスを送るのだ。
「ベリィ……ほらベリィからもぉ、ちゃーんとアスタロト様に説明しなきゃダメじゃないですかぁ、だから王冠は逆側に付けないとぉ、こーやって勘違いされちゃうんですよぉ」
タロットがジロリとベリトを睨みつけた。
「お前……ケリちゃんに何を吹き込んだんスかぁ?」
「き、境遇が似ていただけさァ……なァケリィ?」
「そ、そうですよぉ……だってベリィも最近ここに入ったばっかりってぇ……」
「最近入ったばっかりだぁ?」
「ほ、ほらァ、百年前も捉え方によっちャ『最近』だろォ?」
理解が及ばないケリスが、こちらに顔を向け、助けを求めてくる。
その顔があまりにも純真無垢な表情で、俺たちは直視できず、思わず目を逸らしてしまうのだ。
そして、酒場からこっそり出て行こうとするベリトにケリスは詰め寄る。
「ど……どこ行くんですかぁ? ベリィ……」
「ケリィすまなィ、用事が出来てしまったんだァ……ボクァこれからァ……」
ベリトがそう言って王冠を左のツノにカランッと戻すと、舌なめずりをしながらこう続けた。
「メイドを四人ほど殺さなきゃならなィんだァ」
その瞬間、ケリスの顔面が一気に青ざめた。
そしてゆっくりと俺たちを向いて尋ねるのだ。
「もしかしてぇ……本当にぃ……?」
「あ、あぁ……実はそいつ……本当にバルベリトで……」
———床に額を打ちつける音が、酒場に響いた———
「も、ももももも申し訳ございませんッッッ!!! あーしあーしあーし……バババババルベリト様とは知らず……た、大変なごご、ご無礼をしてしまい……メメメメイドちゃん達は……むむむ無関係でございます……あーし、罰を受けるのは、ああああーしだけにしししして頂きたく……!!!」
(ケリスってもうさぁ……! こういう星の元で生まれたんだろうなぁ……!)
(なんかケリスちゃんの土下座も見慣れて来たねぇ……!」
「おィおィケリィ、ボクたちは友達だろォ? 仲良くしてくれなィのかィ?」
「そそそそういう訳ではなく……!! ああああーしなんかとバルベリト様では……なななな仲良くするなどおおお畏れ多く……死、死死死死……死を以て罰とさせていただだただただければ……」
「いやだなァ、そんな事ォ友達にする訳ないじャないかァ。そォだこうしよォ、メイドには何もしないさァ。その代わりィ、ケリィはこれからもボクと友達でいてくれよォ。どォだァ? ケリィ?」
「もも、ももももちろんでございます!! ああああーしあーしあーしなんかで、よよよよければ……と、とととと友達、友達、友達にななな……!!」
額を真っ赤にして擦り付けるケリスのこの返事で、ベリトは笑顔で手を叩いて両手を広げた。
「よォし決まりだァ、今日は素敵な友達が出来ていい日になったなァ」
ベリトはそう言うと、満足そうに舌なめずりして酒場を出て行ったのだ。
「なーんの悪巧みしてんスかねーアイツ……おーよちよちケリちゃんいじめられて可哀想ッスねぇ」
タロットは、ガタガタと震えるケリスを抱き抱え、真っ赤な額を撫でている。
金とピンクのサイドテールが並んだ光景は絵になって、酒場は皆それを眺めていた。
(私、ケリスちゃんはまた何かやらかすと思う……! 銀貨一枚賭けるよ……!)
(俺もだナーコ……! 俺もそっちに賭ける……!)
(ハルタぁ……! それじゃ賭けにならないでしょ……!)
◇ ◆ ◇
「ハルタンもナコリンもぉ、ひどいですよぉ……知ってたんならすぐ教えてほしかったんですけどぉー」
ケリスはタロットに抱かれ撫でられながら、訝しげな目線を俺たちに向けて来ていた。
「いや、さすがに王冠に手ぇ出すと思わねーだろって! あれさすがのベリトも顔引き攣ってたぞ!」
「だーってぇ、こーゆーの悪魔の中ではぁ、推す側のマナーなんですよぉ!」
——つまりネズミーランドで同じカッコが許されないみたいなアレか。
「いやまぁベリトは推される側だったんだけどな?」
おそらくケリスは空気が読めないのだろう。
その場で思った事を、周りを見ずに口に出してしまうタイプだ。
良く言うと正直、悪く言うとバカ。
自分が今、タロットの胸に抱かれているというのにとんでもない事を言って来たのだ。
「ソロモン王様の時だってぇ、お二人がすぐに止めてくれればよかったんですよぉー!」
この一言でタロットの顔から笑みが消えた。
そして瞳に影を落とし、胸に抱いたケリスを見下ろして言う。
「お前……ソロモン様に何かしたんスかぁ……?」
「えーっとぉー、あの時は確かぁ……」
「まてまてまてまてケリスお前はもう喋るな! そしてタロット、それはもう終わった事なんだ! 大丈夫だ! 全て解決した話だ! 今気にする事じゃない!」
「そうそうそうそうそうだよタロットちゃん! ケリスちゃんのおかげで色々丸く収まったの! 助かった人もいるくらいなの! なーんにも気にする事ないんだよ!」
あまりに空気の読めないケリスに、俺たちは二人で立ち上がり、慌てふためき、タロットの怒りを鎮めるのだ。
するとタロットの瞳に光が戻り、またにこやかにケリスの頭を撫で始める。
「へぇ〜、ケリちゃん偉いッスね〜!」
「ありがとうございますぅ……アスタロト様ぁ……これからは生涯ぃ……あーしの命はアナタ様の為に尽くしていきますぅ……!」
(なんっでコイツこんなバカなんだよ……! よく今まで生きてこれたな……!)
(ケリスちゃんといたら心臓持たないよ……! 今日だけで何回死んでるのこの子……!)
タロットは、一度ケリスを胸から離す。
そして、改めて俺たちに向かって深々と頭を下げた。
「ハルタロー、ナコちゃん、たぶん言われ疲れてると思うッスけど、アタシからも言わせてほしいッス、ほんっとーに感謝してるッス、ありがとう」
「いやいいよ、お前だってあそこに居ただろうが」
「そうだよ、タロットちゃんが先生のこと笑わせたんだよ」
「それでも、二人がいなかったら……まだアヤネ様はお目覚めになってないと思うッス……ありがとう……本当にッ……!」
一向に上がらないタロットの頭に困惑して辺りを見回してしまう。
ケリスが突然の出来事に慌てて、こちらを伺っている。
俺はどうにかタロットに頭を上げてほしくて、酒を飲み干し、タロットの肩に手を置いて言う。
「まぁほら……スゴロクも途中で終わっちゃったしさぁ、また次は魔王にリベンジ……」
ここでようやく気づいた。
タロットは頭を下げたまま、声を押し殺して泣いていた。
ナーコが席を立ち、タロットの横まで行って抱きしめた。
賑やかな酒場の中で、この空間がとても暖かい空気に包まれ……。
「あのぉー、アヤネ様ってどちら様ですかぁー?」
——ケリスお前もう黙ってろよ……!!
読んでくれてありがとうございます。
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