56.0 『ソロモン兄妹』
歳の四つ離れた兄妹がいた。
兄妹には父親が一人。
母親は妹が生まれると同時に亡くなった。
兄は、ゲームが好きだった。
ゲームの設定を考えてはそれを自慢気に妹に話した。
妹は、そんな兄が好きだった。
いつも兄の後ろをついて周り、兄の話を楽しそうに聞いていた。
だが父親はこの兄妹を快く思っていなかった。
『なんでオレが面倒みなきゃならねーんだ』
いつもそうやって愚痴を溢していたという。
父親はエアガン集めが趣味だった。
世界各国の実銃を模したエアガンは、家中に所狭しと飾られていた。
そして父親は毎日、妹を試し撃ちの標的にしていた。
舌がハートの形をした妹を、父親は目の敵にした。
滑舌が悪いことを理由に、妹をエアガンで撃った。
兄はいつも妹を庇っていた。
それを反抗的に見た父親は、兄も標的にするようになった。
妹の四歳の誕生日
父親は、誕生日プレゼントと言って新しいエアガンを買ってきた。
鈍く輝く、重たくて大きい拳銃だった。
兄妹は恐ろしくて身を寄せて震えた。
これまでずっと妹を庇ってきた兄は、震えながら言った。
『ぼくが弾を買ってきてあげる』
そして妹と父親を家に残し、兄は出かけた。
『ぼくはお使いがあるからしょうがない』
そう自分に言い聞かせて、妹を置いて逃げるように走った。
その帰り道、兄はトラックとぶつかった。
兄は大怪我を負ったが一命を取り留めた。
病院では兄の身体から無数の体罰の跡が確認された。
それが発端となり父親の薬物使用までが明るみになった。
兄妹は児童養護施設に引き取られる事となった。
施設での暮らしは幸せだった。
父親と離れて暮らせるだけで、この上ない喜びだった。
兄の脚には麻痺が遺ったが、本人はそれが嬉しかった。
妹を見捨てた自分への戒めが出来たことが嬉しかった。
妹の六歳の誕生日。
絶望が待っていた。
父親が迎えに来たのだ。
父親は養護施設の先生たちに明るく挨拶し、兄妹の手を強く引いて歩いた。
その道中、兄は見た。
宙から黒く大きな手が生えてくるのを見た。
その黒い手は、妹と父親を握ると、二人と共に消えてしまった。
妹と父親は行方不明となり、兄は一人、また同じ施設に引き取られる事となった。
それから毎日、一日も欠かさず、妹たちの消えた場所を歩いた。
高校を卒業し、施設を出てからも毎日毎日、その場所を通った。
そして兄が三十歳になったある日。
昔世話になった施設の先生に出くわした。
苦手な先生だったが、変わらない姿に安心し、少し話していると。
――ほんの数秒、世界が真っ暗になった――
気づくと砂漠の街にいた。
そこでようやく、妹と父親を見つけた。
妹は六歳のままだった。
だが黒く艷やかだった髪は、真っ白になっていた。
目を開けているが、意識がなかった。
口を開け、ハート型の舌を出していた。
父親はそんな妹を見世物にしてカネを稼いでいた。
兄は父親を殺した。
爪を剥ぎ、指を折り、目を潰し、怒りに任せて肉を抉った。
父親は命乞いをしてきた。
『娘をやるから助けてくれ』
考えうる限りの苦痛を味わわせたが、気付くと父親は死んでいた。
それでも妹の意識は戻らなかった。
声をかけ、手を握り、抱きしめたが意識が戻る事はなかった。
縋る思いで礼拝堂に神頼みに行くと、一つの指輪を見つけた。
格子柄が彫られた真鍮の指輪。
兄はその指輪に願った。
『妹を助けてくれ、俺はどうなってもいいから、妹を幸せにしてくれ』
すると悪魔たちが現れた。
そして兄は【魔王】となった。
◇ ◆ ◇
「その悪魔がァ、ボクたち七十二柱ッてワケさァ」
「その父親……ヒドすぎるだろ……」
「だからアヤネちゃんは……誕生日が嫌いなんですね……」
俺たちは酒場で遭遇したベリトに、悪魔が従っている経緯を聞いていた。
「でも呼ばれただけだったなァ、ここまで自分が無力だとは思わなかったァ」
「無力とか……! そんな事ないと思います……あんなに暖かい光景……どう見ても仲間で……!」
ナーコの切ない言葉を聞いて「仲間ねェ……」と呟き、大騒ぎする悪魔たちを見まわす。
「ボクたちァそんなんじャなィ、どちらかと言えば『道具』だよォ」
「お前そんなことッ……!」
あの光景が道具である筈がないだろう、俺の憧れた以上の光景を、道具の一言で済ませていい訳がないと、そう思ったが、ベリトは人差し指で俺の口を押さえた。
そしてこう言った。
「それァ王様が決める事だァ。少なくともォ、お前が口を挟む事じャないぜェ? ハルタロゥ」
冷静になれた。
そうだ、百年も一緒にいた関係に俺が横から口を出す事ではない。
そしてベリトは少し笑って「とはいえェ」と続ける。
「とはいえェ、お前達には本当に感謝しているよォ。アヤネ様の件、心からありがとゥ。ヘンミカナコ、ハルタロゥ」
「いやそれさぁ、俺たちはその場に居合わせただけなんだってマジで」
「そうです! ベリトさん達がずっと支えてきた事が全てです」
この話は謙遜に思われないよう、あまり暗い顔せずに、酒をグイッと飲んで、つまみに手をつけながら、出来るだけ本心を言うようにしているのだ。
「そォ言うけどねェ、こっちァ本気で感謝しててねェ……」
「アッハー♪ ハルタンとナコリンじゃないですかぁー! 二人も宴に来てたんですねぇー」
ベリトの声を遮り、明るい女の声がした。
薄ピンクの髪をサイドテールに結んだ女の悪魔が駆け寄って、テーブルに乗り出してきた。
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