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4.0 『悪魔の暴力』

 少女の声が聞こえた。



「なんスかぁ? 女の子に大声出して恥ずかしくないんスかぁ? いやらしい目でこっち見ないでくれますかぁ?」



――タロット……ッッ!!!



 俺もナーコも同時に走り出した。

 ムリだ、この声を聞いたら冷静になれない。



――ヤバイ相手と商売で揉めた……!? それしか考えられない……!!!




「ッッざっけんなッッッ!!!」


「…………ぃッッ!!!」



 男の怒号が響き、タロットが悲痛な声が聞こえる。


 路地に入ると最悪の光景が目に飛び込んできた。


 タロットが側頭部を掴まれ、顔を石壁に押し付けられている。


 頭を掴んでいるのは、荒くれアレクよりも一回り以上大きいガタイをしている、マフィア風の大男。

 タロットの胴体よりも太い腕で、壁にめり込むんじゃないかと思うほど、顔を押し付けながら恫喝する。

 腕には血管が浮き出て、相手を威圧するような入れ墨が入っていた。


「このネロズ様に逆らうのかぁ!? オメェあんまちょーし乗ってんじゃねーぞッッ!! なぁッッ!!!」


「なんっ……スかぁ……? 自分の無能を人のせいッスかぁ……? ダサいッスね~……そんなんだから……」

 


ーーネロズ……こいつがアレクの言ってたネロズか……!!



 タロットは反抗的な目つきでネロズを睨み、言い返す。

 それを遮るように、タロットの顔を引いて、壁に思い切り叩きつける。


「イ゛ッッッ……!!!」


 タロットもたまらず声を漏らす。



――なんでこんなヤツにそんな反抗できるんだ……! もしかしてタロットって強いのか……?



 『オマエ気ぃ強ぇクセに弱ぇんだよ』

 昨日のアレクの言葉を思い出した。

 タロットは気が強いクセに弱い。

 『無し人タロット』



――弱いんだ……タロットは弱い……。



 俺は怖かった、足がすくんだ、声が出なかった。

 これを見るまでは飛びかかろうと思っていた。

 どうにかして助けようと思っていた。



――俺がこんなんじゃだめだ……!!!



「お前……!! タロットから離れろよ……!!!」


「やめなさいよッッッ!!!!!」


 俺の感情に委ねた震える声と、ナーコの怒りに任せた痛烈な叫び声。


「あぁ? なんだお前ら? タロットの奴隷かぁ?」


「ハルタロ……ナコちゃ……ゲッホッッ……!」


 ネロズは顔を壁から離すと、替わりに足の裏でタロットの腹を抉るようにぐりぐりと押し付ける。

 タロットはナーコの名前を言い終わる前にうめき声をあげ、涎を口から垂らしている。


 タロットは苦しそうな表情で、ネロズの脛を蹴り付ける。


「いって……ッ!!! てめぇおらぁッッ!!」


 ネロズがタロットの細い横腹を蹴りつけた。


 その瞬間、このネロズが父親と重なった。

 理不尽に暴力を振るったあの父親と重なった。

 横でナーコがなにか叫んでいるけど聞こえない。


 頭がどうにかなりそうだった。


 気づいたら足が前に進んでいた。

 俺はネロズの太い腕を掴んだ。


「タロットを離せっつってんだよッッッ!!!!」


「あんだぁ? ほっせぇ腕でテメェに何が出来んだぁ? あぁ!?」


 ネロズが俺の腕を振り払い、睨みつけてくる。

 そしてネロズがこちらを睨みつけると、ボロボロになったタロットがその場に崩れ落ちた。


「てめぇ、生きて帰れると思うなよガキがぁ……!」


 ネロズのドスの効いた声に足がすくむ。

 俺にケンカの経験なんてない。

 格闘技なんてやった事ない。

 それでも……。


 ネロズが大声で叫んで俺に拳を叩きつけてきた。


「おらぁッッッ!!!」


「ひっ……!」


 目を瞑り情け無い声を出して、両手で顔を覆った。

 思い切り殴り飛ばされるかと思ったがそうはならなかった。

 ネロズの大きな拳が俺の手に阻まれて動きを止めたのだ。


「は……? てめぇなにしやがった……!?」


 わからない、わかるわけないがチャンスだ。

 勢いに任せて俺は声を張り上げる。


「火事場の馬鹿力だよ馬鹿野郎!!」


 拳を止められてガラ空きになった、顎に目掛けて思い切り拳を振り抜いた。


「ぅがあッッ……!」


 ネロズが俺の拳に怯んだ。

 コイツは自分が反撃されるなんて夢にも思っていなかったのだろう。

 そんなネロズを煽るように、俺は声を張り上げる。


「でかい割に情け無い声出すんだなぁ!」


「テメェ……ぜってぇゆるさねぇからなぁッッッ!!!」


 ネロズがそこまで叫ぶと、そのまま動かなくなった。

 呆然とこちらを見ている。

 違う。



――俺じゃない……もっと後ろ……



「もうやめてってば……お願いだから……ッ」


 後ろからナーコの声が聞こえた。


 細い路地なのに強風が吹き荒れた。

 石壁にピシッピシッ……!と切れ目が入る。

 切れ目は熱を帯びたように薄く光り、煙が登る。

 無造作に置かれた木製の樽が、音を立てて転がり始める。


 タロットまで呆然と俺の後ろを見ている。

 後ろからナーコの声が続く。


「その子に……」


「あぁッ!?」


 ナーコの言葉を恫喝するように聞き返す男。

 そしてナーコの大声が路地に響いた。



「その子達に触るなって言ってんだよぉッッッ!!」



 それと同時に、ネロズの左腕が宙を舞う。


「ぎぃやああああぁぁぁぁッッッ!!!」


 ネロズは片腕を吹き飛ばされ、断面を押さえ悲鳴をあげた。


 壁が崩れて瓦礫が上空に舞い上がる。

 樽はバラバラになり炎に包まれる。

 パイプから漏れる水が、音を立てて蒸発する。

 そして地面には亀裂が走る。


「なんだよこれぇ……くそっ……覚えとけよてめぇら……!!」


 ネロズが腕を押さえて逃げていくのが見えた。



――ナーコ、やっぱりお前が主人公だったんだな……



 そんな事を思いながら、俺は無我夢中でタロットに覆いかぶさった。

 もしかすると、助けを求めるように抱きついたように見えたかもしれない。

 でもこの時は、この時だけは、タロットを助けたい一心だった。

 幼少期の自分と重ねてしまった、この子を守りたいと、そう思っていた。


「ナーコ! もういい!!! もういいナーコ!!!」


 地面の破片が熱を帯びて溶ける。


「やめてくれ!! ナーコ!!!」


 タロットの頬に切り傷が入る。

 血は流れず肉の焦げたニオイがする。


「ナーコッッッ!!!!!」


 思いっ切り名前を叫ぶと強風がゆっくり収まった。

 

 俺はタロットにしがみついてガタガタと震えている。



--情け無い……。



 すると背中を優しく撫でられる感触があった。


「だいじょぶッス~、すぐに衛兵さんが来てくれるッスよ~」


 さっきまで暴行されていたタロットは、俺を落ち着かせるように、両手で俺を抱きしめ、優しい声で背中をトントンと叩いてくれた。



--情け無い情け無い情け無い情け無い



「あ……ごめっ……!」


「いいッスよぉ、助けてくれてありがと~」


 俺が気づいて体を離すと、タロットは昨日と変わらぬ笑顔でニコニコしていた。


 気づくと路地には野次馬が増え始めていた。

 ナーコは仰向けに倒れ、意識を失っているように見える。


「だ……大丈夫ですか……! 通してください……!」


 人だかりをかき分けるように銀髪の治癒術師が姿を現した。


「ニール!!!」


 俺は思わずそう叫んだ。

 俺たちがこの世界に来た日、ナーコの捻挫を治療してくれたニール・ラフェットだ。


「あ、キミたちはこないだの……」


「今はそれよりナーコを頼む!!!」


 俺たちがこっちに来た時にお世話になった治癒術士のニール。

 大声でギャーギャー騒ぐナーコの捻挫を治してくれた。

 

 「わかりました!」とニールが言うと、ナーコの頭からつま先まで、緑に光る掌で触る。

 そしてこっちを見ると顔を歪ませて駆け寄ってきた。


「な……! なにかあったのか……!?」


 冷静なニールの焦った顔は不安になる。

 「今はそれよりも……!!!」とニールは言って、俺とタロットの間に入った。


 そこで俺は、タロットの大怪我に気づいたんだ。


「カナコさんは大丈夫、ただのマナ切れです! でもこの子は……!!」


 タロットのスカートから伸びる足は、見るも無惨な無数の切り傷。

 その傷はえぐれたようにパックリと開き、切れ目は火傷のように爛れている。


「タロッ……ッッ!!!」


 俺は思わず口元に手をあて悲痛な声で名前を呼んだ。


「火傷で血が流れてないので、命に別状はないと思います」


「ごめ……ッ!!! ニール!!! 治せそうか……!? 跡……! 跡が残ったりは……!!!」


 おそらくタロットはミニスカートを好んで履いているんだろう。



――だめだ……!!跡が残ったりはぜったい……!!! 


 二人の横でなにも出来ない自分が歯がゆかった。


 ニールが目を閉じると、掌が強く光る。

 タロットの頭からつま先まで、傷を確認するようにその光を当てていく。


「このぐらいならたぶん大丈夫……!! ですが……今ボクのマナが少なくてなかなか……!!」


「おぉ~♪」


 治療されるタロットが現状に似つかわしくない、嬉しそうな声を漏らした。


「ここはマナが薄いので……少し時間をください……!」


「こっちはだいじょぶそッス~! ハルタローはナコちゃんについててあげてほしいッス~」


 ニッコニコの笑顔で手を振るタロットの脚を見ると、ゆっくり傷が塞がっていくのが目に入った。



――すごい……! ゆっくり……ゆっくりだけど治っていくのがわかる……


 

 その光景に目を奪われていると。


「あっれぇ〜? もしかしてパンツ覗こうとしてるッスかぁ?」


 じっとりと俺を見ながらタロットが内股になってスカートを押さえた。


「ちがッ……!!」


 焦ってそれを否定し、ナーコに駆け寄る。

 タロットは「動かないでください!」とニールから注意を受けていた。


 タロットの憎まれ口に少し安心し、すぐにナーコに駆け寄った。


「ナーコ!!!!」


 声をかけると、赤い制服に身を包んだ男がこちらを見下ろして声をかけてくる。


「ただのマナ切れなので大丈夫です、とりあえずこちらに」


 横を見ると白い布の担架が用意されていた。


「あ……あぁ……!」


 そんな俺とナーコを無視して、衛兵が声をあげてタロットに駆け寄った。


「タロット商ッッ!!!!!!」


「あ~だいじょぶッスだいじょぶッス~♪ そこの二人と、この人が、ネロズから助けてくれたッス~!」


 すぐに王国お抱えの上位治癒術師がすっ飛んできてニールと交代すると、傷はみるみる塞がっていった。




◇ ◆ ◇



 

「あっは~♪ すーごいッスね~、ほんとに跡も残ってないじゃないッスか~!」


「早い段階で治療できたのが良かったですね、ニールさんのお陰です」


「いえ、あの傷をここまで早く治せるなんて……やはり上位魔術師はすごいですね……」


 麻色のローブを纏ったタロットはクルクルと自分の脚や腕の皮膚を見て喜び、ニールは上位魔術師と謙遜し合っている。

 

「いや、すごいよニールも、本当にありがとう!」


 俺もタロットと同じローブを衛兵にかけられていた。

 必死で気づかなかったが、俺もタロットも服が焼け焦げてボロボロになっていた。

 

「タロット商、医務室で診てもらいますか?」


「いやいやいいッスよ~♪ それよりもアタシはお礼がしたいんスよぉ! そこの三人をウチまで連れてきてほしいんス~!」


「は……? 奴隷をでございますか……?」

 

 タロットと衛兵の会話が聞こえた。

 おそらく俺たちとは相当の格差があるんだろう。

 というか、ニールも奴隷だったのか……こんなに優秀なのに……?


「はぁ? アタシの恩人ッスよ? 文句でもあるんスかぁ?」


 背の高い衛兵をタロットは下から睨みつけている。


「いえ……! 承知しました……!」


「この女の子はウチで面倒見るから一緒にいきまっしょーッ! 一番の功労者ッスよ~♪」


「で、ではご一緒致します!」


 

――ここまですごい身分だったのかタロット……!



「ですが、せめて事情聴取はさせていただかないと……! この女性も目が覚めたらご連絡いただきたく……!」


「えーッ……!」


 そんなタロットと衛兵の会話に、俺とニールが口を割る。


「俺たちは大丈夫だよタロット! そこまで気を使わないでくれ!」


「ボ……ボクも大丈夫です……!」


 ワガママを言うタロットを見ていられず、俺たちは聴取を受け入れる。


「なら終わったら絶対ッスよ! ぜったい! ぜったい! ぜ~~~~ったいに!! 二人とも連れてくるッスよ!!!! いいッスか!?」


「はい! 承知しました! ありがとうございます!」


 野次馬の中で、強そうな衛兵に囲まれて、タロットは人差し指をたてて大声でワガママ言っている。


 タロットは帰り際に「お二人さーん!」と声をかけてから続ける。


「なに聞かれても嘘や隠し事はダメッスよ~、庇おうとしてもウソはバレるッス、何があっても全部ウチが責任取るから、ちゃーんとホントのこと話してほしいッス~!」


 そう言うとタロットはナーコをチラっと見た。

 『ナーコのやった事も隠すんじゃねーぞ』という合図だろう。

 その後、ヒラヒラと手を振って路地から出ていった。



――ナーコがやった事もタロットが収めてくれるって事か……! すげーよお前は……!



読んでくれてありがとうございます。

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