54.0 『目醒め』
タロットが扉をノックした。
「アタシとバカ二人ッス〜」
——バカ二人とは心外だな。
そう思い俺とナーコが目を合わせていると、扉の向こうから声がした。
「入れ」
扉が開くと白いワンピースを着たアヤネ様が、ベッドにちょこんと座っていた。
膝には色褪せたタロットぬいぐるみがギュッと握られている。
そしてタロットが、部屋に入る時に声を上げるのだ。
「たのもーーーッス〜♪」
アヤネ様の前のテーブルに、頬杖をついた魔王が気怠げに答える。
「ご機嫌だな、いい案でも思いついたか?」
「あっは〜♪ 今日は一緒に遊ぼうと思って来ただけッスよぉ!」
「そうか助かる、なら俺は他の用事を済ませてくるよ」
そう言って魔王が立ちあがると、すぐにタロットはテーブルに駆け寄った。
「いやいやいやぁ、今日はソロモン様と遊びに来たんスよぉ!」
ニコニコしながらタロットは、テーブルに大きな羊皮紙をバサっと広げた。
その紙を見下ろしながら、魔王はめんどくさそうな声でタロットに言う。
「なんで俺がこんな物で遊ぶ必要があるんだよ」
その羊皮紙の端には大きく『人生ゲィム』と書いてある。
「だーってだってぇ、ウチらが楽しく遊んでたらアヤネ様も嬉しいッスよぉ! ぜったい!」
それを聞くと魔王は深々と溜息をついて椅子に座った。
「ハァ……まぁいいがなぁ、こんな物のために羊皮紙を使うなよ勿体無い」
「いいじゃないッスかぁ! ほらほらぁ、バカ二人も座って座ってぇ!」
バカ二人は部屋に入り、丸テーブルを四人で囲むように座る。
ベッドの近くに魔王が座り、そこから時計回りに、俺、ナーコ、タロットの順で『人生ゲィム』という名の、いってしまえばスゴロクをやる事になった。
「懐かしいな、テレビゲームでは何度かやった事がある」
「アタシは初めてッス〜!」
「俺とナーコは養護施設で何度もやってたよ、ナーコが強くってさぁ」
「なんか私こういうの強いんだよね〜」
◇ ◆ ◇
『人生ゲィム』のルールは簡単
サイコロを振ってコマを動かし、マスに書かれた内容通りに資産が増減する。
そして全員がゴールした時点で、一番資産が多い者が勝利となる。
昨晩のナーコの案、それは『運を天に任せる』という事だった。
双六を手作りし、ただの運で『最強の魔王』を討ち倒してしまおうと言う作戦。
マスの内容はたくさんの種類を用意した。
単純に資産が増減するマス。
全員が止まるチェックポイントでは就職が出来る、サイコロによって職業が決まるのだ。
結婚マスは資産が減るが、二度目以降は子供が産まれてお祝い金が貰える。
で、ここまでは平等と見せかける為のカモフラージュ。
このスゴロクはただのクソゲーだ。
平等に見せかけ、三人で魔王を討ち倒すためだけに作られた、ただのクソゲー。
このスゴロクをクソゲーたらしめる、どうしようもないクソマスが存在している。
『指定したプレイヤーの資産をマイナス百億円にする』
このどうしようもないクソマスが、このスゴロクには二マスだけ用意されている。
俺たち三人のうち、誰か一人でもこのマスに止まれば魔王の負けが確定する算段だ。
三マス以上用意しなかった理由は、魔王がその全てに止まる可能性を懸念した結果だ。
とにかく誰か一人でも魔王に勝てばいい。
イカサマは確実に見抜かれる。
平等っぽく見せて、ルールの範囲内で魔王を討ち倒す。
ここに来てついに『魔王討伐』が始まったのだ。
◇ ◆ ◇
「おいヘタクソ、お前だ」
「あはは……えっと先生……なんの話ですかね……はは……?」
魔王がクソマスの一つに止まって、ナーコにマイナス百億円を指示していた。
(なんでこんな強いんだよこの王様……!)
(こっちが聞きたいッスよ……! 魔術使ってるようにも見えないッス……!)
(なんで誰もあのマス止まらないの……!? 誰か一人でも止まれば勝てるんだよ……!?)
訝しげな視線で、魔王がこちらを睨んできた。
「何をコソコソ話している、まさかとは思うが、お前らグルじゃないだろうな?」
「い、いいい嫌ッスねぇ……そ、そそそそんな訳ないじゃないッスかぁ……もぉ! ソロモン様ってばぁ……!」
俺たちは全員クソマス一つを素通りし、残りはゴールの手前の一つのみ。
魔王のコマは一番後ろだが、資産では圧倒的トップにいる。
タロット:+1億5200万円
(職業:勇者)
ナーコ :-100億円
(職業:奴隷)
ハルタロ:-1800万円
(職業:奴隷)
ソロモン:+8億6400万円
(職業:魔王)
いいや、今の資産なんて関係ない、とにかく誰かがクソマスに止まりさえすれば逆転出来る。
俺は次に3を出せばいい、4以上ならゴール。
万が一、俺がゴールしてしまっても、まだナーコとタロットがいる、大丈夫だ、まだ圧倒的に俺たちが有利だ。
ここで魔王から俺に声がかかった。
「おいハルタロウ、さっさと5マス進め」
「は? なんでだよ俺まだ振ってないって……」
その答えは、魔王が止まったマスに書かれていた。
『つぎのプレイヤーは5マス進む』
(ちょっと誰だよ……! こんなマス用意したの……!!)
(こ、こんな使われ方するなんて思わなかったんだよぉ……!)
(あーもうッ……! つっかえない奴隷たちッスねぇ……!)
「ほらハルタロウ、早く5マス進め」
「あの……俺……ゴールしちゃうんだけど……?」
すると魔王は嘲笑を俺に向けて、ゴールを祝福してくる。
「いいじゃないか、惨めな奴隷人生が早々に終えれてよかったな、一番乗りだぞ、おめでとう」
そして俺はトップ賞を主張する。
「こ、これって……最初にゴールした人に百億円貰えるとかぁ……」
「ふむ、そんなルールは聞いていなかったな。そうか、このゲームはルールが後付けできるのか、それは知らなかった。では全員ゴールしたら百億というのも悪くない、奴隷も勇者も魔王も、早死にしても長生きしても、一つの人生として讃えられるべきだろう、ちがうか?」
「あ、はい……やっぱり大丈夫です……」
▼ゴール
ハルタロ:-1800万円
(職業:奴隷)
「奴隷人生をさっさと終えれて良かったな、早死におめでとうハルタロウ」
そう言うと嘲笑まじりに拍手を送ってきた。
(なんっでこんなに痛い所ばっか、チクチクチクチク言ってくるんだよこの王様……!)
(だっから……! ベリトでも口喧嘩勝てないっつったでしょー……!)
(と、とにかく私はタロットちゃんを全力でアシストするよ……! マイナス百億円だから……!)
魔王はタロットを見ながら話し始めた。
「ハッ、奴隷に持ち上げられて勇者気取りか? ご苦労な事だなタロット、どうするんだ? このヘタクソが5を出す事に賭けているのか? 奴隷に魔王を討たせて、自分は漁夫の利狙いとは、ずいぶん怠惰な勇者もいたもんだ」
(ソロモン様ってここまで性格歪んでんスかぁッ……! ナコちゃん……! 5……! 5を出すんスよ……!)
(わかってる……! それにしても先生が感じ悪すぎるんだけどッ……!)
(挑発に乗るな……! とにかく俺たちはあのクソマス一点狙いでいい……!)
そしてナーコが深呼吸をしてサイコロを振った。
『6』
▼ゴール
ナーコ:-100億円
(職業:奴隷)
(なにしてんスかお前ーッ……! つっかえねー奴隷にも程があるんスよーッ……!)
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! なんでこんなタイミングで6が……!)
(もういい……! タロットお前だ……! お前が4を出して魔王の息の根を止めろ……!)
ナーコのゴールに祝福を送る魔王。
「よかったなヘタクソ、借金人生がやっと終えれたぞ? 勝手に死なれて貸した側は大損だ、お前を信用していただろうに。いや、そうは言っても大金だしな、流石に保険くらいはかけているか。あーそうそう、お前はポンポン子供を作っていたな。なるほど、ソイツらが一生賭けて百億円を返していくってわけか。子供に尻拭いさせて自分はさっさと死んでしまうとは、奴隷に相応しい人生だったなぁ」
(こんの先生……! 腹立つにも程があるんですけどッ……! 誰よスゴロクやろうなんて言ったの……!)
(お前ッスよこの役立たず……! もういいッス……! アタシが4を出すからいいッス……!)
(なんで俺……この王様のこと尊敬してたんだろう……)
魔王が足を組み替え、タロットを見下しながら続ける。
「ハハハッ、手駒がいなくなって残念だったな勇者タロット。奴隷に頼り切っているからそんな中途半端な資産で満足してしまうんだよ。お前そんなんで本当に4が出せるのか? 5を出してその短い人生に幕を下ろすんじゃないか? まぁ、俺はお前らの死を看取ってから、ゆっくり自分の人生を楽しませてもらうとするよ」
「あっは〜……だ、だだだ出せるに決まってるじゃないッスかぁ〜……ど、奴隷に頼るって……な、なんの事かよくわっかんないって言うか……あっは〜……」
タロットから汗が滴っている。
それが羊皮紙に落ちて、シミが広がる。
目が泳ぐ、息が荒む。
ゴクリと生唾を飲み込む音がする。
サイコロを握る手が汗ばんでいるのがわかる。
隣のナーコがタロットの膝に手を置いて励ます。
(タロットちゃん大丈夫……! 4は出せる……! それに5か6じゃなければまだチャンスはある……! 先送りに出来る……!)
「ハァーッ……! スゥ………ハァーーッ……!」
深呼吸をして全ての願いを込めて、タロットはサイコロを振った。
『3』
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……ハァッ……!」
生き残った、とりあえず生き残った。
汗だくで羊皮紙を見つめるタロットの緊張が、限界を迎えようとしている。
次は1以外許されない。
ギリギリの綱渡りをしている気分だろう。
両腕をテーブルに乗せ、必死に呼吸を整えている。
そして気づく。
実は魔王も震えていた。
サイコロに手を伸ばさず、額から汗を垂らしている。
当然だ、あそこまで煽っておいて、負けるわけにはいかないだろう。
痺れを切らしたタロットが、魔王を煽る。
「ちょーっとソロモン様ぁ、さっさと振ってくださいよぉ! もしかして負けちゃうの怖いんスかぁ〜?」
魔王の焦る姿をニヤニヤと煽るタロット。
だが返事は返って来ない。
魔王の椅子がカタカタと音を立てはじめた。
そして、ようやく魔王が言葉を絞り出す。
「アヤネ……?」
それを聞いた俺たちはすぐにベッドに目を移す。
すると少女が魔王の顔を覗き込んでいた。
そして小さな口が開く。
「にぃひゃ?」
魔王はすぐに少女を向いた。
そして言葉を探し、震える唇を懸命に動かす。
「ア……アヤネ……? 兄ちゃん……そうだ兄ちゃんだ……アヤネ……わかるのか……?」
魔王は目から涙を溢し、震える声で問いかける。
両手で顔に触れ、真っ白な髪を撫でた。
少女は不思議そうな顔をして言う。
「にぃひゃ、たのひーの?」
「た、たのし……? あぁ……! あぁ!! 楽しい……楽しいよ……アヤネ……!」
魔王の涙が止まらない。
少女は魔王の頬に触れ、その涙を拭う。
そしてニッコリと笑って言ったのだ。
「ならね、ヤネもたのひー」
その言葉で、魔王は堰が切れたように声を上げ、少女を抱きしめた。
「アヤネ……! アヤネ……!」
俺たちは何もできず、ただ呆然とその光景を見ていた。
「す、すぐに全員に知らせてくるッス……!」
タロットが大慌てで立ち上がり、扉に向かおうとするが、
「だおっど」
その少女の声でピタリと動きを止めた。
「は……? 今……なんて……?」
タロットが信じられない様子で振り返ると、少女はタロットに向けて問いかけた。
「だおっど?」
少女の言葉に、タロットは声を震わせ嗚咽が混ざる。
「そう……ッス……ッ……タロットッス……なんで……ッ……なんでアタシなんかの名前……ッ……!」
少女は、色褪せてボロボロになったタロットぬいぐるみを抱き抱えた。
「だおっど、しゅきー!」
「あ……あぁ……! アタシも……アタシもすぎッズッ…………ひッ……! アだジもぉ………タロッド……その子とおんなじッ……ダロッ……ぅぁぁあああん……ッ!」
タロットはその場に腰から崩れ、両手で顔を覆い、大声で泣き始める。
少女は色褪せたタロットぬいぐるみをギューッと抱きしめて笑った。
ナーコは俺の肩に掴まり泣き声を漏らし、俺も顔を押さえて涙をこぼした。
少女がテーブルに乗り出す。
「にぃひゃがたのひーの、ヤネもやう!」
「あ、あぁ……やろう……兄ちゃんと一緒にやろう……兄ちゃんは強いぞ…………!」
タロットが立ち上がれずに大声で泣いていると、それを魔王が叱り飛ばす。
「何をしているタロット、アヤネもやるから最初からだ、さっさと席につけ」
「は、はい゛ッッッ………! ダロッドもやるッズッッッ!!」
真っ赤な目を輝かせて、すぐに席についた。
魔王は少女を膝に乗せ、サイコロを一緒に振る。
お茶を淹れに来たサキュバスが気づき、城全体に知らせが行った。
石を使ったベリトが、息を切らせて真っ先に駆けつける。
そしてたくさんの悪魔たちが詰めかけてきた。
部屋に入りきれず、スゴロクは途中で打ち切り、少女は魔王に肩車されて外に出る。
ぬいぐるみと同じ顔の悪魔たちに囲まれて、両手を上げて喜ぶ少女がそこにいた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
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