52.0 『加護と呪い』
「あーもぉ! いっつまでグジグジ泣いてんスかアンタらはぁ!」
和風の客室にタロットの怒号が響いた。
「だっで……ぇぐッ……むり゛ぃ……ッ! だろっどぢゃん゛ん……!」
俺は短剣を抱えて涙を零し、ナーコはタロットにしがみついて涙を零し、タロットはイライラしながら俺達を睨みつけるのだ。
俺もこれには反論をする。
「おまえ゛ッ……っこんなの耐えられるわげッ……ないだろッ……!」
「ぞぉだよ゛ッ……! ハルダのゆーとおり゛だぁ……ひぐッ!」
そしてタロットは天井を見上げながら言う。
「はーもぉ~……めーんどくせッスね~~」
◇ ◆ ◇
ようやく落ち着きを取り戻した俺たちは、正座をさせられた。
タロットは『あのスペース』で足を組み、俺達をじっとり睨みつけながら話し始める。
「よーーーーやく泣き止んだッスか?」
「いやでも……これはしょうがないっつーか……」
「そうだよ、これはタロットちゃんが……」
「うるっさいッス!」
「「はい……」」
そしてタロットは指を立てて俺に顔を近づける。
「いいッスか? この短剣は絶対に、ナコちゃんに持たせちゃダメ! 体内のマナが吸われるッス!」
「あぁ……副作用ってやつだな、わかった。なんとなくこの世界がそういう風に出来てることもわかってきた」
ここは常に副作用が伴う世界だった。
転移石のペンダントもそう、ニールの麻酔もそう、治癒術もそう、そしてあの日の禁断症状もそう。
「ちなみに、倒したサーペントで作ったのはソロモン様の案ッス。『きっとそういうのが好きだ』って言ってたッス!」
それを聞いて納得に笑みが零れてしまう。
「もう、これでもかってぐらいゲームの好きな日本人だな……俺もナーコもそういうのが大好きだよ」
『自分の倒した敵の素材で装備を作る』という憧れとワクワク感をわかっているのだろう。
サーペントの白い鱗で出来た柄を握って、そう返事をした。
「そんで次にナコちゃんッスけど……」
タロットがそう言ってナーコに向くと、廊下からカチッカチッという音が近づいてきた。
「先生……?」
ナーコがそう呟くと、ノック音がして、扉が開く。
白衣を着た魔王が、正座をしている俺に気怠く声をかけてきた。
「おいハルタロウ、さっき街でなにかあったか?」
「お、俺……? いや……タロットにこれ貰って、大泣きしてたぐらいだけど……」
俺は貰った短剣を王様に見せた。
魔王は「あぁそれか……」と零すと、すぐにタロットを見て、こう尋ねる。
「タロット、お前ハルタロウと昔どっかで会った事はあるか? 会った気がする程度でもいいんだが」
タロットはキョトンと王様を見ながら答える。
「へ? ないッスよ? ハルタローがギブリス来る前の話ッスよね?」
「そうか、ならいい。もしなんか思い出したら教えてくれ」
「そりゃもちろんッスけどぉ……」
すぐに魔王は「わっかんねーなぁ」と独り言を溢し、頭をボリボリ掻きながら帰っていった。
おそらく、短剣を貰った時にまた『もう一人』が顔を出したんだろうと、俺は勝手にそう解釈した。
「あー! ソロモン様にくっつくの忘れてたッス!!」
「ず、ずるいよタロットちゃん! それは生徒のお役目って決めたでしょ!?」
「決めてねーんスよぉ……ッ! その都合のいい脳みそ、蛇ちゃんの餌にされたいんスかぁ……?」
タロットは正座するナーコの顎を掴んで威嚇していた。
すぐにナーコは目線をそらし、果汁酒で口を湿らせてから口を開く。
「あっはは……こ、この首飾りの話しよっかぁ……?」
正座中だというのに、果汁酒に手をつける胆力は尊敬に値する。
そしてタロットは思い出したかのように首飾りを見る。
「あ、そッスそッス~! マナの循環がよくなるッス、漏れたマナを戻して、自分の中でぐーるぐーる回してくれるから扱いやすくなる筈ッスよ? 少しは貯蔵量上がるんじゃないッスかね」
ナーコに指先を向けてくるくると回しながらそう言った。
「これね……ほんっとうに嬉しい……! 一生大事にする……絶対外さない……!」
ナーコがまた目に涙を浮かべて、『金色の蛇』を握りしめた。
それを聞いたタロットは目を逸らし、申し訳無さそうに喋りはじめるのだ。
「そ、それなんスけど~……あの……それマジで一生外れないかも……しんないッスぅ……あっは〜……」
ナーコがぽかーんと口を開けて、少しの時間が流れた。
そして流石に焦ったように問い詰める。
「タ、タタタタロットちゃん!? どういうこと!? え? もう外れないの!? これ、一生!?」
「あっは~……蛇ちゃんの尻尾……頭に巻き付く予定だったんスけど……まっさか噛みついちゃうなんてねぇ……ナ、ナコちゃんが気に入ったんスかねぇ……?」
タロットは、尾に噛みつくウロボロスの首飾りを指さし、言い訳混じりに解説していた。
ナーコは呆れたように溜息をつくと、すぐに笑顔になってタロットの膝に顔をうずめた。
「全然いいよ~どうせ一生外さないし、ありがとうタロットちゃん」
「よ、よかったッス~……! ベリトが純金に変えてるから齧れたりもしないと思うッス~……あっは~……」
そこで気になっていた話を俺も聞いてみることにした。
「ベリトってお前の髪を金に変えれるのか?」
「そッスよ? アタシの髪ってか、生き物じゃなければなんでも金に変えれると思うッス」
このあまりのチート能力には唖然としてしまった。
——物質なら金に変えられる? 最強にも程があるだろう。
「す、すごすぎるだろ……それ……!」
「そんなわけでその首飾り、『アスタロトの加護』と『バルベリトの呪い』があるッス」
「ベ……ベリトさんの呪い……?」
ナーコが少し不安そうな顔をした。
タロットの加護の方は喜ばしいが、二枚舌であるベリトの呪いは気がかりにも程がある。
でもタロットはあっけらかんと、酒をすすりながらそれに答えた。
「ベリトとの約束が破れなくなるってだけッス、変な約束しなきゃいいッス! てか、絶対にしちゃダメッス! まぁ逆に向こうも破れなくなるッスけどね」
「な、何か起きるフラグにしか聞こえねーけどな……?」
こういう縛りをなんでも無さそうな話で済ますと、それ関連の事件が起きるフラグになるんだ。
——日本人はそういうのに敏感なんだよ!!
「タ、タロットちゃんの加護は!?」
「そっちは危なくなったら蛇ちゃんが守ってくれて、アタシに居場所を教えてくれるッス。基本的に『加護』があれば『呪い』も付いてくるッス、主作用と副作用ッス」
タロットは両手の人差し指同士をくっつけながらそう解説した。
「なるほどね、この短剣みたいなもんか」
「それそれぇ! ちなみにアタシはそれの場所が問答無用でわかっちゃうッス」
タロットは俺の持った短剣を指さした。
そしてニタっと笑いながらこう続けるのだ。
「だから娼館に行く時は、置いてったほうがいいッスよぉ~?」
——そういう事かーーッッ!!!
「い、いいいい行くわけないだろ、なななな何言ってんだよまったく……!!」
しどろもどろになって目線を逸らした先には、ジト目で睨む幼馴染の顔があった。
「ハルタぁ~?」
「ちなみにギブリスで一番人気の娼館はキシュの街ッス~、城下町からわざわざ出向く貴族もいる程ッスよ~」
——そ、そうか……あの踊り子風のお姉さん達か……!
「ハルタ選手は何を考えているのかなぁ?」
タロットの膝からジッと俺を見て問いただしてくる。
「と、とにかく……なんかあった場合……! 俺は敵を倒すことよりも、傷をつけて情報収集に務めたほうがいいってことだな!」
短剣を握り、目線と話をそらしてそう言った。
「そゆことッス~♪ 奴隷商としてもそっちのが動かしやすいッス~!」
こうやって飄々と言ってくるタロットの意図は、なんとなく理解できた。
きっとこの子は俺の役割を明確にして、深追いさせないようにしてくれているんだろう。
俺が頭に血が上ると冷静でいられなくなることを察してくれている。
なんかもう本当に、頭が上がらない。
タロットはナーコを引き離し、立ち上がって言う。
「さて、アタシはアヤネ様んとこ行くッスけど、なんかいい案浮かんだりしたッスかぁ?
「私は全然……どう考えても先生が試してそうな事ばっかりなんだぁ……」
ナーコが肩を縮めて少し申し訳無さそうに呟いた。
「だーいじょぶッスよぉ! ブエルでも治せないんス! ナコちゃんのせいじゃないッス~」
「ごめんね……」
「ハルタローはなんかあるッスかぁ?」
チラッと俺を見て、いつも通りの表情で聞いてくるタロットだが。
「実は俺……一個思いついてるんだよな……」
そう、俺は一つだけ、この悪魔達が試していないであろう方法を、思いついていたのだ。
「え、マジッスか!? 詳しく聞かせろッス!」
「いやでも……めちゃくちゃ難しいっつーか……無理かもしんないんだけどさぁ……」
そう前置きして、思いっきり果汁酒を飲み干してから、語りはじめた。
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