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51.0 『七十二柱・最強』


「ブエルちゃんって、拷問官とかそういう感じなのか? 俺の中で怒らせちゃいけないランキング、ナンバーワンに輝いたんだけど」


 夕暮れになって、あの紫の炎が町並みを彩り始めた。

 その頃、俺たちは『小さき鍵(レメゲトン)』の酒場に入り、果汁酒で少し顔を赤くしながら、丸テーブルを囲んで話すのだ。


「いやいやいやぁ、ブエルは医療担当ッスよぉ! お医者さんッス!」


「そーなの!? 私もてっきり拷問寄りだと思ってたよ!?」


 人一倍顔を赤くしたナーコが、テーブルに木製のジョッキを下ろしながらそう言った。

 タロットは塩味の強い干し肉を、ちぎって蛇に与えながら返事をする。


「ブエルは楽しんでるように見えて、全てを医療に役立ててるんスよ、計測も怠ってないッス! まぁ少しは趣味も混ざってるッスけど」


「へー、無邪気に水かける幼女が怖いと思ったの初めてだったよ……いま思い返してもゾッとする」


 俺はそうやって少し身震いさせながら果汁酒を飲み干した。


「そーかなー? ブエルちゃんはすっごい……かっ……かっ……可愛かった……ブエルちゃ……」


 俺とタロットは突っ込む気力も失せて変態ナーコを無視した。


「ウチらの治癒魔術も、ブエルの真似事ッス、あの子が考案した魔術を使わせて貰ってるだけなんスよ〜」


「え、それってめっちゃくちゃ重要な役割って事じゃね?」


 そう言うとタロットが眉を吊り上げ、俺の鼻をグイッと押し込んでくる。


「だーからそー言ってるッス! ソロモン様が研究材料探してるのはブエルの存在が大きいッス、あの子のお陰で『小さき鍵(レメゲトン)』もうまく回ってるッス」


 

——とんでもなく笑顔の可愛い残忍な幼女、ちょっと侮ってたよ……



「可愛いは正義ってことだね! ハルタぁ!」


 真っ赤な顔でよくわからん事を言い出す俺の幼馴染なのだ。


「コイツはほっといてさ、七十二柱の最強とかって誰なんだ? ブエルちゃんではないんだろ?」


「それッ!! 気になる私も!!」


 俺の肩に掴まりながらタロットに詰め寄るナーコ。

 タロットはおもむろに酒のおかわりを翼の生えたメイド風悪魔に伝えていた。


「最強ッスかぁ……条件によるんスよねぇ〜……」


「なんでもアリなら?」


「なんでも有り……一対一のなんでも有りでいいならアタシッスね、たぶん誰に聞いてもそう答えるッス」


 酒を受け取りながら、なんでもない事のようにそう言ったタロットに度肝を抜かれた。


「お前さぁ……そんな強かったのかよ……」


「いやなんでも有りの条件次第ッスよ、大きくて丈夫な闘技場に全員で入って『さぁ殺し合え』ってなっても多分アタシが生き残るッス」


 空のジョッキを傾けながら、呆れたようにナーコが口にする。


「タロットちゃん……? それを最強って言うんだよ?」


 その通りだ、一対一でもバトルロイヤルでも勝つ自信があるならそれは紛う事なき最強だろう。


「いやいやいや、でも今ここで戦えってなったらアタシは劣勢ッスね、本気出したらお城が壊れちゃうッス! だからコンパクトに戦える悪魔にはきっと負けちゃうッス」


 干し肉を指から出した炎で炙りながらタロットはそう答えた。


「なるほどなぁ、それで条件次第か」


「そッスそッス、ちなみになんにも無しならバルベリトが最強ッスね」


 『なんにも無し』の意味をちょっとだけ頭で考えたが、よく分からず聞き返す。


「なんにも無しってどんな状況……?」


「戦わないってこと?」


 ナーコも気になったようで、二人で少し首を傾げていた。


「そんな感じッス、アイツは弱いくせに口だけは達者なんスよ。性格悪いっつーか、二枚舌っつーか」


 これにはあまり共感ができなかった。

 ベリトは言うほど悪い奴ではない、むしろ俺やナーコへ気遣いまでしてくれる。

 ただ生まれ持ったキャラクターという物もある。

 ベリトも自分のイメージを崩したくないのか、なんやかんやと理由をつけては俺たちを気遣ってくれていた。


 別にベリトの肩を持ちたいという訳ではないが、酒をグイッと飲んでからタロットにこうやって問いかけた。


「でもさぁ、ベリトってそんなに悪い奴でもなくないか? いや、最初はめちゃくちゃ印象悪かったけどさぁ」


「私もそれは思う、素直じゃ無いだけっていうか……」


 やはりナーコも同じ気持ちだった、そうでなければあのペンダントを奪われて黙っている筈がない。

 それを察したのか、すぐにタロットが俺たちを指さして声を上げてきた。


「あー! ほらね!! ちょっといい奴かもって、もう思っちゃってるじゃないッスか!!」


「え??」


「だっからアイツは二枚舌なんス! そーゆー印象を与えてるんスよ! アタシの奴隷にまで手ぇ出して、あんにゃろー!」


「あれは、ベリトさんの本性じゃないってこと??」


 ナーコからのその質問に、タロットは「いや本性は本性なんスけど~……」とブツブツ言いながら難しそうな顔をして、言葉を探しつつ答える。


「だってほらさっき、ナコちゃんのペンダントを勝手に奪ってったじゃないッスかぁ!」


「うん、でもあれはベリトさんなりに私を気遣ってくれたからで……」


「あれはね! ただ単に! アイツがあのペンダントを欲しかっただけッス! 二枚舌ってそーゆー事ッス!」


 タロットはナーコの言葉を遮るように、ビシッビシッと指を突きつけてそう言った。


 これには俺とナーコは顔を見合わせ、同じ言葉を口にするのだ。



「「マジで?」」



 そしてタロットは呆気にとられる俺たちをジトッと睨みながら言ってくる。


「よーやく、アタシの言ってる事が伝わったッスか?」


「私はてっきり……あのペンダントを理由つけて外させてくれたのかと……」


「俺からもそう見えたぞ、だからナーコも文句言わなかったんだろ?」


「うん、ベリトさんなんだかんだ言って良い人なんだなーって」


 これにはタロットも深々と溜息をついた。


「ハァー……だからなんにも無しならバルベリトが勝つって話ッス! 嘘つかないのも厄介ッス!」


「つ、つまり……?」


「アイツはナコちゃんの事はマジで気に入ってるッス! でもペンダントも欲しかったッス! 無理やり奪ったら確実に嫌われるッス! それでさっきのアレ! 好印象を与えてペンダントもゲット! 人心掌握術じゃ勝てないッス〜」


 タロットはそう言い、両手を広げてお手上げのポーズをした。


「い、いや〜これには恐れ入ったわ……」


 尊敬してしまう程に、上手く乗せられたのだと実感した。

 ナーコに嫌われず、暴走させず、ペンダントをノーリスクで掠め取って行った。

 更に、俺たちに『素直じゃ無いけどちょっといい奴』という印象まで植え付けて。

 そしてネタバラシをされたというのに、俺たちはベリトに対して嫌悪感をまるで持てないでいる。

 そこまで含めての『二枚舌』なのだろう。


 ナーコがここで思い出したように身を乗り出し、タロットに詰め寄った。


「だからタロットちゃんはベリトさんと戦う時、真っ先に喉を掴んだの?」


「おー、よくわかったッスね〜! アイツを相手にするなら、話を聞かないのが一番なんスよ〜! まぁアレについてはナコちゃんが悪いんスけど〜」


「タロットちゃんが悪いんだよ!!!」



——二人とも悪いんだよ? これについては王様のお墨付きでベリト悪くないからね?

 


◇ ◆ ◇



 酒場を出て、沢山の紫の炎とオレンジから黄色の炎で彩られた街を城に向けて歩いていた。

 昨日、和室から眺めた景色の中に溶け込んで、『小さき鍵(レメゲトン)』の一員になれたような気がした。


 小さいタロットが歩幅を早めながら横を歩き、自慢気に教示する。


「敵をどれだけ沢山倒せるか勝負なら、ベリアルって男の子が最強! 男の敵を相手にするなら、アスモデウスって女が最強ッス」


 すぐにナーコが人差し指を立てて言う。


「魔術無しならフルカスさんが最強だね?」


「ナコちゃん正解ッス〜♪」


 そう言ってタロットが頭を撫でると、酔ったナーコが猫撫で声でベタベタとくっついていた。


「で結局、最重要視されてるのがブエルッスね! ブエルだけはソロモン様が絶対に守るッス! ブエルさえ無事ならここは立て直せるッス、そういう意味での最強はブエル」


 それにナーコが納得したようにポンッと手を叩く。


「先生がバックにいるから最強って考え方もできるんだね〜!」



——あのほっぺたプニップニの超可愛い生き物……ニールの悲鳴聞いてめちゃくちゃ楽しそうにしてたのに……そんな重要ポジだったかぁ……。



「結局王様ってどんくらい強いんだ? 本気のタロットならそこそこ張り合えるのか?」


「絶対に無理ッスね〜、ハルタローが全力のアタシと戦う感じッスかね?」


 あまりにもかけ離れた次元の違いに呆然とタロットを見た。

 昨晩のケリスの件もあって、どう逆立ちしたってタロットに勝てないことは分かりきっている。


「はー、なるほどね……そりゃ『最強の魔王』だわ」


 そしてタロットは俺の前で立ち止まり、優しく笑った。


「だからアタシはね、『ボワッと』の夜、本気で驚いたッス。ハルタローはそのくらい実力差のあるアタシに、一撃をいれた」


「いや、あれ、本当だったら傷一つ付かないんじゃないのか?」


「でも避けれなかった。あの一瞬だけは間違いなくアタシを超えた。だから本当に誇っていいんだよ、ハルタロー」


 あまりにも身に余る言葉に、目頭が熱を帯びて声が震える。


「そんな事を言ってくれるのか……? 運任せで足を引っ掛けたんだぞ……?」


「運で勝てるほど悪魔大公爵アスタロトは甘くない、でもハルタローに人を殺す刀は似合わなかったッス」


 そう言ってタロットは俺の手を取った。

 そして鞄から一本の真っ直ぐな短剣を出して持たせてきた。


 柄は白い鱗で出来ていて手によく馴染む。

 その先にビー玉程の真っ黒な石が埋められていた。

 鞘は象牙色で彫金があしらわれている。

 それはよく見ると『金色の蛇』を模していた。


「なんだよ……これ……」


「抜いてみるといいッスよ~」


 鞘を抜くと真っ白の剣身が現れた。

 刃全体に目を凝らしてもわからないほど、繊細な絵柄が彫られている。

 そこを少し眺めていると、隙間が黒い粘性の液体で満ちていき、蛇が絡み合っている紋様が浮かび上がった。


「これは……」


「三人で倒したサーペントちゃんの素材で出来てるッス、柄も鞘も剣身もぜーんぶ同じ素材」


 涙がこぼれる。

 うまく喋れない。

 せっかく貰った短剣がボヤけて見えない。


「この黒い……液体は……」


「それはサーペントの呪いッス、とにかく傷さえつければ足取りが追える。きっとハルタローは殺すよりも、こういう方が向いてたんだよね。敵の根城にしろ、貴重な魔物の巣にしろ、場所が分かればウチらが攻め込めるッス。その場で殺すよりお手柄になると思うッス」


 喉から声が漏れる。

 息がうまくできない。

 俺はちゃんと喋れているだろうか?

 今『ありがとう』って言ってるんだぜ?

 なぁタロット、俺の声聞こえてる?


「……ッ! ……………!」


 たくさんの悪魔が通りすぎる通りで、短剣を抱えてボロボロボロボロ涙を零し、蹲った。


「はーもう全く、ハルタローは泣き虫ッスね~」


 そう言うとタロットは俺の前にしゃがみ、蹲った俺の頭を撫でてくれた。


 あぁ、これはもう無理だ。

 俺はもう言葉では言い表せない感情を、この子に抱いてしまっている。

 恋愛じゃなくてもいい、どんな形でもいい。

 特別になりたい、特別でありたい。

 タロットを失いたくない、タロットを奪われたくない。


 自分だから分かる。

 この感情はいつか抑えが効かなくなる、きっと暴走する。

 気持ちを一方的に押し付けてしまう時が来る。

 この子を困らせ、悲しませる時が必ず来る。


 そうなる前に俺はこの子の前から消えよう。

 でももう少しだけ一緒に居させてほしい。

 この子の期待に応えられるまで、この子に対価を払い終えるまで。



◇ ◆ ◇



 俺は貰った短剣を抱いたまま、呼吸をようやく落ち着かせると、タロットは立ち上がってナーコを向いた。


「ナコちゃんはこっち〜」


 そう言うと、とてもとても細い一匹の『金色の蛇』がナーコの首に掛けられた。

 首にかかると、その蛇は自分の尻尾に噛みつき、そのまま固まり首飾りとなった。

 蛇の小さく真っ赤な瞳だけがキラキラと光に反射している。


 ナーコは声も出せず、ただただ涙をこぼしてそれを受け入れた。

 その蛇の首飾りを大事そうに握りしめて泣いている。


「これはアタシの髪の束で出来てるッス、バルベリトが金に変えてくれたから汚くないッスよ?」


「なんでぇ……なんで私にぞごまでしでぐれるのぉ……!」


 するとタロットはナーコの背中に手を回してギュッと抱き寄せた。


「弱っちぃヘタクソだからッスよ、危なっかしくて見てらんないッス」


「すぎぃ……だいずぎぃ……ダロットぢゃん……大好ぎぃ……ッ!」


「あーはいはい、わかったわかったッス〜」


 金と黒が抱き合っていて、俺はボロボロの目をこすりながらそれに見蕩れてしまった、それと同時に羨んでしまった。


 俺も、ナーコみたいに素直になりたい。

 ナーコと同じように、気持ちを伝えられたらどれほど楽になれるだろう。


ここまで読んでくれてありがとうございます。

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