50.0 『拷問層と実験層』
俺はタロットの土下座を初めて見た。
そしてその横では、同じように土下座をするナーコ。
「ねぇベリトさん……? 私は昨日これ終わった筈じゃ……?」
「あァ? なんか文句でもあるのかァ? ヘンミカナコォ……」
「ひッ……!」
そこに苦笑いで土下座のままタロットが割って入る。
「ほらほらぁ……ナコちゃんも反省してるじゃないッスかぁ……もうこんな事やめましょーよぉ、時間がもったいないッスよぉ」
「アスタロトォ……ボクに何をしたのか忘れたかァ?」
「あっは~……ナコちゃん守るのに必死だったんスよぉ……もぉ〜しょーがない奴ッスねフルカスは〜……」
「さてハルタロゥ、こいつらはこのままにしてさァ、ボクと一緒に見学でもしていくかァ?」
「こ、このままって~……もぉ~、ベリトは冗談きっついッスねぇ~……あっは~……」
今までならこの状況はすぐに止めに入っただろう。
ただ今回の件に関しては、ベリトが完全な被害者なので庇い立てする気も起きなかった。
というか、これでもまだベリトが可哀想とすら思える。
「いや……俺は拷問とかはちょっと……」
そう言って断ろうとするとすぐに土下座ナーコが真横を向いて声をあげる。
「なんでハルタぁ! すっごくもったいないよ! 見たい! 私すっごく見たい! ねぇベリトさん! 私すっごく見たいです!」
少し狂気ナーコが見え隠れしてきた。
「はぁ……まァいいさァ……おいアスタロトォ、こいつら借りるぜェ?」
「そ、それはいいッスけど~、アタシどーしたらいいッスかねェ……あっは〜……」
するとベリトはしゃがみ、ナーコの顎をクイッと上げると、首にかかったペンダントを掴んで言う。
「このペンダントとアレを交換しろォ、これ付けとくの危ねェんだよォ。ボクの女に何かあッたらどォすんだァ?」
「あ、それは確かにッス」
タロットはそう言ってスッと立ち上がると、ピューッと城の方角に消えていった。
ナーコは不安そうにペンダントを握った。
「で、でもこれは……タロットちゃんに貰った大切な物で……」
「だからさァ、そのタロットちゃんにもっといいモン貰って交換すんだよォ、呪いなんかでお前を死なすのァ惜しくてなァ」
舌なめずりをしながらそう言って、ナーコの顎を持って立たせていた。
言い方や対応は厭らしいが、なんとなくナーコを気遣っているのがわかる。
なぜか王様も含めて、悪魔たちには嫉妬の類の感情が湧いてこなかった。
「さァてェ、ハルタロゥお前はどォするゥ? ニール・ラフェットの方は血腥いってわけじャないがァ」
「あ、あぁ……そういうことなら少し見ていくよ」
俺がそう言うと、ベリトは笑顔で大きく手を叩き、翼と共に広げた。
「それなら決まりだァ、アスタロトが戻って来ない内に行くとしよォ」
◇ ◆ ◇
ベリトに続いて石造りの建物に入ると薄暗い石畳の通路だった。
すぐに地下に続く階段があり、そこをゆっくり降りていく。
水路から水が漏れているのだろうか、水滴の落ちる音が狭い空間に反響している。
「こういう牢屋とかって街に置くんだな、お城の地下かと思ってたよ」
「王様からすりャ、街や民より城のが大切なのさァ。アヤネ様にはァ、お前たちもお会いしたんだろォ?」
「そうか、そう言われりゃそうだ……! あの王様がアヤネ様の近くに罪人を置くわけない……!」
「そォいうことだァ」
一つ階を降りると、鼻をつくような鉄の匂いが漂って来た。
奥に続く通路、そしてその両側には鉄格子がつけられている。
そこからはたくさんの呻き声が響いてきた。
そして一つだけ、聞き覚えのある声が混じっている。
これはヤッドさんの声だろう。
大部屋で四日間を共にした、俺と唯一仲良くしてくれた貸奴隷の先輩……。
「この階が拷問層だァ、ボクがカラダに聞くだけだからァ、まぁ比較的軽ィなァ」
「拷問なのに……比較的軽いんだな……」
「そりャそォさァ、ボクがアスタロトにされたアレに比べたらァ……なァ、ヘンミカナコォ?」
「え、えっと~……こ、ここじゃないんですよね……?」
ナーコは突然の耳の痛くなる言葉に、居心地悪そうな笑顔を浮かべた。
「そうさァ、実験層はこの下だァ」
ニタッっと厭らしい笑みを浮かべたベリトに連れられ、更に階段を降りていく。
鉄の匂いは遠ざかり、水滴音も、薄暗さもなくなっていった。
階段の踊り場を境に、お城の壁や床のように綺麗に舗装されていく。
そして最後まで階を降りると、実験層であろう通路にたどり着いた。
お城と同じ真っ青の絨毯が続き、その両側には鉄格子ではなく、やはり城内と同じ、木目のついた片開きの扉がついていた。
そして一つの扉の前で、幼女がメモを取りながら立っていた。
年齢はアヤネ様より少し下くらいだろうか。
ピンクの髪のショートカットに、スカートの広がった黒のワンピース。
頭にはキリンのように丸まったツノが生えている。
黒い翼は小さく、うさぎのような尻尾がお尻についていた。
「よォブエルゥ、楽しめそォかァ?」
ベリトが幼女に呼びかけた。
この子が、たまに名前のあがっていた『ブエル』か。
「ばるべりぃ! ちょーたのしっ! 王様にありっと、いうー!」
とても大きな瞳をベリトに向けて満面の笑みを零すブエル。
ナーコの息遣いが少し荒くなった気がしたが、見ないふりをすることにした。
「ならァよかったァ、この二人が例の『異物』だァ、ハルタロゥにヘンミカナコ、覚えられるかァ?」
ベリトはそう言うとブエルを抱いて肩に座らせ、こっちを向かせた。
間近で見るとほっぺたが零れ落ちそうにモチモチしていて、ナーコが変な気を起こさないか気が気ではなかった。
「ばるたろ、へんみー! おぼえたー! エルはねー、そろもんななじゅーふたはしら・あくまだいそーさいのブエルだよー! よーしくね!」
ソロモン七十二柱の悪魔大総裁。
タロットで分かってた事だが、見た目と二つ名のギャップが激しすぎる。
こう見るとベリトは、魔王役としてこの上ない適役だったのだろう。
「よろしくなブエルちゃん、俺はなんていうか、タロット……アスタロトの友達だ、ばるたろでいいからな」
「へ……へんみーだよぉ……! ブ……ブエルちゃん……かっ……かっ……かわいいねぇ……!」
——おいおいおいおいやめてくれよナーコ……
「えへへ~ありっとー! たろちゃんげんきぃ? またあそぼーってつたえてほしー!」
「わ、わわわわかったよっ……あ、あのっ……ブ、ブエルちゃっ……ほっ……ほっぺ……ほっぺ触ってもいいかな……?」
「えぇ? いーよぉ? はぁい」
ベリトの肩から乗り出し、自分のほっぺをナーコに向けて、ぶにっと持ち上げた。
「あっ……ありがと……そ……それじゃ……さ、さささ触るね……? ハァッ……ハァッ……!」
ナーコが恍惚とした表情を浮かべ、息を荒くして、ゆっくりと、ゆっくりとブエルの頬に指を伸ばしていく。
——エリコ先生の事どうこう言えないだろコイツ。
そしてナーコの指がブエルの頬に沈む。
『ぶ……にゅう……』
「はぁッ……うッ……!! す……すごっ……ハァッ……やわらかっ……きもち……ハァッ……!!」
目を見開き頬を染め、呼吸を乱しながら、幼女のほっぺたに興奮するナーコは、正に変態そのものだった。
「おィハルタロゥ……? こいつ昔ッからコレなのかァ……?」
「いや、こんな趣味あったのは知らなかっ……ちょっ、おいナーコなにすんだよ!」
耐えきれなくなったナーコが、俺の服で鼻血を拭いてきた。
そして褒められてご機嫌のブエルが、片手をあげてお礼を言ってきた。
「えっへへ~、ありっとー!」
——いや、めちゃくちゃ可愛いのはわかるけどね?
「さァてェ、ブエルどんな調子だァ?」
ベリトはそう言うと、ブエル抱き上げて肩に座らせた。
「んっとね~、おどして『ますい』させてねぇ、いろいろけーそくしてねぇ、さっきエルが、きもちーくしてあげたとこ~!」
「なるほどねェ、あとは経過観察かァ」
ブエルは両手を広げてニッコリ笑う。
「そー! まいにちきもちーくしてあげるの! みてくぅ?」
「あァ頼むよォ、そのために来たんだァ」
「いーよぉ! んっしょ」
そこまで言うと、ベリトの肩からグイッと前に身を乗り出し、目の前の扉を両手で開けた。
中に入ると、高さ一メートル程の柵があり、その奥の床にはうっすら赤い魔法陣のようなものが描かれている。
そしてその魔法陣の上にはというと。
ニールが全裸で浮いていた。
目線は何かを探すように動かしているが、焦点が合っているようには見えない。
そしてこちらに気づく素振りもない。
両手両足はゆっくりと何かを探すように動かしているが、床や壁には届かず空を切っている。
そして性器が反り上がっていて、とてもじゃないが子供に見せていいものではなかった。
口からは涎を垂らし、何かを喋っているが、声が小さくて聞き取れない。
それを見てナーコは興奮して柵に手を置いて身を乗り出した。
「これは……! どういう状況ですか……!」
それを見たブエルから注意が入る。
「あー! まほーじんのなか入ったらだめだよー? でれなくなっちゃうのー、さくこえちゃだめー」
「へェ……こん中ァ暗闇かァ?」
「そー! まっくらー! おともきこえないよー! なんもないとこー!」
それを聞いてすぐ、ナーコが興奮したように声を震わせてブエルに尋ねる。
「つまり……上下の分からない空間で……視覚と聴覚が奪われている……という事ですか……?」
「へんみーせいかーい! そーするとねー! きもちーがねぇ! ちょーきもちーってなるんだよー!」
俺も自分の浅い知識を絞り出して確認する。
「目が見えなくなると耳が良くなる、みたいな理屈であってるか……?」
「ばるたろせいかーい! あとねー、うえもしたもわかんないとねー、こわくってねー、きもちーことに、にげたくなるのー!」
すぐにナーコの声が漏れる。
「す、すごいすごいすごいすごいッッッ……!! 私の思ってた何倍もすごい……!!!」
ナーコのスイッチが入ったのだろう。
声や表情がさっきとは比べ物にならないほど興奮しているように見える。
ナーコの様子にブエルもごきげんになった。
大きな瞳をキラキラさせて掌を上に向けて言う。
「おっかしーんだよー、みせてあげるー」
そう言うと、ブエルの小さな掌に少量の液体が作られた。
俺は何かの薬品かと思いすぐに尋ねた。
「ブエルちゃん……それ……なんだ……?」
「え? おみずだよー、ただのおみずー、えい!」
ブエルはそれをニール目掛けて投げつけた。
しかし狙いが定まっておらず、床にたらし、俺達に少しかかっただけだった。
匂いを嗅いだがなんの変哲もない、本当にただの水なのだろう。
「あっれ~? えい!」
もう一度水を投げつけると、今回は一滴、ニールの太ももについた。
その瞬間。
「い゛い゛ぃぃいあ゛ぁぁああああッッッ!!! あああえう゛ッッ……ああぁ!! ああああ!!!」
ニールは大声で泣き叫び、水滴のついた太ももを掻き毟り、カラダを捻り、仰け反り、失禁し、尿が肌につくとまた暴れた。
そして掻き毟った傷は、血が出る間もなくすぐに治癒されていく。
「あっははははは! おっかしーねー!」
ブエルはニールを指さして、無邪気に笑っていた。
そしてすぐに飛び散った尿は消えてなくなり、またニールは何かを探るように手足を慎重に動かし、聞こえない声を漏らしている。
「アッハッ! 最高……最高すぎるよ……! ブエルちゃん天才ッ!! すごいッ!! 私なんかの想像を遥かに越えてたよ!! 天才!! 天才天才天才天才ッッッ!!」
「えへへ〜、そぉかなぁ〜? へんみーすきー! いまはねー、きもちーじかんだから、こんなもんだけどねー! きもちーのとりあげたら、もっとすごいよー! みにくるぅ?」
「いく!! いくいくぜったい行くよぉ!! 私、すっごい楽しみができちゃった!! あぁ!! 先生は百点くれたけど……全然百点じゃなかった……きっと二百点満点だったんだね~!!」
「やたー! エルもたのしみー!」
そんな会話を見ながらベリトが俺とナーコに問いかけてくる。
「なァ? あんとき殺さなくて良かったろォ?」
死ぬほうが何万倍も楽なのだと、そう魔王が言っていた意味を改めてわからされた。
俺はここまでニールを痛めつけたかったのだろうか。
これを半永久的に繰り返される、廃人にもさせてもらえない。
そう思いながら、是とも否とも取れない言葉を言うのだ。
「想像を絶するとはこのことだよ……」
そしてナーコはというと。
「クズを生かす事が……クズに生きてもらう事が……これほど素晴らしいなんて……!! タロットちゃんの言ってたことは本当だった……!! ここまで見越していたんだタロットちゃんは……!!」
ナーコが両手でペンダントを握り、裸で宙に浮くニールを見上げていると後ろから声をかけられる。
「なーんの話ッスか」
タロットが壁を小突きながら、じっとりこちらを見て立っていた。
それに気づいたブエルは満面の笑みになって、肩からタロットめがけてダイブする。
「たろちゃん! エルほめられたよー! すごいー?」
「すごいッスねブエル~♪ 今日もかわいいッスね~、うりうり~」
「やめてえ〜♪ たろちゃんおっぱいもやわらかぁ〜♡」
タロットはブエルとじゃれ合いながら俺に尋ねてきた。
「ハルタロー、無理しなくていいんだからね」
語尾のないあの喋り方にタロットの気遣いを感じ、少しだけ胸が締め付けられた。
タロットはいつも俺を見てくれている。
いや、これは俺が主観になった傲慢な考えだ。
タロットは常に周りを見ていて、その中の一人が俺というだけなのだ。
決してタロットの特別だなんて思ってない、思っちゃいけない。
また勘違いしてタロットに依存してしまえば、もう取り返しがつかなくなる。
あの日、タロットを取り上げられた地獄のような禁断症状は、想像を絶する苦しみだった。
もし次があれば無理だ、次はきっと耐えられない。
だからタロットからの特別を期待をしちゃ駄目なんだ。
「あぁ、大丈夫だよ、ありがとう」
きっとこれから、ニールもあの日の俺と同じように禁断症状に苦しむのだ。
それを強制的に味わわされるのだ。
いいじゃないか、こんな男を哀れむ必要なんてない。
可哀想なんて思わなくていい、『ざまぁみろ』とでも思っていればいいんだ。
そうやって俺が目を逸らしている横で、タロット達はニールに水をかけてその絶叫を笑い、無邪気に遊んでいた。
◇ ◆ ◇
石造りの建物から出ると、タロットがブエルの頭に手を置き、感嘆の声を上げる。
「いやー絶景だったッスね~、アタシも頑張った甲斐あったッスよ~」
ちょこんと立つブエルが、それを聞いて少し物足りなさそうに溢す。
「おしかったなー、もーちょっとでおなにーするとおもったのになー。でもきもちーとりあげたらね、おなにーとまんなくなるよーきっとー! みにきてぇ」
ものすごい事を平気と口にする幼女に、唖然としてしまうが、ナーコはお構いなしで興奮しながら返事をした。
「いくいく! ブエルちゃん! へんみーは絶対に行くよ!! また一緒にお水かけてあそぼーね!」
「ありっとー! ねっとーも、れーすいも、よーいしとくー!」
ナーコはブエルを抱き抱えて頬擦りしながら戯れ合う程、仲良くなっている。
ベリトは俺に向けて声をかけて来た。
「この女ァ、大丈夫かァ? 本来ハルタロゥの反応が普通なんだがなァ」
「まぁ……楽しそうだからいいんだよ……ナーコが楽しみを見つけたなら、俺はそれで嬉しいし……」
「置いてかれたとか思ゥなよォ? この女は道を逸れただけだァ、そして道を逸らしたのァボクたちだァ」
舌なめずりするベリトに気遣われたような気になり、少し呆れながら呟いた。
「なんかもう、お前が一番まともに見えてきたよ……」
「おィおィ、悪魔に向かってそれは皮肉かァ? でもそんな事ァなィ、ボクも『異物』だからなァ」
「は……? それってお前も……!?」
「違ゥ違ゥ、このやり取りも二回目だァ。ボクァ拷問層の方に戻らせてもらうよォ」
ベリトはそう言って石造りの建物に戻ろうとしたが、ナーコの前でピタリと足を止めた。
「これァボクが貰っとく。ここは城から遠くてねェ、丁度欲しかったのさァ」
そう言って、ナーコのペンダントを掴むとプチッと取り上げて戻って行った。
「あっ……!」
ナーコは切ない声を出したが、ベリトの真意は汲んでいるのだろう。
他の人間がこんな事したら、間違いなく暴走している。
俺だって例外じゃない筈だ。
その光景を眺めながらタロットは呆れ顔で呟いていた。
「あいっつは相変わらずッスね〜」
「ばるべりぃ、エルももどるー! ばいばい、たろちゃん、へんみー、ばるたろ!」
ブエルは笑顔でぶんぶんと手を振って、ベリトの肩に飛び乗った。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
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