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49.0 『小さき鍵(レメゲトン)』


「あんったら、いつまで寝てんスかぁ!?」


 すっかり服を着替えて、いつものサイドテールに結んだタロットに叩き起こされた。


「タロットちゃん……あと五分~……」


 ナーコがタロットの相手をしている間に、俺は少しでも惰眠を貪ろうと布団に包まる。

 が、それに気づいてタロットが布団を引っ剥がしてくる。


「なんでだよぉ……王様は好きなだけ寝てていいって言ったんだぞぉ……」


 逃げ場がなく、必死に浴衣を顔にかけて遮光するのだ。


「限度があるッス! もうお昼ッスよ! アタシお風呂入ってアヤネ様と遊んで、ネロズに説教して、なぜかソロモン様にゲンコツされて帰ってきたんスよ!」


 そういえばネロズの事を呼び出していた。

 ゲンコツは昨晩のケリスの件だろうか、勝手な伝承をばら撒いたツケだろう。

 タロットを俺に押し付けたナーコは布団にくるまって寝息を立て始めた。


「なんッスかこいつら! もう『小さき鍵(レメゲトン)』案内してやらないッスよ!?」


 その単語を聞いてガバっと二人で起き上がった。


「「なにそのカッコいい名前!!」」


「おおう……急〜に食いつくッスねぇ……」


 タロットは突然の俺達の目の輝きに、少し引き気味にそう言っていた。



 ◇ ◆ ◇



 そそくさと着替えて、部屋を出た俺達はタロットに連れられて、お城の階段を下りていた。


「で? で? 『小さき鍵(レメゲトン)』ってなぁに? タロットちゃん」


 ナーコは背を屈めて、小さなタロットを覗き込むように話しかけている。


「なーんでそんなに食いついてんスか? ここの事ッスよぉ、お城とこの街、ギブリス城とギブリス城下町みたいなもんッス」


「その名前、きっと王様が名前付けただろ」


「おぉ~良く分かったッスねぇ~!」



——だろうなぁ、やっぱ好きなんだろうなぁそういうの



 そしてお城の大扉を開けて外に出ると、とても賑やかな城下町が広がっていた。

 しっかりと太陽も上がっていて、地下の筈なのに空もある。

 木造のお店が立ち並び、建築物の周囲には水路が沢山流れている。

 地面は土だが、水路が多く、常に橋の上を渡っているような錯覚に陥る。


「なんか、すげー栄えた街って感じだなぁ」


「一応グレーゾーンッスけどね、みんなこの世界にあるものだけで生活してるッスよ? ソロモン様の意思を汲んでくれてるッス」


「これ……全員悪魔なの……? なんか人間にしか見えないっていうか……いやタロットちゃんもなんだけどね?」


 今日のタロットは起きてからツノや翼や尻尾は一切見せていない。

 いつものタロット・コリステンだった。


「攫っちゃって戻せない人間も暮らしてるッス、二人の知り合いもいるッスよ?」


「は? どういう意味だ? 知り合いなんていないだろう」


 攫ったと聞くとヤッドさん達を思い浮かべるが、こんなに自由な生活をさせるとは思えない。

 それ以外に知り合いなんていない筈だが。


 すると得意げに、両手を腰に当てたナーコが口を割ってきた。


「ふっふーん、私はわかってしまったのですよハルタ選手ぅ」


「マジで!? あ、わかった、アレクだろ、もうそれしかいないぞ絶対」


「アレクはギブリス離れないッスよ絶対、もうちょい上手く使いたいんスけどね~ホントは」


 タロットが気に入っているという言葉もあり、確かに攫ったとは思えない。

 そう思っていると、タロットがお店の店員に声をかけた。


「あ、ほら! シャロンさ~ん、こっちの暮らしどーッスかぁ? 慣れたッスかぁ?」


 シャロンさん? 聞いたことの無い名前だった。


「あらタロットちゃん! まだ少しわかんないこと多いけどねぇ、家族みんなでこっちに来られて感謝してるよぉ」


 シャロンさんは気のいいおばちゃんで、タロットの頭を撫でて感謝していた。



——確かに見たことある……あれは確か……



「あー!!! 露店のおばちゃん!!!」


「あら、久しぶりじゃないか! キミのお陰なんだってねぇ、いい暮らしできるようになったよぉ!」


 露店市の日に、指輪を銅貨一枚で売ってくれたおばちゃんだ。

 

「ふっふーん、私は気づいてましたけどね!」


 相変わらず自信に満ちたナーコ。


「彼女ちゃんも、まだ指輪してくれてるねぇ! ここでアクセサリー屋やらせてもらってるからね。またいつでも買いに来とくれよ」


「はい! すっごく気に入ってますこの指輪!」


 そこに少し申し訳なさそうな声のタロットが呟く。


「ギブリスに戻せなくなっちゃってごめんッス……無罪で攫ったのも悪かったッス……」


 シャロンさんの前でショボンと少し肩を縮めるタロットに、おばちゃんが元気な声で言う。


「ぜんっぜんさぁ! こんなお店まで貰っちゃって、その子に安く売っといてよかったよぉ」


「あっは〜♪ それなら良かったッス〜!」


 タロットはシャロンさんを見上げてニコニコと笑っていた。

 おばちゃんを後にして俺は歩きながらタロットに聞いた。


「え、なんで? いつ攫ったの?」


「その指輪買うとこ見てすぐッス、ザルガタナスが攫ったッス。でもマジでなんも知らんかったッス。ごめんなさいして家族全員攫って、ここで暮らしてもらってるッス」


「拷問されなくてよかったよおばちゃん……」


「なんでもかんでもそんな事しないッスよぉ! もぉ!」


「あはは……でも確かに露店やるより、こっちでお店持ったほうが楽しいのかもね」


 ナーコが苦笑いしながらもっともな事を言っていた。


「ただその指輪を、シャロンさんに渡した奴の足取りが追えないんスよねぇ、若くて胸のデカい女らしいんスけど……」


「エリコ先生か!?」


「わかんないッス、そもそもウチらが足取り追えない時点で、なんかあるんスよねぇ……」


 タロットが訝しげな顔で顎に手をあてながらそう言った。

 ナーコはエリコ先生を思い出しながら少し口を開く。


「いい先生だったんだけどなぁ、大人でかっこよくってさぁ」


「そーーーーなんスか!? ソロモン様はキモすぎて二度と会いたくないっつってたッスよ!?」


「え、さすがに俺たちの知ってるエリコ先生と印象が違うな……嫌われるとか……少なくとも気持ち悪いなんて思ったことないぞ……」


 と、そこまで言うとナーコが「いや……」と言って思い出すそぶりをしながらこう言った。


「エリコ先生の……男の子への対応はちょっと……思う所はあったかも……」


「え? 俺なんも思ったことないぞ?」


「ちがうちがう、小学生の男の子……ショタコンっぽいっていうか……ベタベタくっついて大きな胸を押し付けたり……」


「うわ、俺ぜんぜん見てなかった……」


 それを聞いたタロットも指を鳴らして言う。


「あーそれ! ソロモン様も言ってたッス! ベッタベタされて不快感しか感じなかったって」


「やっぱそうだよねぇ、先生の小学生時代なんか想像するだけで涎が……じゃなくて、絶対可愛いもんねぇ」



——ナーコ? 涎がなんて?



「ナコちゃんもそのうちソロモン様に避けられるッスよ?」


「それはむり……私生きていけなくなっちゃう……どうすればいいの……?」


「キモいのやめればいいんスよ」


 両手で顔を覆い首をふるナーコに対して、タロットの冷徹な言葉がグサリと刺さっていた。



——ナーコはエリコ先生みたいにならないでね?



「ねぇタロットちゃん? 魔術とマナの違いって結局なんなの? マナのが現実的って事しかわかんなかったんだけど?」


「あー、マナってのはエネルギー源なんスよ、なんつーんスかね?」


 タロットはおもむろに右手を挙げて言う。

 

「んー、パン食べてエネルギーに代えて右手挙げるじゃないッスか? マナ吸ってエネルギーに代えて炎を出す、みたいな感じ?」


 その後、人差し指から小さい火の玉を出した。


「え、なに? お前らにとって炎出すのって、右手挙げる程度の感覚なの?」


「へ? そッスよ?」


 あっけらかんと俺を見上げ、指先で火の玉をくるくる回して遊んでいる。


「『無し人タロット』に希望を見出していた、あの頃の俺を殴ってやりたいよ……」


「あっは~♪ 弱いって思われる方が都合良かったんスよ~。これからもピンチになったら、後ろでオドオドしてるから守ってほしいッス」


 そう言ってタロットはナーコの服を、か弱い手つきでキュッと握りながら後ろに隠れた。


「ここまで守る気の起きないオドオドも聞いたことないねぇ……」


 タロットの頭に手を置いてナーコも苦笑いを浮かべている。



——一生かかってもコイツには勝てないんだろうな……



 そんな事を考えていると、タロットが石造りの建物を指して笑顔を向けてきた。


「おっ、あそこにニールくんいるッスよ?」


 その建物の前ではベリトが伸びをしている。


「え、マジで? 拷問中って感じ?」


「拷問って実験中の筈ッスよ? おいバルベリトー! ニールくんどーッスかぁ? なんか吐いたッスかぁ?」


 そうやってニコニコとベリトに手を上げて声をかけるタロットだが。


「アスタロトォ……おまえェ……よくボクに軽々しく声ェかけられたなァ……」


 笑顔を一切見せず、タロットを見下ろし、眉間に皺を寄せて睨んでいた。


「へ? なんの話ッスか?」



——ナーコの怪我のこと、タロットまだ知らないんだったーーーッ!!


ここまで読んでくれてありがとうございます。

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