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48.0 『魔王の世界』


「なんとなく魔力がどういう物かわかったか?」


 魔王は教会の祭壇の上で足を組み、参列席に座る俺たちを見下ろしながら、杖の先を向けて問いかけて来ていた。

 それに対して俺は、おずおずと手をあげて率直な感想を言うのだ。


「いや、よくわかんない……なんか凄い、ってぐらいの感想なんだけど……」


 すると魔王はまた、手からあの紫の松明を出して辺りを薄明るく照らし始める。


「つまり魔力は悪魔のチカラだよ、悪魔に対価を払ってチカラを貸してもらうって事だ」


「それなら俺でも使えるっていう事か!?」


 少し興奮気味に身を乗り出して聞いていた。

 できる事なら使いたかった。

 何に使うかではなく、俺もこの世界でそれっぽい何かを出してみたかった。


「悪魔と契約すれば使える。さっきのケリスとかいう女は丁度いいかもな、契約してみたらどうだ? 対価も大した事ないだろどうせ」


「いやいや……せっかくならタロットの方が気兼ねないっつーか……」


「お前、タロットのチカラなんか使ったら死ぬだけじゃ済まんぞ。さっきのでわかったと思うが、七十二柱ってのは他の悪魔と次元が四つ五つ違う」



——そうか対価か……死ぬのはさすがに嫌だな……。



 俺がそんな保身のようなことを考えていると、ナーコが手をあげた。


「あの、先生とタロットちゃんってどっちのが強いんですか?」


「それは間違いなく俺だ」


 あのケリスの数段上のような扱いだったタロットを以て、あまりにも自信のある即答に俺は唖然としてしまった。



——こういうのって謙遜したりするもんじゃないのか……?


「即答って……王様どんだけ強いんだよ……!」


 そして魔王は気だるげに宙を見上げ、呟くようにこう言った。


「俺は『無限のチカラを持った最強の魔王』だからな」


「はは、キャラ違いだろ……王様も小学生みたいな事言うんだな……」


「そうか? 俺は日本ではゲーム会社に勤めていたからな、こういう話は好きなつもりだが……」



——は?



 この世界にいる日本人がゲーム会社に勤めていた?

 俺もナーコも同時に興奮した声をあげる。


「王様がこの世界を作ったのか……!?」


「先生がこの世界を作ったんですか……!?」


「違うよ、俺はこの世界を作っていない」


 俺とナーコが同時に聞いた問いは、すぐに否定された。

 それでもゲーム会社という経歴は、この世界とはどうしても切り離せなかった。

 俺は興奮冷めやらんように立ち上がって祭壇を見上げ、問い詰めるように言った。

 

「ゲ……ゲームの世界って事は無いのか!? 王様の会社で作ってたゲームに引き込まれたとかそういう……!!」


「それも無いな」


 これも否定すると、魔王は祭壇から降りた。

 杖を持たずに降りたからだろうか、いつもより大きく足を引き摺り、ナーコの近くまで来て顔を近づけた。


「な、ななななな……せ…先生ぃ……?」


 ナーコが興奮しているのがよくわかる。

 すると、魔王はナーコの頬に、ゆっくりと指を押し込んでいく。


「死んじゃ……先生、私……鼻血出ちゃう……ハァッ……」


「うるさいぞヘタクソ、少しジッとしていろ」


「は……はい……! ハァッ……」


 ガチガチに緊張し、背筋を伸ばし、息を必死に落ち着かせるナーコの頬を、ゆっくり引いたり押したりする魔王。


「ハルタロウよく見ろ、触っている場所は完全に肌の接触面だ。位置がズレたり浮いたりしているか?」


 魔王が何を言おうとしているか、なんとなく察しながら、ナーコの頬が浮き沈みするのをじっくり見る。


「してないな……」


 すると魔王は、ナーコの両側の頬を片手で握って潰した。

 ひょっとこ顔のナーコの鼻息が荒んでいるのが聞こえてきた。


「これはどうだ? 指が突き抜けたり不自然に浮いたりめり込んだりしているか?」


「ポリゴンなら高密度すぎる……ってことであってるか……」


「正解だ。正確に言うとコリジョンだな、当たり判定が繊細すぎる」


 そう言ってナーコの頬から手を離した。

 俺は魔王からの肯定してもらえて自分の頬が緩んだのを感じた。


「ハルタロウ、鼻血を拭いてやれ」


 魔王はそう言うと、また祭壇の上に、片脚で器用に飛び乗って足を組んだ。

 俺は興奮したナーコの鼻血を押さえながら、こんな変態の幼馴染として魔王に対して申し訳なさすら感じる。



——こんな幼馴染でごめんなさい!

 


「むり……もうむり死んじゃう……ハァッ…………顔近かったぁ……」


 そんなナーコを無視して魔王は続ける。


「ここまで高精度なゲームを、処理落ちの一つも起こさずに動かすなんてのは不可能なんだよ」


 あたりを見まわし、俺たちの居た世界との違いを改めて感じたが、ゲームで無いという話は飲み込めた。

 そして改めてこの世界について、魔王を見て尋ねるのだ。


「わかった……ゲームじゃないってことは理解できた……ならこの世界はなんなんだ……?」


 この質問には、魔王が俺に目を向けて聞きかえしてきた。


「お前はこの世界の端がどうなっているかわかるか?」


 世界の端。

 俺は世界は丸いものだと思っていたが。


「は……? 丸くないのか……?」


「俺はこの世界を『箱』と呼んでいる、つまり立方体だ」


 それを聞いたナーコが興奮して、俺の肩を掴み身を乗り出してくる。


「端は壁ですか? 海はあると聞いています! 滝になってるとか!」


「違うな、どこまで進んでも海が続いている、だが引き返すとすぐに陸がある」


「や、やっぱりゲームじゃないか!!」


 立ち上がって興奮する俺の声を聞くと、祭壇に寝そべるように空を見上げ、腕を上空に伸ばし、気怠げに答える。


「そうなんだ、あまりにもゲームっぽい。これは空も同様だ、どこまでも上昇できるが地面との距離が一定以上離れない、つまり宇宙は無い」


「マナもゲームっぽいですよね……『マナの壺』とか……」


 ナーコがそう言って、手に風のマナを纏わせた。

 これだけならカッコいいのに、鼻の穴に詰めた布が、シリアスさを半減させている。


 すると魔王は半身を起こし、杖先を地面に向けた。

 その先の石畳の隙間から小さな芽が生えた。

 その芽はだんだんと茎が出来て花が咲き、高さ一メートルほどの木が出来た。

 そして魔王はその木を見ながら言う。


「昔この世界には『世界樹』という大きな樹があってな、だがこれはいつしか折れてしまったんだよ」


 その言葉と同時に、木が根本からミシミシと音を立ててへし折れた。


「あぁ、タロットから少し聞いてる。それが『マナの壺』になったって」


 以前のタロット講義を思い出して相槌をうった。


「そう、折れたらそこからマナが溢れ出てくるんだ。そして人間はマナを使って、色々な事が出来るようになった」


 魔王の言葉と共に、木の断面から薄緑の粒子が煙のように出始め、空中で消えていく。


「なるほど、『マナの壺』から世界にマナが出ている……」


「マナを使うと穢れが出るんだ。穢れは排気ガスみたいなもんだな、燃費と言っているのはこれだ。燃費が良ければ穢れは少ない」


 魔王の手から黒い煙が出始め、それが木の根本に吸い込まれていく。

 吸い込まれるたびに、木の断面から出る緑の粒子の勢いが増した。


「せ、先生! 穢れがマナに変換されるってことですか? 二酸化炭素と酸素みたいな」


「そうだ、面白いだろう」


「面白いっていうか……よくそこまで調べたなぁ……」


 俺が思った事をそのまま言うと、目の前にあった木は萎れて、消えてしまった。

 そして魔王は横に置いた杖を持ち、ゆらゆらと揺らして気だるく語り始める。


「実はこれは調べてないんだ。俺は小さい頃、こういうゴチャゴチャとした、ゲームの設定を考えるのが好きなガキだった。めんどくさいだけの設定を組み込んで、それっぽく辻褄を合わせたがるガキだったんだよ」


「ゲームじゃないけど、先生がこの世界を作ったって事ですか……?」


 それを聞いた王様はチラッとナーコを見ると、杖の先から炎や風を出して遊びながら、語り続ける。


「『世界樹』が折れて『マナの壺』になるんだ。そこからはマナがたくさん出るんだよ、ちゃんと循環するんだぜ、すごくないか?」


「は、はい……すごいですけど……」


「ここには薬物も銃も無い、世界にいらないモンだからな。この世界はマナだけで成長していくんだ、すげー楽しそうだろ?」


「楽しそうっていうか……楽しいっていうか……」


 突然子供っぽい喋り方になる魔王に、俺達は目を白黒しながら、その無邪気な言葉を、ただただ聞いて、相槌を打つことしか出来ない。

 魔王は口調をさらに子供っぽくしながら続ける。


「そんでここには、たっくさんの悪魔がいるんだぜ、こいつらは強いぞー、魔術は悪魔しか使えないんだ、超かっこいいんだよ」



——悪魔はタロット達の事だ、つまり魔王が子供の頃に考えた世界……。


「おい……何言って……やっぱ王様が作ったんじゃ……」


 魔王は杖の先から真っ黒な炎を出した。

 それは天を貫くような大きな火柱となって、夜空に消えていく。


「そして……」


 魔王はそう呟いて俺たちを見ると、険しい顔つきになりこう続けた。



「兄ちゃんはここで『無限のチカラを持った最強の魔王』になるんだ」



「は……? 『兄ちゃんは』って……この世界を作ったのはまさか……」


「アヤネちゃん……ですか……?」


 俺たちの行き着いた答えを聞くと、魔王はまた祭壇にだらっと寝そべり、杖の先から沢山の色の炎や雷を出して、夜に明かりを灯しながら呟く。


「そうとしか考えられん。俺はガキの頃、これをアヤネに話した。数少ない楽しかった思い出だ。間違いなく話した」


「だから最強……?」


「そうだ、わかっただろう? だから俺は『無限のチカラを持った最強の魔王』なんだよ」


「チカラは……無限なんですか……? 実質無限とかではなく、完全に無限……?」


 ナーコの問いを聞くと、あたりに灯っていた沢山の色の炎や雷が教会を囲むように柱となる。

 それは上空で一つの、淡い虹色の大きな球体となり、花火のように弾け、様々な色の光で夜を彩った。

 弾けた先からまた花火が咲き、日本で見た四尺玉をゆうに超える絶景だった。


 そして魔王は答える。


「完全に無限だ、俺の魔力には際限がない」


「で、できない事は無いのか……」


 少し魔王は考えてから口にする。


「心を読むことは出来ないな、心を操ることも出来ない」


「そ、それはちょっと安心した……操るぐらいはできそうだけど……」


「出来ると言えば出来る、だが『好きと言わせる』事は出来ても、『好きにさせる』事は出来ないという感じだ、わかるか?」


「私は言われれば、すぐにでも好きになりますけど……」


 ナーコのそれは『もう既に好きになってるだろ』と思ったが、突っ込むのはやめておいた。


「お前の話はしてねーよ。なんとなく分かったか? この世界の事が」


 そして俺はふとこんな事を言ってしまったんだ。


「あぁ……俺がアヤネ様に抱いた感情も……なんとなく腑に落ちた」


「抱いた感情?」


 魔王は起き上がり、訝しげな目線で俺を睨みつけた。



——こっわッッッ!!!



 これに俺は少し恐怖を感じて、必死に弁明する事となった。


「ち、違う……! 変な意味じゃないんだ! なんかこう、アヤネ様は穢してはいけないっつーか、可愛いとか美しいってだけの理由じゃ説明できない感情っつーか……」



——そういえば、いつの間にかアヤネ様のこと、『様』付けで呼んでるな……俺……。



「なるほど、そこのヘタクソはそれが顕著で大変だったぞ。タロットが歯を剥き出して警戒していてな」


 それを聞いてすぐにナーコを向いたが、サッと目線を逸らされた。


「え……ナーコ? オマエまたなんかやったの……?」


「い、いやぁ……あはは……」


「オマエ……またなんかやったのか?」


 魔王は溜息をついて呆れた顔で教えてくれた。


「アヤネを見た瞬間に這いつくばって頬を赤らめていた、髪に触る時なんか手が震えて涎をたらして鼻血を出して、息遣いなんて……」


「あああもうやめてください先生!」


 ナーコは初めて魔王の言葉を遮ったのではないだろうか。

 魔王は祭壇から降りて話を戻して来た。


「まぁとにかく、そんなわけでな。アヤネの為にもマナで成長する世界を作ってやりたいんだ。タロットの元で働くならお前らも協力してくれ」


「わ、わかった! 俺が魔術を使えれば多少は役に立つのか? それならケリスとも……」


「いや、それはそこまで関係ない」


 自信を持った提案だっただけに、魔王のこの返事は意外だった。

 少し動揺して、疑問を口にしてみると。


「は?? じゃあなんの為に俺に魔術を勧めたんだよ」


「せっかくこの世界に来たんだからお前もなんか出したいだろ、黒い炎とかカッコいいじゃないか」


 気だるげにそう言って、手からその炎を出す魔王に思わず笑ってしまった。



——ゲーム作ってたんだからそりゃそうだよな。



「あはははっ、王様はやっぱゲームの好きな日本人だよ!」


 俺はこの世界に来て初めて、心から笑えた気がした。


「さて、もう帰って寝よう。付き合わせて悪かったな」


 そう言うと、魔王はあの黒い転移門を出して、俺達はそこに入り、和室の客間に帰ってきた。


「今日は朝から疲れただろう、明日は好きなだけ寝ていろ」


 魔王はそう言い残すと、すぐに客間から出ていってしまった。

 そしてカチッカチッと、杖をつく音が遠ざかっていくのだ。

 すぐにナーコが飛び込むように『あのスペース』に移動して、魔王の飲みかけの酒を手に持つと、俺にこう尋ねてくる。


「ハルタぁ、もう眠い?」


「いや、俺も少し話したい!」


「だよねぇ!!!」


 そうやって興奮冷めやらん俺たち二人は意思統一をすると、ここまでの情報に意見を出し合って夜を明かしたのだ。


ここまで読んでくれてありがとうございます。

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