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47.0 『魔王・オノスケリス』


「アッハー♪ あーしは魔王・オノスケリスでーすぅ! ケリスって呼んでくださいねぇー」



——こいつも魔王……? いやそれよりも髪型、服装、仕草、そして笑い方……これじゃまるで……。



「タロットちゃんに似てる……」


 ナーコが呟いた通り、あまりにもタロットを思い浮かべる容姿をしていた。

 この女が本当に悪魔、そして魔王を名乗るのであれば、日本人の俺たちには分が悪く思える状況。


「はぁー? タロットー? 誰ですかそれぇー? ダッセェ名前ー! てゆーかイイ男いるじゃないですかぁー!」


 ケリスは魔王に目を移し、目を輝かせていた。

 そんなふざけた事を言っているケリスに業を煮やしたのだろう、アッシュルは自分に向けられる脅威を指さして叫ぶ。


「こ、これ……! この火の玉が……!!! と、とんでもない威力で……!!」


「はぁー? こんなのでビビってんですかぁー? アハハっ、だっさぁー!」


 ケリスはそう言うと、魔王の火の玉を片手で握りつぶしてしまった。

 魔王が出したマナを、いとも簡単に握りつぶした。

 これには俺もナーコも、不安を表情に出してしまったのかもしれない。

 こちらを見てアッシュルが指をさして高笑いをしてくるのだ。

 

「ハハッ……ハハハハハッッ!!! さすがはケリス様だッ……!! お前らはもう逃さないからな!! ここで死ねバカ共が!!!」


「ねぇちょっとぉ、下品な笑い方しないでくれますぅー? あーしの品格が下がるんですけどぉー」


 ケリスがアッシュルに苦言を呈している姿は、どうしてもタロットと重なって見えてしまう。

 サイドテールをクルクルと指で扱う姿がダブって見えてくる。


「今日来ておいてよかったよ、後から死ぬほどめんどくさい事になるところだったなコレは」


「アッハー♪ 声もかっこいいですねぇー! どーやって殺しましょうかぁ、生かしたまま連れ帰ってぇ、拷問しちゃうのも有りですねぇー! いい声で鳴いてくれそー!」


 魔王の気怠い声を、凄惨な理想でケリスが返し、それを想像すると毛穴が開いて恐怖を感じた。

 ナーコが不安な目を魔王に向けて袖を掴み、払拭するタネを探しているようだ。


「先生……これ大丈夫なんですか……どう見てもタロットちゃん関係っていうか……」


「おいケリスと言ったな、お前悪魔なんだろう? 誰の支配下だ?」


「はぁー? あーしが支配なんてされるわけないじゃないですかぁー、かっこよくてもバカは嫌いなんですけどぉー」


 魔王が深く溜息をつくと、頭をぼりぼりと掻きながら呆れた声で再度問いかける。


「バカはどっちだめんどくさい、じゃあ名前だ。オノスケリスという名前は誰から貰った」


「あれぇー? もしかしてレラージェ様の事ですかぁ? あのお方はそーゆー次元にいないんですよぉ♪ もっと尊いお方なんですぅー」


「それはレラージェに相手されてない、って考えには至らないのかよ」


「はぁ? うっざぁー! 悪魔オタですかぁー? もーいいや、黒焦げになって死んでくださぁーぃ」


 そう言ってケリスは掌をこちらに向けると、黒い炎が俺たちの足元から、俺たちの全身をゆっくりと包んでいく。

 突然の悪魔からの攻撃に俺は声をあげて椅子に足を乗せた。

 しかし、黒い炎がこちらまで届いてくる気配はなかった。

 以前応接室で魔王が見せた、透明な球体のバリアに守られていた。


「アッハー♪ すごいすごーぃ! これ止めれちゃうんですかぁー? でもいつまで持ちますかねぇー」


 ケリスがこちらに向けた掌をゆっくり握ると、バリアはギシギシと音を立てひび割れていく。

 俺は恐怖に顔を歪ませ、声を漏らす。


「お、おい……やばいこれほんとに……」


「先生……これ絶対やばいですって……ペンダントで先生だけでも逃げて……」


 ナーコが必死にペンダントを外して魔王に渡そうとするが、魔王はそれを無視して絶望的この状況の中、俺に向かって声をかける。


「この黒い炎が魔術だ、マナではない。これに触れたらハルタロウ、お前の体質でも焼け死ぬ事になるから気をつけろ」


「こ、この状況で気をつけろとか言われてもさぁ……!」


「逆に言うとだな、この黒い炎はお前でも使えるんだよハルタロウ」



——は?



 そう魔王が言った瞬間、透明な球体が音をたてて割れて、俺達は黒い炎にのみこまれた。


「アッハー♪ なかなか頑張りましたねぇー! でもイケメンが灰になるのは勿体な……かっ…………」


 しかし、黒い炎は俺たちに触れる事なく、火柱となり、そこから魔王の掌に、落ちるように吸い込まれていった。

 そしてそこには小さな紫色の火の玉が浮いていた。

 

 それを見たケリスが声を漏らす。


「は……? なにそれ……」


「お前の魔術だよ、小さな火力でごちゃごちゃと五月蝿い女だな」


 魔王のこの言葉に怒りを露わにして両手をこちらに向けるケリス。


「クッソが…………! 死ねッッッ!!! しねしねしねッッッ!!! もうさっさと死んじゃってくださいよぉッッッ!!!」


 ケリスは大声で叫びながら黒い炎を俺達に向かって掌から飛ばしてきた、が、それら全てが魔王の手のひらの炎に吸い込まれていく。


「お前たちもこの炎は見たことがあるだろう」


 火の玉はケリスの炎を吸い込むたびに紫味を増して、禍々しく輝きを放つ。

 あたりが薄暗い明かりに照らされる光景を見て、ナーコは思いついたように声を出した。


「『不可逆の扉』の中の……松明……ですか……?」


「そうだ、これはあの通路の松明一つ程度の魔術だ」


「は……? 今あーしの魔術を松明って言ったんですかぁ……? 貴様……! 絶対に許さな……」


「はぁ……もうめんどくさいんだよお前」


 魔王が言葉を遮るような溜息をつくと、ケリスの胸元を指さした。

 魔王の手から炎が消え、ケリスの胸元に一つの小さな炎が灯る。


 ケリスはそれを見ると、声を震わせて呟く。


「え……? なにこれ……? まって……あーしは魔王で……」


「殺さないから安心しろ、うるさかった分の説教だよ」


 魔王のその言葉と同時に、炎はケリスの胸にスッと吸い込まれた。

 水にボールが沈むように、スッとケリスの胸に入っていった。

 ケリスの胸が光っているのがわかる。

 するとケリスは口から喀血し、自分の胸をゆっくり引っ掻き始めた。


「痛い……ゴポッ……ゃめ……いだっ……………ご、ごめんなざ………」


「魔王を名乗るならな、もう少しマシな魔術を使ってからにしろ」


 そう言って魔王が指先を弾くと同時に、胸の光が消えた、そしてケリスの断末魔が響く。


「あ゛ぁッッッ!! アアアッッ……!! イヤぁぁぁぁッッッ……!!! アァッッ!! アァッッ!! アァッッ!! アァッッ!! 痛い……ッ!! 痛い痛い痛いッッッ! イヤぁっっ…………!!! 取って……!!! トってこれ取ってぇぇ……!!!」


 セーターを引き裂き、サイドテールを振り乱し、胸を掻き毟ってのたうち回るケリス。

 俺とナーコは呆然と、その光景を眺めるしかできなかった。


「お前はもう少し静かにできないのかよ」


 そして魔王が杖を地面に突くと、ケリスら胸を押さえたまま四つん這いで倒れ込み、ビクンビクンと痙攣を起こした。

 ふと横を見ると、その光景を見たアッシュルはすでに失神している。


「さっきの炎……ほんとにあの松明なのかよ……?」


「そうだよ、コイツは名前をもらっていい気になっているだけのサキュバスだ。あの松明もベリトのメイドが出したものだしな」


 ケリスは地に伏したまま顔をあげ、恐怖に歪ませた顔で魔王を見上げた。


「ハァッ……ぁぐッ……ハァッ……ヒッ……! も……もうやめッ……………!!」


 魔王は呆れた顔で目を逸らす。


「もうやってないだろうが。一つ聞きたいが、お前はこの小包の中身を知ってるのか?」


「し……しりしり知りまぜ……! この男の部下の命をもらう代わりに……護衛を頼まれただけで……ゲポッ……!」


「ならいい。おいザルガタナス、ちょっと来い」


 魔王がケリスから目をそらしその名を呼ぶと、黒い粒子の転移門が現れ、そこから1人の男が現れた。

 長い金髪を真ん中で分けた、真っ白い肌の美しい、吸血鬼のような男性。



——ザ、ザルガス侯爵!?



「お呼びでしょうか」


 その声を聞いたケリスは身じろぎ、脂汗を垂らし、目を泳がせ、唇を震わせ、俯いて言葉を絞り出した。


「ザ……ザ……ザザザザルガタナス様が………ど……どうして……こ、このような場所に…………?」


 ザルガス侯爵はケリスに目を向ける事もなく、ただ目の前の魔王の言葉に耳を傾けている。


「レラージェは確かお前の配下だろう、コイツはレラージェに名前を貰ったらしくてな。いい気になって魔王を名乗って襲って来た。お前が責任取って面倒みろ」


「なっ……た、大変申し訳ございません……! すぐに処分を……!」


「殺さなくていい、後が面倒だしコイツはただのバカだ。悪気もないから仕事を与えてこき使ってやれ」


 ザルガス侯爵が汗を垂らして焦る姿を、俺達は初めて見た。

 あの親子がヤラセという事も、今となっては納得出来るが、吸血鬼のように無表情だったザルガス侯爵のこの姿には言葉を失う。

 それはケリスも似たような物なのかもしれない。

 尊いと敬っていたレラージェという悪魔が、ザルガス侯爵の配下。

 そしてそのザルガス侯爵が、魔王に対して膝をついているのを目の当たりにしたケリスはというと。

 

「ザ、ザルガタナス様……こ……ここっこっ……このお方は…………?」


「この方がソロモン王様だ、二度と無礼を働くな」


 ザルガス侯爵のこの一言で、ケリスの顔面が蒼白になり、額を思い切り地面に打ち付けた。


「ソ……ソソソソロモン王……も……ももももも申し訳ございません!!! あーし……あーしあーしあーし知らなくって……!! ここここ殺してくださっ……死、死死死死……死をもって……死を以て罰とさせていただければ……!!!」


「だからそれは後が面倒なんだよ。ザルガタナスの言いつけ通りに働け、今回はそれでいい」


「あ、ああああありがとうございます……!! あーし……あーしも、必ず……必ずお役に……!!」


「そうしろ。ザルガタナスはそこの黒いコートの男と、ここにある小包全てを城に持ち帰るんだ。ブエルがいれば渡してやれ、後から俺が説明しておく」


「承知いたしました、寛大な御心遣い感謝いたします」


 俺とナーコはこの悪魔たちのやり取りを、ただただ見ていることしか出来なかった。

 アッシュルと小包の下に影ができたかと思うと、その中にトプンッと飲み込まれ、ザルガス侯爵の姿も消えていた。

 

 俺は今回の件が頭で理解できず、なにが起こったのかを魔王に問いかけた。


「結局……なにがどうなったんだよ……」


「新入社員が社長の顔を知らずに喧嘩売ってきただけだ」


「相変わらず……わかりやすい例えするよなぁ……」



◇ ◆ ◇


 

 ザルガス侯爵が帰ったあとも、ケリスは魔王の前で額をこすりつけ続けていた。


「あ、あーしは……! ソ、ソロモン王様の……お、おおお、奥方様に……あ、憧れておりまして……!!」


 この言葉にはナーコが黙っていなかった。


「先生!? お、奥さんいたんですか……!?」


「いやいねーよ、誰だそいつは」


「あ、あれぇ……? アスタロト様ご自身が……そう伝承を残していると、あーしは聞き及んでおりますが……」


「チッ、しょーもない伝承を残すなよあのバカタレ」


 それに安心したナーコが、土下座するケリスの横にしゃがみ、ずっと気になっていたことを問いかける。


「あの……ケリスちゃんでいいのかな……? その髪型とか服装とか笑い方とか、それってもしかして……」


「は、はい! あーしはアスタロト様の大ファンでして……お、恐れながら……ま、真似をさせていただいております……!」



——悪魔のイメージ壊してくるなーこの子



「あはは……タロットちゃん大人気だねぇ」


「なぁ、タロットってコイツよりも強いのか? そうなるともう想像もつかないんだけどさぁ」


「当たり前だ。タロットとコイツじゃ比較にならん、太平洋と水たまりくらい魔力が違う」


 そこまで聞いたケリスは、脂汗を垂らし、再び声を震わせながら俺たちに問いかけてきた。


「あ……ああああの……さっきから話題にああああ上がっている……『タロットちゃん』というのはまさか……」


「アスタロトだよ、お前がダッセェ名前と罵っていたタロットってのはアスタロトの事だ」



———額を打ちつける大きな音が礼拝堂に響いた———



「ももももも申し訳ございません!!! な、何卒その事は……アスタロト様には……タ、タロット様には言わないでくださ……おおおお思い返せば凄く……凄く凄く凄く繊細な、お美しいお名前で……あ、あーし、あーしあーしあーしは……アスタロト様に嫌われたらあーしは…………!!」


「言わねーよ、言わないからお前は今日からウチの支配下だ。二度としょーもない人間に与するなよ」


「もももももちろんでございます! あああありがとうございます!!」


 魔王はケリスとの別れ際、ガンドとアイゼイヤを顎で指して言った。


「そこの二人をキシュの街に転がしてから帰れ、そしたら後は人間が助けるだろ」


「わ、わかりましたぁ! ソロモン王様! ハルタンも、ナコリンも! 今日は本当にご迷惑おかけしました!」


「ハルタンってお前……」


「ナ、ナコリンかぁ……」


 俺たちの苦笑いをよそに、とても深いお辞儀をして、自称魔王・オノスケリスは、ガンドとアイゼイヤを抱え飛んでいった。

 それを見送ると同時に、魔王はズルズルと腰をずらして座り、気だるく言うのだ。


「はー、思った以上に疲れたな」


「いや……これタロット居たらすぐに丸く収まったんじゃねーかな?」


「先生、ホントですよ……何が話をしに行くだけですか……話で済むわけないじゃないですか……」


 そして俺は今さら気づいた。

 この魔王は参列席に座ったまま、一歩たりとも動かずこの場を制圧していたのだ。



ここまで読んでくれてありがとうございます。

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