3.0 『異世界露店市』
今日はナーコよりも早く着いていた。
とにかくナーコに謝りたかった。
俺はあれからヤッドさんと少し会話をして、カビ臭いパンを食べてから横になった。
そこで後悔し、反省した。
ナーコを助けてくれたタロットを困らせ、ワガママを言った。
あの場であんなワガママを言わなければ、タロットとはゆっくり仲良くなっていけたかもしれない。
別にリーベンの奴隷でも、タロットやアレク達に会えないわけじゃない。
それなのに、羨ましくて妬ましくてワガママを言った。
あれは間違いなく『自分のため』だった。
そして、そのワガママが通らないと察すると、すぐに方向を替えた。
これは自分のワガママじゃない、ナーコのためのワガママということにした。
俺はそういうヤツだ、絶対に主人公にはなれない。
他人の目を気にして生きてきた。
自分の言動が非難されそうになると、『実はこういう理由だったんだ』と、どうにか言い訳を作って生きてきた。
◇ ◆ ◇
幼少期、父親が不衛生な小さな部屋で、テレビゲームをしていた。
俺は目立たないよう、気に障らないよう、殴られないよう、細心の注意を払って横を通り過ぎようとした。
そんな俺の足はコードに引っかかり、父親がプレイしていたゲームがプツッと消えた。
父親は鬼のような形相で睨みつけ、立ち上がり、怒鳴り散らした。
怯えながら辺りを見回すと、ビールの空き缶が横に転がっていることに気づいた。
「ごめんなさい、これに躓きました」と言い訳をして謝罪した。
嘘をついて、その場を取り繕った。
すると殴られなかった。
ここで初めて、そういう生き方を学んだ。
自分と他人の責任を半々にする言い訳を覚えた。
それからはこういう、嘘と言い訳を混ぜる生き方を覚えた。
少しだけ自分の責任を転嫁し、『でも自分が悪い』とする生き方。
昨日のタロットへのワガママもそれだ。
ワガママが通らないと察した瞬間に『ナーコのため』にしたんだ。
『俺のための俺のワガママ』を『ナーコのための俺のワガママ』にした。
◇ ◆ ◇
ナーコが小走りで寄ってきた。
昨日の娼婦の服とは違う。
半袖の白いブラウスに膝丈の紺のスカート。
長い黒髪をフワフワ浮かせながら駆けてきた。
俺は手を振るがナーコは笑顔にならず俺の前まで来た。
「昨日はごめんなさい! 私の為に言ってくれたのにあんな態度……!! 本気で反省した!! ありがとうハルタ!!!」
そう言うと勢いよく深く頭を下げた。
――ちがうんだナーコ……あれは俺が取り繕っただけだ……
「違うよナーコ……俺のあれはさ……」
「わかってる大丈夫、私はハルタをわかってる!! ずっと一緒にいたんだからわかってる!!」
「じゃあ俺の方こそごめん!!! ナーコをダシに助かる道を探った!!! そしてタロットに迷惑をかけた!!! そこにナーコを巻き込んだ!!! 本当にごめん!!!」
酒場の前で頭を下げ合う二人。
「なんだ?」と通りすがる人たちはチラっと見ていく。
「じゃあ次にタロットちゃんと会えたら二人でもっかい謝ろ!!」
ナーコが両手で俺の手を握ってそう言った。
「そうだな、次に会えたらもっかい謝って、友達になってもらおう」
二人で少し泣きそうになりながら噴水に向かった。
昨日からの重たかった空気はなくなって、雑談で笑い合えるくらいになっていた。
昨日タロットの言っていた噴水に向かって、大通りを並んで歩いた。
石やレンガで出来た大通りは、中心に用水路が通っている。
その用水路で分けられて、左右を馬車が行き来していた。
「こっちでは右側通行なんだなー」
「前の世界でも左側通行って少ないんじゃなかった? なんか腰の刀がぶつからない為とかだった気がするよ~日本は」
「お前なんでも知ってるなぁ」
「もーなんでも知らないよ~!」
養護施設に置いてあった、俺達が好んで読んでいた小説の名台詞を言い合って笑った。
奴隷の大部屋では現実味がなかったが、やっぱりこの世界は『異世界』だった。
西洋風のお屋敷や、屋台のような雑貨屋、武器屋、防具屋、アクセサリー屋。
値段はどう考えても手が出ない数字が並んでいた。
「てゆーかさぁ、やっぱこれって私たちが主人公なんじゃないかな?」
ナーコが突拍子もない事を言い始めた。
「え? いや俺もそれは最初に思ったけどさ……これどう考えても主人公の境遇じゃなくないか? 奴隷にされて、しかもカラダまで売らされそうになってさぁ」
「それはそうなんだけど~、んー、なんていうか、日本語が通じるじゃん? 文字は少し変わってるけど少なくとも読めるし。なんか都合良すぎる気がするんだよね~」
歩きながらナーコが人差し指を自分の顎にたてて考えるように話す。
「それは、まぁそうだな……いや……でもそれやっぱおかしいよ! こっちに来た時のあの森はどう考えてもムリだった、他はこじつけられても、あれだけは別方向に逃げてたら絶対に助かってない!」
「そうなの! そして私は気づいたのです!」
ズイッと人差し指を俺の眼前に立てる。
「ほーーう、では聞きましょうか……」
ナーコを試すような口調で催促してみた。
正直気になった、俺もこの世界について色々考えたが、どう考えても一般人だった。特別なチカラもなにもない。
「言葉はさ~、なんか不思議な力で通じる~とかありそうだけど~、文字はやっぱおかしいよ。日本語もあってローマ字もあってさぁ、外来語だって通じるしぃ」
「まぁ……」
「あとね、私たちの少し前に奴隷になったミラちゃんって女の子がいるのよ、上位魔術の使える」
「すごいな、そんでそんで?」
「そんでね、私は先生に言われました。『ミラの爪の垢を煎じて飲ませたい』って」
ナーコの言葉に言葉を失ったが、すぐに俺は声をあげてしまう。
「ことわざか……!!!!」
「そうなの! もうここ日本だと思うもん私」
「いや……いやでも、俺が言ってるのは間違ったら死んでたってことでさ」
「えー、主人公だって死ぬことあるよ~?」
少しだけ納得できた。
確かに死ぬ主人公はいる。
物語の都合上死ぬ主人公だっているし、ゲームならバトル中に死ぬ主人公もいる。
「もしゲームなら生き返れるとか?」
「どうなんだろうね~、それならいいんだけどな~」
「死んでしまうとは何事だって怒られんのかな?」
「アハハ、それで怒られたら『お前のせいだろ!』って言っちゃいそう」
有名なゲームを思い出して言うとナーコが笑ってた。
――あ、いま俺楽しいな。
この瞬間は少し主人公になれた気がした。
「じゃあウチら二人が主人公ってことにしとくか! とりあえず!」
「それ! 私ね~主人公ならハルタだと思うんだよ~」
「いやそれだけは無いだろ〜、『無し人』だぞ俺」
――それだけじゃないんだよナーコ、俺はあまりにも主人公に似つかわしくない。
「わたしの予想では~……」
「な、なんですか……?」
ナーコが指を立てたままゆっくり顔を近づける、その迫力に押されて引き気味に笑みを浮かべる。
「ハルタは突然、なんかすごいチカラに目覚めるのです!」
人差し指を俺の鼻先に押し付けて、すごく曖昧な理想を口にした。
「はぁーーーー……ぜったい無い!」
深くため息をついた俺は自信満々のナーコを置いて歩き出した。
「えー! なんでよー!」
文句を言いながらナーコが後ろから追いかけてきた。
――どちらかが主人公ならナーコだ。
その瞬間、ドーンッ! と街中に響くような大きな音が響いた。
「なに?! え、なに……???!!」
俺とナーコは少し腰を落として身構えたが杞憂に終わる。
向かっていた噴水の上空で、大きな煙がドンドンと花火のようにあがり始めた。
「これか! タロットの言ってた露店がたくさん出るってやつ!」
「ぜったいそう! いこいこ!!」
遠くに見える噴水まで二人で手を繋いで走った。
――今日が一生続いてくれ!!!!
◇ ◆ ◇
「さて、ここにお賃金があります」
「おぉ~~~~~♪♪♪」
俺は銅貨の入った麻袋を見せびらかすと、ナーコは目を輝かせる。
リーベンの奴隷は、申請した休日の前日にそこまでの賃金が支払われる。
「隊長! 私は無一文であります!」
ナーコが敬礼しながら言う。
「本来は、昨日これで支払うつもりでした! でも、タロット様のおかげで今このお金が手元にあります! いつか必ず返しますが、今日はこれで遊びたいと思います!」
俺は麻袋を天に掲げて偉そうに解説した。
「異議なしです! 先生!」
敬礼したままナーコも同意した。
――さっき隊長じゃなかった?
「てゆーか俺さぁ、実は狙ってるものがあるんだよ」
「狙ってるものって?」
ナーコが首を傾げる。
「さっき武器屋っぽいとこあったじゃん? そこに杖もあってさぁ、もしかしたらナーコが魔術を使いやすくなる物もあるんじゃないかって思うんだよ」
「いやいやいやいや!!! いいよ! いらないって! いらないから一緒に色々飲み食いしようよ!」
俺の予定にナーコが必死に首を振る。
「いや、今回はかなり切羽詰まってると思ってんだ実際。なんかそれっぽいもの買ってさ、ちょっと気晴らしにこの辺歩いてから、ナーコの魔術の練習しようよ。広いとこ探してさ」
「えー! やだよせっかくの休日じゃん! それに、貰ってばっかってのもやだよー!」
「まぁ聞いて下さいよ、そのうちナーコは俺の何倍も賃金が貰えるようになるわけですよ。つまりこれは先行投資なわけです! 10倍にして返してもらいます!」
昨晩のタロットを思い出しながらニヤリとナーコを覗き込んだ。
「えー……」
「それに俺も魔術の練習見たいってのもある、疲れたら休みながらダラダラ過ごそう」
「それならいいけどさ~、でも他に良いものあったらそっち買お!!」
「そうだな、その場その場で決めてこう」
ナーコへの贖罪のつもりだったが、魔術の練習は本当に興味があった。
――もしかしたら俺も……!
俺は未だにそんなことを思っていたんだ。
◇ ◆ ◇
「たっっっっっっっっっかい!!!!!」
「ハルタぁ……なんかどれもこれも高いっていうか……大通りのお店のが安くない……?」
ベンチで俺たちは絶望していた。
露店だから掘り出し物を安く買えるかも、と思った俺がバカだった。
実際パンや飲み物の出店は安かった。
でも装備品は高すぎた。
手が出るどころの騒ぎではなかった。
ナーコの言うように、大通りにあった店のが全然安い。
「しゃーないなこれは。残りの銅貨は1枚、なんか美味しそうなものでも買って、広いとこ探そう!」
「うん! そーだよ! 昨日あれから少し練習してさぁ、魔術でドライヤーできるようになったの!! 見て欲しい!!」
――そういえば暖かい風って言ってたな。
「すごいじゃん、じゃーいくかぁ」
立ち上がって歩いていると、アクセサリーの露店があった。
他の店より比較的安かったが、それでも銀貨数枚はするものばかりだった。
「プレゼント?」
露店のおばちゃんが聞いてくる。
「あ、あぁ……マナが使いやすくなるアクセサリーとかないの? 安いと嬉しいんだけど」
――絶対買えないけど情報収集だ、すまんな、おばちゃん!
「それなら指輪がいいかもねぇ! これとかいいんじゃない? 魔術が出しやすくなる筈だよ!」
斜め格子の彫金が施された小さい金色の指輪を出してきた。
「おばちゃん、金はむりだよ高すぎるって~!」
「ばかだねー! 金なわけないじゃないか! 真鍮だよ! 銀貨1枚!」
「そうなのか、でもムリだ……実は銅貨1枚しかない……冷やかしみたいでごめんな」
俺とナーコはお辞儀して帰ろうとした時。
「その子へのプレゼントかい?」
「あぁ、そのつもりだった」
「しょーがないねぇ……いいよッ! 銅貨1枚とっとと寄越しな!」
おばちゃんはにっこり笑って、掌に指輪を乗せてきた。
――おばちゃん!!!!!!!!!
「いいのか!!!!! ありがとう!!! ほんとにありがとう!!!!!」
銅貨を渡して飛び跳ねるように喜ぶ。
「あの……本当にありがとうございます!」
ナーコも頭を下げる。
「いいよ! ほらさっさと付けてあげな!」
「ああ! ありがとうおばちゃん!」
ナーコが照れくさそうに左手を出してきた。
――いいのか??? 左手でいいのか??? 薬指……薬指につけるぞ??? いいのか????
◇ ◆ ◇
「いやー優しいおばちゃんだったなー!」
「ほんとに! 露店行ってよかったねー! ありがとーハルタ!!」
指輪は小指につけた。
ビビったわけじゃない、薬指に入らなかったんだ。
おばちゃんにも「他のサイズは無いよ」と念を押された。
おばちゃんに広場を聞いたので、噴水から伸びる、細い道を歩いていた。
遠くにお城が見えた。
完全に『異世界』って感じのお城。
「これは流石にワクワクしちゃうね~……」
王国の名に相応しい城を、呆然と眺めるナーコがそう言った。
その瞬間、前方から男の大きな怒鳴り声が聞こえた。
「聞いてんのかゴラァッッ!!!! てめぇのせいでこっちは散々なんだよッッ!!!」
「え……なに……」
「なんだ今の声……」
ナーコと見回すが周囲に人はいない。
「このアマがぁッッ!!! 犯されてぇのかぁ!? 娼館に沈めるぞメスガキぃッッッ!!!」
ドスの聞いた男の声。
おそらく相手は若い女性だろう。
すぐそこの路地から聞こえた。
「ナーコ……これ絶対やばい……すぐに衛兵を……」
小声で合図し身をかがめ、この声の主に気づかれないように、後退りで噴水まで戻ろうとしていると。
少女の声が聞こえた。
「なんスかぁ? 女の子に大声出して恥ずかしくないんスかぁ? いやらしい目でこっち見ないでくれますかぁ?」
読んでくれてありがとうございます。
星評価いただけると今後の励みになりますので、よければよろしくおねがいします。