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43.0 『もう一人居る』


 ナーコとベリトの居る玉座に向かって歩きながら、俺は改めて魔王に言った。


「あの……さっきはホントにごめん……部屋に入る時……」


 気が動転して斬りかかろうとした時の事を思い浮かべて、少し背の高い魔王を見上げた。

 すると俺の方を見ずに気怠げに口を開く。


「別に構わない。とはいえな、それについては俺も少し気になっているんだが……」 


 俺は不安な顔をしたのかもしれない、すぐに魔王は続ける。


「お前、自分の中になんかこう、もう一人居るとか思ったことはないか?」


 思い当たる節は大いにあったが、あまりに自分の汚れた部分で、人に話したいものではない。

 でもこの魔王なら、俺のドス黒い感情の部分を聞いても軽蔑しないんじゃないかと思い、少し話した。


「ある……前にタロットにも話した事あるんだけど……たまに性格の悪い事ばっか考えちゃうんだ……妬んだり恨んだり、あとカッとなって抑えが効かなったりとかも……」


「それ、もしかしたら本当にもう一人いるかもしれんぞ」


 この言葉の真意が掴めなかった。

 俺は少し目線を泳がせて聞き返す。


「は……? それってあれか? 二重人格とかそういう……」


「違うな、それはどちらかと言えばヘタクソの方だ、自分の中にもう一人作ろうとしている」


 これは納得のいくものだった。

 ナーコがたまに豹変しているのは誰の目にも明らかだった。

 もちろん魔王からしても例外じゃないだろう、審判の時の異常性はこれまででも一番わかりやすい。

 でも俺の方は違うっていうのは。


「俺の方はどういうことだ? 教えてくれ、治せるものなら治したい!」


 魔王が難しい顔で頭をぼりぼりと掻きながら答える。


「すごく表現が難しいんだがなぁ、お前たまに二人に感じるんだよ。比喩表現ではなく、二人いると思うとお前一人なんだよなぁ」


「王様でもわかんない時点で、俺からしたら何かある気がしてしょーがないんだけど……」


 それを聞いて魔王がカチッカチッと歩を進めながら、少しこちらを見て問いかける。


「俺が最初にお前たちと会った日あっただろう? 現代知識を見せてきたときだ」


 それを聞いて少し俯いて俺は呟くように言った。


「あぁ、あれは反省に繋がったよ、感謝してる」


「あれなぁ、俺はあの部屋に入るまで『中には三人いる』と思っていたんだ」


「三人って、ニールもいるって聞かされてたって事じゃなくって……?」


「いいや、タロットからは『二人』と聞かされていた。なんなら部屋に入るまで、間違いなく気配は三人だった。『絶対三人いるじゃねーか、タロット嘘ついてやがるな』くらいに思っていたんだが……中に入ったらお前たち二人だった。ものすごく表現が難しいなこれは」


 またぼりぼり頭を掻いている。

 わからない事だらけだ、あの部屋には俺とナーコの二人しかいなかった筈だ。


「これ……俺が混乱するだけだったりしない……?」


「そうなるかもな、タロットがニール・ラフェットのような男を俺に紹介する筈が無い。だから勝手にアイツがお気に入りと言っていたアレクという人物、そしてお前たち二人の合計三人だと思っていた」



——アレクってそこまでタロットに気に入られてたのかーーーッ!


 

 そんな事を考えていると、魔王が俺をジッと見て言ってきた。


「今も少し顔を出したな」


「は……? 少し顔を出した……?」


「もったいぶっている訳じゃない、できるだけ情報を与えようとしている。今チラッともう一人居たんだよオマエ」


 情報を小出しにして面白がっているわけでもないらしい。

 訝しい顔をする魔王が珍しくて眺めてしまう。


「ちょっとごめん、マジでわからない……! 今はマイナス感情とか一切なかった、これは本当だ……!」


 すると魔王は立ち止まり、真剣な顔をこちらに向けてこんな事を聞いてきた。



「お前、タロットの事が好きか?」



 突拍子もない質問に頭が混乱した。


「は?? なんでそんな事……」

 

 そう言って誤魔化しつつ、魔王の言う『好き』の意味を考えた。



——恋愛感情という意味であればハッキリ否定なんて出来ない。タロットは可愛い、顔はもちろん、性格、喋り方、距離感、匂い、仕草まで、異性として意識しない訳がないだろう。でも俺は中途半端だ、ナーコに対しても似たような感情を抱いていて……。



 俺がそんな情け無い思考をしていると、すぐに魔王はカチッカチッとまた歩き出し、話し始める。


「今のでわかった。間違いなくタロット絡みだ。お前の中には、タロットを意識している『もう一人』が確実にいる。だが俺を警戒して尻尾を出さない」


「タロット……絡み……?」


「あぁ、タロットの話をすると顔を出す。たまに羽音が聞こえてすぐに消える小バエみたいな感じだ。伝わるか?」


 相変わらず例えがわかりやすくて腑に落ちる。


「すげぇな……分かりやすくて助かるよ……そんでその『もう一人』って消す事はできないのか?」


「それは難しいな。消すだけなら可能だが、バルサン焚いたらお前まで消えてしまうぞ。いいのか?」


 あまりに懐かしい単語に少し笑ってしまった。


「ははっ……日本人にしか通じないぞ今の……」


「だからまた変な感情が渦巻いても、全部ソイツのせいにしてやれ。自分に都合よく解釈しておけばいいんだよ」


「あ、あぁ……! あぁわかった!! その言葉だけでめちゃくちゃ救われた!! ありがとう王様!!」


 今この瞬間、俺は心の底から魔王に感謝した。

 このドス黒い感情を持っている自分がずっと嫌いだった。

 一生、自分が嫌いなままで生きて行くと思っていた。

 俺は魔王の言葉によって、どうしようもない程に救われたのだ。


読んでくれてありがとうございます。

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