41.0 『魔王の目的』
「たぶん豪華すぎない方がいいッスよね? お部屋」
「あぁそうだな。俺は適度な方が落ち着くかな」
タロットに着いて歩いていくと、まるでホテルのように扉が多く並んでいた。
「ナコちゃんはどーッスか?」
「わ、私はもう食べられないかなぁ……」
ナーコはタロットにキスされてからずっとこの調子である。
何を聞いても上の空。
顔を赤らめ、俺の袖に掴まり、フラフラと後をついてくるだけ。
熱でもあるんじゃないかと思う程だ。
——いや熱はあるんだろうけどさ……!
「お前マジで責任とってやれよタロット……」
「大袈裟ッスね~、よっくそんなんで娼婦のフリするとか言えたもんッスよ」
「いやそれは……その通りすぎて何も言えねーけどさぁ!」
ナーコが娼婦のフリをすると自信満々に言っていたのは、一体何だったのかと思うほどのウブっぷりである。
『魔力』だ『魔術』だという話では完全に優位に立っていた筈のナーコだが、キス一回で形勢を逆転させるタロット、さすがは悪魔大公爵といったところだろう。
「で結局、『魔力』どうこうは教えてやらねーのか? 俺は使えないからそこまで食い下がらないけどさ」
「順序があるんスよ~、ソロモン様がうまーく教えてくれる筈ッス。アタシから中途半端に説明すると余計に混乱するッス」
「先生が教えてくれるのぉっ!?!?」
突然ナーコが意識を取り戻したかのように、目をキラッキラさせて声をあげていた。
「この女ほんっと都合の良い耳してるッスね」
「ナーコ……どんどんキャラが崩壊してるの気づいてるか……?」
タロットからは『この女』扱いされる始末だ。
そんな話をしていると、前からカチッカチッという金属音と共に、魔王とベリトが歩いてきた。
ベリトは魔王を見ながら身振り多目に話しかけており、魔王はそれを無視するように歩いてくる。
俺達に気づいたベリトが声をかけてきた。
「ヘンミカナコとハルタロゥじゃなィかァ、奇遇だなァ」
それを横目で見た魔王が言う。
「コイツの言う事は気にするな、お前たちを呼びに行こうとしていた所だ」
したり顔のベリトと無愛想な魔王がそんな掛け合いをしていた。
二人共顔立ちは整っているが、印象は両極端。
気怠い表情の魔王と、鋭い目つきのベリト、悔しいが並ぶと絵になる。
すぐにタロットが魔王に飛びつき、ベリトを睨みつけながら言う。
「なーんでお前までいるッスか」
「おィおィ、ボクの用事はヘンミカナコだァ。少し借りるけどイイだろォ? 王様ァ」
「構わねーよ。俺はまずハルタロウに用がある、着いてこい」
「アッタシも行くッス~!」
「ボク達ァ玉座にいるぜェ、さァ行こォかヘンミカナコォ」
ナーコはベリトに肩を掴まれると、オドオドしながら魔王の判断を伺う。
「え、えっと……私はベリトさんについて行っても……?」
「問題ない、何かされたりはしないから安心しろ。ベリトの悪巧みに付き合ってやるだけだ、めんどくさいだろうがな」
「人聞き悪いな王様ァ、ボクァ少〜し聞きたィ事があるだけさァ。悪巧みならハルタロゥを使わせてもらうよォ」
「好きにしろ。俺達も行こうか」
「はいッス~!」
「あぁ……アンタが言うんなら、きっと大丈夫なんだろうな……」
ナーコに馴れ馴れしく肩を組むベリトを見ながらも納得した。
もう既に、『この王様の言う事なら間違いない』という考えが植え付けられてしまっていたのかもしれない。
ナーコは来た道を引き返すように、ベリトと玉座に向かって歩いていく。
歩きながら魔王はタロットに問いかけた。
「タロット、どうするか決めたか?」
「あっは~♪ また奴隷としてこき使う事にしたッス~!」
「そうか」
俺とナーコの話だろう。
相変わらずで気怠げで無愛想だが、それを聞いた魔王の表情は少し優しく見えた。
そこからは三人、無言で歩を進めた。
空気がピリついてくるのを感じ、魔王とタロットが少しだけ緊張している事が俺にもわかる。
魔王のカチッカチッと杖を突く音だけが、廊下に響いて俺まで緊張してくる。
魔王とタロットが一つの扉の前で足を止めた。
他の扉とほとんど変わらない、片開きの木製扉。
一つだけ、扉の中央に釘が打たれ、そこには白い板が掛けられ、『ヤネ』と大きく綺麗な文字で書かれていた。
そこの前に立って、少しだけ魔王が深呼吸をして言う。
「ここだ」
そして魔王が扉を開けると、あのニオイが漂ってきた。




