40.0 『百合』
魔王は気怠げに玉座を立って、カチッカチッと杖をつき、俺たちを食堂まで案内してくれている。
玉座の横の扉をくぐると、ギブリス城のように綺麗で明るい廊下が真っ直ぐ続いていた。
魔王の横には相変わらず、タロットがピッタリとくっついて体を支えている。
それを見て、俺はふと疑問に感じていたことを聞いていた。
「その脚って治せないのか? なんかここなら簡単に治せそうな気がするんだけど……」
「治させてくんないんスよ〜! でもアタシはくっつく口実ができて嬉しいッスけどね」
ナーコがすぐに頬を膨らませた。
「ズルいよタロットちゃん! 先生のお世話は生徒のお役目なんだよ!?」
「誰が生徒だバカタレ。これは俺の後悔だよ、戒めみたいなもんだ」
そんな三人の会話を聞いていると、ベリトと肩がぶつかった。
「おっとォ、すまない余所見をしていてねェ」
「余所見ってなんだよ……ただ同じ方向に……歩い……て……」
そこまで言って俺は足を止めた。
——なんだ? デジャヴ?
「どうしたんだァ? ハルタロゥ」
「いや……俺……お前とどっかで……」
「クハハッ、魂が穢れていなくて何よりだァ、ボクとの約束も忘れなィでくれよォ?」
そう言うとベリトは一人で廊下を曲がり消えていった。
——気のせいか……? ていうか今、アイツとなに話してたっけ?
「なーんスかアイツ、一緒に食べればいいのに」
「また悪巧みだろうよ、好きにさせてやればいい」
食堂と言ったが簡素な十畳程度の部屋だった。
六人用の大きめの木のテーブル、左右には向かい合わせで三対の椅子。
椅子は濃い木製のつくりで、真っ赤な座面と背もたれが豪華に見える。
柔らかく、羽毛ならでは沈み具合で座り心地がよかった。
「飯はサキュバスに運ばせる。タロット、寝床はなんかいい感じの部屋を適当に見繕ってやれ」
「せ、先生は一緒に食べないんですか……?」
「俺は先約だ。それと飯を食ったら一つ、ハルタロウとヘタクソにやって欲しい事がある。それが終わればお前たちは自由だ。住む家は用意しておくから好きに出てってくれて構わない」
「じ、自由と言うならこれからも……ッ!」
ナーコがそう言って立ち上がったが、魔王は耳を貸さずに、またカチッカチッと杖をついて行ってしまった。
タロットは申し訳なさそうに、隣に座りナーコの頭を撫でていた。
「俺たちにやって欲しい事ってなんだ……? お前らに出来なくて俺たちに出来る事なんて、マジで一つも想像出来ないんだけど……?」
どう考えても人間の完全上位互換にしか見えない悪魔たち。
比べる事すらおこがましい、次元が違うとはこの事だと思えてしまう。
「あっは〜♪ 藁にもすがるってヤツッス、ただのダメ元、出来なくてもなーんにも気にしなくていいッス!」
そこでナーコが突然、テーブルに手をついて立ち上がり大声をあげた。
「あぁーーーーーーーッッッ!!!」
「な、何!? ナーコどうした!?」
「ちょーっとナコちゃん! どーーーしたんスか!!」
俺たちが突然の出来事に、ナーコに向かって身を乗り出すと、ナーコはすぐに頭を抱え、テーブルに突っ伏して呻くような声を漏らす。
「あぁぁ……あぁ………失敗した………」
そして続けてナーコが、ペンダントを握りながら震えた声で呟いた。
「ペンダント……転移石使えばよかった……」
俺もタロットもその言葉の意味が理解出来ず、聞き返すことしかできない。
「へ? なんスか急に?」
「転移先ってさっきの玉座なんだろ?」
するとナーコは顔を上げ、ペンダントを見つめて言うのだ。
「先生が玉座に座っている内に……転移石使えばよかった……」
二人でナーコの顔をしばらく眺め、タロットが呆れたように口を開く。
「本当にどうしようもない女ッスね〜」
「ナーコ……俺は幼馴染として情け無いよ……」
「だってだって……先生の膝の上に座るチャンスがぁ……」
そこにタロットの追い打ちがかかる。
「さっきの『先約』ッスけど、あれソロモン様の大切な人ッスよ?」
それを聞いたナーコは、おでこをテーブルにゴンッと落とし、また呻き声をあげはじめた。
「あぁ………ぁ………あああ………」
——俺は幼馴染として情け無いよ……
それに呆れて溜息をつき、タロットがこっちを見て言う。
「このバカ女は置いといてハルタロー、左腕だいじょぶッスか? ごめんね、ちょっとやり過ぎたって反省してるッス」
「いやいいんだ……なんか……これは本当に成長できた気がするんだよ……治さずに置いておきたいぐらいだ」
脚を治さない魔王も同じような気持ちなのだろうか。
いや、きっとあの男は俺みたいに情けない理由じゃないんだろうな。
タロットは包帯の患部に優しく触れ、嬉しそうに笑ってくれた。
「それならよかったぁ」
その言葉遣いと笑顔に動揺しながらも、この傷がどうして出来たのかがずっと気になっていた。
俺は自分が怪我しないんだと思っていたし、タロットからも実際そう言われていた。
「あのさぁタロット……」
「どうして怪我したのか気になるんスよね?」
「そうなんだ、悪魔には俺の無敵体質が通じないって事なのか?」
タロットは少し考える素振りを見せた。
それは、どう説明すればいいか悩んでいるように見えた。
「ハルタローはマナによる攻撃が効かないだけなんスよ、実は無敵とかけ離れてるんス」
「いや……でも剣も効かなかったっていうか、稽古の時はタロットの剣だって……」
「この世界のほとんどの物には多少のマナが含まれてるッス、木や動物、人間はもちろん、鉱石もそう。剣を作る時も、マナが多く含まれた鋼の方が良質な剣が作れるッス」
ここまで聞いて、タロットに斬られた石剣を思い出した。
元々はフルカスという老剣士の持っていた石剣、俺はあれで斬られた筈だ。
「あの石の剣にはマナが無かったっていう……」
「そッスそッス〜。あの剣はマナが含まれていない、所謂『無し物』、捨て値で売られてる粗悪品ッス。でもハルタローに対してはそれが特攻武器になる」
「『無し物』か……俺みたいな『無し人』の物質版だよな……」
「ハルタローは『無し人』ではなく『絶縁体質』っていうッス。マナが無いんじゃなくって、マナを受け付けない。なんとなーく違いわかるッスか?」
「あぁ、名前がわかりやすいからかな……たぶん理解できた」
電気に対するゴムみたいなイメージだろう。
「つまりぃ、『絶縁体質』はマナに対しては無敵ッスけど、『無し物』や『無し人』のに対しては無力って覚えとけばいいッスよ〜」
これを聞いたナーコが、目を輝かせながら身を乗り出してきた。
「なんかそれ、トランプのジョーカーみたいでカッコいいね!!!」
「俺もそれが思い浮かんだよ。全部に勝てるけど最弱のカードには負けるって奴な」
ジョーカーは良く言い過ぎとも思ったが、ナーコの言うようにカッコいいからそういう事にしておこう。
モチベーションのアップは大切なのだ。
——呼び方は『絶縁体質<ジョーカー>』っていうのも悪くない。
俺がそんなどうでもいい事を考えていると、タロットは人差し指を突きつけて注意してきた。
「だから、その体質に甘えちゃダメッスよ! もし相手が『無し人』だったら普通にダメージ受けるッス。最悪、殴り殺されちゃうッス。わかったッスか!?」
「そうか……『無し人』の攻撃も防げないんだもんな。わかった、肝に銘じとくよ」
——あっぶな〜! 絶対いつかやらかしてたぞ俺……!
俺が冷や汗を垂らしていると、メイドサキュバスが夕食を運んできた。
そしてその料理は、あまりにも懐かしい食事で、俺もナーコも見た瞬間に固まってしまった。
横長の皿に白米が盛り付けられ、片側に寄せてとろみのあるソースがかかっている。
具材は芋類に玉ねぎ、肉類、ゆで卵、これは間違いなく。
「カレー……ライス……?」
「そッスよ? アタシこれ好きだからソロモン様が気を利かせてくれたんだと思うッス〜」
すぐに唾液が口中に広がり、震える指でスプーンを手に取る。
ライスとルーを少し混ぜ、スプーンに乗せてゆっくりと口に運んだ。
とろ味のあるルーがライスに絡んで、辛味は少なめだが、しっかり肉の出汁まで効いて、文句なしのカレーライス。
そこからは、俺もナーコも懐かしさに涙を浮かべて、貪るようにスプーンを口に運び続けた。
「うっわぁ〜、きったねー食べ方ッスね〜」
タロットはそう言うと、スプーンにライスを乗せて、ルーをすくい丁寧に口に運んでいる。
「いんだよ、もっと早く出してくれこういうのがあるなら!」
「そうだよ! これ大好きなんだよ私たち!」
「いや香辛料ってたっかいんスよ……コリステン邸に戻ってもホイホイ出てくると思わないで欲しいッス!」
それを聞いて俺とナーコの手が止まった。
タロットを見るといつもの笑顔で、美味しそうにもぐもぐと口を動かしている。
それでも俺たちにはどうしても聞き流せない一言があった。
『コリステン邸に戻っても』
タロットは間違いなくそう言った。
ナーコがスプーンをカランと落とした。
「私たちも……戻っていいの……?」
ナーコはそう呟いた直後、ボロボロと涙をこぼし始める。
「もったいないッスね〜、悠々自適な生活を捨てて奴隷に戻るなんて」
ナーコはすぐにタロットに抱きついた。
口の周りについたルーなどは気にせず、白いセーターの胸にしがみついて泣いた。
「ちょ……なんっスかこの女……! おいハルタロー! こいつなんとかするッスよ! うわ出た鼻水! きったな!!」
「うぁぁ……ダロッドぢゃ……ッッッ! ぅえ゛ッ………ダロッドぢゃん゛ん゛ッッッ…………あ゛ぁ……!!」
「こんの鼻水オンナ……! 離れろっつってんスよぉ……もぉ……!!」
「はははっ……それはお前の責任だよタロット」
「言っとくッスけど、戻るならホントに奴隷ッスよ? わーかってんスかホントに……! あーもう暑苦しいッスー!」
「奴隷がい゛ぃ〜……ぇぐッ……一゛生゛ダロッドぢゃんの奴隷がいいんだぁ〜……ぁう゛ッ……ひぐッ……!!」
タロットは泣きつくナーコを必死に引き剥がそうとしていた。
俺は自分がどうしたいのか決められていなかったが、この光景を見て、これからも二人と一緒にいたいと願ってしまったのだ。
◇ ◆ ◇
「なんか気になることあったら聞くッスけど〜なんかあるッスかぁ?」
白いセーターを、カレーのシミだらけにされたタロットがそうやって聞いてきた。
ナーコの鼻水をグシグシと拭ってあげている。
そこでようやく俺は、今日ずっと気になっていた事を聞く機会を得たのだ。
「結局さぁ、昨日の夜ってあれ何してたんだよ? ニールが寝た後、腹から薬物取り出した話……なん……だけ……ど……?」
言葉を進めるにつれて、二人が睨みつけるような形相に変わっていく。
「ハルタぁ……? いまカレーを食べてるんですけど!」
「お前のデリカシーの無さは異常ッスよそれ」
——なになになに? ごめん俺またなんか変な事聞いたの?
プイッと俺から顔を背けたタロットは、スプーンにゆで卵を乗せて言う。
「蛇ちゃん、あーん♪」
すると足元から一匹の小さな白蛇が現れ、タロットの脚を這い、腰を通り、肩を伝って、スルスルと手首に巻きついた。
「タ……タタタタロットちゃん……!?」
「お、おいおいおいなんだよそれ!?」
「は? ウチの蛇ちゃんになんか文句あるッスか?」
そう言うと白蛇が、スプーンに乗せたゆで卵をパクッと食べ、喉にググッと押し込んでいく。
「あぁ〜おいちーねぇよちよち♪」
「ど、どこにいたの? この子……」
「アタシの魔力は蛇ちゃんを召喚したり操ったり出来るんスよ〜」
あの夜の金色の蛇を思い出して、俺は独り言のように呟く。
「いやぁ……なるほどねぇ……俺の幻覚もあながち間違いでもないんだなぁ……」
「みんなで倒したサーペントもアタシが呼んだんスよ?」
これを聞いた俺とナーコは同時に聞き返すのだ。
「「はぁ!?」」
四人で山犬退治に出向き、そこに突如現れた巨大サーペント。
あの日の死闘をヤラセだと公言された俺たちは、それはもう開いた方が塞がらなかった。
「いやいやいやいや、危なすぎるだろ!! ヤラセにも限度ってもんがあるぞ!!」
タロットは悪びれず、当たり前のようにこう言う。
「えー、でもニールくん以外は襲われてない筈ッスけど?」
「え、そうだっけ……?」
——な、なるほど……確かに思い返すとニールしか怪我していなかった。というかこっちに攻撃する素振りも一切なかったような……。
これにはナーコも納得したようで、カレーを平らげ笑顔で返事した。
「確かにそうかも……ホントだ、私もハルタも襲われてない!」
「ほらほらぁ! ちゃーんと考えてるんスよぉ! ねー蛇ちゃん♪」
心なしか、白蛇が上機嫌になったように見えた。
「お前の徹底ぶりに呆れてくるよ、さすがにニールに同情するぜ……」
タロットは白蛇の頭をぐりぐり撫でて遊びながら言う。
「あっは〜♪ あれニールくんが逃げた時用のマーキングなんスよ〜! サーペント殺したのは気にしなくっていいッスよぉ?」
「そーいや呪いで場所がどうこう言ってたなぁオマエ……」
そこで何かに気づいたように笑みを浮かべたナーコが、タロットに詰め寄っていた。
「それはいいんだけどさぁタロットちゃん」
「ん? なんスかぁ?」
そしてナーコはニッコリ笑ってこう問いかけたのだ。
「『魔力』ってなーーーに?」
その質問を受けた瞬間、タロットはサッと視線を逸らした。
汗を垂らし、逃げ道を探すように宙を見て、そのまま白蛇に目線を落とし、再度撫でながら言う。
「な、なーんの話ッスかね〜蛇ちゃん……怖いッスね〜このお姉ちゃんね〜」
「え、なに!? 魔力ってマナの事じゃないの!?」
そう俺が言うと、ナーコは人差し指を立てて、タロットにズイッと近づいた。
「私は今、この世界に来て初めて『魔力』という言葉を聞いたのです!」
「…………」
返事をせず、ニコニコしながら白蛇にゆで卵を与えるタロットと、さらに詰め寄るナーコ。
「そして私は気付いているのです! タロットちゃんは、私の魔術を一度も『魔術』と呼んでいないのです!」
「え、いやでもフルカスは魔術使えば余裕とか……」
俺たちの話には我関せずでタロットは白蛇と戯れている。
「それ! タロットちゃんは魔術とは言うけど、人間の使う魔術の事は、徹底して『マナ』としか言っていないのです! 私はこれにずーーーーっと違和感を感じていたのです!」
そこまで言うとタロットは、黒い翼をバサっと自分にかけて、ナーコの視線を遮った。
「おいタロット? これはどういう事だ?」
さらにナーコは翼越しにタロットを見続けて言う。
「そしてベリトさんは言っていたのです! 『魔術とマナの違いくらい教えとけ』と言っていたのです! 対してタロットちゃんは『そんなことしたらバレちゃう』と言っていたのです!」
ニールの耳が再生したあの時か。
黒い翼の奥から声が聞こえてくる。
「あ、おいちーッスねぇ、蛇ちゃんねぇ♪」
「そして先生も同じく、私の使う魔術を『魔術』と言わないのです!」
翼の中からさらに声がする。
「あら〜、こんなおっきいの食べれるんスね〜♪ いいこいいこ〜」
「タロットちゃんッ?」
「おいタロット!?」
そしてゆっくりと黒い翼を少し開き、チラッとナーコを見て言う。
「な、なーんの話ッスかぁ……?」
すぐにナーコは翼が割って入り込めないよう、鼻頭をくっつけて問いただす。
「私の予想はこうです! 本当の魔術はマナと無関係なのです! さっきの『魔力』が関係しているのです! ようやく尻尾を出しましたね!? 悪魔大公爵さん!?」
ビクゥッっと自分の尻尾をスカートの中に引っ込めた。
悪魔大公爵をここまで追い詰めた人間は、ナーコくらいのものではないだろうか。
目を泳がせるタロット。
逃げ道を探すように、右へ左へ視線を移している。
そして観念したようにゆっくりと目を瞑ると。
『チュッ』とナーコと唇を重ねて、すぐに立ち上がった。
「さて、ごちそーさまでした! あ、お部屋案内するから着いてきてほしいッス〜、食器はそのままでいいッスよ〜」
いつもの調子でそう言うと、何事もなかったようにスタスタと歩いて行くのだ。
そしてナーコはというと、顔を真っ赤にして唇を押さえ、頭から湯気を出したかと思うと、すぐに腰が抜けたようにヘナヘナとへたり込んでいた。
「ほらほら〜、早くしないと置いてくッスよ〜!」
扉をトントンと叩いて急かすタロット。
「お前……最後まで責任取ってやれよ? 俺は知らねーからな?」
タロットはキョトンとこっちを見て言った。
「へ? なーんの話ッスか?」
ナーコのファーストキスは、悪魔大公爵に奪われたのであった。
——お前が一生面倒みるんだからな!
ここまで読んでくれてありがとうございます。
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