39.0 『魔王の審判2』
「ニール・ラフェット。好き勝手喋ったが、いくつか質問があるんだ、聞いてくれるか?」
「な、なんでもッ……! なんでもお答えします……! ゲホッ……なんでも……!」
ニールが鼻血でむせ返りながらそう返事をしていた。
「助かるよ、では腹の中のモノはどこに持って行くつもりだったんだ?」
「き、北……! 砂漠を北に行くと廃屋があってそこに……!」
魔王は顎に手をあて「あそこか」と呟いて続ける。
「そこは『シクラメン』の根城であっているか?」
「そう、そうですッ……! そこからギブリスの各街に運ぶ予定で……!!」
「そうか、ではあとで話をつけに行ってこよう」
「む、無理だッッ……!! 幹部の最高位魔術師と、途方もなく強い傭兵がいます……だからッ……ぼ、ぼぼぼ僕が間に入って……!!」
「いらねーよ、質問は以上だ」
魔王はニールの提案を聞く耳持たずに跳ね除けた。
そしてそれを聞いたタロットが自分を指さして魔王に言った。
「『偽王国』に行かせるッスかぁ?」
「俺が行くからいい」
「えーッ! ソロモン様一人で行くんスかぁ!? 駄目ッスよ危険ッスよぉ!!」
「いいんだよ、話をしに行くだけだ」
「じゃあアタシも着いてくッス! これは譲れないッス!」
「はぁ……勝手にしろ」
「はいッスーッ!」
魔王とタロットの二人で『シクラメン』の根城に行くことになったようだ。
見るからに足の悪い魔王が戦力として強いのかは分からないが、タロットがいるなら大丈夫なんだろう。
——それにしてもこの魔王、一人で敵の根城に行くとか言い始めるのか……タロットも大変だな……
そしてニールの処遇がどうなるかだが。
魔王が暇つぶしのように杖を揺らして遊びながら、再度ニールに語りかける。
「ニール・ラフェット、お前には感謝しているよ。おかげで『シクラメン』から薬物を取り除けそうだ」
「…………」
ニールは魔王が何を言おうとしているか、目を泳がせて必死に探っているように見える。
「そしてお前は優秀だ、上位の麻酔術を扱える人間なんて世界でも数える程しかいないだろう」
ニールはそれを聞くと魔王に縋るように顔を上げて言う。
「そ、そうです……ッ! 他の誰にも出来ない!! ぼ、僕の代わりなんていない……ッ!」
「でも、『シクラメン』の奴らは怒るだろうな。欲に目が眩んだ末端のせいで、財源が絶たれてしまうんだ。いくら優秀でも戻ったら殺されてしまうぞ、どうするんだ?」
「こ……ここで……アナタの……いえ……魔王様の元で働かせてください……ッ!! かならず……必ずお役にたって……ッッッ!!」
この身勝手な懇願に思わず声が出た。
「おいお前、今更何を……!!」
そしてすぐ横のナーコの手に、俺の口が塞がれた。
ニールがこちらを見やり、若干の笑みを浮かべてきた。
「そうなると麻酔術を役立てるしかないぞ? 人間にそれを使ってもらう事になる。人体実験に協力する事になるんだ。心が痛まないのか? 死んだ方が何万倍もラクだと、俺は思うがなぁ」
「い……痛みます……ッ! ですが……魔王様のお役に立てるなら……!! その人間には……礎となってもらうと……割り切れます……! 何卒……!」
ニールは、鼻血を垂らしながら必死に額を床に擦り付け、耳障りのいい単語を並べて魔王に懇願していた。
「どんな人間に対してでも使う事になるんだぞ? いいのか? 容赦なく、手心を加えず、躊躇せずに使ってもらう事になる。本当に、『どんな人間に対しても』だ」
「たとえ……! たとえ家族であっても……! だから……だから何卒……!」
ニールの不快すぎるその腹黒さに、腑が煮え繰り返りそうになった。
そんな話を、魔王が聞くわけないと思っていたが。
「それが聞けて安心したよ。ではこれからはここで働いてもらう。大きな成長を見せてくれ。それをもって罰とする。これからよろしく頼むよ、ニール・ラフェット」
「わ……わがりまじだ……ッ……!! 必ず……必ずお役にだちます……ッッッ……!!」
魔王は恩赦とも取れる罰を決してしまった。
ニールが血反吐を吐きながら感謝をしている。
口元には厭らしい笑みを浮かべながら。
「以上だ。サキュバス、連れて行け」
魔王がそう言ってニールに手を翳すと、折れた歯や曲がった鼻すべてが全快した。
ニールはサキュバスに連れられながら、俺たちだけに聞こえるような小さな声で呟いた。
「はは、残念でしたね、魔王様がご慧眼で良かった。クソ女と処女のせいで死ぬ所でしたよ」
タロットとナーコの事だろう。
殴りかかりそうになる俺は、ナーコに必死に止められた。
そしてニールが奥の扉に消えていき、魔王の審判は終焉を迎えた。
「さて、長かったがいろいろ話せて良かった。俺は雑談が好きなんだ、お前たちも付き合ってくれて感謝している」
「あれでいいのかよ……。ヤッドさん達には拷問しといて……」
俺はどうしても我慢できずに声を震わせて、そうやって魔王に口を挟んでしまった。
「いいんだよ、言った通り数少ない貴重な人材だ。そしてあそこまでのクズともなれば、もうアイツくらいのもんだ」
——あそこまでのクズ……? クズが必要な理由でもあるってのか……?
「ニールは……これから何をするんだ……?」
「ただの助手ってわけでも、ないんですよね?」
ナーコも気になるのだろう。
俺の肩につかまり、同じく魔王の言葉に耳を傾ける。
「言った通りだよ、アイツには麻酔術を使った人体実験に協力してもらう」
この言葉を聞いたナーコは少し考えてから口を開いた。
「『どんな人間に対しても』って……自分自身に対してという意味ですか……?」
それを聞いた魔王は「ほう」と呟き、少し身を乗り出して問いかける。
「面白いなヘタクソ、お前ならどうする? あの男にやらせたい事を全て話してみろ」
「わ、私なら……ですか……」
ナーコが顎に手をやって、ニールが運ばれた扉を見て考えている。
その隙に、タロットがベリトのソファまで行って、コソコソと話し始めた。
「ちょっとちょっと……ソロモン様が人間に興味持ってるんスけど……!」
「だァから言ってんだろォ……あの女やべェんだッてェ……!」
そしてナーコが思いついたように口を開く。
「私なら……先にとてつもない快楽を与えておきたいです……同じ麻酔術を使って……」
それを聞いた魔王の眉が少し動いた。
「ふむ、それで?」
「毎日毎日、快楽が途切れないように、それを与え続けて依存させます……お、面白そう……」
『面白そう』という言葉に俺はゾクっとした。
「それで?」
「依存したら……突然それをやめたい……! 離脱症状を起こさせるのっ!」
「なるほどな、それで?」
「そしたらきっと、自分で勝手に麻酔する! だってもう快楽を知っちゃったんだから! やめられたら自分でするしかない、絶対する!」
ナーコの興奮が誰の目にも明らかになっていく。
魔王はここまで聞くと少し息を継ぎ、呆れた口調で言う。
「なんだそれは? 離脱症状で苦しませたいんじゃないのか? 自分でさせたら意味がないだろう」
魔王がそう苦言を呈すと、ナーコは一気に目を輝かせ、無邪気な顔で騒ぎ始める。
「それを何度も何度も何度も何度も繰り返すの! そしたらどんどんどんどん耐性もついて! もっと強い快楽が欲しくなっちゃう! もっともっと強い麻酔を自分でするしかないの! あぁ! 頑張らないと耐性に追いつかない!! 耐え難い離脱症状が来ちゃう!! もうこれは成長するしかない!! だって成長しなきゃ症状を抑えられないんだもの!! 貯蔵量も、放出量も燃費も!! あの男は今と比べ物にならない程の成長を……」
「もういい、わかった」
ナーコの言葉を遮った。
魔王はその後、俺を見て、そしてタロットとベリトを見た。
足を組んで頬杖をつき、目をキラキラ輝かせるナーコをジッと見つめる。
すると大きく深々と溜息をついてから、こう言った。
「百点だ」
その言葉にさらに身を乗り出し、ナーコは玉座に向かって声を張り上げる。
「やっぱり! 先生ならそう考えてると思ってました! やっぱり先生はすごい! ああああ楽しみ! あんなクズの成長が楽しみで仕方なくなっちゃったぁ!」
「百点……? ソロモン様が百点出したッスかぁ……?」
目を輝かせて興奮するナーコを見ながら、タロットが唖然とした顔で呟いていた。
ナーコには常に口を挟んできたベリトも、言葉をなくし、ただ口を開けている。
そして魔王は区切りをつけるように「さて……」と気だるく話し始める。
「処遇はさっきの通りだ。期間を変えつつ半永久的にそれを繰り返す。成長を強要してブエルの研究材料とする。ベリトから連絡しておけ」
ベリトはツノにかかった王冠をクルッと回して返事をする。
「任せろォ、俺もそれは興味があるからなァ。見学させてもらうぜェ」
魔王が戦果報告を続ける。
「そしてニール・ラフェット含め極上の被験体が複数手に入った、絶対に殺すな。『シクラメン』は出来れば薬物無しで再建させてやりたい、必要なら『偽王国』からも手を貸してやれ」
「わっかりましたッスー!」
「わ、わざわざ再建させるのか……?」
意外な言葉に俺が口を挟むと、魔王は足を組み替え頬杖ついて、気だるげにこう答えた。
「俺は世界を平和にしたい訳でも、世界征服がしたい訳でもないんだよ。薬物のように不用な物だけを排除して、マナでこの世界がどう成長していくか、それをダラダラと眺めていたいんだ」
その言葉にナーコは、未だ興奮冷めやらん様子で言う。
「わ、私もベリトさんと実験の見学させてください!」
これには魔王もいい加減呆れた顔をしていた。
「はぁ……見学ってお前なぁ……おいタロット、こいつはどうなっている、もっと人間らしく教育しておけよ。お前のだろう」
「す、すみませんッス!! ナコちゃんは想定外だったッス!」
そこから魔王は少し間を置き、タロットに声をかける。
「まぁイレギュラーもあったがタロット、お前のお陰で今までにない戦果があった、よくやった」
「あっは~♪ この瞬間の為に頑張ったッス~!」
そう言って玉座の前にしゃがみ、頭を撫でろと言わんばかりに膝に掴まった。
そしてニールについて、気になっていた事を俺は聞くことにした。
「ニールが言ってた戦争の話って、まるまる嘘だったのか……? あの涙は……嘘には見えなかったんだけど……」
正座部屋でタロットに追い詰められていた時の話だ。
強制送還だけは免れたいという、あの涙は嘘だったのだろうかと。
「たぶん誰かの身の上話を誇張して、役に入りきってたんだと思うッス。だから全部が全部、嘘泣きってわけでもないと思うッスね〜」
「なるほどな……全く気づかなかった……」
コリステン邸の応接室で、魔王に言われた事を思い出した。
『聖人を装うなんて容易い』
ニールはその場にある物だけで、逃げ道を探ったのだろう。
空き缶のせいにした、あの日の俺みたいに。
話を聞く限り、ニールは終わらない地獄を味わう。
実際にやった事だけを考えれば、この処遇は重いんだろうな。
でもこの時には俺も『当然の報いだ』と思えるようになってしまっていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
良ければ★評価、感想をいただけると励みになります。




