37.0 『真の魔王2』
「魔王の審判などと大層な事をベリトは言っていたようだがなぁ、言ってしまえばただの雑談だよ。俺たちで勝手にダラダラと話す。事実に推測や憶測を混じえて、関係ない話もしながら、なんとなーく勝手なイメージのお前を作りあげる。そんなお前に対して俺が勝手に処遇を決める。いいな?」
「なっ……いや……はい……」
ニールは魔王の理不尽な言葉に反論もできず、ただただその場に座り込んで返事をした。
それを聞いてベリトがブラブラと手を振って言う。
「ボクァ関係ないからパスだァ。ヘンミカナコの話になったら参加させてもらうよォ」
「珍しくご執心ッスねぇ、どーーしたんスか?」
タロットが自分の髪をクルクルと手首に巻きつけながら、珍しそうにベリトを眺めている。
「いやァ、この女はヤバすぎだァ、王様もホントは分かってんだろォ?」
「知らねーよ。タロット、進行は適当にやってくれ」
魔王は少し腰をずらして姿勢を崩した。
肘掛けから腕をダラッと垂らして『本当に適当でいいんだぞ』という俺たちへのメッセージにも見えた。
「わっかりましたぁ〜! まずニールくんの麻酔は副作用がメインッス! 快楽中枢刺激して、ドーパミンをドッパドパさせるッス!」
「依存性もってことか?」
俺はようやく聞きたかった事を口にした。
「そッスそッス〜! 犯したい女に近づいて、麻薬効果でジワジワ〜っと依存させてくんスよ〜! キモかったよね〜ごめんねナコちゃん」
「だ、大丈夫……! 襲われたらすぐこれ……使おうって……決めてたし……!」
まだグズグズと泣きながら、ナーコがペンダントを握って言った。
ギブリスにいる時でも、石を使えばここまで一気にワープ出来たのだろうか。
「あの……麻薬効果は……ナーコが依存してたりとかは……大丈夫なのかよ……!」
襲われてなかったとしても、依存してたら話は別だ。
ナーコを薬物依存の母親のようにしたくなかった。
「それは大丈夫ッス、その石の副作用が上手くハマったんス! 自分にかけられるマナの効果は、石の方に全部持ってかれるッス!」
タロットが手をこっちに伸ばして俺の不安を払拭してくれた。
でもそれはあまりに都合が良すぎて逆に……。
「なんか都合良すぎないか? 効果が良すぎるっつーか……この世界の物って……そこまで都合よく出来て無さそうっつーか……」
ここは思い描いていた異世界よりも、驚くほど現実的だった。
マナは便利だが、万能ではないように思える。
俺がそこまで言うと、タロットからすぐに否定とも肯定とも取れる言葉が返ってきた。
「あー違うッス、転移石は治癒術が全て効かなくなる呪いの宝石ッス。外しても十日間くらいはそれが残るッス。だからアタシはナコちゃんが怪我しないよう、散々注意してきたんスけど〜……」
——なるほど……治癒術には麻酔や麻薬の効果も含まれるって事か……。
タロットがベリトに目線をジロリと送ると、すぐに焦りの表情を浮かべ言葉を遮る。
「あ、あァそうだァ……! 立ちっぱなしもなんだろォ? ボクがソファを用意してやるよォ」
そう言ってボブカットのメイド二人に指示すると、奥の扉に一度戻り、すぐに二人がけのソファが四脚用意された。
このソファは見覚えがあった、コリステン邸の応接室にあった赤いソファ、きっと同じ物だろう。
魔王の玉座の左右にベリトとタロット、二人とも長いソファを独り占めしている。
玉座の階段下には俺たち二人が一つのソファに並んで座った。
もう一脚は予備だろう、ベリトの手前に置かれて誰も座らない。
そして階段下の魔王の前では、ニールが床に両膝をつき、震えて目を伏せている。
とりあえず、ペンダントの不安は払拭された。
「ありがとう……とりあえず、ナーコが大丈夫って事は分かって安心した。でもタロットは大丈夫なのか? ニールから沢山麻酔されてたけど……」
これには魔王から回答が入った。
「恐竜にマタタビ与えるようなもんだ、そもそも意味がない」
「あ、あぁ……すげぇわかりやすいよ……ありがとう」
魔王の例えが秀逸すぎて、一気に腑に落ちた。
タロットが俺との稽古中、『痛い』とか『やっぱ痛くない』とか矛盾した発言があったのはその為か。
「ソロモン様ぁ、恐竜ってそれアタシの事ッスかぁ!? もっと可愛い例え出来ないんスかぁ!?」
「フルカスに剣で勝った奴が何を言っている。恐竜でも可愛いくらいだろう」
フルカスと呼ばれるあの老剣士。
着流しが印象的だった、魔王からも一目置かれるレベルなのか。
「あの……フルカスさんってそんなに強いんですか?」
ようやく泣き止んだナーコがそう聞くと、一同揃って言う。
「強い」
「強いッス」
「剣なら七十二柱最強だァ」
魔王までもが即答したことに驚いた。
すぐにタロットが「でもぉ」と続ける。
「魔術有りならよゆーッス、小指で勝てるッス。でもアタシはずーっと、剣だけで勝ちたかったんスよぉ」
そこであの『金色の蛇』を初めて見た記憶が呼び起こされた。
「お前が夜中に一人で稽古してたのはそれか!」
「あー! そッスそッスー! よく覚えてるッスね〜!」
——悔しいけどあの夜の事は一生忘れねーよ
そしてタロットは咳払いをしてから足を組んで、逸れに逸れた話を戻す。
「話をニールくんに戻すッス! アタシとナコちゃんを犯そうとしてたのは対策済みだったからいいとして、ヤベーのがウチで飼う前ッス」
「リーベンの治癒術師として貸奴隷になってた頃か?」
「そうッス。これは証拠がないから推測になるんスけど、ニールくんが街に来てから、若い女の往診依頼が増えすぎッス。そしてその全てが自傷行為によるものッス、この意味わかるッスか?」
ナーコが目を見開いて中心のニールを睨みつけて呟く。
「ゴミクズがぁ……ッッ!!」
「……ッ!!」
ニールは頭を床につけ、ナーコを見ずに身を震わせた。
おそらく、若い女の子全員に麻酔を使って依存を試みていたんだろう。
その子達は麻酔して欲しくて、自傷行為に及んだ。
そこまで考えて、一つの引っ掛かりがあった。
「まさか……捻挫の時も……魔術が暴走した後も……お前はナーコにそれをしたのか……! あの時はペンダントは無かった……」
「ひッ……!」
ニールの返事より先に、また頭に血が上る感覚に陥った。
いつもの周りが見えなくなる感覚。
「おッまえ……ッ!!!」
俺は立ち上がってニールを見下ろし、頭を思い切り踏みつけようとしたが魔王から止められる。
「加減が出来ないならやめろ、コイツに死なれちゃ困るんだよ」
悔しかった。
なぜタロットも魔王も、こんな奴を庇うのか理解ができなかった。
震えながら腰を下ろすと、ナーコが背中を撫でてきた。
「ありがとうハルタぁ、私は大丈夫だからね〜」
そして魔王がそれについて続ける。
「ヘンミカナコが受けた麻薬効果の経過についてはタロットが観察を怠っていない。そしてドーパミン分泌に異常は見られない、つまり問題ない」
「ありがとうございます……!」
魔王とタロットに、ナーコは深々と頭を下げた。
「ブエルと確認したから間違いないッス〜!」
『ブエル』がわからなかったが、信頼性の高い何かだと勝手に解釈した。
「そんで次は『偽王国』についてッス~!」
たしかネロズの組織だ。
俺とナーコが真っ先に懸念した、ニールとネロズのつながり。
「や、やっぱりニールはネロズと繋がってたのか!?」
俺が声を荒げると、ここに来てニールが勢いよく顔をあげて口を開いた。
「そ、そうッ……! そうなんですッ……!!」
「臭ェんだよォ、勝手に喋んじャねェカメムシ野郎ォ」
ベリトから辛辣な言葉が飛んだ。
今までなら庇っていただろうが、ナーコの事を考えると俺も似た感想しか出てこない。
この男に苦しみを味わわせたい気持ちの方が強かった。
「あっは〜♪ ニールくん『偽王国』だったんスかぁ? 喋っていいッスよ?」
「は、はい……この国に来てすぐ『偽王国』に入りました……以前……お二人にそれを見抜かれて驚きましたよ……タロットさんの騒動に立ち会ったのも、本当は打ち合わせ済で……」
やっぱりあの日の、俺とナーコの予想は当たっていたのか。
そしてタロットはニールの前に行ってしゃがみ、顔を覗き込みながら問いかける。
「あらあらぁ〜、ニールくん急によく喋るッスねぇ。 どーーしちゃったんスかぁ? 情状酌量の糸口でも見つけた感じッスかぁ?」
「いえそうではなく本当に……!! ネ、ネロズに脅されて仕方なかったんです……麻酔も全てヤツの指示です……も、申し訳ありません……!」
ここでしっかりとニールが土下座をした。
最初からこの謝罪があれば、俺も少しは納得できたかもしれないが……。
そんな事を考えていると、ベリトがソファで寝転びながら笑い始めた。
「クハッ……ハハハッッ……そりャ怖ェなァ、ボクもネロズに脅されたら逆らえなィやァ」
「ニールくん、キミは本当に反省しないんスね」
タロットはそう言いながら土下座するニールを覗き込み、ニッコリと微笑んだ。
——タロットが怒るのも当然だ。ネロズと手を組み、暴行までされて、その恩を逆手に取られて……。
と、ここまで考えて一つの疑問が生まれた。
この悪魔大公爵がネロズに暴行などされるのか……と。
ネロズはこっちに来たばかりのナーコの攻撃でも撃退できた。
だが、今のタロットはそんな生易しい攻撃が通用するとは到底思えない。
そして次のタロットの言葉で、この疑問はすぐに解決した。
「アタシはニールくんを『偽王国』に入れた覚えは無ぇッスよ?」
ニコニコしながらタロットはそう言った。
俺もナーコもこの言葉には呆然と口を開けていた。
タロットが『偽王国』に入れる?
そしてその言葉にはニールも同様に呆気にとられ、声をもらしてタロットを見上げる。
「そ……それはどういう……?」
「『偽王国』はアタシの組織ッスよ? もしかして知らなかったんスか?」
ニールはその言葉を信じたく無いように、頭を抱えて蹲り、泣き言をあげる。
「うそだ……嘘……ちがっ……本当に……? あっ……あぁ……あ……」
タロットはニールの髪を掴み顔を引き上げた。口を歪め、鼻水を垂らし、涙を流し、醜いという表現しか出てこないニールの表情。
笑みの消えたタロットは、顔を覗き込むように睨みつけ、冷徹な声色で尋ねるのだ。
「おい、『偽王国』に誰の許可で入ったのか言ってみろ。もし本当に『偽王国』に入っているのなら、アタシの権限でお前の全てを無罪にしてやる」
「ネ、ネロズ……ネロズです……ネロズに言われて……!!」
涙と鼻水を垂らしながら、ネロズの名前をうわごとのように呟くニール。
ここまで来ると、それが嘘なのは察しの悪い俺でもわかる。
するとタロットが呟いた。
「おいネビロス、この話は本当か?」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
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