36.0 『真の魔王』
「罪人の処遇は王様が決めるのさァ、ここからは魔王の審判だァ」
タロットはニールの髪を掴むと、そのまま引き摺って歩き始める。
「やめ……ごめんなさい……痛っ………!」
ニールを玉座の前に放り投げると、タロットは玉座の右側に立った。
タロットとベリトが玉座の両脇に立ち、まるで二人は王の側近のように見える。
俺たちは姿勢正しく待つ二人の悪魔を、ただ呆然と眺めていた。
「魔王は……ベリトじゃないのか……?」
ナーコなら何か気づいているかと思い目線を移すが、俺を見て首を横に振った。
玉座の間に、少しの静寂が訪れた。
誰も声を出さず、蝋燭が溶ける音が聞こえてくる程の静寂。
そして、玉座の奥から音が聞こえ始めた。
玉座に向かって右の扉。
簡素な片開きの、なんでもない木製扉。
その奥から聞き覚えのある足音が近づいてきた。
カチッカチッと床を金属で叩く音。
それに合わせ、少しだけ足を引き摺る音がゆっくりとこちらに近づいて来る。
「嘘だろ……!」
「そんな……」
そう俺たちが呟くと足音が止まり、ゆっくりと扉が開いていく。
そして、気だるい声が玉座の間に響くのだ。
「よぉ、久しぶりだなヘタクソ」
白衣の男が入ってきた。
俺たちが現代知識に縋っていたあの日、それを嗜め俺たちの成長を促した、あの男が入ってきたのだ。
「先生が……魔王……?」
ナーコがそう呟いて、腰が抜けたようにへたり込んだ。
男はナーコの言葉を聞くと杖をカチッと床に突き、タロットに目をやって苦言を言う。
「誰が先生だ。おいタロット、お前が何か言ったんじゃないだろうな?」
「い、いやいやいや! アタシはダメっつったんスよ? でも勝手にそう呼ぶんスよぉ!!」
タロットが玉座の横で、苦笑いを浮かべる。
「まァ座れよ王様ァ」
ベリトから玉座を勧められると、またカチッカチッと歩きだす。
俺たちの前を通り過ぎる時、ナーコを見下ろしながら苦言を口にした。
「この部屋の傷はお前だなヘタクソ。どうせまた暴走でもしたんだろう、直すのがめんどくせーんだよ」
「ご、ごめんなさ……」
呆気にとられたナーコの口から謝罪が漏れた。
そしてここぞとばかりにタロットの声が飛ぶ。
「そーッスよぉ! もっと言ってやってくださいよぉ!」
すると魔王は辺りを見回し始める。
「だが壊れた大扉と天井からはヘタクソのマナを感じないな、誰の仕業だ?」
「あ、あっは〜……これなーんスかねぇ、もうねぇ〜」
タロットは誤魔化すように苦笑いを浮かべると、すぐに魔王へと駆け寄り、左側を支えながら玉座の階段を登っていく。
そして魔王は玉座に腰掛けた。
足を組み、頬杖をつき、ダラリと身体を背もたれに預けながら、めんどくさそうな顔つきで俺たちを見下ろす。
そこでようやく俺は魔王へと問いかけた。
「シェバードさんが……魔王って事でいいのか……?」
タロットがその名前を聞いてすぐに手を振って否定した。
「シェバ……? あ、いやいやいやぁ! ソロモン様ッス〜♪」
そして、あの時シェバードを紹介した時のように、タロットは両手を翳して、改めて紹介した。
——ソロモン……確かタロットもベリトも『ソロモン七十二柱』と、そう名乗っていた……。
「俺が魔王の認識で間違いない。どうだハルタロウ、少しは成長できたか?」
魔王からのこの問いかけには、正直な自分の気持ちを話した。
「あ、あぁ……たぶん……全部タロットのおかげだ……」
「そうか、よかったな。おいフルカス起きろ、お前が暴走したと聞いているぞ。簡潔に説明しろ」
魔王がフルカスに手のひらを向けると、生気を吹き返したようにムクリと起き上がった。
俺もナーコも警戒して後ろに下がるが、フルカスはすぐに片膝ついて魔王に頭を垂れた。
「アノ男ガ……キケント思イ……排除ヲ試ミマシタ」
「言いたい事はわかった、だが問題ねーよ。壁に刺さっているサキュバスを連れて戻ってろ」
「申シ訳……アリマセン」
「謝るんならタロットに謝っておけ」
その指示をもらうと、フルカスはタロットに頭を下げた。
そしてこちらを白目のない真っ黒な瞳で少し睨み、メイド二人を引き摺り、奥の扉に消えていった。
すると、入れ替わるようにボブカットのメイドが二人入り、邪魔にならない広間の隅に目を伏せて立った。
この二人もサキュバスなのだろうか。
「それでベリト、この大量の蝋燭はお前か?」
「そうさ王様ァ、カッコいいと思わないかァ? 火を消さないように戦うのは苦労したよォ」
魔王の問いかけにベリトが自慢げに両手を広げ、何百本と立ち並ぶ蝋燭を見せつけている。
「趣味悪いッスよね〜! アタシならもっと……」
「玉座に蝋燭というのはなかなか良いな、当分ここはこれでいくか」
「で、ですよね〜! アタシも実はカッコいいなーって思ってたんスよ〜!」
「アスタロトォ、お前ずッりィ奴だなァ」
「二枚舌のお前に言われたくないッス〜!」
ソロモン王の言葉でタロットはすぐに掌を返し、それにベリトが文句をつけ、言い争いが始まっている。
和やかな会話が広げられていく。
でも俺たちは異様な空気感に怯えていた。
コリステン邸で会った時とはまるで違う魔王の威圧感。
敵意や殺気が漏れているようにも感じられ、脚の震えが収まらない。
あれだけ崇拝していたナーコでさえも、奥歯からガチガチと音が聞こえて来る。
魔王が申し訳なさそうに、タロットに声をかけた。
「すまないなタロット、本当はお前のソレは最後まで隠してやりたかったんだ。こいつらとの生活が気に入っていたんだろう?」
『ソレ』というのは悪魔の姿の事だろう。
「いいんスよぉ〜! 心の準備は出来てたッス〜」
それを聞いてナーコは、悲痛な表情を浮かべ魔王に問いかける。
「あの……前の生活には……戻れないんですか……?」
「そうだ。これが終わったらお前たちには別の土地が与えられる。裕福で平穏で自由な暮らしが待っている。奴隷なんかする必要もない。こんな面倒事にも関わらずに……」
「嫌ですッッッ……!! 私はタロットちゃんと一緒じゃなきゃ……嫌です……!! 私は……タロットちゃんじゃなきゃもう………!!」
ナーコのそんな声を聞くと、少し魔王が溜息をつく。
呆れた溜息には聞こえない、その息遣いは優しく聞こえた。
「タロットが決めたことだ。ずっと隠してきた正体がバレたんだぞ。コイツの気持ちも汲んでやれ」
その言葉を聞いてすぐにタロットを見ると「ごめんッス」と手で合図していた。
それを見たナーコは、喉から絞り出すような声で答えた。
「わかり……ました……ッ!!」
そして俺の肩に掴まってボロボロと泣き始めた。
俺はどうしたいのだろう。
この世界でただ一人、明確な目標ができていないような気がしていた。
そして魔王は足を組み替え視線を移した。
「さて、ニール・ラフェット」
「……ッッ!」
俯いて両手を床につけていたニールが身を震わせた。
空気がピリついて息が苦しくなる。
魔王から漏れていた敵意の相手がニールだと、ここでようやく分かった。
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