35.0 『悪魔大公爵』
「改めまして、アタシはソロモン七十二柱、悪魔大公爵・アスタロトッス~!」
目の前の出来事に理解が追いつかず、俺はニールに寄り添ったまま声を絞り出す。
「おいタロット……なんの冗談だよ……」
タロットは悪びれない素振りで返してくる。
「いーやいやいやいやぁ、ひとっつも冗談なんかないッスよ~。ほらほらぁ、ここに何しに来たんでしたっけぇ?」
いつもの調子で首を傾げ、人差し指で頬をぷにゅっと潰している。
それを聞いてナーコが声を震わせて答える。
「お願い……しに来ただけ……?」
「それそれそれぇ! さっすがナコちゃん! 大・正・解!」
コリステン邸で、みんなで食事してる時と同じ笑顔で話す『無し人タロット』
「おい……『無し人タロット』じゃなかったのかよ……」
「『無し人』ってみんな勘違いしてるだけッスよ~。アタシはそんなの一言も言ってないッスもん」
「リーベンはすぐ見抜けるって言ってたぞ……その姿になると魔術が使えるようになるのかよ」
俺がここまで言うと、ベリトがタロットを見やった。
「めんどくせェなァ、マナと魔術の違いくらい教えとけよォ」
「あんたバカッスか! そこまでしたらバレちゃうでしょーがぁ!」
玉座で呆れ顔のベリトに、前かがみで説教するようなタロット。
数日前までの俺たちを思い出すやり取りだった。
でも、今のタロットはニールの指を平然とへし折ってしまう悪魔で、俺たちに向けていた笑顔は全部演技だったって事なのか?
すると、タロットは突然ニールに掌を向けた。
「……や……やめッ……」
ニールが怯えて後ずさる。
俺はそこに割って入り、睨みつけながら声を荒げる。
「だから冗談やめろっつってんだよ……!」
フルカスと戦ってからのタロットの様子は、明らかにおかしい。
それでもベリトとのやり取りは、この二人が前々からの知り合いという事もわかる。
そして『悪魔大公爵アスタロト』という名前。
「だーから冗談じゃないってばぁ、見せればわかるかなーと思っただけッスよぉ……ホレ!」
「ふざけんなよ!! 仲間だろうが!! お前にとってもニールは大切な……」
そこまで言うと後ろからニールの声が聞こえた。
「嘘だ……なんだこれは……?」
俺の言葉を遮るように、ニールが驚きを漏らした。
振り返ると、ニールの小指は完治していて、それよりも……。
「耳……! 僕の耳があるッ……!! こんなこと……再生するなんてあり得ない筈だ……!!」
ベリトに吹き飛ばされたニールの耳が再生していた。
そしてタロットは玉座に向かって、またベリトを叱りつけるように言う。
「アンッタねぇ! 耳吹き飛ばすのは流石にやりすぎッスよ!」
「いやァ……小指へし折ったヤツに言われてもねェ……」
ベリトは呆れたようにタロットを見ながら、ツノの王冠をクルッと回した。
なぜタロットはナーコの小さな擦り傷には激怒しておいて、ニールの大怪我には怒らないのだろうか。
むしろ自分からも小指を折りに行くくらいだ。
今日までは間違いなく仲が良かった、距離も近づいていた。
なにより昨日の夜なんて……。
——いや、今はそれよりも……そんな事ができるならなんで……。
「ナ、ナーコの事を思うなら……傷もそれで治してくれよ……わざわざ包帯なんか巻いたりせずに……!」
少し語気を強めながらタロットを問い詰めた。
それを聞いたベリトが、諦めたような表情になって言ってくる。
「あーららァ、それはアスタロトの逆鱗だぜェ? ハルタロゥ」
——逆鱗? なにが逆鱗?
不安に駆られタロットを見るといつも通りに見える。
翼やツノ、尻尾や紋様、髪型などは違うが涼しい顔のタロットがこっちを見ている。
そして石剣を肩に掛けながら口を開いた。
「ハルタロー、ちょっと稽古の続きでもするッスか」
「……は? この状況でふざけてんじゃ……」
そんな俺の言葉には耳を貸さず、玉座の前に転がっていた焼灼刀を投げてきた。
「アタシはベリトみたいに性格悪くないから、斬ってもだいじょぶッスよ」
ベリトを袈裟斬りにした感触が蘇る。
俺は動けずにタロットを睨んでいると。
「じゃ、来ないならこっちから行くッスね」
タロットが石剣をいつものようにクルクルと回しながら、歩み寄ってくる。
威圧感がすごい、見た目の変化だけじゃない。
明らかにタロットが『怒って』いるのが分かる。
目の前まで来たタロットが、ゆっくりと石剣を振りかぶる。
その剣は、俺の目にも見える速度で振り下ろしてきた。
だから俺はいつものように左腕で受け止める。
タロットは受け取められた石剣をスッと引いた。
そして俺は、右手に持った焼灼刀をタロット目掛けて……。
と、ここで左腕に熱を感じた。
そしてその熱はだんだんと広がり、忘れかけていた感覚を呼び起こす。
——痛い?
ふと左腕を見ると、石剣を受け止めた皮膚が切り裂さかれ、真っ赤な血液が肘を伝ってポタポタと滴り落ちていた。
遅れて鋭い『痛み』が走り、喉から捻り出すような声をあげてしまっていた。
「い゛ぃぃ……ッ! あぁぁぁ……ッッ!! いッづ……あぁッッ!! いいぃぃぃぃぃッッ……!!!」
俺は左腕を抱えてその場で両膝をつき、唾液を垂らしながらのたうち回る。
「いだぃ……! いだい……痛い痛い痛い……!!! あ゛ぁッッ……なんで……なんでぇ……ッッ!!!」
「あーあ、大袈裟ッスね~」
タロットはそう呟きながら、俺の左手をグイッと掴んで引っぱり上げる。
「やめ……ッッ!!」
俺は顔をあげてタロットの顔を見ていた。
恐怖で許しを懇願したくなる自分がいる。
タロットは呆れた表情を浮かべ、大きな溜息をついた。
「傷口はねぇ! 心臓より高くあげなきゃダメッス! 血が止まんないでしょー? ったく……そのまま動いちゃダメッスよ!」
理解ができず、ただただ呻き、その指示に従うことしか出来ないほどの痛み。
「あ゛ッ……なに……わがッ……いっづ……あ゛ぁ……わが……ッ!」
両膝をついて神に祈るように腕を上げて、声を出した。
そしてタロットが俺の腕に薬品をかける。
「ぎぃい゛ぃぃぃぁぁあああぁぁッッッ!!!」
電撃が走るような刺激に目が見開き、息が荒む、両膝が崩れそうになるほどガタガタと揺れた。
「アンッタねぇ! 消毒してるだーけじゃないッスかぁ!」
ベリトも呆れた声で口を挟んでくる。
「アスタロトォ……お前どんだけ深く切ったんだァ?」
「五ミリも切ってないッスよ! 筋肉にも届いてないッス!」
「うぞだ……うぞ……いぃッッづ……!! あ゛ぁッッ……!」
——痛い痛い痛い痛い痛い
「うそじゃないッスよぉ! もぉ!」
「ハァッ……あっづッ……あ゛ァッ……!」
「はい、できたッス!」
包帯を巻き終わるとベチッと患部を叩いた。
「いづッッ……!!! ハァッ……あ゛ッッぐ!!」
俺は包帯が巻かれても、焼け付く痛みで動けず、腕をあげて蹲り、情けない声をあげ続けてしまう。
そしてタロットは立ち上がると、人差し指を立てて俺を叱りつけてきた。
「わかったッスかぁ? どーせ『俺は無敵だー』とか思ってたんでしょー? そんなんだからこーんな浅い傷でも、泣きわめく程痛くなるんスよぉ! その体質に甘えるなって、アタシ言った筈ッスよ!?」
「わがッ……わがっだがらッ……さっきので……治してッ……」
涙を零しながら耐え難い痛みに負けて、懇願するようにタロットを見上げると、深い溜息が聞こえた。
「はぁ……あのねぇ! それは必要な時だけッス! 治癒術ってのは、それに身体が依存して、これからの傷が治りづらくなるッス! 加えて、本当に必要な時に治癒術が効きづらくなるッス! 一人で生きていけなくなるッス! わかったッスかぁ!?」
「わがっだッ……わがっ……!!」
俺は左腕を押さえてのたうち回りながら返事をしていると、タロットは呆れたような声でベリトに向かって声をかけていた。
「ま、こんなもんで成長って事でいいんじゃないッスかぁ?」
「相変わらず甘いねェ。まァいいさァ、ボクの興味は既にあの女だァ」
とにかく痛みが耐えられない俺は、縋る思いで振り返り仲間を探す。
「ニ、ニールッ……麻酔……頼むよ……ニール……」
そう言ってニールに這い寄ろうとすると、タロットに髪を掴まれ止められた。
「おーっと、それはダメッスよ~?」
「痛ッ……! なに……ッ!」
それを見たニールは、少し後退りながら口を開く。
さっき治された耳を押さえながら。
「な、何が悪いんですか……傷の程度に関わらず、痛みに耐えられないのなら麻酔はするべきです……」
「ニールくん、お前は舌が何枚あるんスかぁ? 負けてるッスよ~、二枚舌のバルベリトさーん?」
「おィおィ、こんな臭ェカメムシと比べなィでもらえるかなァ? ボクはもっと狡猾で幽香なのさァ」
ニールはそこまで裏表のあるやつじゃない、たまには苛立ったり、声を荒げる事もあるが、俺ほどドス黒い感情を持っているとは思えない。
舌の枚数で糾弾されるなら間違いなく俺のほうだ。
「なんでだよ……昨日から……お前ら仲良かっただろうが……! 今日だってずっと手繋いで……ハァッ……痛ッ……!」
「うっわァ、マジかよォ……汚ねェ手で触んじゃねェよォ……」
「うっさーい! しょーがないでしょー! お仕事だったんだからぁ!! もぉ!!」
ベリトが握り潰されかけた首を、拭き取るようなそぶりをし、それを見てタロットがいつもの調子で文句を言っている。
——仕事……?
「仕事って……どういう事ですか……タロットさん……」
不安気な表情のニールがにじり寄って問いかけた。
ニールは嬉しかった筈だ。
タロットと手を繋いで、楽しそうに喋っていた。
仕事だからといって、それが人の気持ちを踏み躙っていい理由にはならない。
「タロット……それも騙してたのか……? 仕事でニールの気持ちを弄んでたのかよ……お前……最低だ……!」
タロットは俺のこの言葉を聞くと少し驚き、そして寂し気な表情を見せて言った。
「そうッスね……アタシは最低ッス……」
「仕事とはなんですか! 答えてください!」
間髪いれずにニールが叫んだ。
自分の気持ちを弄ばれた怒りを、タロットに向けて放っていた。
そしてタロットが首を傾げて問いかける。
「あらあらぁ? レイプ魔がなーにを怒ってんスかぁ? アタシを犯せなかった事が心残りッスかぁ?」
「な……ッ!」
それを聞いたニールが顔をしかめて言葉をつぐんだ。
——レイプ魔……? 何を言ってる……ニールは決してそんな奴じゃないだろう……。
「何言って……お前らは昨日の夜……合意の上でそれをしてたんじゃ……!! だって……俺の部屋にまで響いて……!!」
あの状況、あの音、あの振動で『何も無かった』なんて通るわけがない。
だが、ニールは呆然と俺を見て口を開く。
「は……? ちがう……タロットさんに麻酔をかけて欲しいと頼まれて、だから僕は自分の部屋に招いて……」
「いや〜それはもうアタシの胸やら太ももやら脇やら背中やら、鼻息荒くジロジロ見てたッスよね〜♪ やーっとアタシを堕とせたって勘違いしちゃったんスかぁ?」
タロットが自分の胸を鷲掴みにしたり、スカートを少し捲ったり、挑発するような仕草で煽った。
すぐにニールが声を荒げる。
「うるざい゛ッッッ……!! そもそも僕はすぐに寝てしまって…………」
「あっは〜♪ あーんなコーフンしてたのに、先に寝ちゃうなんて不自然ッスよね〜」
タロットが首を傾げながら顎に手を置き、悩む素振りをしている。
——こいつらは何を言ってるんだ? ニールは本当に寝てたってのか?
「貴様ッッッ!!! 僕に何をしたんだッッッ!!!!!」
ニールが詰め寄り怒鳴り声を上げた。
息が荒んで冷や汗を垂らしている。
だがたまに、チラチラとナーコの様子を伺ってくる。
そのナーコはというと、このやり取りを食い入るように眺めていた。
そしてタロットがニタッと笑ってこう言った。
「あらら? 自分のお腹が空っぽになった事にも気付いてないんスかぁ?」
これを聞いたニールの顔が一気に青ざめ、何かを探すように自分の下腹部を押さえはじめる。
——お腹……?
「チィッッッ!!!」
大きな舌打ちをして壁を叩くと、ナーコを向いて大声をあげた。
「カナコさんッッ!! 出鱈目ですッッッ!! タロットさんは魔王に操られているッッ!! 今すぐ引き返します!! 早く転移石を使ってくださいッッッ!!」
「おいニール……何言って……!!」
「仕方ないでしょうッッ!! タロットさんがこうなってしまった以上、僕たちにはどうにも出来ませんよッッ!!」
俺の言葉も遮って、大声を出す事しか出来ていない、追い詰められ、必死にもがいているような。
タロットが操られているかはともかく、今は転移石で帰るべきではないだろう。
そしてナーコがペンダントを握りしめて言った。
「私はこれを使わないよ」
それを聞いたニールは、更に苛立ちの表情を浮かべ、ナーコを睨みつけて大声をあげるが。
「ふざけるなッッッ!! このままでは全員殺され……」
「そもそも使っても意味がない」
ナーコはそう言ってニールの声を遮った。
「やっぱり偽物かッッッ!!!! クソ女が騙しやがってッッッ!!!!」
ニールがタロットに向けて罵声を浴びせると、ナーコの瞳に影が落ちた。
そして感情なく問いかける。
「ニールくん、クソ女って誰のこと?」
「あ゛ぁッ!? アナタじゃないですよ!! そこの悪魔に決まっているでしょうッ!!」
ニールがタロットを睨みつけ、震える指を突きつけた。
それを見たナーコは立ち上がり、左拳をニールに向けてマナを溜め始めた。
「タロットちゃんに向かって……お前如きが……クソ女って言ったの……?」
マナが指輪に集中していく。
ニールがナーコの異変に気付き、焦りを隠せず宥め始める。
「は……? ち、違いますよカナコさん……落ち着いて……! タロットさんではなくそこの悪魔に……!!」
「その子はタロットちゃんだッッッ!! お前みたいな下衆が!!! 臭い息で……タロットちゃんにむかって……ッッッ!!!」
暴風が、熱風が、火柱が、ニールを標的と定めた指輪に圧縮されていく。
ニールは顔を引き攣らせ、恐怖に震えた声が漏れる。
「ちが……まって……そういう意味じゃ…………」
そんな保身の謝罪で収まるようなナーコではなかった。
このままではナーコがニールを殺してしまうと思い、俺はナーコを止めようとするが。
「おいナーコ!! 今はそんな場合じゃ……!!」
「アタシがニールくんに言った言葉を思い出してほしいッス」
俺の言葉を遮るように、タロットがそうやってナーコに一言告げるとその場はすぐに収まった。
「『生きててくれるだけで嬉しい』で……あってるかな……? タロットちゃん」
「そーッス、アタシはニールくんには生きてて欲しいんス。怒ってくれてありがとね、ナコちゃん」
タロットは成長と言って、これまではニールを反省させてきた。
それなのに今回は異常だ。
タロットだけではなくベリトも含めて、まるでニールだけが悪者のように振舞っている。
ニールは崩れるようにその場に座り込み、息を切らしながら怒りと恐怖で震え始めた。
「ハァッ……クソッ……! ハァッ……!」
玉座のベリトがニヤニヤしながら、そこに口を挟んでくる。
「おいヘンミカナコォ。その石ィ、一度使ってみるのもイイんじゃなィかなァ? もしかしたら本物って事も有り得るだろォ?」
したり顔でナーコに語りかけるベリトの表情は、まるで値踏みしているかのようだった。
ナーコはペンダントを握ったまま、ベリトを睨み返して言う。
「嫌です、私は貴方の膝には座りたくありません」
ベリトは意表をつかれた表情を見せた。
目を丸くして、少し腰を浮かせたのがわかる。
そしてナーコを見ながら満足そうに笑い始めたのだ。
「ククッ……クハハハハッ……!! やっぱり最高だァ!! 最高だよヘンミカナコォ! おいアスタロトォ、この女ボクにくれよォ、代わりに土地でも人材でもなんでもやるからさァ!!」
俺にはやり取りの意味がわからなかった。
転移石を使うとベリトの膝に座る?
「ナコちゃん、なーんでわかったんスか?」
タロットも唖然とした表情でナーコを見ている。
「だって……タロットちゃんが言ってた……ウチのお城にワープするって……場所は玉座だって……」
そこまで聞いて俺もようやく気づけた。
あまりの驚きに、立ち上がって口を挟んでしまう。
「ウチのお城って、ギブリス城じゃなくてココの事か!?」
この頃にはもう腕の痛みなんてすっかり無くなっていた。
「そーゆー事ッス〜! いや〜天才ッ!! ナコちゃん好き好き、大好きッ!!」
尻尾をぴょこぴょこ動かしながら、ナーコに近づいて抱きついた。
ナーコはそれを嬉しそうに受け止め、さらに予想を続ける。
「だから『王様にもらった』ってのも……たぶん国王様じゃなくってベリトさんなんだよね?」
——そういう事か、国王様ではなく、魔王様という意味で……。
しかし、それを聞いたベリトはツノにかかった王冠をクルッと回してこう告げた。
「そこだけは惜しかったなァ、九十点にしといてやろォ」
ナーコはそれを聞いて意外そうに聞き返す。
「え……ち、ちがうの……?」
ナーコはタロットに目を移し、小さいツノをクリクリと触ると、タロットは苦笑いを浮かべている。
「いやぁ〜……まぁ違うッスけど〜……あっは〜……」
目線を逸らすその顔は、まだ後ろめたいことがありそうに思えた。
国王でもベリトでもないなら、王様とは一体誰だ?
そんな俺の不安をよそに、ナーコは蹲るニールを睨みつけていた。
「それよりも私は……卑劣な手段でタロットちゃんに手を出そうとしたこの男が許せない……きっとお腹の中のモノだって……」
「……ひッ……!!」
ニールは悲痛な声を出して震えた。
——卑劣な手段……? お腹の中……? なんだ? ナーコにはそれがわかっているのか……?
「私だって……このペンダントが無かったら危なかったんだよね?」
「あっは〜……全部お見通しッスね〜……」
——ナーコが危なかった?
「待ってくれ、ナーコが危なかったってどういう事だよ……」
ニールは脂汗を垂らしながら俯き、顔をあげようとしない。
「コイツの麻酔術は、副作用で快楽中枢を刺激するッス。女をそれに依存させて犯しまくってるクズ野郎ッスよ」
あまりにも衝撃的な言葉だった。
血液が頭に昇っていくのを感じる。
「ニール……今のホントかよ……」
ニールがガタガタと震え始めた。
あの正座部屋で、戦争の話をした時のような震え方。
そして顔をあげ、引き攣った笑顔を見せながら俺に言う。
「ご、誤解ですよぉ……きっとタロットさんは何か勘違いしているだけで……」
「ナーコやタロットに近づいて、稽古の時も依頼の時も……それ使って依存させてたのかよ……なぁ?」
「し、信じてくださいよ……僕の麻酔は痛みを取るだけですよ……? ふ、副作用なんてあるわけないじゃないですか……」
ニールの目が泳いでいる。
笑って誤魔化し、必死に逃げ道を探している。
その姿は、都合の悪い場をどうにか乗り切ろうとする時の自分を見ているようで、更に不快感が募っていく。
「タロットが怪我した時も……!! カラダ目当てだったってのかよ……!!」
俺は沸騰しそうなほど顔面に熱を感じていた。
きっと真っ赤になっていただろう。
俺はニールを殺していいと思った。
ナーコは母親の薬物乱用で苦しんでいた。
そんな幼馴染に対して、この男のした事は絶対に許せない。
俺は足元に落ちていた石剣を拾い、ニールに向かって足を踏み出した。
「ま、待ってください……落ちついて……だから誤解……そう、これは誤解なんですって……」
ニールはそう言いながら、俺から逃げるように後退りしていく。
——殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる
「殺してやる……ッ!」
「ひッ……!」
俺がそう呟いて石剣を振りかぶると、
「ダメッス」
タロットが間に割って入り、ニールを庇うように両手を広げた。
俺は声を荒げて叫んだ。
「なんでだよッッッ!!!」
「生きてもらう為ッス」
「こんな奴……こんなクズを生かす必要なんてないだろうがッッッ!!」
「ちゃんと後悔しながら生きてもらうッス」
「なんで……ッッッ」
悔しくて涙が出てくる。
あまりにも優しすぎるタロットに逆らえず、その場で石剣を落としてしまっていた。
「なんでだよ……なんでお前はそこまで優しいんだよ……悪魔じゃねーのかよ……」
ニールはタロットにひれ伏すように、謝罪をうわ言のように呟いていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
謝るって事は、やっぱりさっきの言い訳が嘘って事だろう。
なんでこんな奴に情けをかける必要があるんだ。
ナーコとタロットに対して、麻酔を悪用して犯そうとしたこんな男を。
そんなモヤついた感情をぶつけるように地面を殴りつけると、タロットが俺の頭に手をポンと置いて来た。
「てゆーかね、コイツの処遇はアタシらが勝手に決めていい事じゃないんスよ」
「ま、そういう事だァ」
タロットの言葉の意味を考えたいが、今の俺は怒りで頭が回らない。
ナーコも思考を放棄したのだろうか、不安そうにベリトを見ながら尋ねていた。
「では……誰が決めるんですか……?」
ベリトはゆっくり立ち上がると、玉座の左側に立った。
そして俺たちを向いてこう宣言する。
「罪人の処遇は王様が決めるのさァ、ここからは魔王の審判だァ」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
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