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34.0 『ラスボス』


「タロットちゃ…………!! いやあぁぁぁぁああ…………ッッッ!!」


 ナーコは全力のマナを扉に向けて、憎しみを込めて左手を突き出す。

 が、すぐにその手を下ろし、広間を包んでいた暴風も火柱も収まることとなった。


 ここまで余裕の表情を崩さなかったベリトも、吃驚の声を漏らす。


「おィおィおィおィ……どォなってんだァ……相手はフルカスだろォ……」


 そして見知った声が聞こえてきた。



「はぁ? どーもこーもねーッスよ、見てわかんねーんスか?」



 その声が聞こえると、ナーコがその場に崩れ落ち、顔を両手で覆って涙をこぼす。


「ダロッドぢゃん゛……」



 驚愕の表情を浮かべたベリトが頭上を見上げて言う。


「いや違ェだろォ……こォなッてんのはお前の筈だっつッてんだよォ……」


 すぐにベリトの頭上を見上げると、そこから白髪の老剣士がボトッと落下した。

 そしてそれは「キケンダ……」と言葉を残して、ピクリとも動かなくなった。


 扉から傷だらけのタロットが、石剣を持って入ってきた。

 白のセーターには血がこびり付き、自慢のサイドテールが解けてウェーブがかった金髪が広がっている。


「タロットッッ……!!!」


「タロットさん!!」

 

「ダロッドぢゃん……うぁぁああぁん……」


 ベリトは玉座から立ち上がり、身を屈めて臨戦態勢を取る。

 両側のメイドも伏せた目を上げて、ベリトを庇うように両手を広げた。


 そしてベリトは問う。


「お前ェ……フルカスに魔術無しで勝ったのかァ……?」


「あ? だったらなんだっつーんスか?」


 それを聞いたベリトが汗を垂らした。


「バケモンかよォ……」


 タロットはそのままキョロキョロと周囲を見回した。

 右側にニール、左側には俺とナーコ。

 そして玉座にはタロットを睨みつけるベリト。


 すぐにナーコの脚の擦り傷に目が留まり、タロットが呟く。


「怪我……?」


「だ、大丈夫だよタロットちゃん……!! そ、それよりタロットちゃんのが怪我……! でも無事でよかっ……よがっだ……よがっだよ゛ぉぉ……」


 タロットは何も言わず、泣きべそをかくナーコの前でしゃがむと、鞄から水袋を取り出し、擦り傷を洗い流した。


 それを見たニールがすぐに飛んできた。


「す、すみません……ぼ、僕がすぐ治します……!」


 ニールはタロットの横に座ると、手のひらから緑の光を放ち、ナーコの足に向けて翳そうとするが。


 タロットはそれを見て、ニールの手をギュッと握った。


「い、いやタロットさん……今はそんな場合では……」


 ニールは少し照れながら困惑していると、次の瞬間。



 『パキッ』っと小枝が折れるような音がした。



「ギィヤ゛ァァァァ……ア゛ァ……ッッッ!! タロットさ……ッッ!! なんで……ッッ!!!」


 ニールの絶叫に目をやると、小指が真横にポッキリと折れている。


 その絶叫に耳も貸さず、見ることもせず、淡々と鞄から薬品を取り出している。


 俺はすぐさま叫んでニールに駆け寄った。


「タロット……!!! お前なにしてんだよッッ!!! おいニール……!! だ、大丈夫か!? 治癒できそうか!? ごめ……俺なんも出来ないけど……」


 俺にできる事がないのはわかっていた。

 ただ、この状況でニールを一人にしてしまうのは違うと思ったのだ。


「だ、大丈夫です……! それより……タロットさんの様子が……明らかにおかしい……」


 ニールは恐怖に顔を歪ませて、タロットを注視しながら、赤黒く腫れていく小指に治癒魔術をかけていた。


「おいタロット……! お前……本当にタロットか……?」


「タロットちゃん……? 私、大丈夫だよ……?」


 俺たちの声には一切答えず、優しく丁寧にケガの手当を続けた。

 水で洗い、消毒をして、ガーゼを当て、包帯をぐるぐると巻いていく。


 その間もベリトは臨戦態勢を崩さず、タロットをジッと睨みつけている。


「はい出来たっ」


 そう言って包帯を結び終わると、俺たちにこう言った。


「ハルタロー、ナコちゃん、アタシは二人をずっと騙してた、きっと嫌われちゃうッス」


「何言って……嫌うわけないッ……!! 何があっても……!! 私がタロットちゃんのこと嫌うわけないッッ……!!」


 それを聞くといつものニッコニコした笑顔になって言った。


「アタシは二人と一緒にいれたの、すっっっごく楽しかったッスよ」


 そう言って、ナーコの頭を手で少しだけ撫でる。


「私もだよ……? ねぇなんで今……そんな事言うの……?」


 その言葉には答えず立ち上がり、ベリトへと振り向いた。

 ベリトは腰を屈めたまま両手を広げる。

 その掌には真っ黒のオーラが溜まっていて、今までの攻防はお遊びだったのだと痛感させられた。


「タロットちゃん……私も一緒に……」


 そう言って立ち上がろうとするナーコを手で押さえた。


 タロットは死ぬ気なのかもしれない。

 ニールの指を折ったのだって、きっと何か理由がある。

 タロットが強い事は知っている、剣を持てばその辺の人間では足元にも及ばないだろう。

 でもこの魔王はそういう次元じゃなかった。

 最大戦力と思っていたナーコの魔術さえ、いとも簡単に防いで見せた。

 

 いくらそんなタロットといえど、勝ち目があるとは思えない。

 きっと俺たち全員で束になったところで……。


 俺はまだそんな事を考えていた。

 でも違ったんだ。


 タロットは棒立ちのままベリトを睨んで問いかける。


「なにこの子にケガさせてんスかぁ?」


 ベリトは肩を竦め、呆れたような口調で答える。


「おィおィ、そんなの怪我でもなんでもなィだろォ」


 それを聞くや否や、タロットは右手をベリトに向けて突き出した。

 そして何かを握るように力を込める。

 すぐにベリトが呻き声をあげ、首を押さえて苦しみ出した。

 距離はある筈なのに、まるで目の前で首を締め付けられているようだ。


「……ッッ!! ぐッッ……ぎッ……!!!」


 そしてタロットがゆっくりその手を持ち上げると、動きに合わせてベリトが宙に持ち上げられていく。


「ア゛ッッ……がっ……ぐぎッ……!!」


 タロットはそのまま玉座に向けてゆっくり歩きはじめると。


「お、お待ち下さい……これ以上は看過出来ません……!」


 そう言って、メイド二人がタロットの前に立ち塞がった。

 ナーコの魔術で身体を切り刻まれても、身じろぎ一つ起こさなかったメイド。

 その二人が怯えた表情でタロットを止めに入った。


「は? サキュバス如きがアタシに意見ッスか? 偉くなったもんッスねぇ……あ"ぁッ!?」


「きゃぁッッ……!!」


 タロットが左手で宙を薙ぎ払うと、それに合わせてメイド二人が左に吹き飛び、勢いよく壁に突き刺さって動かなくなった。


 宙で首を締められるベリトは、今にも息が絶たれそうな声で呻いている。


「……タロト……これ"……離せっ……あがァっっっ……!!!


 太かった首がギチギチと音を立てて、潰されていくのがわかる。

 タロットはそのまま穏やかな口調で語りかける。


「お前は人間の脆さに目を向けなさすぎッス。擦り傷が治るのに何日かかると思っている? ばい菌が入って化膿したらどうする? 綺麗な脚に跡でも残ったらどう責任取るつもりッスか?」


「わがッッ……わるがッッ……!!」


「あぁ? なんスかぁ? 聞こえねーんスよ」


 更にツカツカ歩みよると、ベリトを宙から下ろし、無理やり玉座に座らせ、直接その首を握った。


「わ゛る゛がッッ…………わ゛るがッだっでェ…………ア゛ァッ……!」

 

 その謝罪を聞き、ようやく首から手を離した。

 そして咳込むベリトの髪を掴み顔を引き上げ、覗き込むようにして言う。


「ここからはアタシが引き継ぐ、お前はそこで黙って見ていろバカベリト……!」


「げェッ……ホッ……カハッ……おェェ……バケモンがァ……」


 タロットが、ベリトとメイド達を圧倒したこの状況に、俺もニールも、ナーコでさえも理解ができず、ただ見ている事しか出来なかった。


「なにが起きてるんだ……タロットが勝ったってことでいいのか……?」


「きっと違う……引き継ぐってことは……」


 俺の希望的観測にナーコが否を予想すると、タロットの傷が回復していく。


 タロットは『バカベリト』と言った。

 ベリトはタロットの前で名乗っていない、何故その名前を知っている?

 そもそもさっきのはなんだ?

 タロットが魔王たちを圧倒したあのチカラはなんだ?


 混乱する思考を必死に整理していると、タロットはこちらを向いてニッコリ笑った。


 そしてこう宣言したのだ。


「あっは~♪ ラスボス登場〜!」


 背中の開いた服を好んで着ていた理由がわかった。

 両手を開くと同時に、背中から妖艶な黒い翼が姿を現れたのだ。

 頭には小さな赤いツノが二本。

 腰から真っ黒な細い尻尾、その先はハート型に膨らんでいる。

 露出した肌には、蛇が捻れて輪になり、尾に噛みついたような紋様が浮かびあがった。


 俺たちが茫然と立ち尽くす中、タロットは自らをこう名乗った。


「改めまして、アタシはソロモン七十二柱、悪魔大公爵・アスタロトッス~!」


ここまで読んでくれてありがとうございます。

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