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32.0 『VS老剣士』

 

 扉を開くと、一人の老剣士が立っていた。

 

 長い白髪を後ろに束ね、口と顎にはヒゲを蓄えている。

 着流しのような和装を着ていて、小柄だが姿勢が良く、剣を地面に突き立てるように持っている。

 武器は和装に似合わず両刃の洋剣。

 柄から剣先まで一つの石で出来ているようだった。

 そして、この老人は穏やかには見えなかった。

 歯を食いしばって歯茎を見せ、口の端からは涎を垂らしながら息を荒げ、白目の無い真っ黒な瞳が異様さを強調していた。

 今にも飛びかかって来そうな、あの山犬が思い浮かぶ。

 

 タロットはそれを見据えると、剣をヒュンヒュンと回しながら言う。


「あーららぁ、コーフンしちゃってどーしたんスかぁ? その歳でセーヨク全開ッスかぁ? キッショいジジィッスね~」 


 タロットは自分にヘイトを向けようとしているのだろう。

 そこで老剣士が初めて口を開いた。


「キケンダ……キケン……」


 タロットは睨みながら、口元をニヤつかせて煽るように罵倒する。


「はぁ? 危険なのはテメェッスよセクハラジジィ、そのきったねー剣置いて娼館でも行ったらどーッスかぁ?」


 その言葉を受けて老剣士が動いた。

 真上に飛ぶと、天井に足を着く。

 その天井を足場に身をかがめ、ヒビが入ったと思った時には老剣士は俺の眼前まで飛んできていた。

 右手で持った石剣を俺に向けて斬り払ってくる。



——俺!?



 俺はすぐに自分の腕を突き出し、それを受け止めようとするが。


「チィッ!」


 タロットは舌打ちと同時に俺と老剣士の間に入り、石剣を自分の剣で止める、そこを支点に回転し、老剣士の頭を蹴り飛ばした。

 吹き飛ばされた老剣士は、頭から壁に突き刺さる。


「今だ行けぇッッッ!!!!!」


 タロットから怒号のような指示が飛んだ。

 それを聞いてすぐに俺たちは走り出そうとしたが。


 ナーコが動かない、手を引くが左手に負荷がかかる。

 その場から逃げる事を拒否しているのだ。


 ナーコが左手の指輪を、壁に刺さる老剣士に向け、大声を上げた。

 

「う゛ぁぁぁあ゛あああッッ!!! 死゛ねぇぇぇええええッッ!!!!」


 タロットがナーコの暴走に気づくが。


「ダメッスそれはッッ……!!!」


 老剣士はピクッと動きを見せ、めり込んだ壁ごと突き破り、ナーコに向けて一直線に飛びかかってきた。

 俺もニールも動けない。


 もちろんナーコもそれには反応できず。


「え……?」


 と声を漏らし、石剣がナーコの胴体を貫いた、ように見えたが。


 金色の蛇がナーコを守った。


 目で追えない速度で宙を這い、ナーコと老剣士の間に体をねじ込んだ。

 老剣士が突き刺してきた石剣を、切先で脇に逸らし、ナーコを足の裏で蹴り飛ばした。

 ナーコは溜めたマナを霧散させながら、ゴロゴロと転がって、通路の前でうつ伏せに気を失った。


 俺はそこに走り込み、ナーコを抱きかかえ振り返る。


 そこでは金髪の美少女が、老剣士と鍔迫り合いをしている。


「タロット……!!!!」


「さっさと行け邪魔だッッ!!! ナコちゃんにアタシを見せるなッッ!!!」


 ふと見ると、タロットが脇腹から大量に血を流していた。

 ボタボタと止まることなく流れる血液から、あの鉄の匂いが漂ってきた。

 吐き気を催し、膝が落ちそうになった。


 すぐにタロットが続けて言う。


「すぐ追いつくからさっさと行けッッ……!!! うら゛ぁッッ!!!」


 喉から声を張り上げて、タロットが老剣士の左腕を斬り飛ばした。

 老剣士は声もあげず、飛ばされた腕を一足飛びに捕捉。

 そのまま断面を合わせると、何事もなかったように左手はくっつき、また両手で石剣を握った。


 あまりの衝撃に目が泳いだが、歯を食いしばり、気絶したナーコを抱えた。


 そして俺は、拳に力を入れて叫んだ。


「タロットッ!! ぜったいすぐ終わらせてこいよッ!!!」


「あっは~、よゆーッス~♪」


 その強がりな返事を聞いて、俺はナーコを抱え、ニールと共に走ってその広間を後にした。


 直後、その広間から轟音が響き、ミシミシと何かがめり込むような振動が伝わった。



——なにが『すぐ追いつく』だよ、フラグたてんじゃねーよ



「タロットさん……」


 ニールも不安そうに呟くが、その声は目を覚ましたナーコの発狂でかき消される。


「いやだぁッッ……!!! ダロットぢゃんッッッ…………!!! いやだいやだいやだァァッッ……!!!!」


 ナーコが焦点の合わない目を泳がせて、俺の腕の中で体をよじって暴れ、必死にタロットを探している。


「だ、大丈夫ですカナコさん……! どう見ても、タロットさんが優勢でした。す、すぐに追いついてくれます」


 それを聞いたナーコは、ゆっくりと息を整え、落ち着きを取り戻し、焦点を合わせ、ニールに目を向け笑顔になる。


「ごめんなさい……それならよかった……なら大丈夫! ハルタおろして、もう大丈夫だから」


 そう言うと、ナーコは自分で立ち上がる。

 ニールも一安心して、改めてナーコに声をかけるが。


「よかったです、では先を急ぎ……」


「でももし嘘だったら、私はお前を殺すからね?」


 ナーコが笑顔で冷たく、そう言い放った。

 そして前を向いて走り出した。


「行こう! ハルタぁ、ニールくん!」


 笑顔を取り戻したナーコが、俺には微笑む悪魔に見えた。



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