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31.0 『汚い手で触るな』

 

 その通路は俺たちを招くように、前に前にと明かりを灯していった。

 俺が先頭を歩き、その後ろにタロットを背負ったナーコ、そして殿をニールが務めた。

 列を成して進む、『勇者一行』のイメージにピッタリでワクワクしてしまい、タロットの言う『緊張感のないヤツら』に文句が言えなくなっていた。


 そこでニールが不穏な表情を浮かべて口を開く。


「おかしいですね、神殿の奥行きはとうに超えてしまっている」


「そもそも『不可逆の扉』から入った時点で、別空間な気ぃするッスけどね~」


 タロットはナーコの首筋の匂いを嗅ぎながらそう言った。

 何も起きず、ただただまっすぐの道を、コツコツと音を立てて進みながら口を開く。


「それにしてもホントに敵がいないな、かなり警戒してるんだけど気配もしない」


 そんな俺の言葉にタロットが煽るようにニヤニヤして言ってくる。


「あっれぇハルタロー、敵の気配とか分かるんスかぁ~?」


「そりゃ少しくらい分かるっつーんだよ!!」



——昨日から無駄に耳が良くなってんだよ!! お前らの夜の営みのせいでな!!



 少し進むと大きな扉があった。

 扉は両開きだが木製で、円形の叩き金が取り付けられている。

 その円はやはりナーコの指輪のような、斜め格子があしらわれていた。

 ゆっくり開くと木の軋む音が響いた。

 そこは広間になっていた。

 といっても、通路をただ広くしただけのような長方形の空間。

 中央の天井にはシャンデリアが飾られており、炎が灯っている。

 奥にはさらに続く通路が見える。


「これって……なんか出てくるんじゃねーの……?」


「私もそう思う……こういうのは大抵……」


 俺もナーコも盛大にフラグをたてる発言をしてしまったが、実際は何も起こらなかった。

 

 そして奥に進むと下に降りる階段があった。

 階段では上下で挟み撃ちになると危険な事はわかっていたので、一気に階段を駆け下りた。

 そしてまた一本道、広間、階段、これを何度繰り返しただろう。

 俺たちは無限ループに入っているんじゃないかと錯覚を起こすほどだった。

 慣れすぎて、警戒心もなくなりかけタロットに話しかけようとしたが。


「なぁタロット、これループして……」


「シーッ!」


 ナーコに言葉を遮られて鋭い目つきで睨まれた。

 その背中では、頬を潰し涎を垂らし、スヤスヤと寝息をたてる少女の姿があった。

 それを見た俺は一気に頬が緩んでしまう。


「あーあ、何が『緊張感の無いヤツら』だよ全く」


 そう嫌味を言って、寝息をたてるタロットの頬を、指でブニブニと潰してやった。


「ホントに疲れてたんだね~、私タロットちゃんの寝顔なんて初めて見たよ〜」


 言われてみれば確かにそうだった。

 今日の馬車はもちろんだが、コイツの寝顔は今まで一度たりとも見た記憶がない。

 もしかしたらコイツは、ずっと俺たちを守り続けていたんじゃないかと思える程だ。



——でももしそうなら、ここが一番気を抜いちゃいけない所では?



 そんな事を思っているとニールも、


「本当に可愛い寝顔ですね」


 そう言って俺と同じように、タロットの頬に指をやろうとした瞬間。


「汚い手で触るなぁッッ!!!」


 ナーコが大声で威嚇し、敵意剥き出しでニールを睨みつけた。

 これにはニールもショックを受けたのだろう。


「す、すみません……」


 呆然としながら声を漏らした。

 ナーコもそれに気づいてハッと我に返って


「あ、ご、ごめんね……! ほら、起こしちゃ悪いと思って……!」


 そう言って笑顔をニールに向けた。



——さっきの大声のが起きちゃうと思うけどね?



 おそらくこれは、タロットがニールに向けて放った言葉が原因だろう。

 『きったねー手で触るんじゃねーッス』

 ナーコがそう思っているわけではなく、タロットの意図を汲み取ろうとしているだけだ。

 盲信というか忠実すぎる。

 もっと言うと機械的。

 ふとした発言を全力で遂行してしまうため、このままタロットが目覚めなければ、ニールは一生タロットに触れることは出来ないだろう。

 『本気と冗談の違いはわかる』らしいが、応用は効かない。

 いつか『本気だったけどそんなつもりじゃなかった』が起こりそうで背筋が凍った。

 


——タロットと喧嘩でもした日には、ナーコにまで口聞いてもらえなくなるぞこれ。


 

 俺はさすがにニールが見ていられず


「ニール……大丈夫だ……タロットと仲直りすれば、自動的にナーコの警戒心も解ける……これは間違いない……」


 そうやって耳打ちしてやった。


「はは……ここに来て僕のメンタルが限界を迎えようとしていますよ……」



——わかるぞ、俺だって仲の良かった女の子二人からその扱いをされたらそうなる。



 空気を変えるようにナーコは、タロットを背負い直しながらこっちを見て言う。


「あとハルタぁ、たぶんループはしてないと思うよ? 扉の木目は全部違うし、シャンデリアも全部少しずつ違う」


 ナーコの洞察力に感服したが、俺はさらなる不安を苦笑いと共に口にしてしまう。


「そうなのか、全く気づかなかった。でもそれが一生続いてたら同じことじゃね……?」


「あはは、確かにそうかもね~」

 

 ナーコが満面の笑みでこっちを見て言った。



——いや、笑い事じゃないんだけどね?



 そこにニールも割って入る。


「でも最悪、カナコさんの転移石があるから大丈夫でしょう」


「あぁ……うん、そう……だね……」


 だが、ナーコはこの言葉に歯切れ悪く答えてしまっていた。

 それを不安に思ったのかニールも少し声を荒げる。


「まさか使いたくないとか言い出さないでしょうねぇ!?」


 その声にナーコの体がビクッと体震え、怯えた表情を声の主に向けた。


「そ……そういうつもりじゃ……」


 俺はニールに掌をむけながら口を挟んだ。


「おいやめろニール! ナーコ、お前のタイミングでいい、使うのはお前が必要と判断したときだけでいいから、な?」


 ニールは小さく舌打ちをし、ナーコは俯いて返事をする。


「う、うん……」


 ナーコはタロットの為ならどこまでも強気になれるが、対象が自分になるとただの女の子だ。

 二十歳を超えた男からの糾弾に、少し涙を浮かべている。

 

 そしてニールの不安も理解はできた。

 本当の非常事態、例えば水が尽きたりした場合、それでも使わないのであれば看過できるものではない。

 とはいえさすがにその場合は、背中で寝息をたてるこの子が諌めてくれるだろう。


 一気に場の空気が最悪となった。

 俯いたままタロットを背負うナーコ、その後ろでは苛立ったように親指の爪を噛んでいるニール。

 

 俺は間を取り持つこともできず、ただ揚げパンを少しずつちぎって口に運び、寝息をたてる少女を見ていた。



——さっさと起きてくれよ、お前しかいないんだよこの空気を変えれるのはさぁ……!



 そんな事を思いながら、次の扉を開こうと思った瞬間。

 背負われた少女が大きな目をパチっと開けて俺たちに言った。


「止まるッス」


 さっきまで穏やかに寝息をたてていたとは思えない、そのピリついた表情と声色に緊張が走った。

 全員がピタっと足を止め、身を屈めて木製の扉を凝視しながら後ずさりする。


 タロットが先頭に立ち、扉に近づく。

 俺はそれを見て焼灼刀を抜こうとしたが、タロットは手でそれを制止した。


 そして俺たちに振り返ると、いつものニッコニコの笑顔になった。


「ここはアタシが相手するッス、みんなはその隙にパーッと先に進んじゃってほしいッス」



——なに言ってんだ? 俺が攻撃を受け止める筈だったろう?



 ナーコが呆然としながら唇を噛んで、タロットに言う。


「タロットちゃんなに言ってるの? みんなで戦うんじゃ……」


「いやいや~、これがイレギュラーってやつッスね~。守って戦うほうが大変ッス、ごめんね~ナコちゃん」


「なんで……!」


 ナーコの涙が零れて手で顔を覆った。


 ふと気になってタロットに聞く。


「なんでそんなのがわかる……? やってみないとわかんないだろう……? 俺が攻撃を止めれるんじゃ……」


 タロットはそれを聞くと、背伸びして俺の頭を撫でてきた。


「ハルタローは成長したね~、でも相手は見極めなきゃダメッスよ? その体質に甘えない事が次の成長ッス~」


「うるせぇよ、お前はそれを見たいんだろうが……!」


 その言葉で、俺も涙が溢れた。



——やめろよ、変なフラグ立てんなよ



 そしてニールを見て、とびきりの笑顔を見せた。


「ニールくんはぁ、生きててくれるだけでアタシは嬉しいッス~♪」


 それを聞いてニールも涙を流して言う。


「僕も……今は同じ気持ちです……一緒に帰る約束ですからね……!」


 俺もこの言葉を聞いて、自分の離脱症状は完全に無くなったんだと思えた。

 絶対に全員で帰ろうと、帰ってタロットとニールを祝福してやろうと。

 そう心に誓った。


 そしてタロットは、ナーコに目を向けて抱きついた。


「ナコちゃんには~、自由に生きてほしいッス。自分で考えて~、自分で決めるッスよ? アタシの言葉なんかに縛られちゃダメッスからね?」


「や゛だぁ……いやだぁ……! ダロッドぢゃんが決めてくれなぎゃ嫌だぁ……やだぁ……!」


 タロットはナーコの事を全部理解していたんだろう。

 グズグズと泣いているナーコの涙ごと、頬をぐりぐりと潰して笑った。

 タロットはナーコを撫でまわしながら俺を見る。


「隙を見てナコちゃん連れてってあげてほしいッス、これからはハルタローが暴走しないように見ててあげるッスよ?」


「それはお前の仕事だろうが、帰ったらお前が面倒みるんだからな……!」


「あっは~♪ そうさせてもらうッス~!」

 

 そしてナーコから手を離すと扉に振り返り、剣を抜いて言う。


「ほんじゃ、行くッスよ~!」


 その扉をノックしてから片手でゆっくりと開いた。


ここまで読んでくれてありがとうございます。

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