30.0 『魔王城』
ガンドが『不可逆の扉』に触れて、マナを込めると、岩が擦れる音を立て、指輪の絵をを真っ二つにしながら扉がゆっくりと開いた。
——この人はマナも使えるのか……さすがは騎士長だな
そしてタロットはニールと手をつなぎ、ゆっくりと中に入っていく。
入る時に、手をギュッと握ったのが分かった。
中に入ると、外壁と同じようにクリーム色に青の差し色、所々彫金が施されていた。
周囲の壁に燭台があるが、明かりは灯っていない。
それを見てふと感じた疑問を口にする。
「おいこれ、扉閉めたら真っ暗になるんじゃねーか?」
開いた扉から刺す光で、ようやく広さのわかる室内を見渡す。
それを聞いてナーコが自信満々に口を開く。
「あ、それなら大丈夫だよ! ほら」
ナーコの手元に目を落とすと手のひらが眩く光っている。
これなら真っ暗になる心配はないだろう。
「さすがナーコだ、えらいぞ」
「ふっふーん!」
褒められたらドヤ顔で調子に乗るナーコだ。
そして奥を見ると、さっきと同じ『不可逆の扉』がもう一つ。
ナーコと同じ指輪の形が、ここにも描かれていた。
後ろからガンドの声が聞こえる。
「閉めますぞ、よろしいですかな?」
「いいッスよ~!」
タロットは振り返って、元気に大きく手を振った。
「「御武運を」」
扉が音をたてて閉まる時、二人の残したこの言葉が嬉しかった。
生贄としてではなく、期待を込めた一言に聞こえたからだ。
扉が完全に閉まると一瞬だけ真っ暗になったが、俺の不安は杞憂に終わる。
周囲の燭台に、紫色の明かりが灯ったのだ。
「すっげぇなぁ~」
俺がそうやって感嘆の声を漏らすや否や、タロットから笑顔が消え、ドッと疲労感を露わにした声を響かせる。
「あ゛ぁぁぁ、づっがれだぁぁぁぁ!!!!!」
両手を床について大声で叫ぶタロット。
すぐにナーコがそれに駆け寄り声をかける。
「タ、タロットちゃん? 大丈夫?」
「もう無理……! も~~~~~無理ッス……! 休憩……休憩させてほじいッズぅ……!」
タロットはそう言って、ナーコに抱きついて押し倒した。
そしてナーコの胸にぐりぐりと顔を擦り付け、休憩を懇願しているのだ。
ナーコもしどろもどろになりながら、子供を扱うように優しく声をかける。
「ちょっと……タロットちゃん??? そうだね、ここで少しお休みしようね??」
「ナゴぢゃぁぁぁぁん……づがれだよぉぉぉぉ……!!!」
さっきまでの冷静なタロットとは思えない甘えっぷりに、俺もニールも目を合わせて溜息をついた。
——だからキシュの街で休憩しようって言ったよね?
ワガママ令嬢のワガママで、俺たちは揚げパンを広げ、大量に持たされた水を分け合い、不可逆してすぐの小休止を取る事にした。
タロットはというと、それはそれはもうナーコにベッタベッタと甘えまくっている。
俺は揚げパンを齧りながら、扉の前の出来事を振り返って話す。
「それにしてもアイゼイヤさんには驚いたな、ガンドさんもだけどさぁ」
それに同意したようにニールも頷いて言う。
「はい、まさか二人して同行を志願するとは思いもしませんでした」
特にアイゼイヤ大使の事は警戒していただけに、あの時は呆気に取られて何も言えなかった。
するとタロットはナーコの膝で、揚げパンを頬張り、またグチグチと言い始める。
「なんっであんなにバカなんスかねぇ! どいつもこいつもぉ!!」
俺としては是非欲しい戦力だっただけに、少し口惜しい気持ちになって呟いてしまう。
「前々から言ってくれたらいいのにな、そうすりゃ一緒に行けたのにさぁ」
「いや絶対に無理ッスよ、許可が降りる筈ないッス。アタシらが行くだけでも事前準備しまくったのに、アイゼイヤさんは友好国の大使ッスよ?」
タロットはそう言って歯型のついた揚げパンをビシッと突きつけると更に続ける。
「アイゼイヤさんの同行が成るのは、さっきの土壇場でアタシらに歓迎される道一本だけッス。だとしてもアタシを舐めすぎッスよ、まったくもう……!」
——そりゃ確かにその通りだわな
するとニールがおもむろに立ち上がり、今来た扉を眺めている。
マナを込めているようだが、開く気配はなく、疑問を口にした。
「というか本当に開かないですね、もう一度向こうから開けたらどうなるのでしょう?」
タロットがそれを聞いて、揚げパンをニールに向けて振りながら言う。
「いなかったッスよ~、閉めてすぐ開けたら誰もいなかったッス~! アタシは直接見たから間違いないッス〜」
——なんかそれカッコいいな。
「な、なんかそれカッコいいね!」
——ナーコと俺が同じ思考回路な事はわかったよ。
「タロットはもう大丈夫そうか?」
俺はワガママ令嬢にお伺いを立てつつ、揚げパンを紙袋にしまっていく。
その言葉に不貞腐れ顔のタロットが諦めたように返事をした。
「あーい、めんどくさいけど行けるッス~~」
そう言いつつもタロットは、ナーコの膝枕から動きたくなさそうにダラダラとしている。
そこにニールが手を差し伸べて優しく声をかけた。
「じゃあタロットさん、僕と行きましょう」
ニールは小さいタロットが手を取りやすいように手のひらを少し上に向ける気遣いを見せていた。
こういう気遣いの積み重ねで、タロットの心を開いていったのだろう。
そしてタロットは、ニールのその手を見てこう言ったのだ。
「なんスかコレ? きったねー手で触んじゃねーッス」
——ええ????
「ナコちゃんおんぶ~~~」
「はいはい、しょうがないなぁ~」
女性陣のそんな会話が聞こえてくる中、ニールはタロットのいなくなった床に向けて手を差し伸べ、固まっていた。
俺はニールに近寄ってコソコソと声をかける。
「お、おいお前なにしたんだよ……」
すぐにニールもあの二人に聞こえないように振り返ってこう返す。
「まったくわかりません……むしろ昨日からいい雰囲気になれたと思っていたぐらいで……」
「はぁ……? 昨日、一晩共にしといて、いい雰囲気も何もないだろ……」
「いえ、昨日は部屋についてすぐに僕が寝てしまって……」
そこまで聞いて、俺はすぐに話をやめた。
「はいはいわかったよ、ちゃんと謝るんだぞ〜」
「あ、は、はい」
シラを切るニールに、少し苛立ってしまったのかもしれない。
ナーコがタロットをおんぶして、奥の扉の前に立った。
描かれた指輪の格子柄も全く一緒だ。
「ナコちゃん、ここにマナを通してほしいッス~!」
タロットがおぶさりながら扉の中心、指輪を指差した。
「さっきの扉と同じなんだね~」
ナーコがそう言って手を翳すと、岩の擦れる音と共に、指輪を真っ二つにしながら扉が開いた。
それを見て、ふと気になったことを俺はタロットに聞いてみるのだ。
「この部屋って『無し人』が入ったらどうなるんだ? 先に進めなくね? 戻れもしないんだろ? 外から開けても居ないんだろ?」
するとタロットは頬を指で押し込み、宙を見上げて数秒考えた。
そして俺に目線を移すと、ニタっと笑って言うのだ。
「たしかに気になるッスねぇ」
その声とその笑みに俺の背筋が凍りついた。
——なぜ俺はいつも藪を突いてしまうんだ!
すぐに何事もなかったように話を変えるのだ。
「た、確かめようもないしな……! じゃ、じゃあ先に進もうか……な!」
そう言って俺は歩を進めようとしたが、タロットの緩んだ口が開く。
「ハルタロー、今度一人で……」
「入らねーよ!! 俺は一人で絶対に入らねーからな!!」
そしてタロットはすぐに頬を膨らませて言う。
「ケチッ!!」
——ケチじゃねーよ!! 俺の命をなんだと思ってんだコイツは!!
気を取り直したタロットが扉の先を指差して言う。
「さぁ~いっくぞ~! ヘタクソ~!」
「もぉ~ヘタクソって言わないでよ~~」
進む先は真っ暗だったが、一歩中に足を踏み入れると、壁にかかった燭台に炎が灯った。
その炎は先程の空間の明かりとは違い、紫色の禍々しい炎が灯る。
『ボッ』っと音を立て、両側が灯ると、そこから一定間隔で、『ボッボッボッボッ』と、奥まで明かりが灯っていった。
明かりの色で照らされた通路が、薄ぼんやりと紫色に染まっていった。
その光景が、あまりにもファンタジー世界の魔王城を彷彿とさせ、俺とナーコの胸を躍らせた。
「カッ……コいい……」
「私も……鳥肌たっちゃったぁ……」
タロットがそんな俺たちを呆れた目で見ながら言う。
「緊張感のないヤツらッスねぇ~」
これにはさすがのナーコも反論をする。
「それ、タロットちゃんにだけは言われたくないからね?」
——いいぞ、もっと言ってやれ!
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