29.0 『マナの壺・不可逆の扉』
『マナの壺』の近くまで着くと、直径五百メートルはありそうな、大きな切り株が視界を覆った。
切り株とはいえ、根本でへし折られたらしく、高さは一メートル程度から数十メートル程度まで場所によって不揃いになっていた。
タロットは『マナの壺』が低くなっている所を指差して言う。
「あそこから『無し人』投げ入れてたんスよ、ポーイッつって」
指さした位置に行き中を覗くと、真っ暗で底が見えない。
「こっっっっっっっわ……!」
思わず声に出るほど恐ろしかった。
同じ『無し人』として他人事とは思えない。
タロットの横からニールが問いかける。
「これって、中はどうなっているのでしょう? 扉から入るより近道とか……」
その問いにタロットは無邪気な笑顔で、恐ろしい返事を返していた。
「入ってみたいッスかぁ?」
「い……いえ……遠慮しておきます……」
一夜を共にした男への返事とは思えず身震いした。
――ニール……これから頑張るんだぞ……!!
そうやって思うたびに、心が痛くなったが、大丈夫。
『大丈夫』にならなければいけないのだ。
そしてトコトコと歩く少女に連れられて神殿の前まで来た。
その神殿はクリーム色に、燻んだ青色で彩られ、ところどころ彫金が施された神殿……というよりも大きな箱だった。
十メートル程の幅で、奥行きはその三倍ほど、高さは三階建て程はありそうに見える直方体。
そして前面には両開きの扉があった。
その扉は青く、真ん中に大きな金の輪が描かれていた。
大きな金の輪は、金属で浮き彫りになっていて、斜め格子の柄。
それはまるで……。
「私の……指輪……?」
ナーコが呆然とその扉を見て、左手を握りしめた。
「そーなんスよね~、マジで似てるんスよそれ~」
タロットもそれに頷き、ナーコを見た。
俺も少し興奮気味にタロットに詰め寄る。
「シェバードさんが興味を示してたのはこれか……!」
すると俺に人差し指をビシッとつきつけて言う。
「そーゆー事ッス! でも関係無いと思うって言ってたからぁ、たぶんモデルにして作っただけだと思うんスよね~」
そう言うと頭をポリポリとかいていた。
それにナーコは少し怪訝な表情をして口を開いた。
「あの、タロットちゃんと先生でも確定出来ない時点で……なんか有りそうに私は思うよ……?」
俺も同じ意見だった。
二人の知識と判断力は異常だ、それでも『と思う』に留まる時点で何かがあるとしか思えない。
「まぁまぁ、それよりどッスかぁ〜? この神殿カッコよくて入ってみたかったんスよ〜♪」
ポンポンと神殿の扉を叩くタロット。
それを聞くな否や、ナーコもそれに呼応する。
「すっっっごくカッコいい!!! この扉が『不可逆の扉』なの?」
「そーッス~! 不可逆の神殿の『不可逆の扉』、開くと奥にもう一個扉があるッス、その扉はこの扉を閉めないと開かないッス!」
それを聞いてニールも口を開いた。
「そういう事ですか、扉を開放したまま進む事は出来ないと」
「そゆことッス~♪」
タロットがニールの頬をぐいっと押し込んだ。
そんな会話にガンドが「さて……」と割り込む。
「では、この扉に入ることを確認させてもらうが、心の準備はよろしいかな?」
「えぇえぇもっちろんッス~、早く入りたくてウズウズしてるッス〜」
ガンドの問いにタロットは笑顔で応じるが。
突然アイゼイヤが笑みを浮かべながら、タロットと扉に割って入った。
「ククク……タロット商、それはまだ早いのではないですか?」
これを聞いたタロットは、腰の剣に手を当ててアイゼイヤを見上げる。
「ん? アイゼイヤさんどうしたッスかぁ?」
タロットは笑顔を崩さないが、少し緊張が走っているのがわかる。
ニールを守るように、繋いだ手を後ろに引き、足元の砂が少しだけ窪んだ。
アイゼイヤは両手を少し広げてこう答える。
「いえいえ、そんなに緊張しないで頂きたい。私はね、魔術に少しばかり自信があるのですよ。そして最上位魔術師の位も頂いております」
タロットはそれを聞いても笑みを崩さなかったが、少しだけ腰をかがめた。
その動作を見た俺もナーコも、アイゼイヤからゆっくり距離を取る。
「へーすごいッスね~。で、それが今なんか関係あるッスか?」
「私は今まで、全力を出せた事が無いのです。この意味がわかりますでしょうか?」
「いやいや~、まーったくわかんないッスよ~?」
タロットは笑顔のまま飄々とそう言うが、ニールを真後ろに匿った。
アイゼイヤは、モノクルを直すと、真面目な顔つきになって言う。
「今回の『魔王討伐』、私は可能性があると思っています。タロット令嬢の手腕、そしてハルタロウ君の謎のチカラ。ガンドさんもそうは思いませんか?」
突然話を振られたガンドが慌てたように返事をする。
「あ、あぁ。思うが、何が言いたいのかな? アイゼイヤ殿」
するとアイゼイヤは掌を握って炎を消し、タロットの顔を真っ直ぐに見て言う。
「タロット令嬢、このアイゼイヤを今回の『魔王討伐』に同行させては頂けないでしょうか」
「……は?」
予想外の言葉にタロットが固まった。
頭の中で言葉を咀嚼するように、笑顔で固まっていた。
そして内容を理解できたのだろう、すぐに大声を上げるのだ。
「いーやいやいやいや! なに言ってんスか!? 出来るわけないじゃないッスか! それにアイゼイヤさんもわかってるんスよね!? 討伐っつっても……」
「えぇ、魔王の討伐が建前な事くらいは当然わかっております。ですがそれでも、私の力はお役に立てるかと」
とんでもない提案をされた俺たちは呆然と立ち尽くしていた。
警戒心をMAXにしていた所に、とんでもない提案をしてくるアイゼイヤ大使。
もちろん最上位魔術師が仲間になるのであれば、俺たちとしては願ってもない話だが、タロットはというと……
「あのねぇ! そーんな事したらガンドさんはどーなるんスか!! 黙って見過ごせる訳ないでしょーが! 一体どんな報告をさせるつもりなんスか! 下手したらガンドさんがお尋ね者になっちゃうッスよ!」
タロットは人差し指を突きつけて、ギャーギャーとアイゼイヤに声をあげた。
しかし、そこに当のガンドが割り込む。
「ご心配には及ばんよタロット商、であればこのガンドも同行するまでですな! ハッハッハッ!」
ここで遂に、タロットの血管が切れる音が聞こえたのだ。
「だーーーーもうッ!! ダメに決まってるでしょーがーーッ!!!」
◇ ◆ ◇
アイゼイヤとガンドは、熱々の砂漠の上で正座をさせられていた。
ブチ切れたタロットが二人を見下ろして叱りつけている。
「アンタらねぇ! そんな事したらアタシらは、二人を殺して逃げたと思われるッスよね!? 見届け人がゼロッスよ? バカッスか? 国王も大使も騎士長も、揃いも揃ってバカしかいないんスかこの国は!!」
アイゼイヤが正座のまま、おずおずと手をあげて口を開く。
「し、しかしですねタロット令嬢……皆で帰れば、結果的にその問題は解決するのではないかと……」
それを聞いたタロットは、直ぐ様アイゼイヤの胸ぐらを掴み、睨みながら顔を近づけた。
「もしアンタらだけが死んだ場合、アタシらは一体どーなるか教えてくれるッスかぁ? あぁ?」
「そ、それは……あはは」
「『あはは』じゃないんスよぉ! もぉ!!」
そして正座したまま、諦めたようにガンドが言う。
「確かにタロット商の言う通りであるな、アイゼイヤ殿、諦めましょうぞ。私も少々残念ではあるがな」
「そうですね、私が見届人を願い出たのはこの為だったのですが、仕方有りません、悔しい限りですが」
――そういう理由だったのか……!
そう言って二人はイソイソと正座を崩し立ち上がった。
タロットはまだブツブツと文句を言っている。
「まったく、どいつもこいつも……!」
苦笑いした二人はタロットに向けて口を開く。
「ですがタロット令嬢、無事に戻ってください。そして沢山の土産話を期待しています」
「そうであるぞタロット商、国王の涙はもう見たくないからな」
「はいはいわかってるッスよー、お二人にはあのバカ国王の事をよろしく頼むッス~」
こんなやり取りを聞いていると、この国に悪い奴なんていないんじゃないかと思えた。
――でもアイゼイヤさんは最初少し怖かったよ?
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