30.0 『魔王討伐に出発』
「うわーすっげぇな……なんだこれ……!」
馬車が森を抜けると、一気に大きな砂漠が広がった。
緑からセピアに移り変わる様は、まさに圧巻の一言だった。
それを聞いて、アイゼイヤさんが俺に笑顔を見せて言う。
「初めてだとそうなりますよね。私も最初は驚いたものです」
アイゼイヤさんは、昨日疑ったことを申し訳なく思う程に、こんな年下の俺を敬うように接してくれる。
国王の剣を受けた俺に、感銘を受けてくれたらしい、身に余る光栄で肩がすくむ。
すぐにガンドさんもこの話に乗ってくる。
「この境界は見物客も多い、もう少し発展すればいい商業になりそうなものだが」
ガンドさんは厳格な騎士そのものだった。
あの一件でタロットには心から感謝をしており、出会い頭も頭をしっかり下げてお礼を言っていた。
そして関係ないナーコが、突然遠い目をして口を開いた。
「私の島もこんな感じにしてたな~、なっつかし~……」
それを聞いて、昔一緒にやったゲームを思い出し、ナーコを見て溜息をついた。
「はぁ、ナーコ……お前それ『ドー森』の話だろ? 勘違いされるからやめなさい」
「あはは、バレましたか~」
ナーコは頭をぽりぽりとかきながら舌を出した。
そんな俺たちを見たタロットは、興味津々で詰め寄ってくる。
「なんスかぁ? ナコちゃんって島持ってたんスかぁ?」
――ホラ見ろ、自分でなんとかしろよ!
「そういえばタロットさん、昨晩僕は気づかぬうちに寝てしまったようで申し訳ない」
「いやいやいいんスよぉ! ゆっくり寝れたならなによりッス〜♪」
タロットとニールのそんな会話が俺の心を逆撫でした。
朝起きてからというもの、ずっと二人は手を繋いでいた。
俺に女性経験などないが、男女関係とはそういうものなのだろう。
少し進むと、石で出来た長屋のような建物が道沿いに建っていた。
乾燥地帯では木材よりも、石材の方が都合がいいのだろうか。
もしかしたらイメージ重視なのかもしれない。
長屋の一つ一つが店になっており、食料や飲み物、武器などまで売られていた。
すぐにガンドさんが口を開いた。
「さて、ここに長居はできないが、足りない物などあれば購入してくるといい。まぁ……食料は不要だろうがな……」
そう言うとまだまだ沢山ある揚げパンを見て苦笑いした。
――ウチのナーコがごめんなさい!!!
するとニールが立ち上がった。
「では僕は飲み物を買ってきましょう、タロットさんも行きますか?」
「アッタシも行くッス~♪」
そう言って、二人は仲良く手を繋いで休憩所に歩いていった。
それを見たアイゼイアが改めて驚きを口にした。
「まさかジアとタロット令嬢が、こういった関係になるとは思ってもみませんでした。これはどうにか『魔王討伐』を達してほしい所ですね」
「ハハハッ、男女は分からんもんですからなぁ!」
ガンドも笑い声に釣られて、俺も愛想笑いを浮かべる。
ふと視線を横に移すと、ナーコだけが二人を訝しげな表情で睨んでいた。
――ナーコさん、ここで問題起こしたりしないでね?
俯瞰して見ると、二人はつり合っているのかもしれない。
タロットと並ぶと流石に見劣りするが、ニールも端正な顔立ちをしている。
そして言葉遣いや人間性、才覚など、俺なんかとは比べるべくもない事もわかっている。
妬みもあるが、タロットの横に並べるのは素直に羨ましいと思ってしまう。
--でも部屋だけは変えてもらおう……あれを毎晩聞かされたら、たぶん俺死んじゃうよ?
そう決めて馬車の天井を見上げると、少しだけ離脱症状が治まった気がした。
そこから数時間、皆それぞれ、寝たり起きたりウトウトしながら馬車に揺られ、中継地点のキシュの街に着いた。
キシュの街はアラビアンナイトを彷彿とさせる建築物がたち並び、美味しそうな匂いがそこかしこから漂ってきていた。
更に、踊り子風のお姉さんが沢山歩いていて、ここはもしや天国なのでは思った。
ガンドさんからの「ここで美味い飯でも食って休憩しよう」という提案に皆が賛成し纏まりかけたが、ただ一人、それに異を唱える者がいた。
「いーやーだ! すーぐ行くッス! さっさとラクダに乗ーりーたーいッス〜!」
「タロットさん、僕も少しお腹が空いたのですが……」
「いーやーだーー!! 揚げパンあるからいいじゃないッスかぁ〜〜」
ニールからの要望にも全く動じないこのワガママ令嬢に、皆ほとほと困り果てていた。
そこにさらに、もう一人。
「わ、私もすぐにラクダ乗りたい……かもしれない!」
盲信女が援軍に入ったのだ。
--『かもしれない』ってなんだよ!
「やーっぱ頼れる者は、ナコちゃんッスね〜♪」
そう褒められたナーコはデレデレしながら喜んでいた。
ただ、アイゼイヤも少しだけ苦言を呈した。
「いいんですか? もしかしたらここが最後の晩餐という事にもなるんですよ?」
その言葉にタロットはウィンクしてこう返すのだ。
「だーいじょぶッスよぉ〜、パパーッと行って帰ってくるだけッスからぁ〜」
これにはガンドもアイゼイヤも溜息をつき、
「仕方ない、では行きますか」
キシュの街での休憩論争は、ワガママ令嬢の勝利に終わり、すぐにラクダ車に乗り換え砂漠を進み始める事になった。
ラクダ車は遅かったが、馬車ほど揺れず、快適に砂の上を移動できた。
車輪も砂に埋まらないよう工夫がされていて、馬車よりも内装が広く作られていた。
それなのに、やはりタロットとニールはくっついて寄り添っており、俺はそれを見るのが苦痛になっていた。
「ていうかタロット、お前ずっと起きてるけど大丈夫なのか? アイゼイヤさんですら、ほら」
アイゼイヤは優しい揺れに身を任せて、モノクルをズラしながら寝息を立てていた。
「アタシは大丈夫ッス〜、ハルタローはゆっくり休んでいいんスからね〜」
そう言って、俺の頬を人差し指で押してきた。
これには心が抉られる。
その横ではタロットの肩に寄りかかり、ニールが寝息を立てていたからだ。
そして俺は少し考えたが、内面を押し殺してこう答えた。
「俺はもう大丈夫だよ」
『大丈夫』ではなかったが、そう返すしかないだろう。
ニールと手を繋いでいるタロットに、そんな幸せそうな顔をされたらさ。
「あっは〜♪ 見えてきたッスよ〜!」
地平線から、大きな壁が迫ってくるような錯覚に襲われた。
「そうか、あれがその……」
「『マナの壺』だね!? タロットちゃん!!」
俺が答えようとすると、ナーコが鼻息荒く身を乗り出してきた。
「そッスそッス〜、そんであっちの白いちっこいのが神殿で、ソコに〜……」
「『不可逆の扉』があるってことだな!」
「正解ッス〜♪」
次はナーコに答えを譲らなかった。
横では頬を膨らまして俺を睨んできている。
ニッコニコしたタロットが俺の正解を喜んでくれた。
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